素質あるヤツ
ああ、そうだったのね。
ため息が出ちゃう。
やっと事態が飲み込めた。おかしいと思ったんだよ。
「確認させていただきますが、馬車もアンネッタ様ですね?」
「ええ、一番乗り心地の良いものを行かせました」
「お気遣いありがとうございます。
ただ、もう少し後でもよかったのですが」
「いえ、一刻も早くお目にかかりたかったものですから」
おほほほ。
あれ? なんか、貴族子女の会話っぽい。
パトリツィアがストレート過ぎて忘れてた。
「でも、安心しましたわ」
アンネッタさんはそう言って、少し肩の力を抜いた。
「安心、ですか」
「ええ。
先週からお姉さまはあなたの話ばかりしていますの。
今まで聞いたことのないお名前でしたから、どんな方だろうと思っていました。
そうしたら、『アンネッタ、来週からビアンカが屋敷に来る!侍女という名目だけど、本当は侍女ではなく私の教師として来るんだよ!』とお姉さまが言い出して、もう何のことか分からなくなりました」
「ああ。目に浮かびます」
うん。そりゃ訳分かんなくもなるわね。
あとモノマネうまい。
「はい。それで少し心配になりまして。
お姉さまはとても純粋な方です。騙されているのかも知れません。
もしその方が、お姉さまにとってよろしくない人物だったり、お姉さまを利用して我が侯爵家に取り入ることが目的だったりした場合は、排除しなければと思っていました」
「排除ですか……」
「はい。一応、ドアの向こうと天井裏に人を配してあります」
「え?」
私は反射的に上を見上げた。
知らない天井だ。
そうか。あの向こうでは暗殺者が私を狙っているのか。
「ご安心ください、今はドアの外だけです」
あ、もういないのね。
「それに、ご想像なさるような排除ではありません。
よからぬ人物だった場合、ここからお引き取り頂いて二度とこの家の門を潜らないとお約束いただくだけです」
ビビる私を見てアンネッタさんは華やかに笑った。
目が笑ってない。
実に心臓に悪い。
一応確認する。
「それで、私はなんとか排除されないで済みそうでしょうか?」
「ええ、もちろん。
天井から確認させたご様子も私がこの部屋に入る前に聞きましたが、何かを物色するわけでもなく、ただボーっと座っておいでとのことでした。
私も自分の目であなたに悪意がないことは確かめました。
監視しているかも知れない誰かに全く警戒せず、美味しそうにお茶を飲んで、時折何かをつぶやくだけでしたから」
「え? 私、何か言いました?」
「はい。私に聞こえたのは『まいっか』と『おにぎりだな』の二つです」
うわあ、恥ずかしい。
「『まいっか』は分かるとして、『おにぎり』とか何ですか?」
あ、おにぎり知らないか。
「お米を使った簡単な料理です。
朝食のことを考えていたら口に出てしまったのでしょう。
実家は米どころなのでよく食べていたのです」
前世も現世も実家の主食は米である。
ただ、おにぎりは私が広めたのでナンチャーラ領以外では超マイナーだ。
思い出したらお腹が鳴った。
重ね重ね恥ずかしい。
「ああ、朝食まだでしたのね。
そのおにぎりというわけには参りませんが、何か簡単なものを作らせますので召し上がってください」
「いえ、そういうわけには」
「ご遠慮なさらないでください。
朝から引っ張り回したのはこちらですから、そのお詫びです。
私もまだですから、いっしょにいただきましょう」
毒とか盛られないだろうな、と一瞬思ったが、有無を言わせないオーラに頷くしかない。
「ありがとうございます。では遠慮なく」
アンネッタさんがクールメイドさんを呼び、指示を出す。
はしたないけど、侯爵家の朝食はちょっと楽しみではある。
「最後にひとつ。とても気になることがあるのですが」
薄青の瞳がキラっと輝く。
「お姉さまの教師とは何をなさるんですか?
お爺様は入園の準備とおっしゃっていましたが、どういうことなのでしょう?
お姉さまにも訊いたのですが、よくお分かりではないようで」
「いえ、教師とかそういうのではございません」
なんか変な風に伝わっているっぽい。
そりゃ、男爵の小娘が侯爵令嬢の教師だなんて、訝しいに決まってるよね。
ただのバイトですよバイト。
私はこれまでの経緯と侯爵様からの依頼内容をかいつまんで話した。
「なるほど。ようやく分かりました。
でもね、私は、お姉さまは普通の貴族に収まるような方ではないと思うのです。
あんなに明るくて、優しくて、まっすぐな方を私は知りません」
野生児を身内フィルターかけて言い換えるとそうなるのか。まあ、間違ってはいない。
私はちょっとオブラートに包んで同意する。
「確かに、少し失礼な言い方になるかも知れませんが、侯爵家令嬢らしくはありませんね。私も最初びっくりしました。
少々規格外ではあるかとは思いますが、でも、何と言うか、とても可愛らしく思いました」
「まあ! ビアンカ様もそう思われますか?」
突然スイッチが入った。
貴族令嬢のマスクがはがれて、年相応の幼い笑顔が弾ける。
「そうなんです。お姉さまは可愛いのです!
お顔ももちろんですが、全然剣士っぽくないのにがんばって剣士の話し方をするところも、思い立ったらすぐ駆けだすところも、失敗してしょんぼりして帰ってくるところも、全てが素晴らしいのです!」
「は、はい」
「礼儀作法のお茶会で、猪の解体の話を持ち出したときなんて……ああっ、私、胸が高鳴って止まりませんでしたの!」
いやダメだろそれ。
ちょっと目がヤバい。ヤンデレの素質があるのかもしれない。
なんていうか、姉というよりできの悪い妹を溺愛する姉の視点だ。あるいは「うちのわんこ最高」的なやつ。
メイドさんが持ってきてくれたパニーノを食べ終わるまで、アンネッタさんの「お姉さま可愛い劇場」は続いた。
「さて、そろそろお時間ですね」
掛け時計を確認し、アンネッタさんが立ち上がった。
「では、本日はありがとうございました。
裏口までお送りしますわ」
「え?」
帰れって?
これから仕事なんだけど。
「約束は10時でしょう?
ここでのことはお爺様もお姉さまもご存じありませんので、ビアンカ様は時間通りに初めて伯爵家をご訪問下さい」
「かしこまりました」
「私は本日お茶会があるので同席できません。
それから明日から領地に出向くのでしばらく留守にしますが、私の目が届かないのをいいことに、姉を悲しませるようなことはしないで下さいね。あなたの安全のためにも」
「は、はい。もちろんでございます」
「最後に、本日私と会ったことは内密にお願いします。
ふたりの約束です」
そっか、秘密面接だったわね。
パトリツィアと違って、こっちの約束は罰則が怖い。
気を付けなければ。
「かしこまりました。
パトリツィア様とのお約束は1日保ちませんでしたが、この約束は長続きしそうですね」
「え? 何ですか、そのお話は。
伺っていませんよ?」
いや、その話kwskじゃないから。
時間だって言ったのあんたでしょうが。
怖いってば。
私はゴネるアンネッタさんを振り切って、なんとか脱出した。
色々ヤバい人物だった。
ゲームに出て来ないキャラは、性格の想像が全くできない。
心してかからないとトラブルに巻き込まれかねないな。
今回のことは、いい教訓として心に刻んでおこう。
裏口から外壁をぐるっと回って正門へと向かう。
ちょっと意味不明だが、ここからが正式な初訪だからね。
そう。まだ何も始まっていないのである。
既に相当疲れているけど、私の一日はこれからなのだ。




