表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第5話:勘違い禁止





翌日。


教室に入ると、いつも通りの朝だった。

特別な視線も、気配もない。


(……当たり前だよな)


昨日ノートを見せただけだ。ただそれだけ。

それ以上でも以下でもない。


《昨日の出来事覚えてるかな?》

《相手は覚えてないかもね》

(だろうな……)


普通に席に着いて、普通にカバンを下ろす。

ノートを取り出す。ここまで後ろから声はかからない。当然だが横からもない。


《話しかける?》

《いきなりいっちゃう?》

(やめろって……)


チャイムが鳴った。授業が始まり、教師が板書を始め、俺はノートを開く。


(至って普通の字、だよな)


板書を書き写していく。字は、昨日と同じ。雑でもなければきれいでもないが。昨日の「きれいな字だね」もきっと聞き間違いだろう。


《見せる相手、いないね》

《つまらないね》

(つまらないってなんだよ)


休み時間。

周囲ではまた声が上がる。笑い声。雑談。

いくつかのグループらしき集団もいた。

もう、友人が出来てるのか。みんな早いな。


そんなときに背後から、あの声。


「ねえ、今日のプリントさ」


心臓が、一瞬だけ跳ねた。


《来た!?》

《来たかも!?》

(ちょっと黙って!)

「前の授業の続きだよね?」


びっくりした。俺じゃなかった。話しかけられているのは斜め後ろの男子。当たり前だけど。


「あー、そうそう」


会話はそれで終わる。


(そりゃそうだ)

《期待したね》

《一瞬だけね》

(するかっての)


それだけだった。

何も起きないし、何も変わらない。


(ただの勘違いだ)


ノートを見せただけ。それ以上じゃない。

それで終わる話なんだ。









さらに数日後。


放課後が近い時間帯、教室には少しだけ空間が出来た。


《実験、してみる?》

《条件は整ってるよ》

(怖ぇよ何の話だよ)


俺は席に座ったまま、内心ではこいつらに反論しつつぼんやりしていた。

後ろから、あの声。


「ねえ」


来た。


《来たね!》

《今度こそ!》


やたらテンションが高くなってる天使と悪魔を無視して振り返る。


「これさ、合ってる?」


見せられたのはプリント。完全に授業内容だ。


(普通だな)

《ここで雑談いこう!》

《いや、急すぎじゃない?》

(うるさいよ)

「……合ってると思うよ」

「ありがとー」


それで終わり。

……終わり?


《続かせる?》

《自分から続ける??》

(いや無理だろ)


喉が鳴る。言葉が、どこにも出てこない。


《今なら自然だよ》

《むしろ今しかなくない?》

(何がだ)


沈黙が続いたことで相手は立ち去ろうとする。


《このままじゃ終わっちゃうよ?》

《それでいいの?ねえほんとにいいの?》

(……)


一歩、踏み出しかけて、止まる。


(いや、何してんだよ俺)

《声出せば流れ変わる》

《人生の分岐点かも》


「(大げさすぎる)……あの」


声が出た。


「?」

《大成功だよ!》

《ここからイベント発生!》

「(発生しねーよ)……いや……」


続かない。


「どうしたの?」

《優しいねー》

《困らせてるのに優しいね》

(別に困らせてはないだろ)


結局続く言葉が見つからず。


「……ごめん」

「あ、うん」


それで終わった。

相手は困った風でも、怒ってる風でもなく、ただ“クラスメイトとの会話が終わった”と解釈した。


《終わっちゃったね》

《でも今のでフラグ立った気がする》

(立つかばか)


何事もなく、一人になる。


《今回は未遂だったけど》

《でも次はあるよ次は!》

(作るんじゃない)


机に突っ伏す。


(疲れた)


限界は何も増えないまま、また精神が削れただけだ。







翌日以降。


教室は何も変わらない。席も、配置も、空気も。変わる理由もない。

後ろから声はかからないし、横からもない。

前からも。


《昨日の余韻は?》

《残ってるかもね》

(残らない)


ノートを開き、板書を書く。

昨日と同じ速度で、同じ癖。


《あれ、視線》

《感じない?》

(集中だ、集中)


休み時間になって、周囲は相変わらず騒がしい。笑い声。机を寄せる音。


(まあ普通だな)


あの席も普通。

立ち上がって、座る。

誰かと話す。


《あれ見て》

《目が合ったよ》

(合ってない)


視線を落とす。ペンを回す。


《意識してない?》

《無意識ってやつ?》

(勝手に決めるな)


昼休み。

廊下に出た瞬間、前触れもなくすれ違った。


《今だ!》

《イベント発生!》

(しない)


何も起きない。

すれ違って終わり。


(ほらな)


午後になって、プリントが配られる。

前から回ってきた紙を受け取り、後ろへ回す。


《手が近いよ》

《距離、ゼロ》

(ゼロじゃないし)


指は触れてない。確認もした。

触れた感覚はない。間違いない。


《触れた判定は?》

《誤差範囲ですね》

(捏造すんな)


放課後。教室に残る人数は減っていく。

音も減る。


《静寂だね》

《チャンスだね》

(何の?)


椅子を引く音。誰かが帰って、一人、また一人。


《残った二人…》

《これはもう…》

(俺含めて三人いるから)


手元のプリントを片付ける。カバンに入れる。


《目が合った》

《まただよ》

(またじゃない)


顔を上げる。ただの確認だ。


(用はない)


声はかからないし、かけない。


《この沈黙…》

《意味深だね》

(意味を作り出すな)


教室を出る。


《背中に視線》

《見送られてるよ》

(気のせいだって)


階段を下りて、昇降口。靴を履き替える。


《帰り道イベント発生》

《定番だ》

(定番じゃないし、発生しない)


校門を出る。

何も起きない。最後まで。

当然だ。


《今日も不成立》

《でも積み上がってるよ》

(別に積み上がってない)


家に着いて、ノートを出す。

今日の分を見る。


字は同じ。昨日との差分もなし。


《共有した時間…》

《尊い…》

(違うから)


ノートを閉じた。


(………疲れた)


今日も、何も起きなかった。それが正解なのに。

起きてないのに、俺の精神はまた削れた。


《勘違い継続中》

《まだ続く》

(終われ)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