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2.要塞都市モイライ

 渇きと飢えを満たし心の余裕が出来たアカシャは、荷馬車の幌から頭を出して流れる景色を追っている。

 遥か先まで乾いた土と石くればかりで何も無い。よくこんな道を歩いて渡ろうなどと思ったものだと、己の蛮行を振り返ってはいたたまれない気持ちになっていた。


 やがて荒野をひた走る視界の先に黒く巨大な影が姿を現した。漆黒に染められたそれは、都市を護る防壁だ。


 そのあまりの大きさに距離の感覚が狂う。地平線に沿って(そび)え立つ姿はまるで山脈のようだった。あちこちから白煙が上がり空へ溶ける雲のようにたゆたうせいで、余計に錯覚を起こすのだ。


 アカシャは眼前の壮観な風景に心を奪われ、瞬きすら忘れて見入っていた。


「あの雲みたいな煙は、火事ではないですよね……?」

「はは、お嬢ちゃん、モイライに来るのは初めてかい? あれは煙じゃねぇ、紛れもなく蒸気が作る雲さ。雲がかかるせいで防壁が余計にデカく見えるだろう?」


 御者台に座る老人は解説しながら楽しげに笑う。

 

「鉄道列車は見た事あるかい? あれが走ると煙突から煙が出るだろう。石炭を使ったやつは煙と蒸気が混じってるが、モイライの蒸気機関は魔導石を併用してるんで、殆ど蒸気だけでああなるんだ」

「蒸気機関車ですね……! 運賃に手が出なくて、道中で乗れたのは二回だけです……」


 アカシャは苦笑いを浮かべて答えた。


 大陸を東西に貫く大陸横断鉄道は、開通してからまだ数えるほどの年月しか経っていない。しかしすでに主要な交通手段として定着している。

 だが軍事物資の輸送が優先されるため、民間人が利用できる機会は限られ、運賃も高騰していて滅多に乗れないのだ。


 ──先を急いでいたから、せっかく乗れた鉄道を楽しむ余裕も無かったしね……。


 内心でこれまでの旅路を振り返り、一つ溜息を吐くと顔を上げ前を見据えた。


 向かう先に見える巨大な黒壁が擁するのは、大陸王国連合機構軍の中枢都市モイライ。

 西のアルヒラルヤ、南のアーデングラッハ、東のアッターイル、それら3つの大国が先導し築かれた、大陸のど真ん中、防衛ラインの中央に位置する巨大な要塞都市だ。


 わずか数年の間に、大陸じゅうの知識と人材と資源が投入され、驚くべき速さで都市が構築されたのだという。同時に、軍属でなくとも腕に自信のある冒険者たちが集いはじめ、更にはこれを勝機と見た商売人たちが押し寄せた。

 そうしてあっという間に、大陸のどの国の首都より巨大な街が出来上がった。


 かつては魔物の大行軍に対応するための最初の前哨基地だったその街は、今や機構軍の主要拠点として機能している。




「お嬢ちゃん、モイライの東門が見えてきたぞ。通行証は持ってるかい?」


 荘厳な要塞都市の城壁と門、そして門前にひしめくように集まる雑多な露店からなる町が見え始める。


「アッターイル皇国の通行手形があります!」

「なら良かった、随分と遠くから来たもんだね。検問を通ったら少し落ち着ける場所まで乗せていこう」

「ありがとうございます……!」


 優しさが染みて思わず涙目になり、今日何度目かの感謝の言葉を述べる。


 それから再び、目前にその姿を現した巨大な要塞都市を眺めた。


 ──あの都市(まち)に、”居る”んだよね……。


 その姿も活躍も、随分と長い間、大衆新聞や人づての噂で聞くばかりだった相手だ。隔てられた遠い世界のような錯覚すらしていた。そのせいか、この先に”居る”はずだとわかっているのに、どこか現実感が薄かった。




 検問を済ませて門を抜けると、少し開けた広場のようなところまで老人は送り届けてくれた。


「お爺さん、本当に本当に助かりました! ありがとうございます! あ、あの、これ、少ないですが……!」

「いやいやお嬢ちゃん、気にしなさんな。大した事はしてないんだ。それよりろくに食べてないんだろう? 旨いものを腹いっぱい食べなさい」


 行き倒れかけたところを拾って、ここまで乗せてきてくれた上に、揚げパンとリンゴまでご馳走になったのだ。礼は尽くしたい。

 けれども路銀からささやかな謝礼を渡そうとすれば、老人は眉を下げ、笑って固辞を示す。


「な、ならば、これとかどうですか!?」


 煤けた鞄からアカシャは小石が詰まった革袋を取り出した。中に詰まっているのは、一見すれば何の変哲もない灰色の石ころだ。

 だが、恐らくは商人であろう老人は、何か察したように懐から機械仕掛けの金具がついた単眼鏡を取り出した。そして一つ手に取ると、その石を間近に観察し始める。


「ほう、こいつは魔導原石だな……」


 魔導原石は、文字通り魔導石の素材となる石の総称だ。魔力を帯びた石に術式を封じる事で魔導石となり、小さなものでも様々な簡易魔法の恩恵に与かることが出来る為、市井でも需要がある。


