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穏やかで緩やかな途




背中に背負った弓と腰の後ろ側に提げてある矢筒、それから腰の両側面に提げたポーチの配置を直しつつ、辺りを見回す。

その際に髪がきらきらと光を反射して輝くが、そんなことには気にも留めずに彼は歩き出す




「一応街道らしきものはあるんだ」

その見た目から手を加えられたものではなく、人の往来によって自然にできた程度のものだとわかる。

しかし、行く当ても無い僕にとってはありがたい。



山道と言うには緩やか過ぎる道を下りながら、春風のような風を楽しむ。


しばらくそのままだったが、手がさびしかったので大きな矢筒にいれてある矢を確認する。

木製の棒に鉄製の鏃を繋げたものだ。矢羽は無いので飛距離も精度も酷いものだろうが、金属矢は目立ちすぎる。

コストや破壊力で見れば最悪なソレを乱射していればいらぬ邪推を受ける。

ソレ自体は万が一に備えて着ている服の袖口に圧縮して隠し持ってはいるが、使う場面は来ないでほしい。


それらのことを考慮して、弓は小型化して短弓にしてきてある。

矢の回転率を上げて弾幕もどきを張る。芯や弦、要所に金属を使っているこの短弓なら【星錬】との併用で張れる。


「街か村に着いたらちゃんとした矢を補充しよう」

ただ狙撃というものにも憧れるのだ。



矢は初めて作った金属と木の混成物なので少々不安だったが、この出来なら問題ないだろうな。


山道はとても短く、すぐに森との境界線に辿り着いた。

森と言っても、うっそうと茂ったものではなく木漏れ日が差し込み若草が芽吹いている森だ。


「見渡せば野兎が見つけられるような――――――」



十五メートルくらい先の森の奥からこっちを見ている一対の目と目が合う。



――――――なんかいる



デカイ。デカイ兎だ。体長80センチくらいの兎だ。



しばらくお互いに固まっていたが、僕が弓を構えいつでも矢を番えられるようにすると、兎もこっちへ駆けてきた。

普通の野兎なら一目散に逃げていく。だが、あの兎はこっちに突っ込んできた。

即座に射るべきなのだろうが、いいのだろうか?


逡巡しているうちに兎は距離を詰め、体をたわませてから飛び掛ってきた。

至近ではなかったので、体を横に動かすことであっさりと避けられたが、あのままいたら間違いなく頭突きを喰らっていた。



「よし、的だね」

なんか字が違った気がするが、とりあえずコイツを何とかしよう。


矢を番えて放つ。【星錬】のおかげで引くのに二秒もかからない。


この距離だ。外れることなく兎の胴に刺さる。

短弓用に切り詰めてあるが、それでも大兎を仕留めるには充分だったらしい。

大兎は一瞬体を痙攣させ、ドサリと体を横たえた。



しばらく残心するように立っていたが、ポツリと一言

「駄目だコレ」



僕は頭を狙って射たのに、胴体に当たったのだ。

例の蟹の時のように射たのに、である


考えてみれば当然だ。ただの素人が意のままに弓を扱えるはずがない。

だが何故あの時はできた?



試しに周囲にあった木に矢を射てみる。


放たれた矢は幹の中心をやや逸れて突き刺さった。

やはり狙い通りの場所には飛ばない。


とりあえず射た矢を引き抜きながら考えていたが、答えには簡単に辿り着いた。



【星錬】だ。



あの時は全てを【星錬】に任せた攻撃をしていた。

その延長線に攻撃の誘導もかかっていたのだろう。


今使っている矢には使われている金属が少ない。

使用されている金属の量によって影響に違いがでるのか?


