第二章三十三話 「インフィル・アトセトラ」
<視点 インフィル>
―――そもそも、インフィル・アトセトラは花屋を目指してなんていなかった。
花が特別好きなわけでもないし、両親もしくは親の片方が花屋であったというわけでもない。
確かに綺麗なものや美しいもの、可愛いものなどは好きだった。だが子供の頃の目指していた夢は、どちらかというと服屋やお菓子屋であった。
ならば、今、インフィルが花屋になっているのは偶然か、はたまたなりたい仕事に失敗して、仕方なくやり始めたのか――否だ。
それにしてはインフィルは花屋にすごく熱心だ。
自分一人で店を営業しているし、わざわざ高級な花々を手に入れて、水やりや手入れ、掃除までしっかりとしている。
ならば、なぜインフィルは子供の頃から目指していたわけでもない花屋に、ここまで熱心に取り組んでいるのだろうか。
何事にも一途な、インフィルの性格の問題――それも否だ。
だったらもっと他の店員かなんかを募集して、さらに店を豊かにし、効率を上げ、繁盛を上げることだってできる。
今の一人で黙々とやっている状況と比べると、そちらの方が人数も多くて楽しそうだし稼ぎも多いしで、花屋に真面目に取り組んでいると見做されるだろう。
特に花屋になりたかったわけでもないのに、とても熱心で働いていて、だがしかしまだ改善の余地がある――そしてその評価も、否だ。
花屋にはなりたいわけでもなかったが、所謂インフィルにとっての人生の勤めであり、故に熱心で一人に働いている、と評する方が正確だ。
一人で働かなければいけないのは、なぜか。
なりたいわけでもないのに熱心なのは、なぜか。
インフィルにとって花屋が人生の勤めなのは、なぜか。
――単純だ。
『ねえ、インフィルちゃん。最後に、一ついいかな』
――インフィルにとって、それはしなければならない使命であり――
『私しゃ、花が好きなの』
――インフィルにとって、それは達成すべき宿命であり――
『ちょっと大袈裟かも、だけど……この世の花を、全部集めたいぐらい、好きでしゃ。だから……』
――インフィルにとって、それは必ず訪れる運命であり――
『……受け継いでくれないかな、なんて』
――インフィルにとって、人生の全てを注ぎ込むような、命題なのだから。
△▼△▼△▼△▼△
――それは、春の出来事だった。
インフィルはそのとき九歳、小学三年生。
その頃のインフィルは、頭がいいわけでも悪いわけでもなく、運動神経がいいわけでも悪いわけでもなく、何か素晴らしい発想が浮かび上がるわけでもなく、学校を毎日毎日欠かさず行っているわけでもなかった。
平均的な頭脳、平均的な運動神経、平均的な発想力、平均的な登校日数。唯一平均的ではなかったのは、図工系の才能があったこと程度だろうか。
図工での工作や絵画などは、毎回毎回作ると先生や同級生から褒められ、同時に少数から嫉妬もされる。
――だが、ただそれだけだ。図工の才能があった程度で、人生は大きく変わるわけでもない。
インフィルは綺麗なものや美しいもの、可愛いものが好きだったため、自分で作って自己満足していたり、自画自賛していたりした時期もあった。
だが自分の作った作品なんて、所詮自分の作った作品だ。回数を重ねるにつれ、面白さは欠けていった。故に、二ヶ月ぐらいでその毎日は幕を閉じた。
――だから、インフィルの日々は常に面白みがなかった。
そう、そんなときであった。小学三年生の春、言わば教室替えの時期。――転校生が一人、やってきたのだ。
△▼△▼△▼△▼△
――普通の時間に起きて、普通の時間に家を出て、普通の速さで歩いて、普通の時間に登校した朝。
教室替えの表を校庭で受け取り、学校の門を通り、そのまま下駄箱で靴を履き替え、新たな教室の扉を開けると――そこは、明らかにザワザワしていた。
だがインフィルは、新しい教室故に皆んな騒いでいる程度の発想で、特に興味も何も湧かなかったため、黒板に書かれていた指定された席に座った。
「あ、インフィルちゃんだよね〜?」
「ん、そうですけど」
「やっぱり! 図工ですごい作品いっぱい出してるって有名だよ〜!」
「あはは……そうですか」
「そ、そ。……それよりもさ、転校生ってどんな人なんだろうね〜?」
「はい?」
すると、先に座っていた前の席の女子がどうやらインフィルのことを知っていたらしく、話しかけてきた。
