漏らすヤツ
門番さんに話は通っており、私はつつがなく正門を抜け、お屋敷の前に着く。
玄関前には執事さんが待っていた。
背筋のピンと伸びた細身の老人で、切れ者オーラが半端ない。
渋い声でトストさんと名乗った。
朝とは広さも豪華さも違う客間に通され、侯爵様たちを待つ。
朝の話を思い出して、思わず天井を見上げる。
さすがに考えすぎか?
いや、あのアンネッタさんが監視を怠るわけがない。
敵意のないことをアピールしておこうと、天井に向かって笑顔を作り、カーテシーを決めてみる。
「プッ!」
突然の声に、私はその姿勢のまま固まった。
首だけをゆっくり回す。
擬音を当てるなら「ギギギギ」一択だ。
侯爵様が口に手を当てて震えている。
超絶恥ずい。
そのとなりのパトリツィアが満面の笑みで言った。
「少しの空き時間でも挨拶の練習をするとはさすがビアンカだね!
のけぞりカーテシー、斬新だと思う!」
「グッ……」
パトリツィアの珍解釈を侯爵様はなんとかこらえた。
「パトリツィア、そういうことではないと思ボフォ!」
こらえられなかった。
「お爺様は何を笑っているのですか?」
きょとんとすな。
「い、いや、失敬。
まあ、とりあえず座ろうか」
侯爵様の言葉を受け、笑いの空気を引きずったまま私たちは席に着く。
初日からやっちまったけど、堅苦しさがなくなったので、怪我の功名ということにしよう。
「さて、本題に入ろう」
メイドさんがタイミングよく運んできたお茶を一口飲んで、侯爵様が私を見た。
「色々考えた結果、ひとつ君にやって欲しいことを決めた」
「はい。私にできることでしたら」
侯爵様がなんかニヤニヤしていて嫌な予感しかしないが、そう答えるしかない。
「ビアンカ君、聞くところによると君は短剣が得意だそうだな」
「……へ?」
一瞬、何のことか理解できなかった。
いや、確かに短剣術は習った。護身にちょっと役だつくらいだけど。
てか、何で知ってんの?
「え、えと、どこでそれを……」
「ほう。否定しないということは本当に得意なようだ」
「いえ!得意じゃないです!!」
「変だな、その辺の大人じゃかなわないとナンチャーラ男爵は言っていたのだが」
「え? お父さ、父が?」
何でお父さんが出てくるわけ?
侯爵様と実家には何のつながりもない。
まさか、この数日のうちに会ったとか?
いやいや、実家までは馬車を乗り継いで三週間かかる。手紙のやり取りをするにも足りない。
混乱する私を見ながら、侯爵様は楽しそうに言った。
「おとといの午後、遠話機で話したのだよ。
ナンチャーラ領の隣のアロイージ伯爵は妻の遠縁でな。
そこには遠話機があるから、申し訳ないとは思ったが君の父上にご足労願った」
「遠話機!?」
まだ残ってたんだ!
遠話機は開発中止になったRPGに登場する通信魔道具で、魔法の衰退した乙女ゲー世界ではパステルカラーのファンシーな伝書小鳥に取って替わられている。
もうこの世界にはないものだと思っていたけど、裏ではちゃんと生き残っていてくれたらしい。
これは相当嬉しい。
他にも何か残ってるかもしれない。
いや、その前に遠話機の実物見たい!
「はっはっは。親子そろって魔道具好きなのだな。
伯爵の話では、君の父上も遠話機にすごく興味を持ったらしく、質問責めにあったそうだ」
侯爵様の声に我に返る。
てか、親父!
