よだかの歌
引用符が付いている四行(『――よだかは、実にみにくい鳥です。』のところです)は原作から引用していることを明記しておきます。
チドリという鳥は、歌がうまいとされています。
彼らは春になるとこの森にやってきて、虫なんかを食べながら冬が来るまでいます。
そのため、春が来た時に他の鳥たちは、その美しい声を聞こうと春の陽気とともに飛び出してくる始末。それほど心待ちにしているのです。
しかし、ここに一匹のチドリがいます。彼はオチさんと呼ばれていました。
オチさんはとても歌が下手でした。他のチドリはピヨピヨとかわいらしい歌を歌うのですが、オチさんのその声は、雷でも落ちたかのような低くとどろくような声で、聞くに堪えないものでした。
一緒にやってくるチドリたちはこの森に来る前に「ほら、恥をさらしに行くよ」とはやし立て、この森の鳥たちも「アンタは歌わないでくれ」と煙たがっています。そのため、オチさんはこの森の厄介ものでした。
「へん、みんななんだってんだい。歌くらい歌わせてくれよ」
今日もオチさんは森の近くの畑に巣を作ってぼやいています。
オチさんは体が大きくありません。鋭い爪もありません。
他の鳥たちがバカにしてきても、その歌声のせいで音痴をもじってオチさんと言われても、自分でも好きではない声で追い返すことくらいしかできないのです。
「俺が歌が上手けりゃ、みんなうっとりして踊ったりでもしたのかな」
そんなことを言って、オチさんは巣の上で伏せました。
もうすぐ夜です。そろそろ眠っておかないと、明日の朝に虫を取りに行くことが億劫になってしまいます。
「ああ、明日になったら声がきれいになっていないかしら」
明日のことを考えて、枝と綿でふっくらとさせた巣に体を預けようとした時でした。
キシキシキシッ、と夕闇を切り裂くような鳴き声が聞こえました。その鋭さは鷹のようで、周りのチドリたちはみんなぶるぶる震えてしまいました。
ですが、オチさんは知っています。その鳴き声は確かに鷹に似ていますが、夜に鳴くのは彼の数少ない友人でした。
「おおい、よだかさん。今日も威勢がいい声だね」
「ああ、オチさん。こんにちは」
よだかと呼ばれたその鳥はばさりと翼をはためかせてオチさんのところに来ました。
――よだかは、実にみにくい鳥です。
――顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。
――足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。
――ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合でした。
そんなよだかですが、心根は優しく、オチさんの歌を聞いても笑わず「どうも聞かせてくれてありがとう」と言ってくれるのです。
彼はオチという名前を「由来はよくないですが、なんだか強そうな名前で私は好きですよ」と笑います。よだかのそんなところがオチさんは好きで、彼の前では心置きなく歌を歌えていました。
「して、よだかさん。きょうはそんなに慌ててどこにいくんだい?」
オチさんはいぶかります。どうもよだかはいつもと違って、なにかかなしそうな様子だったのです。
よだかはそう聞かれてほっとしたのか泣きそうなのかよくわからない顔をして言いました。
「これから、遠くに行こうと思っているんです。誰も行ったことがないほど遠くへ」
「なんてことだ。そんならもう俺には会えないってのかい」
「そういうことになります。かわせみにも言付けています。ごめんなさい」
よだかが頭を下げながらそう言うので、オチさんもなんだか悲しくなってきてつい呼び止めてしまいます。
「どうしてそんなことになったんだい、ちょっと話してごらんなさい」
「いいえ話せません。もう私は疲れてしまったのです。ただ遠くに行って、何か美しいものになろうと思うのです」
「美しいものってのはなんだい」
「わかりません。ただ、悪いものが一つもない、そんなものです」
よだかの言っていることはオチさんにはわかりませんでした。
