第七話 雨の降らない地にて
ジョン・ジャム・ワバリ 1973年8月12日生
アラス・ハリバン 1977年12月5日生
シゲム・ハリバン 1978年5月4日生
◆
長い日照りの続く国にいた。まるで話にならない。水脈を掘り当てなければならない──という仕事で、銭を稼ぐ。
それでちゃんと金を稼げているのかは分からなかった。さっさと抜け出してマトモな職を探すべきなのだろうが、できなかった。
俺たちは逃げられないように呪いをかけられていた。許可なく持ち場を離れると、身体に激痛が走り、最後は痙攣しながら口から血を吐いて死ぬ。
それを何度も見てきた。だから、生きる為に何度も何度も死にかけて、水脈を見つけようと必死に地面を掘る。
そうしなければ金は手に入らない。そこは長らく日照りが続いて水も枯れ始めた危ない土地だったと言う。
俺達のような労働者がいないと死ぬらしい。
俺は弱みを握られたような気分になって、必死に働いた。
身体の毛穴という毛穴に汚れが詰まったような感覚を引きずりながら、毎日早い時間において、遅くまで働く。
ひもじいことになっても、毎朝パンと簡単なスープが出るだけマシだ。近くの村々に住む人々はこれすらないのだと言う。
ああ、つらい。死んでしまいそうだ。
それでも手は止めない。ああ、息子にちゃんと金はよこせているだろうか。妻はしっかりと飯を食えているだろうか。
妻に気負わせてしまっている。
ああ、駄目だ。気がトビそうになる。そうなると、違反者として処分される。そういう仲間たちを何人も見送ってきた。
「オラァ、さっさと働くんだよ!! テメェら冒険者上がりのクズなんてよぉ!!」
「イイッ、イッ、イタイィ」
子どもが殴られている。
十歳くらいの、冒険者だ。それでしか生きる方法がなかった子どもを相手に、ギルド【テガラシ】のれんじゅうは殴り、蹴る。
子供が泣いて、そして、一人今日も死んだ。
俺は死ぬのが恐ろしかった。助けてやりたくても、今ここから動くと、金を稼げなくなる。ああ、駄目だ。気が狂いそうになる。
「大丈夫か?」
緑の液体が子供の死体にかけられて、子供は吐血しながらまた行き始めた。突如現れたその男は蘇生ポーションを持っていた。
「五十万で買った蘇生ポーションの出番がよ……早速来ちまったな」
「テメェ〜!! 何モンだコラァ!!」
「俺かい? 俺は……アクア・ジャム・シャーバリス……いや、今は、確かアクア・ジャム……んー……ガルセソだったかな。ともかく、その女の友人でね」
男は黒いスーツを着ていた。まるで喪服だ。熨斗目花色の髪と、金色の瞳。彼にあたる風は彼を過ぎると金色に染まっている。魔力を持っている人間ということだ。魔法使いか……!?
違う、それどころじゃない。アクアの……妻の友人……!?
「誰だって聞いてんだよ、テメェ、名前を名乗れや病人以下か」
「ジョン・ジャム・ワバリ。『ジャック・ジョニー』という名前は聞いたことないか? あるいは『金風児』は?」
「偽物発見。それ、俺ね」
「バカ言うなよ」
ジョン・ジャム・ワバリ──聞いたことがある。ありとあらゆる所に現れて不幸を巻き散らかす悪魔のような男。それが何故ここに……。
「それ至る所で言ってんだろ。本物の図体がどんなものかも分からないで、取り敢えず聞きかじった所、頭の悪そうな自分でも真似が出来ると思ったから」
「テメェ今俺様のことバカにしたか?」
「しちゃいけなかったか? そんな事より、お前……今、子供を殺したな? 蘇生ポーションぶっかけてさ、息を吹き返したってことはよ……お前、この子供殺したって事だよな」
「俺は悪魔だからな」
「殺したってことでいいんだな?」
「おうよ。恐れたか?」
「恐れましたか、だろ?」
子供を殺した【テガラシ】の構成員が吹き飛んだ。
気がつくと、遠くの方で地面を転がっている。
「テメェらみてぇなバカはよ、よくガキとか今まで戦闘一つしてこなかった女性を傷付けて笑ってるけどよ……テメェより弱い奴をぶっ飛ばせるのは当たり前のことだから、本来は偉ぶって乳首茶色にできる立場じゃねぇんだよな」
「テメェ、テメェコラァ!! ふざけてんじゃねぇぞ!!」
「まだ言うか」
黒スーツの男が此方に近づいてくる。胸ポケットから出したそれは写真らしく、俺はそれを見て、涙を流した。元気になった息子が風呂場ではしゃいている様子だった。妻と、よく分からないが二人組が翻弄されている。
「お前さんの息子は治ったよ。ここから逃げていい」
「のろ、呪いがかかってる」
「それも解呪してある。呪術師は全員ころ……『行動不能』にした。だから逃げていい。子供たちを連れて逃げろ。俺は子どもたちに見せられない戦いをするので、見られたく……」
彼の顔面に拳がぶつかった。
砂を固めて形を作る魔法使いが風を赤色に染めて駆けつけた。
「テメェ、兄貴を投げたんだったなぁ!? 此処でブッ殺してやるぜ!!」
「フゥン……間抜けということか」
彼は懐から拳銃を取り出した。
「しかしそうだな。あいつの息子の病気は治したし……此処に居る全員の呪いは解呪したし……あとはてめぇら全員ぶっ殺せば……問題は解決だよなぁ。デヒヒヒ。デヒッ、ヒヒヒ、ヒヒッ、ヒーッヒヒヒ。面白くない」
彼の姿が消えた。次の瞬間、小さな爆発が連続して地面を弾いた。その爆発が止んだ頃【テガラシ】のれんじゅうの背後で乾いた音がした。次の瞬間、一人また一人と倒れていく。
「ジョーカー……ジョニー……!」
「はいよ」
風が強く吹く。陽射しが雲に遮られて、その時、何週間ぶりか、雨が降った。強い雨だった。鬼雨と言うのだろう雲の下で、金風児と【テガラシ】のれんじゅうが向き合っている。
ガラン、と雷が落ちて、また動きが始まった。