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15.初仕事

「さて、早速で悪いがそういう事情なもんで、仕事はやりながら覚えてもらう事になる。つってもまぁ、石くずから魔導原石を選り分けるだけだが……イサク! 仕分け前の小せぇのひと箱頼む」


 ごく簡素な紹介と挨拶を済ませると、せわしなく仕事が始まる。

 ロジャーにイサクと呼ばれた12歳くらいの少年が小箱を手に近づいて来た。


「よう新入りのねーちゃん。話は聞いてある。俺はイサクだ。爺さん、この後は俺が面倒を見るよ」


「おう、頼むな。それじゃあ、お嬢ちゃん、わしはしばらくは奥の事務所に居る。何かあったら声掛けてくれ」


 そう告げるとロジャーは選別場の奥に向かって行った。


「改めまして、アカシャと申します。どうぞよろしく──」


「かってぇなぁ。俺に敬語なんかいらねぇよ。その代わり俺をイサク先輩と呼べ!」


「は、はい!」


 どこか小生意気な笑みを浮かべるイサクは、そのまま石の詰まった小箱を手渡した。


「ここの仕事は分業なんだけどな、最初はねーちゃんがどんくらいの石詠みか測るんだ。俺はそこで作業してっから、分け終わったら呼んでくれ」


「わ、わかりました! イサク先輩!」


 すぐには敬語の抜けないアカシャを、イサクは片眉を上げて笑って見せた。




 作業場の隅にあるテーブルを借りて、小箱と一緒に渡された(なめ)し革を広げる。その上に小箱を置いた。

 箱の中身は一見すれば何の変哲もない、大きさもばらばらの灰色の石ころだ。

 

 だがアカシャの眼には、そこに()えるものがある。


 石詠みは万物に宿る魔力を視覚する。

 けれども普段の生活では、それをあまり意識する事はない。


 例えば雑踏の中で、道行く人々すべての顔や姿かたちを事細かく観察し記憶する事が無いのと同じようなものだ。

 そこに在るのだという無自覚の認識はあっても、ぼやけている。


 アカシャは一つ深呼吸して、挑むように石を()た。意識を向け、視ようとする事でぼやけていた像がやがて形を成していく。


 アカシャの眼には魔力が、光る糸で施された刺繍のように視える。

 毛糸をつくる前の羊毛のかけらみたいに、或いは綿埃のように、ぼんやりとしたものもある。

 かと思えば繊細な幾重もの幾何学模様であったり、レース編みのような美しいものもある。


 魔導石の魔力は、量と密度が重要なのは周知だ。

 それを識別して、()り分けていく。





「……へぇ、ねーちゃんなかなかやるな! かなり良い()をしてやがる」

 

 仕分けをして声を掛けると、分けられた石を見たイサクは感嘆の声を上げた。


「そっ……そうなのですか?」


 石詠みの能力を他人と比べる機会など、これまで無かったので、アカシャは呆けたような声を出してしまう。


「ああ、石詠みにも色々いるからな。魔力の()()()()を見分けられるだけの奴もいれば、色が見える奴もいるし、密度を識別できるやつもいる。ねーちゃんは密度の識別精度がめちゃくちゃいいな」


 初仕事を褒められているのだとわかり、嬉しさで頬をむずむずと緩めて口を開けたまま言葉に詰まっていると、イサクはわざとらしい溜息をついた。


「ねーちゃん、そこはさぁ、『それが見抜けるなんてイサク先輩の眼も凄いんですね!』って俺を褒めるところだろぉ!?」


「ええっ!?」


 妙な声真似を混ぜてからかうような言葉に慌てふためくアカシャを見て、イサクはけたけたと笑い出した。

 それからくるりと真面目な表情に替えると、にやりと笑った。


「今受けてる仕事は精度が肝だからな、ねーちゃんが来てくれて助かるよ」


 その表情はロジャーがよく見せる商人の顔つきに似ている。


 この巨大なモイライ(まち)で、初めて居場所を認めてもらえたような嬉しさがこみあげてくる。アカシャは、はにかんだ笑みを浮かべ、イサクに礼を伝えた。



 ◇◇◇



 それから毎日、宿から作業場へ足を運び、アカシャはモイライでの初めての仕事に精を出していた。


 石の詰まった箱はうずたかく積まれ、終わりが見えない程の量を数人の石詠み達と共に黙々とこなしている。最初の2、3日は、不慣れな身にはついていくので精一杯だったが、頼りになる()()や周りの石詠み達の助けもあって充実した時間を送っていた。


