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亡国の姫君は英雄から心臓を取り返したい  作者: 遠雷


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19.蒸気と魔法の街②

 ロジャーから行き先と雇い主を告げられ、アカシャはイサクと二人、東地区商人街にほど近い鉄道駅で列車を待っていた。


「ねーちゃん、もしかして緊張してんのか?」

「そ、それはもちろんですよ。だって、依頼を受けた正式な仕事とはいえ、()()()に会いに行くんですよ!?」


 肩に力の入ったまま小声で訴えかければ、イサクは揶揄うような顔をする。


「安心しろって。相手はお貴族様じゃねぇんだ。まぁ、最初はびっくりするかもな」

「イサク先輩は、お会いした事があるのですか?」

「ああ、前にも何度か依頼受けた事があるんだ。たぶん今日も同じような内容だろうな」

「せ、先輩……! 頼りにしてますからね……!?」


 そんな会話を繰り広げているうち、鉄道列車がやってきた。

 

 真っ黒な鉄の塊が白い煙を上げ、機関部の駆動音と共にホームへと滑り込んで来る。

 モイライの都市内部を走る鉄道は、大陸を縦横に走るそれよりも一回りほど小さい。


 列車の座席についても、アカシャは何度も深呼吸を繰り返していた。その落ち着きのない様子を見て、イサクがにやにやと笑っている。


 大陸を縦横に走る鉄道の急速な発達とその経緯は、大衆新聞で幾度も報じられていた。

 辺境の地で暮らしていたアカシャでさえ、その記事を読んだ事は数えきれないほどある。

 

 旅路に出て、初めて鉄道を目にした時は、驚愕も確かにあった。


 ──でも、それどころじゃなかったから……。


 不慣れな一人旅と、その目的と。それだけで頭がいっぱいで、目新しい技術の粋に浸る余裕などなかった。

 車窓の外に目を向け、流れる景色を眺める。


 機関車両に近い前方の客車だからか、列車が吐き出す蒸気の白煙が車窓のすぐそばを流れて行く。そのせいで、雲の中を走っているように錯覚する。


 遠くに見える街並みも、あちこちで白い雲のような煙が上がっている。イスカの食堂にあるボイラーのように蒸気機関を活用した設備が、都市の至る所にあるのだろう。


 蒸気の雲は朝靄(あさもや)と溶けて交わり、建物の隙間を埋めてたなびく光景はどこか幻想的だ。


「……モイライって、こうして見ると、なんだか雲の上にあるみたいですね」

「ねーちゃんもそう思うか!?」


 ぽつりと呟けば、イサクの思いのほか弾んだ声が返って来た。


「もしも天空都市ってのが本当にあったら、街中はきっとこんな景色だろうって。いつも思ってんだよなー」


 アカシャと同じく窓の外を眺めるイサクは、その表情に12歳という年相応のあどけなさを滲ませている。


「知ってるか? 海の向こうの大陸じゃ、魔導石はこんなに普及してないから、蒸気機関に石炭を使うんだってさ。だから煙は灰色で、鉄道が走る沿道なんかは(すす)だらけになるらしい」

「雲みたいに綺麗なこの光景は、魔導石との併せ技が生む恩恵なのですね」


 肩を並べて景色に見入りながら応えれば、イサクが腕を組み胸を張った。


「そういうことだ。石炭が出す煙は健康にも良くないらしいが、俺たちの住む街はそんな心配も無い。そしてその魔導石を支えるのが……俺たち石詠みってわけだ!」

 

