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ギルドボス  作者: 蟹谷梅次
第二章 鬼雨を突っ切る金風児/良夫は何処に?
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第五話 私の切り札

 俺は臨時収入で【治安委員】から十万ベルを貰えたので、そのうちの二万ベルを使って今晩の夕食に彩りを持たせることを考え、魚と街で調達できたいい米を抱いて家に帰ってきた。


 最近は電気式の炊飯器が生まれたけれど、俺はやっぱり土鍋で炊いた米がすきだから、育ち盛りの子供たち──といっても、年の差はせいぜい五つか四つなんだけれども──のためにたらふく米を炊こうと思った。食えなきゃ俺が食うから残していいよ。


 家に帰ると、難しい顔をした兄弟がいた。


「どうしたんだい?」

「来たのよ、『スペードのアクア』とかっていう女」

「おお、マジか。大丈夫だったか?」

「大丈夫だったんだけどな、お前みたいに未練がましい感じじゃなく、『私の夫を助けられるのはジョニーだけ!』とかって言う……つまり、『ヘルプミー』でなぁ」

「夫? へぇ、あの子も新しく生きてた訳だ」


 シゲムが言う。


「息子の難病を治す薬の為に稼ぎに出かけた夫が一報もなく行く先を途絶えさせたって。『逃げられたのかも』なんて不安がってたけど」

「あの女が惚れた男だぜ。そんな無責任な訳あるか」

「それは知らないけど、なぁ、相手してやったほうが良いんじゃないか? バランジョウホテルに泊まってるってさ」


 ホテルの部屋番号を紙切れに書いたものを渡された。


「そうだな。……そうするか」


 夕飯は後でいいか、と聞くと二人はそろって「当たり前だ」と言った。おれんちの冷蔵庫はある程度の時間停止の機能があるため、食材の鮮度を保つのは簡単だった。食材は鮮度の良いもの食わなければならないから、こういうところを妥協するわけには行かなかった。


 俺はすぐに家を出て、そのバランジョウホテルと言う所に向かった。そのホテルはこの街でもずいぶん古くからやっている地域に根付いた宿で、綺麗な内装の割にとても安いので、一度そこに行った際にとても驚いた記憶がある。


 俺はそのホテルの「五〇八号室」の前に立つと、ノックをした。

 すると、少し痩せたアクア・ジャム・シャーバリスがいた。彼女は俺の顔を見ると、涙を浮かばせた。


「この子たちから話は聞いたよ。困ってるんだってね。昔の友達なんだから、手伝わせてもらうよ。今日は避けようとして済まなかったね。事情を知らなかったばかりに」

「いいの、ありがとう。来てくれて……」

「それで、息子の病ってのは?」

「皮膚がね、炭素の塊になってくの」


 アクアは部屋に俺たちを招き入れて、ベッドで寝込んでいた紺色の髪をした少年の腹を見せた。すると、黒く硬質化していたり、キラキラと透明になっていたりする部分が見られ、その箇所の周りは炎症を起こしているらしかった。


「これは第二段階だけど、いつ次の症状に移行するかわからない」


 彼女は本を見せてくれた。

 ツェルジャマーレ病。第一段階では皮膚が硬質の炭素の塊に侵食されていく。第二段階で、一日のうちの覚醒時間が極端に少なくなる。そうなると、何をしようが起きやしなくなる。第三段階になると、内臓までもが侵食され、最後は心肺停止に至り、死ぬ。


「改善薬はあるんだ。メロディニア・ポーションって言って。でも、五百万ベルもかかる。私たちにそんなお金ないの。だから、脚を悪くして冒険者にもなれないような私のかわりに、夫が働きに出てくれて……でももう、便りもぱったりなくなって」


