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16.ランチタイムは情報源

 石詠みの作業場の隣にある空き部屋は大きなテーブルが置かれ、会議室も兼ねた休憩所になっている。

 イスカに駆り出されたアカシャとヘレンは昼食の準備を手伝っていた。


 この商人組合(ギルド)では、雇われている従業員や職人たちには皆無償で昼食が出される。代金はギルド持ちだ。賃金の変わらない他のギルドとの差別化を目的に、イサクが発案したらしい。

 腕のいい人材を囲い込むためのささやかな戦略だ、と彼は言っていたが、そこで母親の営む食堂も売り込んでしまえるのだから、商魂逞しくなかなかに末恐ろしい少年である。


「そういえばアカシャ、ロジャーから聞いたよ、住む部屋を探してるんだって?」


 昼食の入った箱をテーブルに並べていると、イスカが作業をしながら尋ねてきた。


「はい。この都市(まち)に来たばかりで、実はまだ宿暮らしなんです」


「良かったら、うちに来ないかい? 部屋が一つ空いてるんだ。まぁ、うちのやかましいガキと一つ屋根の下になっちまうけどね」


「……!! 良いんですか!?」


「ああ、でも無償(タダ)ってわけじゃなくて家賃は少し貰うし、時々で構わないから店を手伝って欲しいんだ。そういう条件でも良かったら、だけど」


 思わず飛びつくように顔を上げたアカシャに、イスカは苦笑いして、宥めるように条件を告げる。


「はい! わたしも、住まわせていただくなら、相応の対価はお支払いしたいです」


「アカシャちゃん、気をつけなよ~イスカは人使いが荒いよ?」


 ヘレンが先ほどの仕返しとばかりに茶々を入れる。


「あはは、それは否定出来ないね。イサクからアカシャの働きぶりを聞いて、こっちにも都合がいいと思って声を掛けたんだ。正直なとこ、全て善意ってわけじゃあない」


「ま、若い娘が住み込むなら、イスカのとこなら安心だと思うけどね」


 真正直に応えるイスカに、ヘレンは呆れながらも訳知り顔で頷く。




 昼食の準備を終えてヘレン達と共にテーブルを囲むと、石詠みの同僚達や荷運びの従業員達も続々と休憩室にやってきた。

 大勢で囲む食卓は和気藹々として存外楽しいもので、同時に意外な情報源でもあった。


「ねーちゃん、母ちゃんから聞いたか? うちに来て欲しいって」


「はい、イサク先輩! お邪魔で無ければ、是非ともお世話になりたいです!」


「おう、遠慮はいらねぇ! ……これで来月の戦力は確保できたな」


「戦力……??」


 歓迎する素振りの裏で、イサクは何かを企むような悪戯じみた笑みを浮かべた。アカシャがぽかんと疑問符を頭に浮かべていると、三度の飯より世間話が好きなヘレンが話に入ってくる。


「来月パレードがあるだろう? 露店出して荒稼ぎするつもりさ。全く、抜け目のない親子だよ」


 部屋の奥でイサクの母親イスカもしたり顔で笑っていた。


「パレード? あ、もしかして新聞の軍事予定に載ってた観兵式というのは……」


「そう。この間、西の大討伐があっただろ? あれの礼をしに、アルヒラルヤを筆頭に西のいくつかの国の王様がモイライを表敬訪問するんだと。そういう時は大抵、王様がたに英雄のお披露目すんのと、歓迎とか慰労とかお祝いとか、もろもろ纏めてパレードやるんだよ」


「祭りだからな! モイライの外の街からも人が集まるし、大事な稼ぎ時だぜ?」


 すっかり商売人の顔になっているイサクに、アカシャは冗談めかして眉を寄せながらも笑って頷く。


 話す事の出来ない事情を抱えているアカシャにとって、純粋な善意よりも互いの利益を信用の(いしずえ)にする関係は、思いのほか居心地が良かった。


 モイライに集まる住人は商売人の他にも大勢いる。その中には国を失ったという傷や、そこに起因する様々な事情を抱えている者が数多く居る。

 それ故か、或いは商人街という土地柄もあるのだろう。敢えて踏み込んだ事情には触れずに、目の前に居る相手の人となりと能力に重きを置く者が多い。今のアカシャにはそれが有難かった。




