騙るヤツ
「ん?どうしたのかね?」
侯爵様が少し怪訝そうな表情で尋ねた。
一瞬どうしようか迷ったが、もうウチの庭のことはバレてるわけだし、今さら隠すようなことでもないか。
でも、本人がその場にいるにしても、侯爵様に話すのは何か言いつけるみたいな気がして、私は興味深げにこちらを見ているパトリツィアと視線を合わせた。
ニッコニコである。
まいっか。気にするようなタイプじゃないし。
「パトリツィア、私と初めて会った日にウチの庭で剣のお稽古してたでしょ」
「そ、その節はご迷惑を」
「それは良いんだってば。
あの時ね、私ずっと見てたんだけど、パトリツィアが剣の素振りを始める前にキョロキョロしていたのって、侯爵様に周りを見なさいって言われたから?」
「もちろんよ。素振りの前には必ずやっていたわ」
「だそうです、侯爵様」
侯爵様はしばらく何も言わなかったが、やがて肩を震わせはじめた。
人んちの庭で真剣な顔でキョロキョロする孫の姿を想像したに違いない。
何がおかしいのか分かっていない孫娘は、疑問符付きの顔でそれを見ていた。
「パティ、笑って済まなかった。
ちゃんと説明しなかった私が悪い。
お前は頑張ったんだな、偉いぞ」
侯爵様は目尻の涙を拭い、パトリツィアの頭を撫でた。
よくわからないまま照れるパトリツィアかわいい。
「やはり言葉だけでは難しいな。
よし、行くか」
侯爵様はそう言って立ち上がり、スタスタ歩き出した。
私たちは戸惑いながら、慌てて後に付いてゆく。
「あの、どちらに……」
「まあ、来ればわかる」
おずおずと尋ねる私に、侯爵様はニヤリと笑う。
着いたのは、朝ちらっと見た裏庭だった。
さすが侯爵家、裏庭でもウチの庭の3倍くらいに広さがある。
塀に沿って数本の木が並び、その周りを囲む夏の花が咲き乱れる花壇。
端の方には洗濯場と物干しがあり、物干しにはいっぱいの洗濯物が並んでいた。その脇には休憩用の質素な木のテーブルとベンチが置かれている。
ベンチには、小さな人影がこちらに背を向けて座っていた。
ツインテールの女の子だ。
テーブルに突っ伏して動かない。寝ているみたいだ。
侯爵様は、彼女の方へと歩いてゆく。
「やあ、お待たせしたね」
侯爵様の声に、女の子はゆっくりと頭を上げ、辺りをもたもた見回す。
ようやくここがどこか気付いたらしく、「ああ、そうでしたー」とつぶやいて、ゆっくりと振り返った。
知っている人だった。
自称永遠の10歳。好きなもの酒。「昨日の晩ごはん何?」って訊くと「おつまみ」と答える女。
A級冒険者ラモナ・フラスカ。私の短剣の師匠である。
「侯爵様、こんにちはあ。お久ぶりですぅ」
「うむ。久しいな。
この度は、急に呼び立ててすまぬ」
「いえいえ、侯爵様のご指名とあらばー」
ひとしきり談笑した後、侯爵様は私たちに師匠を紹介する。
その手は頭の上に置かれている。さすが師匠の扱いを心得ておいでだ。師匠、撫でると素で喜ぶからなあ。
「というわけで、彼女が君たちに短剣術を教えてくれるラモナ・フラスカだ。
ビアンカはよく知っているだろう?
