荒らすヤツ
市場の周りには安くて美味しい屋台がたくさんあって、食事には全く困らない。
貧乏管理人なので基本は自炊生活になるんだけど、あの屋台ならこれからも時々は使えそうだ。
貴族街の端という立地は、平民街の市場まで近く、日々の生活にはとても便利だ。
下々と同じものを買うのはプライドが許さないのか、高貴な方々の姿を見ることもあまりなく、これまでの前世から田舎男爵家に至る人生で染みついた貧乏性女子にとって、市場は心休まる場所である。
そんで今。
午前中にお隣のセラフィニ伯爵家にご挨拶に行った後に市場で買い物を済ませ、家へ戻る途中の私は、少し前を歩く女の子から目が離せない。
服装が奇抜すぎるからだ。
簡単に言うなら、スカート部分が出来損ないの袴みたいになった薄水色のドレス。
なんというか、ものすごくダサい。
背は私より少し低いくらい。楽しそうな鼻歌に合わせてショートの金髪が跳ねる。
前に抱えているのはおそらく串焼きが入った袋だ。匂いが流れてくる。
美味しそう。串焼きの歌を歌うほどかどうかは分かんないけど。
斜め後ろを歩いている背の高い青髪メイド服が、恐らくお付きだな。
彼女は交差点を直進する。この先が貴族街だ。
これでどこぞのご令嬢であることがほぼ確定した。
私も後に続く。
どこの子かちょっと気になったが、王都に来たばっかしで知らない貴族と関わるのは避けたいところだ。
私はちょっと歩くスピードを落として距離を開ける。
謎の令嬢は、軽い足取りで貴族街に入り、最初の角を右に曲がる。
彼女の家も私と同じ方向らしい。
次を左。私は相変わらずその後ろを歩いている。ストーカーみたいだ。
その次は直進。おい、その先は行き止まりだぞ。大きなお屋敷が終点と思わせておいて、その陰に、使用人宅のように建っているのが私の家だ。
もしかしてお隣の伯爵家のご令嬢か?
朝は見てないけど、こりゃ改めて挨拶しておいた方がいいかな。
とか思ってたら、謎令嬢は伯爵家の前を通過して、当たり前のように私の家の門を潜った。
は?
誰も招待してないし、そもそも王都に同年代の知り合いなどいない。
明らかな不審者だ。
状況によっては、貴族街の入口まで戻って衛兵を呼ばなければならない。
私はこっそり近寄り、門の陰から様子をうかがった。
以下、その後の彼女の行動を列記する。
まず、慣れた感じで家の脇にある道具小屋の戸を開け、中から木剣を取り出す。
次に、その木剣を構えてあたりをキョロキョロ見回す。
おもむろに素振りを始める。
踏み込みの際に裾を踏んでこける。
木剣を拾って素振りを再開するが、今度は押さえが効かず、石畳を叩いて割る。
手をしびれさせて木剣を取り落とす。
素振りが終わると、汗をぬぐいながら木剣をもとの小屋に戻す。
メイドから串焼きの袋といっしょに飲み物のカップを受け取り、木の下のベンチに腰を下ろし、幸せそうな顔で食べ始める。
我慢の限界だった。
家屋には防護結界が張られていて、到着した日に魔道具に魔力を充填したから家の中に入られる心配はないが、門番のいない我が家は敷地全体に結界を張るわけにもいかず、庭はその気になれば誰でも入り放題だ。
だからといって、他人が勝手に剣の練習をしたり、串焼きを幸せそうに食べたり、庭を荒らされるのを見過ごすわけにはいかない。例え、相手が上級貴族っぽいとしてもだ。
ここまでよく耐えた、私!
