キラキラなヤツ
「パトリツィアちゃんは、ラモナよりお姉さんですが、剣を振り回すにはまだ筋力が足りないんですぅ。
短剣の方がずっと動きやすかったでしょう?」
「はい! 走るときに邪魔にならなかったし、バランスも崩れませんでした」
パトリツィアはそう言いながら何度もコクコクと頷く。
お姉さん発言をスルーされて、師匠がこっちを見たけど、突っ込みませんから。
諦めた師匠は、パトリツィアに向き直る。
「女の子が持つ短剣は、基本は逃げるための武器なんですぅ」
「え? 逃げるのはダメですよ!
エドガー・バレッチも逃げるなって言ってました!」
パトリツィアの反論に一瞬キョトンとした後、師匠は爆笑した。
「あははは!
パトリツィアちゃん、本読んだんですねぇ」
「はい! 感動しました!!」
「そうですかぁ。
エドガーはかっこいいですよねぇ」
「そうですよね! 特に村人を守るためにドラゴンのブレスに自ら向かっていくところとか、何度読んでもドキドキします! それから、カスミもかっこいいです。いつの間にか悪者の幹部になりすましていて……」
パトリツィアが熱く語りだす。
エドガーがこんなに人気になるとは思ってもいなかった。
彼は邪竜討伐を成し遂げた英雄という設定で、RPGではタンク職の師匠として、乙女ゲーの中では攻略対象のひとりの憧れの人物として、名前だけ出てくる。
……ちなみに今パトリツィアが語ってるのは乙女ゲーとは無関係の、エドガーを主役にした有名な冒険小説のやつだ。私はノータッチ。
つまりパトリツィアの剣士へのあこがれは、前世的に言えば「大きくなったらライダーかビル・ゲッツになる!」とか言ってた幼馴染のショータみたいなものだ。
成長すると黒歴史になりがちな子供の憧れってやつ。
ちなみに私が死ぬ直前の母情報によれば、ショータはヒーローにもIT長者にもなれなかったみたいだ。あとゲッツのおじさんにも。
てなことを考えている間に、パトリツィアの喋りの隙をついて師匠がようやく主導権を取り戻す。
「うん。わかりますぅ。
でも、そのエドガーさんは物語の人ですから、パトリツィアちゃんが真似するのはちょっと難しいかなぁ」
「違います! エドガーは実在の人物です!!」
「ですねぇ。確かに実在しますが、実在の人は剣士じゃなくて、タンクですからねぇ。
パトリツィアちゃんの読んだ本の人とは違うんですよぉ?」
「え⁉」
パトリツィアは絶句して、確認するように侯爵様を見た。
「確かに。本物のエドガー・バレッチ卿はタンクだな。
剣士は別のパーティーメンバーだ。
残念なことに邪竜討伐の際の怪我がもとで亡くなったそうだ」
「そうなのですか⁉」
「うむ。当時の記録が残っているからな」
そこは間違いない。
元のRPGの設定でもタンクだった。
それが小説では剣士にしちゃったから話がややこしくなったのだ。
私から見れば、2次創作で根本的な設定を無許諾で変えられた形だけど、面白かったので特に文句はない。
私より文才がありそうなのは悔しかったけど。
「まあ、そのあたりは学園に入れば、歴史の授業で習うだろう」
予習ができて良かったと思いなさい、と侯爵様は微笑んだ。
頷きはするものの、推しの真実を知って「盾、盾……」とブツブツ呟くパトリツィアを師匠がツンツンとつつく。
「大丈夫ですよぉ。
武器が何であっても、貴族が民を守ろうとする気持ちに変わりは何ですからぁ。
パトリツィアちゃんは、エドガーの心意気を受け継いだ貴族になればいいんですぅ」
念のため、私も一言追加しておく。
「パトリツィア、剣をやめて短剣の稽古してるの忘れてない?」
「あ! そうだった」
「そうだったじゃありません!
目先のことにとらわれ過ぎない!