図工の優秀な作品の数々――それが故に有名なのは、なんとなくインフィルも気づいているし知っている。
そのためそこは特段気にしなかったが――その後の発言が、インフィルは気になった。――転校生、と。
「……転校生が来るんですか?」
「あれ、インフィルちゃん校庭で先生から言われなかった?」
「……どうせ挨拶かなんかだと思ってたので、無視しました」
「へ〜……噂通り、冷めてるね〜」
どうやら朝、教室替えの表を校庭で渡した先生たちが、転校生について一応言及はしていたらしい。
挨拶、もしくはこれからも頑張って的な励まし系の世辞かと思っていたので、無視したが――もう少し、しっかりと聞いていたら良かったと後悔した。
「……転校生」
「気になるよね〜?」
「……男の子と女の子、どっちですか?」
「女の子だってさ」
「髪の色とか、どこから来たのかとか、どこの学年なのかとか、どこの教室に入るのかとか……」
「めっちゃ興味津々じゃん!」
前の席の女の子の言う通り、インフィルは転校生について、興味津々だった。
――面白みがない人生を過ごしているインフィルにとって、転校生というのは、興味が湧くものだったから。
△▼△▼△▼△▼△
「すっごい可愛かったね〜!」
「――――」
「しかもうちのクラスだってさ! いや〜、これは眼福ですな〜……」
「――――」
「……ね〜、インフィルちゃん」
「――――」
「ね〜ってば〜! 無視しないでよ〜……」
「――――」
――率直に述べよう、インフィルは一目惚れした。
新しい教室で、春休み明け一発目の全校朝会――そこで、転校生は紹介された。
そして今は全校朝会が終わり、新しい教室の背の順で、インフィルの隣を歩いている前の席の女子――ミィン・アフォポルツォと名乗ったその女子が言う通り、転校生はものすごい美少女だったのだ。
輝く翡翠色の髪の三つ編みに桃色の瞳、小学生が故に指定はないのに着こなしていた制服、そして人三倍ぐらい整った顔立ち。
――綺麗なものや美しいもの、可愛いもの好きなインフィルにとって、これで惚れるなと言われる方が無理である。
確かに、自分でもまさかその可愛いもの好きが、恋愛対象までもがそうだとは思わなかったが。
「――――」
「……なんか、インフィルちゃんが恋した乙女の顔してる……」
「……そんなことないですよ」
「あ、やっと反応してくれた!」
「……声かけてたんですか?」
「無視とかじゃなくてそもそも気づいてすらなかったの!?」
どうやら、インフィルがその転校生の女子――フロス・コンシリウムと名乗っていた女子について、脳内でいろいろと語っているとき、ミィンは何度か話しかけていたらしい。
それに気づかずに、フロスのことばかり考えていた自分に――インフィルは、本当にフロスに惚れ込んでいるのだなと、そう改めて実感した。
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「……ふ、フロス・コンシリウムで、でしゅ。よ、よろしくお願いしましゅ」
――先程ミィンが言っていた通り、フロスはインフィルの教室に入ることになった。
なんたる奇遇、なんたる豪運、なんたる運命と、インフィルは人生で初めて、目の前の光景を作ってくれた自分の運の良さに感謝した。
と、インフィルが幸せそうな顔で微笑んでいて、それをミィンがなぜか頬を膨らませながら見ている最中、フロスの自己紹介は終えられ、担任の先生によって席へと案内される。
その席――なんと、インフィルの後ろであるのだ。
「……フロスちゃん、ですよね」
「あ、あ、は、はうぃ!」
「――――」
「――――」
インフィルは、教室だけでなく席までもの運が良いと、また自分の運の良さに感謝して――同時に、自分の社交力の無さについて呪った。
インフィルからの呼びかけ、そしてフロスの緊張した声での返事――たったそれだけで、会話が途切れてしまったのだ。
ここで会話が途切れ、気まずい空気が漂いインフィルの印象が下がる、なんていうのはたまったものではない。
故に、インフィルはどうにか会話を続けるため、何かと話題はないかと脳を巡る、巡る、巡り続ける――
「あ、あの……インフィルちゃん、だよね?」
「え? そ、そうですけど……」
「――――」
「――――」
と、今度はフロスの方から、名前での呼びかけ、そしてインフィルの応答と、先程とは真逆の展開が行われた。
