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4.敵情視察

「うわぁ、モイライの北側が全部軍の施設なの……? ひ、広すぎる……」


 カフェテリアを後にしたあと、見かけた書店でアカシャは都市地図を手に入れ、広場のベンチでそれを開いていた。


「東側のゲートなら今からでも行けるかな……まずは情報を集めないと」


 日差しはやや傾きつつある。都市内に鉄道が縦横にに通っているので移動はさほどではないが、何か出来るような時間はそれほどないだろう。


「……これは敵情視察ってやつよ」


 敵ではないのだが、そういう気分だった。 

 どこかまだ気落ちしている心を振り払うように、ぶつぶつとひとり呟きながら、モイライの地図を頭に入れていく。


 何の前触れもなく訪ねてどうにかなるなどとは思っていない。

 例えばこれがどこか一国の騎士団であっても、外部の人間が突然訪ねて面会に応じてもらうなど、よほどの伝手を持たない限り不可能だろう。何より、礼を欠く。


 尚悪いことにアカシャは、伝手など何ひとつないのだ。


 亡国の姫は、つまるところ今現在の身分は平民だ。もし魔法が使えたなら、実力主義の機構軍に与する手段はいくらかあっただろうが、それも叶わない。


 祖国ヴィサルガはといえば辺境の小国で、知名度はおろか、そもそも他国との外交を殆ど持たなかった。

 国の特性ゆえに。王族を筆頭にその血に受けた力を護り、隠すために。


 それが皮肉なことに今においては大きな壁だ。

 外交を持たない小国の王族など、滅亡していなかったとしても、単純に身分の扱いだけで言うならば大国の伯爵家にも劣る。


 自力で伝手を作ろうにも、”秘密”がその枷となり阻む。


 八方塞がりの中で、それでも解決の糸口を探すために、行動を起こしたのだ。真実を隠したままでどこまで出来るかなんて、やってみなければわからないのだから。

 

 アカシャは眉間に皺を寄せて立ち上がると、軍の施設がある北の方角を睨むように見据える。それから一番近場にある鉄道の駅へと歩き出した。

 


 ◇◇◇



『アカシャ、心しておきなさい。我らの血に宿るものは、特に、お前が持って生まれてしまった()()は、ひとつ間違えれば争いの火種となり、ひとつ間違えれば幾万の民を殺す』


 列車の客席に座って、窓辺に寄りかかり硝子の窓に写る己の顔を見ながら、亡き父の言葉を思い出していた。


『……そして、たとえ幸いにして争いを望まない時代にあったとしても、ひとつ間違えれば、その身が壊れるまで子を産まされる道具にも成りうる──』


 幼い娘にそれを教えなければならなかった父の心境を思うと、胸が痛む。


 それらはかつて、遥か遠い昔に一族が辿った、実際に起きた悲劇の話だ。ヴィサルガが国交を拒み、アカシャが真実を隠さなければならない理由がそこにある。


 アカシャが持って生まれた”第二の心臓”とその能力は、相手に身に宿る絶大な魔力をただ供給するだけでなく、本来は触れ合う事で互いの魔力を循環させ回復することが出来る。


 言うなれば生身の強力な魔力増幅装置(アンプリファイア)だ。


 魔力が権力に直結するこの大陸において、その能力が齎すものはあまりに大きい。それを公にして尚も平穏に暮らす事など、至難の業だ。


 仮初めの婚姻をするに至ったのも、事情があったとはいえ、ヴィサルガ側の思惑も絡んでいた。

 ユリウス・アーデングラッハという存在が、”これ以上なく都合の良い隠し場所”だったからだ。


 

 ◇◇◇



 機構軍基地の東側ゲートの前には、日も傾きかけた頃合いだというのに、人だかりが出来ていた。


「面会の希望は中央ゲートで正規の手続きを取ってくれ。ここは民間人を通す事は出来ない」


 門兵の男が声を張り上げる。その声は少し掠れていた。

 その言葉を聞いて引き返す者も居れば、遠くから新たにこちらに向かってきている者もいる。それを見て門兵は肩を落とし溜息をついている。

 その様子から、ずっとこの調子なのだろう事は想像に難くない。


 ──よ、様子を見に来ただけだけど、何だかとても申し訳ない気分……。


 少し離れた場所で、いたたまれない心地で様子を窺っていると、服装からして平民と思しき少女と中年の女性が門兵に声を掛けた。


「ユリウス様に、会って一言お礼を伝えたいんです! どうにか、出来ませんか」


 門兵の男は溜息と共に眉を寄せる。


「俺にどうにか出来るわけがないだろう。そもそも門兵に取り次ぐ権限など無いし、俺だって話をした事も無い相手だぞ!?」


 門兵の声は苛立ちを孕んでとげとげしい。その声音にたじろいで、少女は涙を浮かべている。


「お前らみたいな者は毎日ひっきりなしに来るんだ。それをいちいち全員相手にしていたら、どうなるか想像も出来ないのか? 感謝しているというが、英雄に会いたいだけじゃないのか」

「……そんな……」

「すみませんでした。さ、もういきましょう」


 泣きじゃくる少女の肩を抱いて中年の女性はそそくさとその場を後にする。周りに居た人々も落胆したようにその場をはけていく。


 その光景に、もっと柔らかい他の言い方は出来ないものかと一瞬思いはすれど、疲れ切った様子の門兵を見るに、あの手の者が後を絶たないというのは事実なのだろう。


 ──今現在、彼らにとっては私も同類……。 明日、正規の手続きをちゃんと取ろう……中央ゲートって言ってたよね。その情報が得られただけで充分だわ……。


 先が思いやられ、来る前よりも更に気落ちして宿への帰路についた。



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