 ロジャーが所属する商人組合(ギルド)のその作業場は、数人の商人による共同出資で運営されている。


 作業は能力に合わせて分担されていて、イサクは12歳の少年だが、その能力の高さを買われて石詠みの仕切り役を務めていた。


「ねーちゃん、今の作業が終わったら休憩入ってくれよな」


「は~い!」


 だいぶ慣れた手つきで魔力の密度ごとに石を選り分けながら、アカシャは元気よく返事をする。

 目を酷使し集中力の要る仕事なので、こまめに休憩を取らせてもらえるのだ。


 ひと作業終えて、ふぅと息を吐いて力を抜くと、立ち上がり思い切り伸びをする。

 それから作業場に続く廊下へと向かった。


 作業場は商人組合(ギルド)の建物にあるため人の出入りが多く、それゆえか廊下にはびっしりと求人広告が貼られている。


 今は石詠みの仕事で手一杯だが、知識と情報を得る為に、休憩時間はその壁一面の求人広告を眺める事にしていた。


「う~ん……これも年齢制限がある……こっちもだわ」


 ぼそぼそと呟きながら眺める。その視線の先にある求人広告は、機構軍基地の敷地内にある施設の、清掃員や給仕の募集だ。


 仮に軍施設の清掃員になれたからといって、英雄に会えるとは到底思えない。だがそれでも機構軍という文字を見つけると注目してしまう。


「何だいアカシャちゃん、軍で働きたいのかい?」


「……ヘレンさん! いえ、それよりも募集の年齢制限が気になって」


 声を掛けてきたのは仕事仲間の石詠みの女性、ヘレンだ。

 ヘレンは中堅の石詠みとして長く勤めているらしく、噂好きでお喋り好きな気質なのだが、今のアカシャにとっては何気に貴重な情報源でもある。


「珍しいだろ? 普通は()だ。最初の頃は、軍の施設も若いのを優先して雇ってたんだよ。ところがねぇ……まぁ、アカシャちゃんの前でこれはあまり言いたかないが、ごく一部だけど問題を起こす若いのが増えちまってね、それでそうなったって話だよ」


「ど、どんな問題を……!?」


 ヘレンは少し大げさに眉を寄せ、言葉を続ける。


「割を食っちまったのは、アカシャちゃんみたいに真面目に働いてた娘らさ。問題を起こしたのは全体に比べりゃほんの一部なんだけどねぇ……」


 そこでひとつ溜息をつくと、饒舌に語り始めた。


「まぁ、英雄目当ての浮かれた連中も多かったようだが、一番はアレだね、機構軍に務める軍人や文官なんて、英雄なんて高望みしなくとも、結婚相手としては理想的だろ? このご時世だからってのもあるだろうが、仕事をほったらかして男を追っかけまわすのに夢中になるような輩が紛れ込むようになってね……」


 ヘレンはそこで一度言葉を切ると、真顔で聞いているアカシャに視線を向ける。


「まさかとは思うが、アカシャちゃんも婿探し、なんて言わないでおくれよ……?」


「ええっ!? ちっ、違います、違います!!」


 突然振られた内容に思い切り首を横に振り、手ぶりも加えて否定する。


 アカシャは今年で18歳になる。市井でも結婚適齢期真っ盛りの年齢だ。

 行動次第では”そういう目”で見られてしまう事もあるのだと、胸のうちで自戒した。


 ──実は、仮初めとはいえ、既婚です。なんて言えるわけが無い……そもそも、相手が相手だし……。


 同時に頭を過ぎった言葉に、思わず頬が引き攣ってしまう。


 ──……そもそも、本当に、本当に今更だけれど、私、もしも万が一にでも知られたら結構洒落にならない状況ね!??


 ”稀代の英雄と仮初の婚姻関係にある”という事実は、主観で認識していても抱え込んだ事情ゆえにどこか実感が薄かった。

 それがヘレンとの会話を通して、市井の目線という客観的な視点に考えが及んだ結果、急に現実味を持って襲い掛かって来た気分だった。


 ──真実を隠すという目的とは別に、そもそも、誰かに聞かれたら悪い冗談にしても全く笑えないのでは……。


 思い当たると急にその事実がとても恐ろしくなって冷や汗をかき始める。


 信じてもらえないのも予想の範疇だが、それ以前に、頭か心を病んでいると思われかねない。

 何せ今のアカシャは、当の本人に会う事さえままならない平民の娘だ。




 ヘレンは若い娘に付き物の軽口のつもりだったのだろう、押し黙ったアカシャに戸惑っていた。


「ヘレン、あんまりアカシャを虐めるんじゃないよ?」


 そこに割って入るように別の女性の声がして、アカシャも我に返った。


「やだねイスカ。人聞きの悪い」


 ヘレンは声がした方を振り返って眉を寄せた。

 婿探しかと聞かれただけで、別段悪意のある事を言われたわけではない。アカシャも慌てて首を振る。


「いえ、すみません。少し考え事をしていただけで、何も無いですよ!」

 

「そうかい? ならいいんだけど、ヘレンはこれで結構お節介焼きだからね。余計な一言が多いんだ」


 間に入って来た恰幅の良い中年女性、イスカはからからと笑った。


「さっきの話だってねぇ、聞こえてたけどさ。軍の清掃員なんかの仕事は、子供を抱えた人らや未亡人を優先して雇ってんだよ。ヘレンの話は、まぁ全部嘘とは言わないけどね、噂好きの連中が大袈裟に言ってるもんだと思っておきなよ」


 あっけらかんと語るイスカは、屈託の無い笑みを浮かべている。

 ヘレンは少し拗ねたような顔をした。この仕事場ではよく見かける光景だ。


「おう母ちゃん! もう昼か!」


 作業場からイサクの威勢の良い声が響いた。イスカはイサクの母親で、この仕事場の昼の賄いを担当している。


「ああ、今日は少し早かったかね。準備にヘレンとアカシャを借りるよ」


 イスカの後ろには賄いを詰めた容器を乗せた台車がある。周囲にはふんわりと食欲をそそる香りが立ち込めていた。





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