「いやいやいやいや、こいつは余計に貰えないよ。それこそお嬢ちゃんのために使った方がいい」

「ですが、お爺さんに助けてもらえなかったら今頃どうなっていたか……それにこれ、まだたくさんあるんです。ここに来る旅の途中で集めたから」


 じゃら、と小石が詰まった小ぶりの革袋を見せる。老人はいよいよ目を丸くした。


「……お嬢ちゃん、もしかして”石詠(いしよ)み”かい?」

「はい! 魔法は使えないんですけどね……。石は”()める”ので。これも河原で拾い集めたものですよ」

「ふむ……、ならこういうのはどうだい? まず今日の礼は不要だ。代わりに、わしの店を教えるから、気が向いたらで構わない、顔を見せに来てくれないかい? 商人にとって伝手ってのは品物に勝る事も多いんだ。それが石詠みならなおさらだ」

「そ、そうなんですね! ……ではご厚意に甘えてもいいですか」


 ──石詠みが重宝されている……!? やはり軍事都市だからかな……。


 内心驚きつつも答えれば、老人は顔にくしゃりと人好きのする笑みを浮かべて頷いた。


「本当はね、お嬢ちゃんみたいな子が一人旅とくれば、この先あてがあるのか心配もしてんだ。だがたまたま会ったばかりの人間が過度に世話を焼くのは、善行にしたって行き過ぎだ。そこにまだ信用がない過剰な親切ってのは、危ないもんだ」


 若い女の一人旅に何か事情があると察して気にかけつつも、踏み込んで良い境界を見極めてくれていたようだ。アカシャは老人の目を真っ直ぐ見て頷き返す。


「わしは見た通り商人だからね。互いに利のある関係の方が、まだしも信用できるだろう? 困ったことがあったら力を貸すし、代わりに、石詠みに頼みたい仕事はいくらでもある。判断はお嬢ちゃんに委ねよう。わしの名はロジャーだ」

「私はアカシャです。情けない話ですが、すぐに頼りに行ってしまう予感がします……」


 握手を交わしながら、苦笑いを浮かべて心情を吐露すれば、ロジャーは豪快に笑って見せた。


「そりゃいいことだ。いいかいお嬢ちゃん、このご時世、正直に助けを求められない奴は長生き出来ねぇんだ。信用は大事だが、遠慮は要らないさ」


 恐縮してぺこぺこと何度も礼をするアカシャに、ロジャーは彼の店の場所と、それから現在地であるモイライの東側の街の事を色々と教えてくれた。

 そうして、近々お店を尋ねる事を約束して、この都市(まち)で初めて出来た知人と別れた。



 ◇◇◇



 ロジャーに教えてもらった魔導具商で魔導原石を換金し、治安が良いと教えてもらった辺りに宿を取って、ようやく人心地がついた。


「はぁ……、まさかアッターイルの皇都の5倍で売れるなんて。とは言え、長丁場になりそうなら宿でなく部屋を探さないといけないし……」


 集めていた魔導原石はなかなかの高額で買い取ってもらえた。流石は防衛ラインの最前線を支える主要拠点だけあって、魔法に関するものは需要が高いのだろう。

 前線で魔物の軍勢を押しとどめる兵士や傭兵たちは魔法が使えない者もかなり多いのだという。

 彼らが強化魔法や回復魔法を封じる魔導石を求めるので、小粒のものもそれなりの値段がつくのはありがたかった。


「でも、まずは……! ご飯!!」


 安宿のきしむベッドに両手両足を投げ出していた身体を起こし、立ち上がる。


「ロジャーさんも言っていたのだし、初日くらい、思いっきり美味しいものを食べよう。お肉よ、お肉!」


 気合を入れていると、まるで返事をするように胃がぎゅるぎゅると空腹を訴えた。


「今度は……食べてる最中に失神するのだけは勘弁願いたい……」


 鞄の中にある手帳を睨み付けて念を送る。正確には、その手帳に挟まっている魔導転写画の人物に向けて。




 数日前、立ち寄った街の食堂で、モイライへの旅路の壮行を兼ねて注文した肉がたっぷり入ったシチューを目前にして、急激で膨大な量の魔力喪失による失神を起こし、そのままシチューの皿に顔ごと飛び込んでしまったのだ。

 あの時の屈辱がふつふつと沸いてくる。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

 

「せっかくのシチューを台無しにしたのに、心配してくれて、部屋を貸してくれた食堂のおかみさん。顔のやけどを治療してくれた聖女見習いのリーシャちゃん……。そうだ、あの二人にはお詫びとお礼に何か贈らなきゃ」


 旅の途中でお世話になった人たちの顔を思い浮かべながら、握りこぶしを作り、気合を入れて宿を出る。





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