生まれ変わるヤツ
私が黙って従うのをいいことに、犬Pは増長した。
全スチルが仕上がった時に、輪郭だけしか描かれていないモブの設定を考えろって言われたときには吐くかと思った。それは人物じゃなくて背景じゃボケが。
呪文のように「これで終わる。これで終わる」と呟きながら、最後にどこに使うのか分からない資料を提出し、家の近所の居酒屋で飲んだくれようと思いながら会社を出るところで呼び止められた。
「あ、一人漏れていましたネ」
「は?」
「ほら、この人デス」
タブレットには攻略対象の王子が取り巻きとともに学園内を歩くシーン。
左隅の柱に寄りかかっている女生徒らしき後ろ姿。
気づくかよ、そんなん。体半分柱の裏じゃん。
「明日午前中まででいいデスから考えておいてください」
「いえ、今やります」
私はデスクに戻り、5分で設定をテキトーに書き足し、サーバにぶっこんだ。ちなみにPCの起動・シャットダウン時間含む。
今までは意地でヨーロッパの人名リストとか検索してたけど、もうそんな気もなかった。
もう頭真っ白、白……ビアンカ。ビアンカ・なんちゃら。……もうナンチャーラでいいや。
領地? なんか南部の田舎で、貧乏男爵家令嬢。名産品は米と芋。はい、できた。
モブキャラの名前など、書いた端から忘れたけど、最後のこいつだけは多分忘れない。まあ、そんなもんだ。
「サーバに上げたんで確認してください。じゃ、帰ります!」
これで私の仕事は完全に終わりだ。シナリオライターの責任は果たした。
達成感などないが、地獄を抜けた解放感が半端ない。
さあ祝杯だ。飲まなきゃやってらんない。
明日は体調不良で有給取って、土日休んで、週明けに辞表を出そう。
リリースまで待ってられるか。
会社を出ると雨だった。
置き傘を取りに戻る力はなかった。
駅まで走って、自宅の駅前にある馴染みの居酒屋に駆け込めばいい。
私はバッグを頭にかざして駆け出した。
待ってろよ、生中!
結論から言えば、ビールにはありつけなかった。辞表も出せなかった。
駅に行く途中で路地から飛び出してきたバイクにはねられたからだ。
転んで頭を何かに打ち付けた衝撃が、私の前世の最後の記憶だ。
――気がついたら、田舎の村だった。
そこの領主の娘として、特に疑問を持つこともなく暮らしていた。
いや、領内しか知らないんだから、「田舎」という認識さえなかったな。
前世を思い出したのは一週間前、9歳の誕生日の夜に原因不明の高熱を出し、うなされながら前世の夢を見たことがきっかけだった。
確かにびっくりはしたけど、特に取り乱したりはしなかった。
発熱のせいでボーッとしていたのもあると思うけど、ベッドの上の天井を見ながら、「そうか、転生したのか」ってあっさり納得したことを覚えている。
体調が戻ると、私は直ちに置かれた状況を確認した。
3階の自室の窓から見渡せば、長閑な村の風景とその先に広がる水田。
領都とは名ばかりの人口2千人程度の村だ。
これでも男爵領では最大の村で、あとはここより小さな村が10ヶ所程度。
全部合わせても、領の人口は1万に満たない。
改めて、建物とか文化レベルとかをチェックする。
中世ヨーロッパっぽいな。まあ、お約束か。
そんでここは領主の屋敷。
領主である父の名前はパウロ・ナンチャーラ。
母はリディア・ナンチャーラで、弟はメダルド・ナンチャーラ。
ん? ナンチャーラ?
いや待て。
私は、部屋の書棚にある数少ない本の中から子供向け王国史を取り出した。
王国の名前はサルンドラ、王都はテルニア。
うん、知ってる。イタリアの地名もじったやつだ。
私が考えた。
しばし固まって、現実を受け入れる。
そっかー。
なんてこったー。
穂村真琴享年28才は、自分の書いたゲームの世界に転生したのかー。
どうりで本が全部日本語なわけだ。あ、サルンドラ語か。
やがて、じわっと感動する。
できれば200年後じゃなくて、制作中止になったRPGの本編世界の方が良かったけど、現実になった自分の書いた世界に転生するなんて、ある意味作者冥利に尽きるってやつかもって思った。
そういえばゲームタイトルどうなったんだろう?
アホ犬が「マーケティングデータに基づいてボクが決めます」とか言ってたけど、聞く前に死んじゃったからなあ。
まあ、どうせロクなもんじゃなかっただろうから、知らなくて問題なし。
にしても、気づけてよかった!
残念家名だけど、ナンチャーラじゃなければスルーしてたよ。
物語と何の関係もない田舎で一生を終えてた可能性すらある。
何の役にも立たないと思っていた前世最後の仕事が、まさかこんな形で役に立つとは。
前世に心残りがないわけじゃないけど、転生しちゃったもんはしょうがない。
作者として、たっぷりこの世界を楽しんでやろうじゃないか。
目標は決まった。
物語を壊すことなく、干渉も控え、静かに日々の生活を送りながら、私が書いたキャラクターたちが生身で生きる様を間近で堪能するのだ。
激モブとはいえ一応登場はしているわけだから、このまま何もしなくても学園にはいけるのかもしれないが、そこは油断しない。
受験勉強もちゃんとして、誰にも文句を言わせない成績で合格してやる。
狙いは定員170人中15位くらい。それなら準特待生に入る。
Sクラスではあるが下の方だから、その他大勢になることはできる。
目指すは観客ポジなので空気に徹すればいい。何せ私はゲーム中で顔さえ描かれなかった背景キャラだ。静かにしていれば目立つわけがない。
これは、ある意味最高の転生と言えるのではなかろうか!
南部辺境の貧乏男爵令嬢。領の名産品は米と芋。
髪も目もパッとしない暗い赤茶。
モブ中のモブにしてこの世界の創造者。
そうです。私がビアンカ・ナンチャーラです。