だがそこでまたまた会話は途切れ、先程と同じ気まずい空気が漂う。
フロスの方は今の空気をどう思っているか知らないが――インフィルの方は、頭の中は一つの疑問で埋め尽くされていた。
――なぜ彼女が、インフィルのことを知っているのだ、と。
「――――」
インフィルの図工の優秀な作品たちを知っているが故、インフィルについても知っている、という可能性は一応ある。
だが転校生で、まだこの学校について碌に知らないような彼女が、作品とインフィルのみ知っている、なんてことはあるのだろうか。
それはインフィルにとって嬉しいことではあるし、これからの関係も期待が湧いてくるが――どうも、何かが腑に落ちない。そんなことを考えていると――
「……ふふっ」
「……ふぇ?」
「ふふっ、いや、あの、ははっ、ふ、ふふっ……!」
――突然、フロスがインフィルの顔を見ながら、笑い出した。
さは、もしや自分の顔に何かついているのでは、と考え、自分の顔をペタペタと自分の手で触るインフィル。
だがそんなことをしても何かがついている様子はないし、なんならフロスがさらに笑い続けるだけだ。
「え、きゅ、急にどうしたんですか……?」
「いや、しょの、なんか……不思議しょな、インフィルちゃんの顔が面白くて……ふふふっ」
「え、えぇ……?」
意味がわからなく、インフィルはフロスに笑っている理由を尋ねる。すると、インフィルの不思議そうな顔が面白いと、フロスは答えた。
一体全体インフィルの顔の何が面白かったのか、とインフィルはますます疑問の顔になり、それを見てますますフロスが笑い続ける。
運がいいのか悪いのか、担任の先生が大声で授業をしているため、インフィルしかフロスの笑い声には気づいていないようだが――フロスの笑い顔を見て、インフィルはふと、こう思った。
――綺麗で美しく可愛いため、自分ではかなり手が届かないような孤高の存在かと思っていたが、案外、つき合いやすい性格なのではないか、と。
△▼△▼△▼△▼△
――それがインフィルの、フロスと初めて出会ったときの話だ。
その後、フロスの笑いをとりあえず収め、何か授業でわからないところがあれば教えようか、とでも思っていたインフィルだったが――これがなんと、フロスはものすごい優等生だったのだ。
国語算数英語理科社会の主教科はもちろんのこと、なんなら図工や体育、家庭科などの副教科まで、抜け目も欠点も一つもなく完璧。
試験は毎回満点を取り、成績も全教科の全分類が二重丸。ついでに忘れ物も、学校の欠席や遅刻や早退も一回もなければ、給食を残すことすらなし。委員会や係の仕事もサボることなく、全てをやってのけた。
先生からの高評価はもちろんのこと、生徒からの信頼もものすごく厚い。
故に、フロスのことを知っている人は、インフィルやミィンなどのフロスの性格をしっかり知っている人を除いて、誰もがこう呼んだのだ。
――“触れるべきではない、孤高の神童”、と。
△▼△▼△▼△▼△
――それは、春の出来事だった。
小三から小六までインフィル、フロス、そしてついでにミィンもずっと教室が同じで、三人とも同じ中学校に行こう、と約束していた。
そう約束をするほど、この三人の仲も絆も、とても深くなっていたのだ。
インフィルとフロスのみだった場合、最初の頃はお互い気まずい空気がなんとなく漂っていたが――そこにミィンが入ることで、それはあっさりと消された。
よくよく考えてみれば、黄土色のかなり長く伸びた髪に、透き通るような水色の瞳、そして肩がはだけていたり臍が見えていたりと少し危うい格好をしていたミィンは、明らかに陽な性格で、気まずい空気などとは関連が皆無な人だとわかる。
だがインフィルも幼かったが故、見た目で人の性格までわからなかったのだろう。
と、まあそれはともかく、ミィンのおかげで、インフィルとフロスは気まずい空気なく接することができるようになっていったのだ。
ならば、インフィルとフロスが、ミィンを友達の輪の中に入れるのも、当然の話。
――という、あんなことやこんなことがあって、同じ中学校に行くのを約束するほど、仲も絆も深まっていった。そして、中一の春。
「インフィルちゃーん!!」
「ほぉわぁ!?」
初めての中学校生活が始まると、中学校の校門の前でドキドキしていたインフィル。
そのインフィルの元に、ものすごい速さで駆けつけ、インフィルに飛びかかるミィンが訪れた。
