押しかけるヤツ
よく寝た。
私は管理人なので、当然管理人室で寝起きしている。
水回りが近くて便利だ。
私はパジャマのまま、居間でお茶を飲みながら、昨日のことを思い出していた。
どうしよう、これから。
私が希望は観客ポジション。
モブとして主人公たちの行動を邪魔することなく、作者として主人公たちの姿を愛でる。
もちろんこの世界はゲームではない。それはわかってる。
どのキャラクターもちゃんと現実を生きている。
だから、彼らの行動がゲームのストーリー通りでなくてもがっかりはしない。
昨日、コメディー版パトリツィアと絡んでしまったのは、観客としては少しまずかったが、あれはまあ不可抗力のようなものだ。
来年学園に入れば、彼女は私のような田舎男爵の娘には手の届かない高位貴族のコミュニティーに属し、私はその他大勢のひとりに戻るだろう。
ただなあ……。
学園で主要キャラが一同が揃ったシーンを想像すると、ビジュアルだけは本編の設定であって欲しいんだよなあ。
―――いや、我儘は言うまい。
生身の登場人物を拝めるだけでも奇跡なのに、これ以上贅沢を望んだら罰が当たる。
お笑い設定?
上等じゃないか。むしろ、採用されたテンプレストーリーより楽しくていい。
犬Pの思い付き命令を受けて半ばヤケクソで書いた、他のボツネタじゃなくてよかった。
よし。
自分のことをしよう。
今日は朝から市場に行く予定だ。
今までは家の掃除を優先していたので、市場に行くのはいつも午後だっし、屋台でテイクアウトするばかりだったら、実はお店をちゃんと見て回るのは初めてだったりする。
自炊するための食材や調味料、石鹸や台所用の小物も買わなきゃならない。
「さて、行きますか」
いいお天気だ。風が気持ちいい。
今頃、実家はじめっとした雨の季節だが、王都の初夏の空気はさらっとしている。
私は買い物袋を手に上機嫌で市場へと向かった。
気がつけば、市場で2時間近くふらふらしていた。
楽しかった。
近郊の農家から朝イチで運ばれてきたピカピカの野菜、軒先から吊るされた大きな肉の塊、前世でも見たことがないような変な形の魚、朝だけ出るスープパスタの屋台に群がる人々。
田舎から出てきて初めて、ほんとの王都のパワーに触れた気がした。
お目当ての諸々を無事ゲットし、だいぶ重くなってしまった荷物を抱えて、私はゼーゼーいいながらなんとか家に帰り着いた。
着いたのだが。
「うわ!」
庭に馬がいた。
「ビアンカ!」
振り向くと、侯爵ご令嬢様が嬉しそうな顔で駆け寄って来る。
その後ろ、木の下のベンチには顎ひげを蓄えたおじさんが座ってこちらを見ている。
執事さんかな。
「昨日ぶりだね、ビアンカ!
今日はお爺様を連れてきた!」
をい!
「昨日のことは秘密って約束したよね?」
「あっ!
今思い出した。
ごめん、嬉しくてつい話しちゃった」
秘密の有効時間!鳥頭だったか。
侯爵様に背を向けてコソコソ文句を言う。
「はぁ……。
まあ、それはしょうがないとしても、連れてくることはないんじゃない?
そんな偉い人と会ったことなんてないから、いきなりは困るのよ」
「わ、私が誘ったわけではないから。お父様がビアンカに会ってみたいとおっしゃったから」
「そうだ、私が勝手に来たのだ。突然すまんな」
「うぇっ!」
いつの間にか侯爵様が後ろに立っていた
ヤッバ!
