第一章六話 「その悪意は善意によるもので」
<side ルーディナ>
―――賑やかで、楽しそうに過ごしている周りの人々が、気づいたときには死んでいた――そういうのは、ホラー系のゲームやアニメなどではよくある展開だ。
そして、それが今、ルーディナの周りで起きている。
「え、何が……」
―――周りの人々が気づかぬうちに首から上をなくされて、大量の血の海ができている光景――そんな光景に、もはや声も出ないルーディナの横で立っているメリアは、何が起きたかわからないと、そう疑問の声を発した。
『閃光の勇者』の二つ名を持ち、素早さ、判断力や理解力の速さに自信があるルーディナでも――そのメリアの疑問の声には、答えられない。
その代わりに、答えたのが―――
「何がって、うちが一瞬で水の刃放っただけですよ?お二人さん以外既に手遅れだったので、殺しちゃいました。」
―――このホラー系のものでの定番である、首から上がなくなった事件を起こした張本人、ザシャーノンである。
彼女は先程まで塔の上にいたはずだが――いつの間にか、ルーディナたちの立っている床と同じ地平線に立っていた。
一瞬で水の刃を放って、この広場にいたルーディナたち以外を殺し、気づく暇もなく、いつの間にか同じ地平線に立っている――明らかに、只者ではない強者と、ルーディナはそう理解する。
それが故に、彼女のステータスを観察で見ると―――
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ザシャーノン・ノア・アクアマリン
性別:可愛い女の子♡
属性:冷たい♩
ステータス
筋力:もちろん力持ち
魔力:得意分野◎
体力:シャトルラン1148回(手加減して)
敏捷:50m走0.3秒(手加減して)
感覚:敏感☆
合計:褒めてくれてもいいんだよ?
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―――何一つ情報の得られない、数字ではない文字の列が、そこにはあった。
「……は?」
―――ステータスに数字が書かれていないことや、その圧倒的な陽キャの単語に驚愕を覚える、ではなく―――
「なんで、ステータスを変えられてるの……?」
―――この世界で絶対的に不可能とされている、己のステータスの偽装が、されていたからであった。
「ねえ、メリアちゃん。」
「……ルーディナさん、どうかしましたか?」
―――その不可解で、あり得ない情報を手に入れてしまったルーディナは、この情報を共有せんとメリアに声をかけるがーーこれ以上嫌な情報を貰いたくないのか、メリアの声は若干暗めだ。
「嫌なこともう一つ増えるけど、いい?」
「……どうぞ。」
―――ただでさえ周りの人々が一瞬で死に、血の海ができていて、自分たちの目の前に圧倒的脅威がいる状況の中――嫌なことが増えてしまったと言ったルーディナの言葉に、メリアは一言だけ暗めに言い、反応する。
「あの子――ステータスを、偽装してる。」
「っ……」
―――ステータスが何億超えだとか、属性が特殊だとか――そう言った情報の方が、まだ楽だったかもしれない、というより、確実に楽だろう。
それでも充分、嫌で、あり得なくて、ふざけている情報だが、そのぐらいを覚悟していたであろうメリアの耳元に、ルーディナからの更なる悪化の情報が齎される。
「―――。」
―――ステータスの偽装は、この世界ではできないと明確に記述されている、不可能の現象のうちの一つ。
他にも世界転移や、『魔界王支配地域』への侵入など、そう言った不可解の現象も記述されているが―それよりも、ステータスの偽装というのは簡単そうに見えて、一番深刻な現象だ。
ステータスが映されるのは、世界の法則が原因と、科学的に証明されていて、それを偽装するということは――世界の法則自体を、捻じ曲げているという可能性が高い。
それではなくても、支配や操作、軌道を拗らせたり関わったりなど、普通の力を持つものができることは、とりあえず、ない。