 パレードの話題に釣られるようにして、テーブルの奥の方に座る石詠みや荷運びの男達がざわめきだした。


「いやぁ~しかし久しぶりに聖女様が拝めるんだよなぁ、楽しみだ」

「なかなかお目にかかれねぇからな。いい場所陣取っておこうぜ」


 浮かれる声は熱を帯びていて、街角で英雄たちを語る女の子達を思い出させる。

 そこにイサクが身を乗り出して加わった。


「ばっかお前ら、石詠みなら聖女様より巫女姫様だろう!??」

「おう、イサク、わかってるじゃねえか。だがな、そこは別腹ってやつで……」


 それを皮切りに、休憩室では男達による聖女派・巫女姫派・両立派の舌戦が幕を開けてしまう。

 あまりの白熱ぶりに、その場に居るヘレンを筆頭とした女達は乾いた笑いを浮かべていた。


「……聖女様に、巫女姫様?」


 その光景にアカシャが目を丸くしてぽつりと呟くと、イサクが物凄い勢いで振り返った。


「何だ、ねーちゃん!? さてはあれだな、ねーちゃんは男の英雄にしか興味ないクチか!」

「う゛っ……!」


 急に突っ込みを入れられてアカシャは喉を詰まらせてしまう。正確には一人しか良く知らない、等とは言えず、目を逸らすとヘレンがけたけたと笑った。


「若い女の子は仕方ないだろうさ。逆もしかり、だろう?」


 ヘレンがにやにやとからかうような視線を向けると、しかしテーブルの奥に陣取る男達は堂々と頷いていた。非常に潔い。


「聖女は女性回復魔導士(ヒーラー)の通称ではないのですか?」


 アカシャが疑問を口にすると、熱い聖女派の男がしたり顔で口を開く。


「一般的にはそうだが、”聖女()”って言ったら、大教会で認められた一握りの方々の事だ! 特に機構軍にいらっしゃる聖女様は女神のように美しく、それでいて愛らしく可憐で慈愛に満ちていて、見ているだけで心が癒され身体に羽がはえたかの如く軽くなり──」


「な、なる、ほど……?」


 男の勢いに圧倒されていると、脇でイサクがけらけらと笑う。


「そんでもって、巫女姫様ってのは、こっちは民が呼び出した渾名(あだな)みてぇなもんなんだけどな。機構軍の巫女姫様はすげぇんだぞ! 大陸随一の強化付与魔導士(エンチャンター)なんだ!」


 聖女派の男に負けじと熱を込めて語るイサクは、いつもより歳相応の、彼が12歳の少年であることを思い出させる表情だ。その目は憧れと少しの恋慕をのせてきらきらと輝いている。


 男たちの熱い解説に耳を傾けながら、しかしアカシャは内心で猛反省していた。


 ──わたし……ユリウス・アーデングラッハ以外の英雄の事を全く知らないんだわ……。


 機構軍に幾人も居る英雄達、聖女様や巫女姫様と呼ばれ慕われる魔導士達。彼らの情報は、その民衆人気も相まって市井にも溢れている。だというのに、ユリウス以外の顔や名前を良く知らないという事実に今更行き当たって、己の盲目さに気付いたのだ。

 

 そしてそれが意味するところに考えが至る頃には、気恥ずかしさから体温が急上昇していく。


 しばらく悶絶するような気分をやり過ごした後で、小さく息を吐いた。


 ──……そうか、聖女様に、巫女姫様か……。


 不甲斐ない羞恥心の一方で、心臓に見えない棘が刺さったようにちくりと胸が痛む。数日前に見た光景がうっすら頭を掠めたからだ。テーブルの下でそっと己の手を握りしめ湧きかけた感情を押し留める。

 

 それから熱気に湧く休憩室の会話に意識を戻したが、貼り付けた笑みは少しだけぎこちなかった。




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