はじめるヤツ
「それじゃあ、はじめまーす。
ラモナちゃんの短剣講座ー!
パチパチパチー」
ウザ懐かしい開始宣言を受けて、私は真剣っぽく拍手する。
実家の稽古の時、テキトーに反応した場合の「補修」地獄で学習したのである。
ダッシュ100本追加、休憩なし。死ぬかと思った。
パトリツィアは期待に満ちた拍手を送り、侯爵様もベンチで拍手している。
おかげで師匠は上機嫌だ。
ここからしばらくは、私は既に終了した課程なので、改めて教わる必要はない。
とりあえず並んで立っているのは、必要が生じた時の補佐として参加することになったからだ。
「えっとぉ、パトリツィアちゃんは剣士を目指していたそうですから、まず剣の腕前を見せてくれますかぁ?」
「はい!」
パトリツィアに、師匠から木剣が渡される。
私たちが着替えている間に、師匠のとなりに的用の人形が用意されていた。
「じゃあー、ビアンカちゃん。この藁の人に打ち込んでみましょー」
「はい!」
私たちは数歩離れ、パトリツィアが藁の人形に正対して木剣を構える。
ああ……。あかん。ガッチガチやんけ。
気合とともに木剣が打ち込まれ、パトリツィアは木剣を取り落とした。
力んだせいか、ウチの庭で見た時より剣に振り回されている感じが強い。
「ああ、しびれちゃいましたかぁ。
初めてだからちょっと緊張してるみたいですねぇ。
うーん。的がマトマトしてのがダメなのかも……。
……そうだ!ビアンカちゃん、的になってくださーい」
「え?」
なんか、急に振られた。
「だって、ビアンカちゃんマトマトしてないじゃないですかぁ。顔もあって藁の人よりかわいいですしぃ」
藁人形よりかわいいですか、そうですか。
チャームポイント顔があることですか、そうですか。
マジぶん殴りたい。
「パトリツィアちゃんが剣で追いかけて、ビアンカちゃんが逃げるんですよぉ?
何回もやったじゃないですかあ。忘れちゃいましたぁ?
あ、そっかあ!しばらく見ない間に頭悪くなっちゃったんですねぇ。
じゃあ、これからバカンカちゃんて呼ぶことにしまーす」
「やりますよ!
やりますからちょっと黙ってください!!」
「わーい!」
わーいじゃねーよ!
ウザさはMAXだが、意図はわかる。
確かに、今のパトリツィアには追いかけっこは効果的かもしれない。
動きを固くしている原因である「剣を振る」という意識が、逃げ回る私に移ることで、少なくとも力みはなくなるように思う。
「ていうことで、パトリツィアちゃんは木剣でビアンカちゃんを叩いてくださいねぇ。
叩くのが無理なら、ちょこんと突くだけでもいいですぅ。
ビアンカちゃんは叩かれないように逃げてねぇ。
じゃあ、よーい、ドン!」
いきなりな上に説明が雑なせいで、パトリツィアは立ったままだ。
私は数メートル距離を取り、指をクイクイして軽く挑発する。
「パトリツィア、追いかけないと逃げちゃうよ」
ハッとしてパトリツィアが木剣を構え、私に迫る。
だが遅い。
さっきよりはだいぶマシになったが、剣を持って動くということ自体に体が慣れていない感じだ。
私は2・3歩逃げたところで急に踵を返し、パトリツィアの脇をすり抜けて背後に回る。
「はい、捕まえたっ」
「あっ!
い、今はちょっと油断していただけだか、らっ!」
そう言ってパトリツィアは剣を横に払う。
惜しい。でも、想定内。
それをするなら、私が肩をつかんだ時だったね。
私は身を躱して、素早く距離を取る。
「はーい、そこまでですぅ。
ちょっと集合ー」
そんなことを繰り返し、パトリツィアの息が上がってきた頃合で、師匠の声が掛った。
「全然敵いませんでした……」
感想を求められたパトリツィアが悔しそうに呟いた。
「大丈夫ですよー。
パトリツィアちゃん、これ何の訓練だったか覚えてますかぁ?」
「はい、短剣の」
パトリツィアがハッと顔を上げる。
「はい。
今のは準備運動みたいなものですから、気にすることなんて何もないんですぅ。
はい、これをどーぞ。
ビアンカちゃんは、この服を着てくださいねぇ」
パトリツィアには墨が塗られた棒、私には麻のシャツが渡される。
何をやるのかはすぐ分かった。
シャツに棒の墨を付けたら負けっていうゲーム。
実家にいた頃、師匠相手に散々やらされた。
私は、シャツを師匠に返す。
「私は助手なので、できるのは準備運動までです。
あとは師匠がお願いします」
「えー? ビアンカちゃんできますよねぇ。
ラモナちゃんは、ビアンカちゃんのかっこいいとこ見たいなぁ」
「おっさん向けの媚びとか女子には効きませんから」
「ムキー!」
「ムキーじゃありません!
どうしても私にやれっていうなら師匠は要らないですから、侯爵様に言ってクビにしてもらいますよ」
「ビアンカちゃんの性格が悪くなって、ラモナちゃん悲しいですぅ」
「師匠に教わりました。ありがとうございます」
パトリツィアに背を向けてコソコソ行った会議の結果、シャツは無事師匠に着られることとなった。
13歳標準体型用のシャツは、10歳児体型が着るとほぼワンピースだ。
「かわいい?」
なんかアピールしてくるので褒めておく。
「すっごくかわいいです。
やっぱり師匠が着るべきですね」
「そうですかあ。超絶美少女ですかあ。えへへへ」
そんなこと言ってねーし、そもそも少女じゃねーだろと思ったが、嬉しそうなので黙っておく。
ついでにブカブカの袖をまくって長さを調節し、手櫛で髪を整える。
「はい、出来ました。
頑張ってくださいね」
「はーい、ママー」
ホントに子供の機嫌を取る母親の気分だよ。
でも、やる気を出させたわけだから、役割は果たした。
あとはゆっくり見学させてもらうことにしよう。
師匠はニコニコ顔でパトリツィアの前に立つ。
「じゃあ、パトリツィアちゃんはその炭の短剣でラモナちゃんを追いかけてくださーい。
この白いシャツに触ることができたら勝ち、触ったら黒く印が付くのですぐ分かりますからねぇ」
「はい!」
「行きますよぉ。
よーい、スタートォ」
構えていたパトリツィアが師匠に襲い掛かる。
振り払われた短剣は、当然当たらない。
師匠がサッと距離を取り、パトリツィアがそれを追いかける。
「パトリツィアちゃん、どうですかぁ?」
パトリツィアの突進を躱し、脇をすり抜けながら師匠が問う。
「動きやすい、ですっ!」
バッと振り返り、駆け出しながらパトリツィアが答える。
顔が笑っている。
「はい、合格ですぅ」
師匠がピタっと動きを止め、突っ込んできたパトリツィアは慌てて急ブレーキをかけた。
「はーいそこまでー。ちょっと休憩しましょうかぁ」
パトリツィアの息が上がりはじめた頃合いで、終了の声が聞こえた。
私たちは侯爵様の座るベンチに戻り、侍女さんが用意してくれた果実水を飲んで一息をついた。
「じゃあ、ちょこっと説明しますねぇ」
続けて師匠の講義がはじまる。