しかしそうなると武器を考える必要が出てきた。

弾幕を張るものと割り切ってしまえばそれでも充分だが、いざという時に精度が絶望的では役に立つとは言い難い。

金属矢の使用は切り札であり、論外だ。


この世界の人間―――知生体がどの様なものかはわからないが、あの騎士たちのことを考えると尚更其の念が強い。


バカスカと金属矢を撃っては対策されかねない。非常時以外の使用は控えるべきだろう。


「仕方無いかー」

短弓と矢を木材と鉄に戻し。木材は鏃分のスペースが空いて矢筒に隙間ができたのでねじ込んでおく。薪にでもしようか。

鉄はとりあえず圧縮してしまっておく。何かの役に立つだろう。


「とりあえずのものでも調達しておこうか」



森の奥へ手ごろな枝を取りに入ろうとし


「忘れるところだった」

兎を街道から離れたところまで金属腕で運び込む。

森の中だが、木漏れ日のおかげで明るく作業には何の影響もなさそうだ。



フワフワと周りに追従する数本の金属腕に兎の血抜きと解体をやらせておく。




其の間にあたりを軽く散策していると、手ごろなサイズの木の棒が見つかったので、加工するために拾い上げて解体現場に戻る。




血抜きされた兎の血があたりにあってかなり惨劇的になっているのに何の感慨も沸かないあたり、精神面にも変化が出ているのか、それとも元からなのか。


そんなことを考えている間も解体は続き、血抜きされた死体から内臓を取り出し、いつの間にか掘られていた穴に捨てる。

これなら養分にもなりやすい。


そうとうグロテスクな現場だが、慣れると手元に集中するようになってきた。




今自分で作っているのは杖だ。旅には付き物な気がするからだ。


と、言っても【植物淵】で手ごろな長さに整えてから加工しているだけだが。


長さは身長よりも少し短い程度で、頭側を少し太くして振り回しやすいようにする。

仕上げに強度を鉄のほんの少し上になるように凝縮させて完成である。


十分間クラフティングだ。


軽く振ってみたが、手にもよく馴染みなかなか良好な出来だ。





肉の解体も終わったようだ。金属腕が手に肉を乗せて飛んでくるのが目に入る。

アレだけ大きかった兎も解体されると、随分と少なくは…見えないね。


「保存は…包めばいいか」


銀を薄く加工し幾つかに分けて肉を包み、さらにその上から保冷用の金属で包み

「取り出したるは風呂敷なり。って何やってるんだろう…」

編んでおいた無地の風呂敷に包んで抱える。

風呂敷は相当便利だから作っておいてよかった。


「よいしょっ、地味に重い…」

早速、杖が役に立った。支えがあるだけで随分楽だ。

ともあれメシはゲットした。



寄り道をしたが道を進もうか。







                       ▽




あれから森を抜けて、草原にある街道をしばらく歩いていたのだが、野盗に襲われるなんてイベントはなく。どこまでものどかな風景が続いていた。

時折遥か彼方の空を影が飛んでいるようだが、この距離で視認できるサイズならば実際はどの程度だろうか。


太陽がちょうど真上に来ているので昼だとは思うのだが、ここ二時間近く歩いていても誰とも会わないのは何故だ。


もう人が全然いないので、背負っている風呂敷も後ろから金属腕で支えながら運んでいる。


「日差しが暑い…」

コートのフードを被っているが、こんなことなら帽子を作っておくべきだった。


熱が篭るが日差しを遮るために我慢する。


せめてもの救いは手元に冷えた水の入った水筒があることか。

ただ三つあったそれも、さっき飲んだことで一つめが空になってしまった。


金属が自由に操れても、水は操れないのだ。

このままでは干からびてしまう。


しかし、ここで止まる訳にはいかない。幸い、街道には馬車の(わだち)が目立つようになってきた。

たぶん人の生活圏が近いのだろう。友好的であって欲しいものだ。


となるとこの背負っている大荷物を少し消費してもいいか。



                       ▽






手ごろな場所を見つけて街道から少し離れると、適当な石を円となるように配して矢の残骸と矢筒を放り込む。


乾いた矢の胴体と木製の矢筒はよく燃えるだろう。荷物も減らせて、一石二鳥だ。

途中で捨てればよかったのに、それができないのは貧乏性だから仕方無い。


積み上げられたそれにギザギザした金属同士をこすり合わせて火花を落とす。

なかなか火が着かなかったが、枯れ草に一度火が着くと赤々と燃え始めた。

乾いた木を使ったおかげで煙は少ない。


脇に置いた風呂敷から金属の包みを一つ取り出し、二重の金属膜を取って変わりにアルミホイルで包んでから火の中に直接放り込む。


その間に食事の準備をする。

腰のポーチから小ぶりな瓶を取り出す。白い粉で満たされているが別にヤバいモノではない。


中身はただの塩だ。舐めてみたが、品質は向こうのものと変わらない。

どうやらオート設定で使う【力】は元の世界のものを土台に使うようだ。兎の解体もやってみたらできたし。


ただ、まさか塩も生成可能だとは思わなかったよ。主成分塩化ナトリウムがよかったのだろうか…。

もう細かいことがどうでもよくなってきた。


ともあれ、調味料の一つを獲得できたのは嬉しい事実だ。活用せずにどうするというのだ。







串をアルミホイルの包みに突き刺す。その際にあふれ出た肉汁が炎を一瞬猛らせたがすぐにおさまる。


肉を包んでいたアルミホイルを取ると中から肉汁の滴る肉が現れた。

焼き加減がわからないので適当にホイル焼きにしたが、焦げてはいないようでよい香りがしてきている。

ここまできて有害とかだったら涙目になる自信がある。


串に刺した肉を口に運び、小さく一口だけ口に含む。

舌の上で肉を転がし、よくかみ締める。

毒は無いようだ。むしろうまい。


味付けはしていないが、それ自体の肉汁でも充分なほどだ。

初めて口にしたソレはとても美味しく、いくらでも食べられそうであった。




次に少し塩をふりかけてからかぶりつく。

塩をかけることで肉の風味が引き立ち、より味に深みが増す。

口の中でかみ締めればかみ締めただけ、肉汁が溢れてくる。

串に刺した肉を一心不乱に口に運ぶ。





                    ▽





初めて食べる兎肉は実に美味だった。

シンプルであるが故に素材本来の旨みが引き立っていた。


しかしそれだけに他の調味料がなかったのが悔やまれる。

ハーブくらいなら【植物淵】で出せたということに満たされてから思い至り、軽くへこんでいたりした。


人里か街に着いたら各種スパイスを揃えよう。そしてもう一度チャレンジする。



満腹となり精神的余裕も生まれたのか、そんな事を考えながらしていた焚き火の後始末を終えて、少し小さくなった風呂敷を再び背負う。


相変わらず人の往来は無い。本当に街に近づいているのか不安になってきた。

未だに高くにある太陽が眩しい。街に着いたらフードの構造も変えておこう。








そのまま二時間ほど歩き続けていたが、その間も何ともなかった。

しかし地平線の彼方に薄っすらと何かが見えてきた。


歩きながらも目を凝らすと、少しずつその全容が見えてきた。


「やっとか……」

大分倦怠感が混じってはいるが、その声は喜びの声だ。



街道の伸びる先には小さくともハッキリと建造物の影があった。



心なしか早足になるのが、自分でもわかる。

フードを深く被り、顔を隠す。たぶん僕の容姿はかなり目立つはずだからだ。


背負っていた風呂敷を背負い直すと、早歩きでそこへ向かう。


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