私はあわてて挨拶の言葉を連ねる。
「パンツィーリ侯爵様、お初にお目にかかります。
パウロ・ナンチャーラ男爵が長女、ビアンカと申します。
本日は、お目にかかれて光栄にございます」
入試対策のおかげで何とか行けた気がする。
カーテシー乱れてないよね。
侯爵様は一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、鷹揚に笑った。
孫がいるといっても結婚の早いこの世界、前世で言えば50代のイケオジだ。
悪役かもしれないけど、そういうオーラは感じない。
「これはご丁寧に。ランドルフォ・パンツィーリだ。
昨日は娘がご迷惑を掛けたようで、お詫びに参った次第だ」
「いえ、迷惑だなんてとんでもないことでございます」
侯爵様が謝罪とか勘弁して欲しい。
こんな事例は教本にはなかった。
温厚な老人にしか見えないが、相手は切れ者と名高いこの国屈指の大貴族だ。
見た目で安心してはいけない。
一歩間違えば実家のお取りつぶしまである。
とりあえず、庭先に立たせっぱなしはまずい。
私はなるべく貴族の娘っぽく、ふたりを家の中へと招き入れた。
侯爵様は私の引きつった笑顔をスルーしてくれた。器が大きい。
ふたりをテーブルに案内し、私はお茶の準備をする。
早速、さっき来客用に買った高級茶葉の出番である。
お茶請けはビスケットしかない。でも、から揚げよりはマシだ。
お湯が沸くのを見ていたら少し落ち着いた。
「ビアンカ、お爺様はこの家に来たことがあるんだよ!」
お茶を飲んで一息つくと、パトリツィアがいきなりブッ込んできた。
お茶を噴きそうになった。
「うむ、私の父はカルロ殿、君の曽祖父と同じ騎士団におって、とても仲が良かった」
「そうなんですか⁉」
「うむ。
カルロ殿は独り身だったが、父は結婚していて、母はなかなか厳しい人だったからな。
新しく建てたばかりのこの家は、逃げ込むにはちょうどよかったのだろう」
ひい爺ちゃん、先代侯爵夫人に恨まれるパータンじゃん。
「私も父に連れられて何度か来たことがある。
カードが強くてな。よく遊んでもらった」
初耳です。
恐らく、家族も知らない。
RPGと乙女ゲーの間。
私が書かなかった200年のうちにあった、ほんの小さなエピソードだ。
ひい爺ちゃんは私が生まれるだいぶ前に亡くなっている。
王都で騎士団に入っていたのは聞いているが、それは領主を継ぐ前、独身時代の話だ。
彼が領に戻っても、戦後、嫡子保護制度が廃止されなければ、息子である祖父はこの家に置かれ、侯爵家とのつながりも残ったのかもしれないが、そうはならなかった。
辺境で日々の仕事に追われる小領主にとって、縁を保つにはきっと王都は遠すぎたのだ。
「そうなんですか。初めて聞くお話です」
「そうか。カルロ殿が王都を離れてからは手紙のやり取りだけになってしまった。
お亡くなりになったとの知らせを聞いたのも、だいぶ過ぎてからだった。
父が、会いに行かなかったことを悔やんでいたのを覚えている」
「ありがとうございます。
そう言っていただいて、曽祖父もどこかで喜んでいると思います」
「そうだな。
きっと今頃、向こうの世界で昔のように酒でも飲んでいるだろう」
そう言って、侯爵様は柔らかく微笑んだ。
気がつけば、私の緊張はすっかりほどけていた。
「そういうわけでな、久しぶりにナンチャーラの名前を聞いて、私がぜひここに来てみたかったのだよ。
どうやらお前さんのことは秘密だったようだが、孫は隠し事が苦手な性質でな。
ドレスがひどく汚れているの侍女長に見とがめられて、昨日のことを洗いざらい喋ってしまったようのだ」
「うう。申し訳ない……」
侯爵様の視線を受けて、パトリツィアが赤くなってうつむく。
そりゃ見つかるでしょ。
串焼きのタレやらから揚げの油やら土下座した砂埃やらで。帰るときにはひどい有様だったもんな。
せめて私のことは言わないでおくくらいの分別はあってほしかったけど、さっき「嬉しくて話してしまった」とか言ってたし、まあ無理か。
侯爵様は良い人っぽいし、ひい爺ちゃんの話も聞けたし、結果オーライってことにしよう。
さて、と公爵様が私の目を見て言った。
「ここからが本題だ」