「おっはよ〜う! 元気してた〜!?」
「してました、してましたから……」
「ん〜、本当に〜? 元気なくな〜い?」
「だっていきなり押し倒されましたから……」
「……まあ、人生はわからないことの連続だからね〜」
「何いいこと言った風に言ってるんですか!?」
そのどこか青春らしいやり取りをしながら、ミィンはなぜかインフィルにさらに抱きつく。
「そ、れ、よ、り、も、さ……インフィルちゃん、待ちに待った中学校だよ〜!」
「待ちに待ったと言っても……私はミィンちゃんとフロスちゃんの二人と遊ぶのを待ってただけで、中学校自体を待ちに待ってたわけではないです」
「てか、フロスちゃん遅いね〜」
「無視ですか!?」
インフィルの気持ちも梅雨知らず、ミィンはこれからのことを思い浮かべているのか、目をキラキラとさせている。
それに対し、インフィルはさっきの仕返しにと、なかなか自分でもキュンとなるような言葉を言ったのだが――ミィンは完全に無視と来た。頬は少しだけ赤かったが。
それよりもミィンが突如、前を向いておーい、と呼びながら手を振っている姿に、インフィルは思考を引っ張られる。
意識せず、インフィルもミィンの向いた方向を見ると――
「あ、フロスちゃん!」
「ふー、ふー……お待たしぇ。……これ今どういう状況?」
「ミィンちゃんに押し倒されました」
「インフィルちゃんが思ったより受け止めてくれなくてさ」
――そちらの方角には、少しだけ小走りしている、フロスがいた。
インフィルが思わず、フロスのことを呼ぶと――フロスは一瞬だけ笑顔になって、すぐに怪訝そうに首を傾げた。
それは当然だろう。
だって、呼びかけられたと思ってその方向を見ると、地面に仰向けで倒れているインフィルと、その上に四つん這いになっているミィンがいるのだから。
その後のフロスの質問に、インフィルはミィンのせいに、ミィンはインフィルのせいにするように、返答する。
だがもちろん三人とも、それが本気の言葉ではなくふざけて発している類のものだと、わかっている。
「はぁ……まあいいや、とりあえじゅ行こ!」
故にか、フロスも特に深くは考えず、中学校という未知のものに興味があるのか、ワクワクしてそうな表情で、そう言った。
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――そしてそこから、二日ほど。
教室は見事三人とも同じになり、三人で手を合わせ抱き合い喜びを表しながら教室へと入っていき、先生の紹介や生徒たちの自己紹介が行われ、その後は入学式。
その日は学校自体はそれで解散となったが、三人は放課後も遊んだり買い物に行ったりと、仲良く遊び――中学校生活一日目は終了。
そして二日目、学校探索やら授業説明やら評価項目やらを言われ解散し、放課後また一日目と同じく遊び、中学校生活二日目終了。
そして今、中学校生活三日目、三時間目の理科の授業である。
「ええぇ、というわけで皆さんにはぁ、課題を出したいと思いますぅ」
明らかに寝不足な隈を目の下に作った、研究者のような白衣を着た猫背な男――名前は覚えていないが、理科の先生である。
理科の先生はどこかねっとりを感じさせる口調で――課題を出す、と宣言した。
「えー、先生ちょっと最初から張り切りすぎじゃないですかー?」
「そうですよ、まだ三日目なのに」
「てか課題ってなんっすか? 僕紙に書く系嫌いなんすけど」
「はいはいぃ、皆さん落ち着いて聞いてくださいねぇ」
課題を出すと宣言した後、何人かの生徒から、その課題について非難の言葉が出てくる。
最初の授業から課題を出すというのに対する嫌悪はインフィルも大いに賛成したいが――それで成績を下げられるなど真っ平ごめんだ。
なので黙っていると、理科の先生は少しだけ声を大きくし、その生徒たちをひとまず止める。
「今回の課題はとても簡単ですよぉ。単純な話ぃ、自然を調べてくるだけで良いのですぅ」
「自然?」
「はいぃ。そこら辺の草でも花でもなんでもいいですからぁ、紙一つに適当にまとめてきてくださいぃ」
その理科の先生の物言いに、インフィルはどこまでも適当な人だなと、不快を覚えずにはいられなかった。
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「山に行こ!」
「「なんで?」」