 とうとう泣き出した。


「私みたいな、脚のどんくさい役立たずの女なんて捨てて、新しい家庭を持ってるのかもしれない。もう、帰ってこないつもりで家を出たのかもしれない」

「ちょっと奥さん、お馬鹿な事を言うのはよしなよ……」


 アラスが間髪入れずに飛び掛かるように言いかけた。


「その子の言う通りだぜ。マダム。お前が役に立たないなんて冗談じゃなくたって言っちゃ切ないな。お前、その子のそばにずっとついてあげてるんだろ。そうだろ? なら役に立ってるよ。俺は親が居た試しがないから、自分の苦しい時に一人ぼっちになる辛さというのに明るいよ」


 俺は少し昔のことを思い出した。あの時俺は、やたらと暗い洞窟で狼に怯えながら親の形見である〈ナサケ〉を抱いて隠れるように眠る日々を過ごしていた。とても孤独だった。


「その子たぶん、目を覚ました時にお前の顔があるのに、何度も救われてるよ。お前少し疲れてんだな。休みなよ。俺は少しやる事をやるから、お前のことはこのアラスというのが見る」


 懐からポケットに入る小型タイプの再生機と、超小型レコードを取り出して、ベッド脇のテーブルに置く。


「安眠音楽。これで眠れるだろ」

「ありがとう、ありがとう、ジョニー。私の切り札」

「ようやくおやすみ、光の剣」


 俺は彼女が眠るのを確認すると、懐から取り出した手帳にメロディニア・ポーションを書き出して、そして銀行手帳と印鑑と一緒に巾着にいれると、シゲムに渡して、近くの病院にいる医者に取り繕うように言った。


「もしその口座の中で払えるような値段だったら、さっさと支払いを済ませて病院前に待たせておく【治安委員】の男に渡せ」

「エッ、しかしこの金って……」

「バカ言うんじゃないよ。子どもの命よりテメェの雨避け心配する男が何処にいますか。ほら、早く走る。金風の如く走れ!」

「アァ、もう、わかったよ」


 シゲムを見送ってから、ホテルの個室電話に向かう。


「じゃあ俺はこっちで暫く集中するので、親子に何かあったら俺を叩いてくれよ。……付き合わせて済まないね、こんな約束じゃなかったのに」

「良いよ。あんたの人柄とかはもう大凡把握して、俺たちは多分、ずっとあんたについていくつもりだから」

「エッ!?」


 意図せぬ言葉に少し動揺。

 気を取り直して、「ありがとう」と返す。


 ず、ずっと……?

 ギルドに本登録するってことか?


 マジか、ありがたい!


 ツンデレというやつなのだろうか、初対面の時は渋々付き合ってくれるような態度だったのに。俺は少年にモテモテなのだろうか。そんないい大人ではないような態度ばかり取っているのに。


 年上の女性に好かれたい。


「…………」


 なにはともあれ、俺は【治安委員】に電話をかけた。【治安委員】というのは、とても便利な組織だと認識していただきたい。ギルドの取り締まりを行なっている特殊警察のような役割を担うAチーム、そして、国際的な物品のやり取りを管理するBチームの二つがあり、【シャボラ】の解体で頼った際はAチームに、そして今回はBチームに理屈を取り合う。


「メロディニア・ポーションの購入に関する国際的な支払い書を、俺のギルドの構成員『シゲム』というのが届けるはずなので、マルカジミア病院の前に待機していただきたい。もし寒かったら中に入って構いません」

「姓のない人ですか?」

「エッ」


 姓? シゲムの? というか、賭博師兄弟の?

 俺はアラスを呼んで、二人の姓を訊ねた。


「公式のやり取りだから包み隠さず教えてほしい」

「…………いたしかたないな。おれたちの姓は『ハリバン』だ」

「なるほど、アラス・ハリバンとシゲム・ハリバンだな。なんかめっちゃ良い感じの苗字だな! 俺はワバリだからカッコいい苗字憧れがあったりするぜ!」

「ワバリってどういう意味なんだ」

「旧ハラジャ語で『腐った死体』」

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