そうしているうちに、よだかはまた翼をはためかせ始めました。
「それではオチさんお達者で。行ってきます」
「もう行くのかい、さびしいよ」
「すみません、こんな私と仲良くしてくれてありがとう。さよなら、さよなら」
よだかは心底そう思っているかのように心を込めて言って、北の方に去っていきました。
遠くから山火事の喧騒が聞こえてきます。南の方では大変なことになっているでしょう。
「大丈夫かしら」
すでによだかは夕闇の中、消えていきました。オチさんは何もできずそこでうずくまって、そのまま眠ってしまったのです。
その日は、星のきれいな夜でした。
それからしばらくして。オチさんはいつものように空を飛んでいました。
今日もオチさんは歌を馬鹿にされていましたが、それでも精いっぱい生きていました。
そしてお昼に一人で歌っていたとき、ある一匹の鳥を見たのです。
「おや、オチさん。今日も精が出るね」
「おや、かわせみさん。今日も美しい姿をしているね」
かわせみは美しい宝石のような姿を誇るようにしてこちらに近づいてきました。オチさんは目を細めながら彼のことを見ました。
「そういや、よだかさんはどうなったんだい。私のところに来て、遠くに行くと言っていたけど」
かわせみはよだかの兄弟です。姿は似ていませんでしたが、彼とよだかが仲がいいのはよく知られていることでした。
オチさんの言葉を聞いて、かわせみはかなしそうに微笑んでいいました。
「ああ、オチさんは知らないんですね。兄さんは星になったのです」
「星だって?」
「そうです。どこかにある星です。僕たちには見えませんが、よくお星さまたちがしゃべっていると、フクロウたちが言っているらしいのです」
「お星さまがしゃべっているのかい」
「ええ、よだかは青白い星になったと。兄さんは星になって、夜に誰かが迷わないでいいように光り輝いているのです」
立派なことです、とかわせみはそう言ってまたどこかへ飛んでいきました。その体は森の奥に消えて、暗くて見えなくなってしまいます。
オチさんはしばらく近くの木でじっとしていましたが、ある時から急にさあっと体が冷たくなって、いてもたってもいられず南の方へ飛んでいきました。
羽ばたいて、羽ばたいて、よだかのように羽ばたこうとします。
ですが、その飛んでいる姿はよだかのようにはいきません。
それもそうでしょう、よだかは他の鳥こそ食べませんが鷹のように鳴いて、鷹のように強く勇猛に羽ばたけたのですから。
ですが、それでもオチさんは飛んでいきます。南の方へ山火事の跡の方へ飛んでいきます。
その道中で、オチさんは叫びました。
「何がきれいな星になっただい、何が夜の森を照らせるようになっただい。私は昼でも会えるアンタの方がよかったよ」
そう言ってオチさんは歌を歌い始めました。その声はいつもと違い、キシキシキシッと鋭いものでした。
そうです、オチさんはよだかのように歌を歌ったのです。
「私はアンタほど遠くに飛べない。アンタほどやさしくない。アンタの顔だって、不細工だと思っていたよ。ひどいことを思った。ひどいやつなんだ、私は」
歌を歌い続けながら、オチさんはそう言って泣き叫びます。
他の鳥たちも何事かと木のうろや枝からオチさんをじろりと見ています。なかにはその声のおかしさに笑う者もいました。
それをものともせずオチさんはまた叫びました。
「そうだ、他のやつには光をくれてやればいい。私はアンタの声をもらうよ」
そしてまたキシキシキシッと鳴きました。それを雛鳥たちはまねをします。
そうなのです。よだかの声をまねしたその声は聞き心地がいいものではありませんでしたが、とても勇ましく、なんだかこどもが真似をしたくなるような不思議さがありました。
「よだかさん、アンタにも聞こえるかい。アンタの歌だよ」
オチさんは何度も何度も鳴きます。その歌はすぐに息切れで途切れてしまいます。それでもオチさんは何度もその勇ましい歌を歌い続けます。
オチさんが生きていた間、その歌は続けられました。
それは確かによだかの歌でした。