 石詠みの仕事に誇りを持っているイサクの声は、自信に満ち溢れている。

 アカシャはそれに背中を押された気がして、背筋が伸びる。


 ──魔法が使えないから、何も出来ないって、そう思い込んでた。


 石詠みの能力は生来のものだ。”第二の心臓”のほかにも生まれつきの技能を授かっている身でありながら、盲目な劣等感に苛まれていた愚かな自分が見えてくる。


 ──魔物と戦える力では無いけれど、きっと何かを支える力には、なれる……。


 ぐっと握りこぶしを作ってみる。石詠みの才が、思いがけずロジャーやイサクたちとの出会いに繋がり、縁を結んでくれたのだ。無駄にしたくはないし、恩返しだってしたい。


 少しの勇気を貰った気分で、流れる景色を目で追いながら、アカシャはもう一度深呼吸をしてみた。



 ◇◇◇



 モイライの都市南端には巨大な門がある。この都市の正門だ。

 そして門の脇には、防壁と一体化してひときわ大きな駅舎が建っている。大陸の東西、そして南方各地から伸びる線路がそこに集約されている。


 その駅舎を兼ねた建物こそ、目的地である大陸鉄道機関営団ウロボロソフィスの本拠地だ。


 大陸を横断し、大小さまざまな王国を結ぶ鉄道は、各国の支配階級とは一線を画している。

 大国からの資金提供をいくらか受けてはいるらしいが、あくまでも表向きは独立した民間組織として中立を保っていることは有名な話だ。

 

 元はどこの国にも属さずに大陸を渡り歩く交易商の集まりが、南部沿岸から品物を運ぶ簡易な鉄道を敷いたことに始まる。

 彼らは魔物の大行軍に際して巨額の資金を投じ、瞬く間に大陸横断鉄道を完成させたのだ。


 この鉄道があったからこそ、迅速に防衛ラインが築かれ、モイライという巨大な要塞都市が形成されたといわれている。

 その巨大な組織の頂点に立つ大商人は、鉄道王と呼ばれていた。


 ──鉄道王タリス・ファルケンラート。新聞で、何度も名前を見た事はあるけれど……。


 重厚な造りの駅舎に足を踏み入れ、高位貴族の邸宅もかくやという豪奢な応接間に通されて、アカシャはいよいよ緊張していた。


 鉄道の発達は物資の輸送だけでなく、長距離の移動手段に乏しかった平民の生活をも一変させる。

 だからこそ注目を集め、機構軍の英雄にも匹敵する頻度で、鉄道王の名は新聞紙面を賑わせていた。




 応接間の重い扉が開く。

 アカシャとイサクは立ち上がって、入室してくる人物を迎えた。

 そこに立つのは、白髪交じりの小柄で品の良い老婦人だった。


「お待たせしてごめんなさいね。ウロボロソフィスへようこそ。わたしがタリスよ。イサクくん、お久しぶりね」


 穏やかな声が響く。想像とかけ離れた人物が現れたことで、アカシャは呆気に取られていた。


「タリスばーちゃん、今日もこき使われに来たぜ!」


 場違いなほどに砕けた挨拶をするイサクに思わず目を見開けば、老婦人──鉄道王タリス・ファルケンラートはくすくすと笑った。


「あなたがアカシャさんね。ロジャーから聞いているわ。その顔、さては厳ついおじさんを想像していたのでしょう?」

「あ、あのっ、いえ。すみません、失礼いたしました。わたしがアカシャです。よ、よろしくお願いいたします……!」


 我に返って焦りながら挨拶を返す。図星を突かれた気分で声は裏返ってしまった。

 鉄道王というからには、百獣の王のような人物像を思い描いていたのは事実だ。


 タリスは気にする素振りもなく、笑みを浮かべて着席を促した。


「ここ最近、ロジャーがやけに上機嫌なものだから、問い詰めたのよ? そしたら、すこぶる腕の良い石詠みが増えたって自慢してくるのだもの。顔を繋いでおかない手は無いと思って依頼したの。ちょうど頼みたい仕事もありましたから」


 柔らかな声音と表情の一方で、その目はロジャーと同じく商人のものだ。

 視線はアカシャに真っ直ぐと向けられている。値踏みするような鋭さがあったが、不思議と不快ではない。


「我々、”空導(くうどう)の民”にとって、石詠みは欠かせない存在ですからね」


 タリスは穏やかに笑った。


 ”空導の民”は魔法を使えぬ数多の人々を指す古い言葉だ。

 蔑称としての響きを持つこともあり、近年では平民と呼ぶのが一般的になった。この大陸に暮らす魔力回路を持たない多くの者たちは、神話の時代にまで遡るほど古くから、そう呼ばれてきたのだ。


「残念ながら、今日は腰を据えて話をしている時間は無いのだけど……石詠みに自己紹介してもらうなら、仕事をこなしてもらうのが一番よね」


 貴族夫人めいた優雅な微笑の奥には、抜け目ない商人の本性が垣間見える。





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