――そして、その日の学校は終わり、三人横並びで帰宅をしているインフィル、ミィン、フロス。
今日の学校はどうだったねとか、あの理科の先生嫌いだなとか、あの子格好良かったよねとか、そう言った青春を感じさせる話題をしている最中――突如、フロスが山に行こうと言い始めた。
当然のこと、インフィルとミィンはその理由について尋ねる。
「自然を調べてきて、って課題あったじゃん、理科の。あれやりたいからしゃ、山に行きたいの!」
「わざわざ山にまで行く必要ってあるの?」
「え? うーんと……しょの、私花見たくてさ! しょこら辺に生えてるのじゃなくて、もっと花畑みたいな!」
どうやら、フロスは理科の先生から出された自然について調べてくること、という課題のために、山に行って花畑を見に行きたいらしい。
おそらくそこには、課題を出されたからには優秀な成果を出したいというフロスの思惑もあるのだろうが――インフィルも、確かに花畑は見に行ってみたいと、そういう気持ちが湧いてきた。
「花畑……」
「……インフィルちゃんは、行ってみたい?」
「……ミィンちゃんは?」
「あたしはインフィルちゃんとフロスちゃんの二人の意見に従うよ〜?」
「だったら……」
インフィルは、綺麗なものや美しいもの、可愛いものが好きだ。故に、花畑も一度は見に行ってみたい。
そう考えていると、ミィンから行ってみたいかどうかの質問が来た。
そこで、ミィンはどうなのかとインフィルは問い返したが――どうやら、彼女はインフィルとフロスの意見に従うらしい。
ならば、と、インフィルは――
「……行ってみたい、かもです」
「じゃあ決定だね!」
――自分の素直な気持ちを、口にした。
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――明日の四時間目に再び理科の授業があるので、そのときまでには行かなくてはならない。
故に、三人は速攻で家に帰り、親にちょっと遊んでくると告げ、理科の課題用紙一枚と鉛筆を何本か持って、待ち合い場所の公園に向かった。
そして、インフィルが公園につくと――フロスとミィンは、既に到着していた。
「あ、ごめん、待った?」
「「全然」」
どこぞの付き合いたての恋人だ、とでも突っ込みが来そうな言葉を三人は使い、それぞれ持ち物は持ったかを確認し、いざ、山へと向かっていく。
「てか、フロスちゃんはどこに花畑があるかとか知ってるの?」
「うーん……なんとなく、ならわかるよ?」
「それで大丈夫なんでしょうか……」
山に行く最中、そう言った確認や雑談、世間話などをしながら、三人は道を進んでいく。
日は少し暮れていて――お夕日が見えているため、おそらく午後十七時ら辺だろう。
それ故に、少しだけ急ぎ足で三人は歩いていき――十五分ほど歩いたところで、やっと目的の山が見えてきた。
「あ、あれですか?」
「うん、しょだよ。……なんか、冒険みたいでワクワクしない?」
「確かに、少しわかるかも……」
「でも、別になんか危険なものあるわけじゃないですよね?」
「多分、ね」
と、そんな会話で進んでいく中、インフィルは近づいていく山を、じっと見ていた。
木々や草などの緑に包まれ、青々とした雰囲気を醸し出す山は、後ろに映る夕日と合うことで、見事に一つの絶景として成り立っている。だが――
「でも、危険って言っても基本的には崖とか毒植物とかじゃないの?」
「そっか……じゃあ大丈夫なのかな〜?」
「足元に細心に注意払っていけばいいんだし、大丈夫でしょ。ミィンちゃん心配ししゅぎ」
「そう〜? いやでも初めての山だよ〜? ね、インフィルちゃんもそう思、う?」
――その一方、どこか禍々しい雰囲気も感じるのは、インフィルの気のせいなのだろうか。
「……インフィルちゃん、大丈夫?」
「へ?」
と、遠目から山の観察をしていると、ふと、ミィンが心配そうにインフィルに声をかけてきた。
突如とした心配声の問いかけに、インフィルは思わず素っ頓狂な声を出し、ミィンの方を向く。
そしたらミィンだけではなく、フロスもこちらを心配そうに見つめてきた。
「インフィルちゃん、なんか急に喋らなくなって……」
「え? あ、いや、山を見てただけです」
「……しょれにしては、随分と眉寄しぇてたけど」
「そ、そうですか?」
どうやら、フロス曰くインフィルは山を見ながら眉を寄せていた、とのことだ。