侯爵様がおっしゃるのそういうとこです!!」
「は、はい、師匠!」
「違います! 師匠はあっちです!」
思わず強く言ったら師匠呼ばわりされたので、ビシッと師匠を指差して訂正した。
指差された師匠が流れるように侯爵様を指差す。ふつくしいパス回しだ。
侯爵様は「え?私?」という顔をしながらも、苦笑しつつ小娘とロリアラサーの尻拭いを受け持って下さる。できた人である。
「そうだな。ふたりの言うとおりだ。
パトリツィア、お前の理想は素晴らしいと思う。
貴族として、いや人として、誰かを守りたいと思うことはとても大事なことだ。
だが、そうするためには守るだけの力がなければならない。
お前は、自分にその力があると思うかい?」
「……いえ、ありません」
侯爵様の問いに、パトリツィアは悔しそうにうつむいた。
「うむ。それが分かっていればいい。
今、パトリツィアが守らなければならないのは、まず自分自身だ。
自分を守りながら、誰かを守るための力や知識を身につけること。
それが成人までにお前がすべきことなんじゃないかな」
その言葉をしばらくかみしめた後、パトリツィアは大きく頷いた。
それを見て侯爵様が優しく微笑む。
「うむ。頑張りなさい。
それにな、短剣もすごいのだぞ。
前に盗賊に襲われたときに、護衛だったラモナはあっという間に一人で6人の盗賊をやっつけた。他の護衛は出る幕がなかった」
「すごい!
お爺様は見ていたんですか?」
「ああ、見たとも。はっきりと覚えている。
最初、子供の振りをして『やめて』と言いながら盗賊の前に飛び出してな、盗賊が『売ったらいい金になる』とか言いながら捕まえようとしたところで、いきなりダッシュして盗賊の間を走り回って、気がついたら盗賊たちはコロコロ転がって、最後には全員が足を押さえて倒れていた」
「おお! カスミみたいです!
師匠! どうやったんですか!?」
パトリツィアの目はキラッキラである。
「アキレス腱とひざ裏の靭帯を切ったんですっ! えっへん!」
なにそれ、えげつな。
さっき「アキレス腱切るよ」と言われたことを思い出し青ざめる私をよそに、パトリツィアはさらに食いつく。
「師匠、短剣を極めれば私も盗賊を倒せますか⁉」
「もちろんですよぉ。
さっきやった追いかけっこは、そのための訓練ですぅ。
相手の動きを読んで捕まらないようになるのはとっても大事なことでなんですぅ」
「はいっ!」
「それができたら、盗賊の後ろに回ってアキレス腱を切ったり、ダッシュで逃げて衛兵さんを呼んだり、色んな手を使えるようになれますよぉ」
「わかりました!頑張ります!」
「うん、頑張ってくださいねぇ」
気合を入れ直すパトリツィアに向けて、師匠はグッと親指を立てた。
「はーい、今日はここまでぇ。
じゃあ最後に宿題ー。
パトリツィアちゃんはぁ、次回までに自分が勝つためにどんなキャラがいいか考えておいてくださーい」
「キャラ、ですか?」
「はいー。
ほらあ、ラモナちゃんは小さくてかわいいじゃないですかぁ。
だから盗賊さんは、ラモナちゃんを全然警戒しないんですぅ。
相手に警戒をさせないキャラって女の子の武器なんですよぉ。
そう考えると、パトリツィアちゃんはもう少し弱そうになった方がいいと思いませんかあ?今の感じだと、少し元気が表に出すぎていますからぁ」
そう言って、師匠はチラッと侯爵様を見る。
侯爵様が小さく頷いたということは、事前に何か依頼していたんだろう。
「じゃあ侯爵様、失礼しまーす」
師匠は背伸びをして、うーんと考え込むパトリツィアの肩をポンポンと叩き、侯爵様に一礼すると、速足で裏口へ向かった。
この後、あの偽ロリは間違いなく酒場に直行する。まだ日も高いのに。