そんな規格外なことをしている彼女――ステータスの合計値がどれほどだか知らないが、ルーディナたちがあったことのある『灼熱の魔王』よりも、規格外である可能性など大いにある。
「……どうするんですか。」
「実はものすごくバカで、案外突っ切ったらスパッと切れる……みたいなことないかな?」
「ないでしょうね。」
「だよねぇ……」
―――今まで会ったことがないほどの明らかな強敵に、何か隙はないかと提案を出すルーディナだが、ああ言う敵には、そう言ったものがない。
ルーディナとメリアが慎重に、そして丁寧に相手の一つ一つの行動を伺っている中―――
「ん〜?なんか、さっきよりも警戒度増してませんか?てか、そこの勇者さんはうちのステータス勝手に覗かないでくださいよ。乙女の秘密暴露されるの、超恥ずかしい……なんちゃって。」
―――自分の頭に右手をポンと当てて、舌を出しながら首を傾げるという、可愛いポーズをしながら言うザシャーノン。
残念ながら、確かに見た目は可愛いは可愛いものの、彼女の存在自体を規格外と認識している二人には、その心からは可愛く見えない。
「てか、私が観察したのわかったんだね?」
「もちのろんですよ。なんかスキルやら魔法やら使うときって、そこら辺の見えない空間が歪むとか、本人の魔力に何かしら変化が加わるとか、何かあるんですよね。だから、うちに隠し事なんてできないんです。」
―――言葉選び一つ一つ、声の音色一つ一つ、行動や仕草、ポーズ一つ一つと、それらを観点別に分けて評価するならば、どれも同性のルーディナも見惚れそうなほどに最高級に可愛いのだが、如何せん、先程も言った通り存在自体が規格外なので、恐怖という名の感情が根づいてしまっている二人には、心の中からは可愛く見えない。
だが、その行動、言葉、声一つ一つが本心からしている、ただの動きであるということはわかる。
彼女は多分、天然というやつである。
―――その思考に至って、ルーディナは気づく。
「ねえメリアちゃん、あの子多分天然だと思う。」
「……そうですか。」
「天然だったらさ、案外こっちからの攻撃に気づかなかったりしない?」
「……どうでしょうか。」
―――天然というのは、どれだけ相手が強者だろうと、何かしら一つぐらいミスをするものである。
そう言った定番から、ルーディナは単純かつ純粋な作戦内容を話すが、メリアは納得はするものの賛成はしない。
「でもさ、やってみるだけいいんじゃない?」
「……ですけど、それで、もし……」
「怪我とかしたら、メリアちゃんが治してくれるでしょ?大丈夫大丈夫。―――私、勇者だから。」
「ルーディナさん……」
―――ルーディナの単純かつ純粋な作戦内容に、メリアはルーディナへの心配や不安でなんとか止めるのを試みているが――ルーディナは、そのぐらいでは止まらない。
―――彼女は勇者なのだから、このぐらいの勇気、当然なのである。
「むむむ〜?また警戒度上がってる感じがしますね?うち、別に二人と仲良く―――」
「―――やぁ!!」
「ひゃあ!?」
―――ルーディナとメリアに対して、何かまた言おうとしていたザシャーノンの言葉を、ルーディナが可愛い大声を上げることで遮って、彼女を切りかからんと剣を構えて迫る。
だが、間一髪のところで、ザシャーノンは可愛い悲鳴を上げながら避ける。
失敗した、と若干の悔しさを混ぜながら、ルーディナはザシャーノンの方を見ると―――
「ちょ、ちょっと!?きゅ、急に切りかかってくるとか人の心ないんですか!?うち、二人と戦う気なんてないんですけど!?」
―――明らかに、焦りの感情を混ぜながら、いきなり切りかかってきたルーディナに対しての文句を、彼女は述べていた。
やはり、ザシャーノンは激突な展開や押しには弱いと――そう理解するルーディナ。
彼女が文句を述べているうちに、もう一度切りかからんと剣を構え、ルーディナはザシャーノン目掛けて走ろうとするが―――
「ル、ルーディナさん!!」
―――急に、メリアのルーディナの名前を呼ぶ、焦った声が聞こえてきた。
何事か、と彼女の方向を向く前に――ルーディナの周りが、何か巨大なものの影に包まれる。
「……え?」