「人んちで、何やってるんですか⁉」
「ヒッ!」
謎令嬢は、驚いて短く悲鳴を上げ、食べかけの串焼きを落とした。
唇の上に串焼きのタレがついてヒゲみたいになってる。整った顔が台無しだよ。
詰め寄ろうとした私の前に、青髪メイドが立ちふさがった。
それまでボーっと突っ立ってたのに急に動き出したからちょっとびっくりした。
手には短剣が握られている。
「下がってください」
あっぶねーな、おい。
私は両手を上げて立ち止まる。
別にビビったわけじゃないよ。
冷静に指摘する。
「刃の向き逆ですよ?」
メイドさんは一瞬キョトンとした後、手に持った短剣を見て、クルっと刃の向きを変えた。
「下がってください」
「やり直した!
てか、もう下がってるし!」
「……ふむ。
ボケへの反応は及第点ですが、あなたは誰です?
衛兵を呼びますよ?」
「は? それこっちの台詞なんだけど。あと、さっきのボケだったの?」
「え? そうですが?」
「そっちじゃなくて!
ここ私の家なんですけど、あなたたちは誰に断ってここで好き勝手しているわけ?
衛兵を呼びますよ?」
「嘘ですね。ここは廃屋です」
「廃屋だからって勝手に入っていいわけじゃないでしょうが!
いや、廃屋じゃねーし! なんだよ廃屋って! 私、住んでるんだけど!
不法侵入だからね? そんで、家主に短剣を向けるってどういうこと?」
「向けておりません」
「今引っ込めただけでしょ!
ちょっと衛兵を呼んで来る。
逃げようとしてもムダだかんね。ここは行き止まりだから」
私が門に向かって歩き出そうとすると、お嬢様がテンパった声で叫んだ。
「待って欲しいでござる! それは困るでござる!」
私の足はピタリと停止した。内容ではなく、その語尾の衝撃に。
「お住いの方がお住いとは思わず、勝手なことをして申し訳ありませんでござりました!」
そりゃ、お住いなのはお住いの方だろうな。
ポンコツ令嬢は、テンパった謝罪の言葉を連ねながら、石畳の上で土下座をしていた。
「剣士の端くれとしてお恥ずかしい行い、いや行為であった。いや、ござった。このパトリツィア・パンツィーリ、心よりお詫び、いや謝罪申し上げるでござる!」
言い直しの意味が全くわからないが、気持ちは伝わった。
「分かりました。いいから、そのオーダーメイドっぽいドレスで土下座するのやめて。なんか私がいじめてるみたいだから」
と言ったところで、何かが引っかかった。
「ちょっと待って、もう一度名前教えてくれる?」
「は、はい。パトリツィア。パトリツィア・パンツィーリです。あ、ござる」
私は激高した。
パトリツィア? あのパトリツィア?
言われてみれば確かにその顔だ。
でもな。全然ちゃうやないか!
「あんた、何で剣術やってんのよ! 鍛えてんの?ダメでしょ鍛えちゃ!
それから何その髪型! 何で短くしてんの? 縦ロールは? 縦ロールどこ行った⁉」
いきなりキレた私に胸ぐらをつかまれ、アワアワする美少女。
「手を離せ」
戦闘メイドの声と首筋に当てられた短剣の冷たさに、私はハッと我に返った。
やっちまった。
この現実では、私はただの木っ端男爵の娘に過ぎない。
相手は遥か格上、侯爵家のご令嬢だ。
胸ぐらをつかんでガクガク揺さぶっていい相手ではない。
「申し訳ありませんっ! お許しください、パンツィーリ様!」
私はバッと手を放し、光速で土下座した。
「いえ、悪いのはわたくしであるですから。こちらこそ申し訳ありませんでござる」
土下座を再開するパトリツィア嬢。
13歳の娘ふたりが石畳の上で土下座し合うの図。
とってもシュール。
少なくとも乙女ゲーのシーンではない。
それに気付くこともなく、私たちはしばらくの間、土下座合戦を続けたのだった。
それが私とゲームの悪役、侯爵令嬢パトリツィア・パンツィーリとの出会いだった。




