ちっぽけなスタート
THE★説明会
あれからまたしばらく経った気がする
最近はうっすらと光のようなものが瞼越しに差し込むようになってきた
なんとなくだが、目覚めが近いのかもしれない
そんなことがわかったところで今の俺にはどうしようもないので寝るとしよう
▽
フッ、と浮遊感を感じて起きた俺は自分が落ちていることに気が付いた。目を開けようとしたが眩しさに目が慣れず蒼白い光と何かのぼんやりとした輪郭しか認識できない。ほぼ一年近く目を開けていないのだから当然だ。それでも俺は状況を確認しようと必死に目をしばたかせる。その間も何かに縋ろうと手足をバタつかせる。しかし、むなしく空を掻くだけでなにも触れることは無かった
そうこうしているうちに目が慣れてきたのか、景色が鮮明になる
―――――綺麗だ
俺は空中でもがくのもやめて魅入っていた
俺の視界に広がるのは、幹から葉にいたるまで水晶でできた大樹とその葉が万華鏡のように幻想的な光であたりを包んでいる光景だった。それは溜息を吐くような美しさでそこに在った
だけど俺の心をもっと震わせたのはその幻想の先、そこだけぽっかりと水晶でできたドームの天蓋が砕かれたようになっている部分から見える二つの月とそれを擁く漆黒の星空だった。それに向かって手を伸ばす俺の手はどうしようもなくちっぽけで、だけど―――――
その先を思う前に
ドポン!!
今度は揺らめく光と白い泡に俺の視界が切り替わる。と同時に先ほどまでの浮遊感の代わりに呼吸が苦しくなってきた。俺はどうやら水に落ちたらしい。硬い岩の上でなかったのは幸いだが、もう少し穏便なモーニングコ-ルが欲しかった
俺は水面を目指して手足を動かす。そこまで深いわけではなかったのですぐに顔を出すことができた
チャポ、という音とともに顔を出した俺は手近な岸へと拙いながらも泳いでいく
やっとこさ岸にたどり着いて一息ついた俺はゲホゲホ、と咳き込もながら久しぶりに口を動かし言葉を発した
「一体全体何がどうなって…ってあれ?」
違和感を感じる。いや、長い間喋ってないとかそんなことじゃ片付けられないくらいの。再び声をだす
「坊主が屏風に坊主の絵を上手に書いた坊主が屏風に坊主の絵を上手に書いた坊主が屏風に坊主の絵を上手に書いた」
焦って思わず早口言葉で確認してしまったが間違いない
声が子供特有の高くて舌足らずな感じになっていた
あまりの事態にしばらく俺は呆然としていたが、のろのろと岸辺の水を覗き込んだ。
そこ映ったのはとても綺麗な顔の子供がいた。白磁のような肌に金色の瞳。あきらかに尋常の人間ではない。思わず自分の顔をペタペタと触るが、そしてまた気付く。自分の手が小さく華奢なものへと変わっている
―――――間違いない、この姿は俺であって“俺”でない
「…ま、いいか」
あっさりしすぎている感もあるが、正直なところ死んだせいで精神が落ち着いているというのもある
とりあえずは自分と周りの状況を確認しよう
改めて自分の姿を見る。かなり注意して見るとうっすらとかつての俺の面影が見てとれる。ような気がするが、かなり注意深く見なければ思わないし、間違ってもかつての俺の姿はこんな並外れたレベルで綺麗ではなかった。思い込みと言われれば納得しそうだ。
だが顔はいい、綺麗といえば疑問は残るがそれで強引だが解決する
問題はこの髪だ。白というか銀を基調としているのだが、光のあたる角度によって淡く色彩が変わっているのだ。どんな進化の系譜を辿ればこんな特徴が顕れるというのか
そして体だがどうやらパッと見た感じでは大体十二歳前後くらいであろう背丈で全裸だ。全裸である。
「当面の目標は服かぁ…」
摩訶不思議な体験を今まさに現在進行形で体験しているというのに何とも情けない話だが、大事である。大事なのである
今度はあたりを見回す
まず目に付いたのは全てが水晶でできたかのような大樹だ。少し視線を上に向けると洞がありどうやら俺はあそこから落ちたらしい。落下時間が長く感じたのはこの幼児サイズの体だからだろうか。この樹はマングローブのように湖に太い根を下ろしているのだが、養分は一体どこから取り入れているのだろう?