一昨年、バザールでガラクタ買ってきてお母さんの逆鱗に触れてから大人しくなったと思ってたのに、そこでやらかすか。
魔道具マニアの遺伝とかじゃなく、作者として、私もアーティファクト情報をものすごく聞きたいんだけど、あの能天気父と同類だと思われるのは癪なので、涙を呑んで話を戻す。
「それは、父が大変失礼を致しました。
で、その父が何を言ったのでしょうか」
そう。浮かれてる場合じゃなかった。
問題はそっちなのだ。
「うむ。色々と君のことを教えてくれた。
私としてはご実家に連絡するつもりなどなかったのだが、アンネッタ――この子の妹が君の身元の確認をしろとうるさくてね、それで急遽直接話を聞いてみることにしたのだ。
君もそうだが、君の父上もなかなか愉快な人だな。
同じ魔道具好きとして話が弾んだ。
今度王都に来た際には、一杯飲む約束もした。
いやあ、連絡してみてよかった」
目に浮かぶようだ。
いきなり呼び出されたと思ったら、レアな魔道具を見てテンションが上がり、娘が侯爵家と縁を持ったことにまたテンションが上がり、おまけに侯爵様が同じ魔道具マニアと知ってテンションが天元突破したとか、大方そんな感じだろう。
そんで私の個人情報をダラダラ漏らしたと。帰ったらぶっとばす。
侯爵様が懐の深い人だったからよかったものの、そうじゃなかったらお取りつぶし案件になったかも知れないことなど、気づいてもいないだろう。帰ったらぶっとばす。
あと、アンネッタさん怖い。
「あー、侯爵様」
私は、深いため息とともに訂正する。
「父が何を言ったかは分かりませんが、それはかなり誇張した話だと思われます。
話半分、いや一割でお考えいただいてちょうどよいかと存じます」
「そうなのかね?
でも、短剣の師匠に勝ったのだろう?」
「ビアンカはすごいんですよ!」
根拠のない賞賛をいただき光栄だが、その話はガセだ。
速攻否定させてもらう。
「いえ、それは師匠がひどい二日酔いだったためです。
勝手に目を回したのに、恥ずかしかったのか、私の攻撃で倒れたことにしたのです。
父には説明したのですが、師匠が私をほめちぎるので私が謙遜していることになってしまいました」
ちらっと師匠のことを思い出す。
変な人だったな。
ギルド本部から呼び出されたって言って、二年弱でナンチャーラ領を出て行ったけど元気かな。
侯爵様は、お父さんの話とのギャップにちょっと笑いながら言った。
「そうなのか。
まあ、初心者ではないのだから問題ない」
「はい?」
「君には、パトリツィアの短剣の修行に付き合ってもらおうと思っている。
ちゃんとした師はつけるが、それ以外にも日々の稽古相手は必要だからな。
もちろん、君が希望するならいっしょに修行してもらっても構わない」
「ビアンカ、いっしょにやろう!」
意味が分からん。
短剣どこから出てきた。
「すみません。急なお話でよく呑み込めていないのですが、なぜパトリツィア様が短剣を?」
「ビアンカが師匠に勝ったという話を聞いてひらめいたのよ!」
パトリツィアが勢い込んで割って入る。
「剣はダメだったけれど、短剣なら体が小さな私でも扱いやすいでしょ?
それに、ビアンカが一緒なら最高だと思って、お爺様にお願いしたの!
私は短剣を極めて、盗賊をやっつけるのよ!」
勢い込むパトリツィアを侯爵様が制する。
「パティ、少し落ち着きなさい。
お前に短剣を習うことを許したのは、身を守るすべを学んで欲しいからなのは確かだ。
だが、それ以上に重要なのは、お前が短剣を学ぶことによって周りをよく見るということを身に付けてもらいたいのだ」
「周りをよく見ること?」
「そうだ。
剣の修行を止める際に、お前は目先のことしか見えていないと言ったのを覚えているか?」
「はい、もちろんです。
ですから、剣を振る前には周りを良く見るようにしていました!」
「あ」
私は、思わず声を漏らしてしまった。
庭で素振りしてた時の挙動不審は、そういうことだったのか……。
なんか悲しい気持ちになって、私は思わずため息をついた。