驚いたか?」
「……はい。驚きました」
侯爵様、サプライズ好きだよなぁ。
ポカンとしていたパトリツィアが食いついてくる。
「ビアンカ、知っているの?」
「ああ、うん。……私の師匠」
「すごい!そうなの⁉」
テンションが上がるパトリツィアに師匠がぎこちなく頭を下げる。
「パトリツィア様、初めまして。
ラモナ・フラスカと申します」
「パトリツィア・パンツィーリです。
ご指導、よろしくお願いします!」
「こちらこそですぅ。
それで、ラモナちゃんが年下なので、お姉ちゃんって呼んでいいですかぁ?」
侯爵家ご令嬢とあって、さすがの師匠もちゃんとするか。
と思ったとたんにこれだよ、アホ師匠。
「はい! 師匠はおいくつなのですか?」
「ラモナちゃんは10歳ですぅ」
「信じちゃだめだからね!」
あまりにひどいので突っ込まざるを得なかった。
侯爵様はニコニコしながら見ているだけだし、私がこの阿呆を止めないと収拾がつかなくなる。
「あれぇ?見たことのある人がいますねぇ」
わざとらしく小首をかしげる師匠に、一応頭を下げる。
「お久しぶりです。ビアンカ・ナンチャーラです。
領ではお世話になりました」
「ああ、そうでした!ビアンカちゃんでしたぁ‼
パトリツィアお姉ちゃん。ビアンカちゃんは、修行を始めて一年ちょっとでラモナを倒した天才少女なんですよぉ?」
「そうなんですか!?」
「だからパトリツィア、それは違うって言ったでしょ?
師匠もいい加減なこと言うのやめてください。キレますよ?」
私の苦情に、師匠がわざとらしく怯えた表情を作ってパトリツィアの後ろに隠れる。
「パトリツィアお姉ちゃーん、ビアンカちゃんがいじめるんですぅ」
「ビアンカ、子供をいじめるのはいけないと思う」
「だから見かけに騙されちゃダメなんだってば!
か弱くないから。短剣の師匠だから。
ソレは年下でも何でもないの。騙ってるだけなの!」
次の瞬間、私の足首が握られる。
足元を見ると、師匠がしゃがんでこちらを見上げていた。
相変わらずのスピードだ。
「ビアンカちゃん、なんか変な言葉が聞こえたのですがラモナの聞き間違いですかぁ?
アキレス腱切りますよぉ?」
負けてたまるか。ここで屈したらまたいいように遊ばれる。
「師匠。私はギルドから紹介されたときに資料を見てるんですからね。
今度街中で叫びましょうか?
えーと、あの時は確か27歳と書いてありましたから、四年たった今はミソ」
「わあああああ!」
師匠は叫びながら私に抱き着く。
「もお、冗談ですよぅ。
久しぶりだったのでちょっとふざけただけじゃないですかぁ。
ビアンカちゃんは、身長も体重も年齢もラモナちゃんを追い越したんですから、もっと優しくしてくれてもいいと思いまーす」
年齢は追い越すもんじゃねーだろが。あと体重とか言うな。
でも、さらに絡んでくることは分かっているのでここは何も言い返さない。
「はいはい。
ってか、師匠下りてください」
「なんですかもう、ビアンカちゃんのいけずぅ」
師匠が離れたところで、侯爵様とパトリツィアが生暖かい目で私たちを見ていることに気付いた。
非常に恥ずかしい。
「ほんとに仲がいいのだな。
ラモナに頼んだ甲斐があったというものだ」
侯爵様が満足げに言うので、反論は諦めた。
でも、ひとつ気になることは訊いておこう。
「侯爵様。師匠とお知り合いだったんですか?」
「ああ。何度か護衛を頼んだことがあってな。
君の父上から君の師匠だったことを聞いて思い出したのだ。
パトリツィアが短剣を習いたいと言ってきたので、ちょうどよかった」
「なるほど……。よく分かりました」
また父さんか。
でもまあ、人間性はともかく師匠なら気心は知れているし、パトリツィアの視野狭窄を直してくれそうな気がするので、今回は許すとしよう。
「さて、それでは早速始めよう!
ふたりとも着替えて来なさい」
侯爵様がパンと手を打って宣言した。
いきなり?
「はい!」
パトリツィアが元気に返事をして、キラキラした目で駆け出していった。
やるしかないのか……。
私は軽いめまいを覚えながら、その後を追った。