湖の周りの地面にはそこから突き出した大小さまざまな結晶らしきものがあたりを色とりどりに飾っていて俺の興味を引いた
それに恐る恐る近づき俺は手を伸ばす。色合いとしては金色を基調として淡い燐光を放っているものだ
手のひらがその表面に触れる。思っていたような水晶特有の冷たさはなく、感触として最も近いのは漆塗りとでも言おうか
同時にこの水晶からボンヤリとだが、何かがこちらに流れ込んでくるような感覚に気付いた
慌てて手を離して距離をとる。なにも起きない。
「なんだろ?」
手のひらをまじまじと見つめるがわからない。仕方無い、もう一度試してみようか
二度目なのでそこまでためらいは生まれなかった。今度も同じ感覚だ。ただ落ち着いたからなのかさっきと違って、この感覚は害のあるものと言うより心地よい感覚に近いことがわかった。
十秒ほどそのまま結晶に触れていただろうか。唐突に変化が起こった。金色の燐光が薄くなったかと思うと結晶がどんどん灰色になる。ついにはただの石の角柱のように変わってしまった。
コンコンと叩くがどうやら石になってしまったようだ。
他にも色は違うが同じものがたくさんあるからもう少し調べてみよう。
▽
あれからしばらく俺は結晶に触れて、それを石のようなモノにするのを繰り返していた。
かなりの回数をこなしたため景色に灰色が多くなってしまったが、それでもまだ結晶は腐るほどある。
だが、わかったこともある。
この結晶を石にするのを繰り返していたのだが、始めてから少しした時に変な感覚に襲われたのだ。
自分のなかの歯車がカチリ、と噛み合ったような感覚とでも言うのだろうか。そのあと少しの間俺は気絶していた。
そして起きた俺の頭に浮かんできたのは【力】と言う概念だ。自分の力についてのものについて頭に注ぎ込まれていた。原因は結晶に触れ続けたことだろうが、理由はわからない。メビウスの帯の表裏を求めるようなものだ。
とにかく俺は自分の力についてある程度の知識を得ることとなった
一つが異能の力だ。とりあえずこの力のことは暫定的に魔法と呼ぶこととする。なぜ算定的なのかというと、もはや語るまでも無いがここは俺が元々生きていた世界とは別の世界―――異世界だ。ならば他の知的生物がいるかもしれない。だから暫定的と言う意味だ
その【力】は大まかに分けて三種類。【呪晶】【植物淵】【星錬】だ。この三つの単語は俺が起きて真っ先に浮かんだ言葉で、どうやらそれぞれが力の名称のようだ
まず【星錬】これは金属類への支配系統の能力らしい。試しに地面に手を向けて念じてみたら液化した鉄が出てきてかなり驚いた。ある程度の操作も可能でスライムのようにも、硬質な刃のようにも形成することができた。現在は巨大なインゴットにして放置している。だって邪魔だもの。時間ができたら鍛冶のまねでもしてみようかな?
次が【植物淵】これは現状で最も重要度の高い能力だ。名前から察せるように植物への干渉がメインで、他にも品種改良(という名の魔改造)も可能だ。例えば実が爆弾のように一定の条件化で炸裂する植物や食獣植物の創造などだ。ただこの能力を使うのはほどほどにしておく必要がある。ここは地球ではなく未知の異世界だ。なにかの弾みで俺でもコントロールできないような存在が生まれないとも限らない。否、確実に生まれるだろう。生まれてしまったならそれを殲滅する必要性が出てくる。それをするのは至極面倒だからね。
これで服の原材料にできそうな植物の生成を最優先目標としよう。
最後の【呪晶】これは三つの中でよくわからない能力だ。これはあたりに突き立っている結晶に触れることでその力を自分のものに変換して取り込むというものだ。集めれば集めただけ上昇し続けるようなのだが、その先がわからない。取り込んだ結晶は任意で顕現させ、形もある程度の変形をさせることができる、ただ【星錬】のびっくり金属操作ほどのレベルは無理。これくらいしか使い方がわからない。
さてここで可能なことはわかるのに使い方がわからないのはおかしいと思うだろう。これには理由がある。
先に言った【力】についてだが、それぞれ与えられた知識にばらつきがある。【星錬】にはほぼ全ての知識があり、現状では一番使いこなせていると言えるだろう。しかし残り二つはかなりひどいことになっている。【植物淵】は使用方法の概要はわかるが細かい点がわからない。【呪晶】は使用方法がわかってもその用途がイマイチ判明しない
【星錬】がチュートリアルでの説明なら、他の二つは説明書だけを渡されたようなものだ。ある程度はわかるが、それはある程度だけであって腕を上げるには実地で熟達していくしかない
さて、【力】についてのおさらいはこれくらいにして次は俺のいる現在位置についてだ
ここは水晶大樹の湖を中心として構成されているようだ。そして湖一帯のかなり広く開けた場所には数多の結晶が突き出している。その外縁には白っぽい水晶の壁がぐるりと囲んでいてここから外へ繋がる道は無かった。いくら特殊でも小学生レベルの身体能力で壁を登るのは不可能だし、外の危険性がわからない今、急いてはあっさりと死にかねない
あとここはすり鉢の上を中央の天井が無いドームで覆った地形をしていて、その穴から空が見えている。
湖にも潜ってみたが、そこが全く見えず息が苦しくなってきたために諦めた。底なしの蒼さが怖かった
今のところざっとするとこんな感じであろうか。あくまで大雑把な探索だったので細かい部分はこれからも進めていこう
しばらくは結晶光集めに奔走するだろうが。使い方はよくわからないが、とりあえず手札が多いに越したことは無いのだから
「目指せ服!」
なんとも情けない気もするが、こうして俺の異世界での物語が幕を開けたのであった
いつ知的生物が出るかは不明