10.魔導騎士の憂鬱(2)
「まぁ、戦略的宣伝と噂の抑止だけが目的ではないさ。”今後の未来を担う若者の育成”というのはな、何も建前ではないんだよ」
脇に控えて様子を見ていた、剣聖の称号を持つ老人アシュレイ・ウォルフが口を開いた。
彼は5年前に魔物の大行軍が始まった頃、その活躍で多くの人命を救い、機構軍を組織する礎を築いた人物でもある。戦術が変わった今でこそ表舞台からは退いたが、その剣術は今も猶健在で、単発的かつ小規模な討伐なら駆け付け、それ以外は幕僚の相談役を務めている。
「防戦一方だった頃と違い、攻勢に転じる光明が見えてきたからこそ、未来を見据えねばならん。魔物による戦役で学ぶ機会を逸した若者は大勢おるからな」
アシュレイは柔らかい表情を浮かべて年若い”英雄”たる魔導騎士たちの顔を見る。
「お主らが前線に立ったのは4年前、ユリウスとルシュディーは14歳、ディディエは15歳だったかな。4年の間、決して自己研鑽を怠っては居ない事は承知している。だが戦いに身を置く結果失った時間というのもあるだろう」
アシュレイの問いかけに、しかししばしの沈黙が訪れる。
「アシュレイ、そんな綺麗ごとじゃ、こいつらの心は動かせねぇよ」
口を挟んだのは同じく剣聖の称号を持つカリム・ムシュディカだ。アシュレイと同じ経歴を持ち、高齢だがアシュレイよりは一回りほど若い。
「こいつらは揃いも揃って、若造のくせに”支配階級に生まれた者の義務”を重んじてやがる。少しは手を抜いたって誰も責めやしねぇのに……たまには活躍の場を年寄りに譲りやがれ」
カリムの言葉に、ユリウスとディディエは目を細め眉をひそめ、ルシュディーは半笑いで目を逸らした。
しばらく静観していたミネルヴァがくつくつと笑い出す。
「まぁ、手を抜いて休めと言われても納得はいかないだろうがな。しかしアシュレイ殿の仰った事も、今回の学園都市計画に於いては目的の一つだ。たとえお前たちには当てはまらないのだとしても、大陸の多くの若者を保護するために協力してほしい」
魔導騎士たちの反応に、少ししょんぼりしていたアシュレイがうんうんと頷く。
「保護、とは?」
魔導騎士三人が訝しんで視線を向けると、ミネルヴァは頷いて応える。
「国を失い、路頭に迷っている者の中には魔力持ちも多数居る。亡国の支配階級の子女達を中心にな。中でも従軍出来る類の能力ではない者、まだ幼い者などは行き場をなくしている。本来なら国や親の庇護下で教育を受けているべき時に、その場所が無くなってしまったのだから」
僅か数年の間に、大陸の北側にあったいくつもの国が滅び、土地を追われた人々が居る。現存している各国が自治領・自治区を設け、或いは難民救済にあたってはいるが、彼らが元の平穏な暮らしをおこなえる状況にはまだほど遠い。
「私からも説明いたしましょう」
事務官の男性が続けて口を開く。
「子供たちの優先的な保護と教育施設の設置には各国が力を入れています。ですが、決して対応が追い付いているとは言い難い状況です。平民と魔力持ちが同じ場所で過ごす事で起きるトラブルも多いと聞きます。そこで魔力持ちの子供を我々が一定数引き受ける事で、彼らを護り、同時に各地にある一般の教育施設は、空いた分の枠を平民の子供たちに充てられます」
それに続くように都市政務官も言葉を続けた。
「子供や若者を護るという大義名分は当然ある。一方で実際に俺たちが畏れているのは、路頭に迷った魔力持ちの子女が汚れ仕事に手を出した挙句に、裏社会に大量に流れてしまう事だ」
彼らの言葉に、魔導騎士たちも理解を示し頷いている。
ミネルヴァはその表情を見て安堵を浮かべた。
「先ほどの侮辱的な噂もそうだが、野心を持ち悪事を企てる連中というのは何でも都合よく利用してしまう。それらを看過し、放置していれば、結果我々が本来の使命とは別に、人間を相手に戦う状況にも追い込まれかねない。それだけは何としても阻止したい」
ミネルヴァは3人の魔導騎士の顔を見回し、闊達とした笑みを作る。
「そういう理由だ。お前たちに戦略的宣伝の片棒を担がせた上に、更に広告塔になれと言っているのと同義だが、それでも手は打ちたい。協力してくれるか?」
魔導騎士たちは、各々小さく息を吐き、それから姿勢を正した。
「ご下命、承る」
腹に据えかねるといった気配はまだ完全には消し切れてはいないが、しかしユリウスははっきりと応えた。ルシュディーとディディエもそれに続く。
テーブルを囲む者たちも、安堵の息を吐く。
「準備にはもうしばらく時間がかかる。委細は追って伝えよう。これで解散とする」
ミネルヴァの声を合図に、集まっていた者たちは席を立ち、部屋を後にした。