第六話 由来
俺は電話に向き直った。
そして、シゲムのフルネームを教える。しばらく何かを書き込む音がして、「ありがとうございます」と返ってきた。
「此方こそありがとうだぜ〜! いつも俺みたいなわんぱくボウヤのわがままを聞いてくれてありがとうございます!」
「かまいませんよ。ジョーカー・ジョニー。あなたはいつも子供たちのために戦う人だ。【治安委員】からの評価もずいぶんと高いんです」
マジ? ちょっぴり恥ずかしい。
「でもそんなこと言ったって俺のあんたらへの感謝の気持ちは潰えませんよ。今後もよろしくお願いします」
「はい、どうぞよろしく」
次は【銀王】に。
「ギルドボス〜」
「気安くかけてくるなバカタレ……!!」
「これは本題に入る前の雑談なんだけど、あんたが俺を追放したのって、俺を世に解き放つ為だったりします?」
「キサマには儂がそんなテロリストに見えるか?」
「押忍!」
「くたばっちまえ」
このクソジジィ〜!
「それで、本題は」
「スペードのアクアって知ってるだろ」
「キサマの昔の女だろう。まだ言っているのか」
「その夫の事を調べて欲しいんだ。ちょっと連絡がつかなくなったとかって、俺に泣きついてきたんだ。子供も可哀想だ。頼めないかな」
「キサマを手伝って、どうなる?」
「最低二年はあんたが何してようが見逃す」
「…………。それは。…………。ふむ……仕方ない」
「やたら物分かりいいねぇ! なんかめっちゃ良い感じだね」
溜め息をつく。
「やかましい。まったく……何処で育て方間違えたか……」
「教職員学校に通わせたあたりじゃないのかい」
「たしかにそのあたりからだな……キサマの様子がおかしくなりはじめたのは。何があったのか」
「俺は彼処で大抵のことは自分ひとりで出来ることを覚えたし、自由を好む性分だっていうのもわかったんだよ」
「その割には田圃に根を張る金風児か……おかしな話だな、小僧……」
「最初に俺をそう呼んだのはあんただぜ。由来は何だったかな」
「…………」
通話を終えると、俺はアラスと視線が合った。
「どうした?」
「いや、『親いない』って言ってた割にいたなって」
「あのジジイは親じゃないさ。幼い俺を拾って、教職員学校に入る金と毎年の学費を払ってくれてただけさ」
電話機前にある椅子に腰を下ろして、足を組む。
「俺はね。……小さい頃、親を殺した男を探して暴れまわる子供だったんだ。そして、とうとう見つけてね。嬉しかった。親の仇が目の前にいた。俺はその男を殺したさ。それで、一週間殴り続けた。登場まだ【銀王】の代貸だったあのジジイが舎弟引き連れてきてね。腐った死体から離れない俺を見て、『田圃に根を張る稲みたいだ』なんて吐かしたよ。それで、金風児」
「へぇ……」
「故郷じゃ、嫌なことも思い出すだろってな。あのジジイは俺をお隣の国に流したのさ。嫌なやつだよ」
親父ができたと思ってたんだけど、そんなつもりは毛頭ないらしい。ぶっちゃけ育て方を間違えたと言われても、育てられた記憶もない。この国に帰ってきてからも冒険者として世界中を歩き回ってたんで、本当に育てられた記憶がない。
「俺はね、アラス。子供の頃についた……心についた傷あとはいつまでも痛むんだ。この痛みは強いよ。だから俺はね、子供たちは愛さなくちゃならないんだ。それが俺の役割だと思うんだ」
「俺たちに近付いたのもその為か? 俺たちが子供だから」
「いや……君たちが一番……言い方考えなくちゃな。……ただ、正直に言うと、君たちが一番腹を空かせてたからだぜ」
暫くの沈黙。
「そうかよ。じゃあお前、俺たちの腹ァ、ちゃんと膨らませろよ」
「デヒヒ。押忍」
そうしているとシゲムが帰ってくる。
「買えたかい?」
「お、おう。でも、ほんとにポンと跳んだぞ。五百万ベルぴったり! 大金がポンと! なんか値下がりしてないかって期待してたんだけどさ……五百万ベルぴったりポンと消えたぜ!」
「うーん。値下がりをひそかに期待したものだけれど、マジで五百万ベルぴったりか。君に『シゲム・ワバリ』って名乗らせときゃよかったな。なんちって! 俺は鳥頭なので値段がすでに出ているのを忘れて無責任に『払える額だったらいいなぁ』と思ってました! てへ」
「病院行ったら?」
「行ったことありますよ。脳が腐ってるらしくてなぁ。デヒヒヒ」
「やだぁ、若年性?」
「デヒヒヒ」
これはマジな話、俺は五十まで生きられないらしい。マジな話、脳が腐りかけてるらしいから。
でもまぁ、教えなくてもいいか。彼らには関係ねーし。
ああ、いやでも、俺が死ぬぞ〜ってなったら【金風】の代替わりの件で迷惑は掛けるかもしれないな。
その時まで彼らが【金風】にいてくれるとは限らねぇんじゃねぇか!?
時の流れって残酷だからな。俺が死ぬ頃には俺のこと大嫌いになってるかもしれない。それならそれで後腐れなくオロロンバイに便乗できるからいいとして、ご利益がないよなぁ。
「ねーねー二人は俺が死ぬまで【金風】にいるつもりはある?」
「きゅ、急になんだよ」
「ずいぶん先の長い話じゃないかよ」
「答えてよ」
「急にお前の事嫌いになって出ていくかもしれねぇよ」
「だよねー」
一番手っ取り早いのは、俺が死ぬまでの間に成人した子供をこさえておくことだけど、そんな物みたいに子供を扱うのは嫌だな。
それに、俺が家庭を持てる人間だったらよかったんだけど、親のやり方知らんからなぁ。親にはなれないな。
「親になれないのでお前が一人で育てろ」みたいな事を女性に言うんじゃ男として失格だろ? 男としてっていうか、人としてアウト。
家族経営の企業ってたいてい息子の代でチャランポランになるし。
じゃあもう、綺麗スッキリ二代目でワバリの手から離れるべきだね。これが一番賢い手だねぇ。