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17.新生活

 モイライの東地区、アカシャが働く商人組合(ギルド)の建物のすぐ傍に、イスカとイサクが暮らす小さな食堂を備えた三階建ての建物がある。

 建物自体は大きく、横並びに四つに壁で区切られていて、イスカの食堂の隣二軒は貸倉庫なのだという。同じ建物の、食堂の反対側には日用雑貨を売る商店があった。


 ギルドでの石詠みの仕事は、石の入荷待ちで数日置きに休みがある。

 それを利用して、アカシャはイサク親子の家を訪れていた。今日からここで世話になり暮らすのだ。


「一階が店舗で、二階と三階が住居だよ。三階の部屋が一つ空いてるから、そこを好きに使ってくれて構わない。寝台と簡易な衣装棚はあるからね。荷物はそれだけかい?」

「はい……!」


 イスカの説明を受けながら、アカシャは背筋を伸ばして答えた。

 手持ちの荷物は煤けた肩掛けの鞄一つ。長旅をしてきたにしては随分と軽装だが、今の時世では珍しい事でも無い。


 魔物の大行軍という大きな災禍によって、ほんの一、二年前まで、物資はどこだって不足していた。

 小国の元王族であるアカシャでさえ、着替えもままならない生活には自治領で暮らすうち慣れてしまっていた。


 辛うじて下着と肌着は替えを手に入れ、使いまわしながら小まめに自分で洗濯をする。そのくらいが限度だった。


「ねーちゃん、幸運だったな。いい事を教えてやろう……!」


 部屋の案内を受けていると、イサクが階段を駆け上ってきてにやりと笑った。

 それから手招きされて、一階奥の厨房の先、裏庭まで連れていかれた。


 裏庭部分は肉や野菜などの食材が入った箱が積まれ、簡易な加工場がある。

 そして厨房と壁を挟んで、小さな小屋があった。


「俺の家には…………風呂がある!!」

「えーーーっ!?」


 自慢げな顔をして小屋の扉を開け、イサクが放った言葉にアカシャは心底驚いた。

 小屋の中には大きな桶が置かれていて、壁にはタオルが掛けられていた。


「うちには、厨房にボイラーがあるからね。余った湯が使えるんだよ。といっても流石に毎日とはいかないけど、二日置きくらいなら平気だから、遠慮せず使いなよ」


 そう語るイスカもどこか得意げな顔をしている。


「あ、ありがとうございます……! なんて贅沢な……」


 大陸の、特に発展している大国では湯浴みの習慣が随分と広がっている。だが辺境の地で生まれ育ったアカシャは、王族だった頃でさえ冷たい水で身を清める事が少なくはなかった。


「魔導石と蒸気機関の合わせ技だな。とはいえ、庶民の暮らす家で風呂があるのは、まぁモイライっていう都市(まち)の恩恵かもな」


 イサクがしたり顔で解説を始めた。魔法と魔導具が生活の中心にあるこの大陸に、南の海の向こうから持ち込まれた蒸気機関の技術は、大陸横断鉄道の完成と共に急速に広まっているのだという。

 イスカが言っていた厨房にあるボイラーもそのひとつだ。


「魔導具は便利だけど、金もかかる。庶民が暮らしで使える分には限界があるからな。そこをうまく組み合わせてこうして活用してんのさ。モイライは新しい都市だから、何かと最先端なものが多いんだ」


 機構軍の軍事基地を取り囲むように、わずか数年で築かれた都市だけあって、どの建物も真新しい。


「モイライもそうだけど、前に新聞にも載ってたけどね。鉄道の蒸気機関の技術を応用して、ここ最近は大陸のいろんなとこに簡易な公衆浴場が建てられてるそうだよ」


 イスカの言葉にアカシャは頷きながら、ふと遠い空を見た。


 ──自治領にも、出来てるといいな。


 ふいに頭に浮かんだのは、今では故郷とも言えるアッターイルのヴィサルガ自治領だ。目的があったとはいえ一人抜けだした身で、成り行きとはいえ思いがけず湯が使える贅沢な生活をするのは、少しの罪悪感もある。

 

 呆然としつつもそんな思考に囚われたアカシャに気付いたのか、イサクが頭を傾げた。

 

「ねーちゃん、どうした?」

「い、いえ、あの。故郷(ふるさと)にも、出来て居たらいいなと思って……」


 それだけ言えばイサクは何かを悟ったような顔をした。


「後で古い新聞見せてやるよ。清潔にすりゃあ病気の予防になって、その分だけ医療の負担が減って逆に都合がいいからってんで、ここ半年くらいは色んなとこで広まってんだぜ?」


 察しの良いイサクの言葉に、アカシャは頷いてみせた。


 ──それに今はまず、この恵まれた環境に置いてくれる、イサク先輩やイスカさんに恩恵のお返しを出来るようにならなくては……。


 ギルドでの石詠みの仕事の他に、イスカが営む食堂でも部屋代を兼ねた仕事を貰う予定だ。


「イサク先輩、ありがとうございます! わたし、お湯の分も働きますから……!」


 そう宣言すれば、イサクとイスカは顔を見合わせて笑った。


「ほどほどにね。そういう腹積もりで声を掛けたんだから、ありがたいけどね。石詠みの仕事だってあるんだし。ああ、でも今日はそろそろ仕込みをやらないと。早速だけど、手伝ってくれるかい?」

「喜んで……!」


 優しいイスカの声に対し、勢い良く返事をすれば、また笑みが返ってくる。

 



 それから厨房に戻ってあれこれと食堂での仕事の説明を受けた。

 今は昼下がり。食堂は昼の営業を終えて、夜の営業の仕込みをする時間だ。


 料理など殆ど経験の無いアカシャは、まずは野菜を洗う仕事をこなしつつ、イサクから包丁の使い方を習っている。

 表情は真剣そのものだが、芋の皮を剥く手つきは極めて覚束ない。


「そういえば、ロジャーさんが今の仕事とは別に、もう一件仕事を頼みたいって言ってたぜ」

「ほ、ほんとうですか……!」


 芋と格闘していたアカシャは顔を上げた。


「ああ、詳しくは明日話すって言ってたけどな。ねーちゃんと俺とで、ちょっとした()()()だ」


 イサクは商人の顔つきになって、にやりと笑う。






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