―――上を見上げたルーディナの視界に入ってきたのは――体全体が赤黒く染まり、複数の人の頭が脳が顔が目が鼻が耳が口が歯が頬が髪が首が喉が腕が手が手の指が手首が足が足の指が足首が手の爪が足の爪が膝が太腿が肘が肩が肩甲骨が脇が腰が腹が胸が背中が尻が股間が内臓が肝臓が胃が大腸が小腸が腎臓が膵臓が肺が上半身が下半身が骨が睫毛が眉毛が混ざり合わさっている、巨大なグロテスクな物体であった。
そしてそのグロテスクな物体は、ルーディナを叩き潰さんと腕を振り上げ―――
「……へっ?」
―――突如として、上半分と下半分に体が切り裂かれた。
「な、にが……」
「全く、危ないったらないですよ。うちに集中してくれるのも嬉しいですけど、自分の身も大事にしてくださいね?」
―――そしてそのグロテスクな物体の上半分と下半分の前に、槍を持ったザシャーノンの姿があって、そう言ってきた。
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―――ルーディナは、今起きた状況を上手く整理している途中である。
まず、気分転換に買い出しに行ったところ、この広場に通りがかったところで、塔の上で大声を上げていたザシャーノンと、出会した。
そして、周りの人々が無惨にも首から上を切られて殺され、ザシャーノンがいつの間にか塔の上から降りてきていて、そのステータスを見て、規格外の存在だと把握した。
そしてそして、ザシャーノンと少々の話をしたことで、彼女が天然ではないのかと気づき、ルーディナが作戦を決行。
メリアに心配されながらも、ルーディナは攻撃をし、当たらずに終わったが、彼女は激突な展開や攻撃に弱いと、理解した。
そして理解して、もう一度攻撃を仕掛けようと思ったところ――謎のグロテスクな物体に殺されそうになって、ザシャーノンがそのグロテスクな物体を切り殺した。
いや、この場合ザシャーノンの武器が槍なので、突き殺した、と言った方が適切かもしれない。
だが、そんなことはどうでも良く―――
「―――私のこと、助けてくれたの?」
―――グロテスクな物体やらなんやらよりも、今は、そのことだけが気になっていた。
「そうですけど?」
「私は『勇者パーティ』のうちの一人だよ?ザシャーノンの、魔界王陣営の敵だよ?」
「もちのろん、知ってますよ。」
「私が死んで、敵が減るかもしれなかったのに……どうして、助けてくれたの?」
―――王国から『勇者パーティ』の諸々へ出された魔界王討伐依頼。
そこから約一ヶ月の月日が経っているため、魔界王陣営にも、嫌でも情報は入ってくるはず。
だから、今、彼女がグロテスクな物体を殺さなかったら、ルーディナが死んでいて、ザシャーノンや魔界王陣営の敵が減っていたはずだ。
なのになぜ、彼女は、ルーディナを助けたのだろうか。
「その理由についてはちょっと企業秘密ですね けど、さっきも言いましたよね?―――うちは、二人と仲良くなりたかっただけで、戦おうなんて思ってなかったんですよ。」
「でも、周りの人を殺して……」
「それもさっき言いましたよ?もう手遅れだったので、殺しちゃいましたって。」
「手遅れ……?」
「その理由が企業秘密なんです。」
―――企業秘密のところが、ルーディナの知りたい真相の内容なのであるが、誰かから――魔界王からなのだろうが――命令されているのかなんなのかで、彼女は、その先を言うことができないのだろう。
だから、周りの人々を殺したという事実は変わりないし、逆に、ルーディナを助けてくれたという事実も変わりない。
そうどっちつかずな結果だから、ルーディナは―――
「……信じても、いいの?」
「はい?」
―――単刀直入に、質問した。
「あなたのこと、信じてもいいの?」
「もちのろんですよ。うちのことはじゃんじゃん信じちゃってください。期待もしてくれて結構ですよ?」
「……そっか。」
―――ルーディナの質問に答え、優しく微笑む彼女を見て、こう思う。
―――クローディナに加えて、また一人、敵陣営で殺すことができない相手が増えてしまった、と。
彼女の悪意は、善意によるものだったのかもしれない、とも同時に思ったが。