眉を寄せるときとは――基本的には、怒りや不安や心配、集中力が高いときなど、そういう場合が多い。
だが山を見て怒りは意味がわからないし、そこまで真剣にもなる意味はない――ならばインフィルは山を見て、不安や心配を感じていたのだろうか。
「ま、大丈夫です大丈夫です。とりあえず、行ってみましょ」
「……そうだね〜」
「でも、なんかあったら言ってよ?」
「はい」
だが、そこで何か言い合っていては先に進まないので、とりあえず進もうと、インフィルは言う。
ミィンの短い了承と、フロスの頼もしい声を聞きながら、インフィルは歩く速度を少しだけ速めていった。
△▼△▼△▼△▼△
――そして、そのまま山の麓へと歩いていき、神社の鳥居のような山の入り口の門を通り、インフィルたちは山の中の整備された――とまではいかない道を、歩いていた。
「……なんか、だいぶ雰囲気が怖いんだけど、これ大丈夫かな〜?」
「大丈夫、なはじゅだよ。私も一応ここ来たことあるし……」
「そのときはどうだったんですか?」
「もうちょっと自然、って感じだったけど……」
そして、先程のインフィルの感想と、今の三人のやり取りからして――この山の雰囲気が普通の山とは違うということは、容易く想像がつくだろう。
道が狭いため、先頭にフロス、中にインフィル、最後尾にミィンと、そう並んで歩いている三人たちは――その想像通り、何か禍々しい雰囲気を感じている。
フロスはどうやら、前に来たときにはこのような雰囲気は感じていなかったらしいが――ならば、前と今では一体、なんの違いがあると言うのだろうか。
「フロスちゃん。これ花畑ってどこにあるんですか?」
「えっと……なんかね、道の途中で、左側だったかな……に、不自然な道があってしゃ」
「不自然な道ってどういうこと?」
「今横見ればしゃ、木がジュラーって並んでるじゃん? なんかこの木のところの一本縦列がなくなってて……うう、説明が難しいよぉ……」
「……つまり、普通はズラーっと並んでる木のところの、どこか一箇所の縦列が完全に空いてて、そこを通れば……ということですか?」
「しょ、しょ!しょいうこと!」
その山の雰囲気を忘れるためか、ミィンが花畑への道のりをフロスに聞いたことで、話題を変える。
そして何かと説明の難しさに俯いていたフロスだったが、インフィルが上手く説明を整える。
曰く、道の横の、縦列も横列も永遠と言わんばかりに並び続けている木のうち、どこか縦一列の木が完全に空いている、ということらしい。
そしてそこを進んでいくと花畑がある、とのことだ。
――そういう確認をして、おそらく十分ぐらいが経過した。
「――――」
誰も一言も喋っていないのは、禍々しい雰囲気が増加していっているのも関係はあるだろうが――単純に登り疲れたから、というのも関係があるはずだ。
実際、インフィルはフロスの両肩を両手で掴みながら登っているし、ミィンはインフィルの腰に抱きつきながら、逆にそれは歩きにくいのでは、という体勢で登っている。
というより、なぜかインフィルは、ミィンの両手で両胸をさっきからずっと服の上から揉まれ続けているのだが――いい加減恥ずかしくなってきて、インフィルがミィンに注意しようと、そう思ったとき。
「あ、あった」
と、そう言うフロスの声が、聞こえた。
その声に釣られ、インフィルとミィンは、思わず前を向くと――視界の端に、木の縦一列が空いている、明らかに不自然な道を見つけた。
「あ、あれがフロスちゃんの言ってたやつ?」
「うん、しょのはじゅ。あしょこ通ってけば、多分花畑に繋がってると思うから……よし、行こ!」
そして、フロスのその声を合図に、三人はこの先に起こる悲劇も知らず、左折して道へと進んでいった。
△▼△▼△▼△▼△
――そして、その道をまた何分か歩いていき、その先には――
「……綺麗」
――そう、インフィルが意識せず呟き感動するほど、綺麗で美しい花畑が、そこにはあった。
「す、すご〜……」
「ね、しゅごいでしょ?来てよかったでしょ?」
インフィルのみならず、ミィンですら言葉を忘れ感動するほどであり、フロスが自慢をするのに納得がいくほど、絶景と評すべき場所であった。
「――――」
赤青黄緑紫橙白黒茶灰、銅銀金と、思いつくありとあらゆる色の花がそこに存在している。さらに桃、紅、瑠璃、黄土、紺、鋼などの珍しい色ですら、だ。
そして、ここでは風を感じないのに揺れている花も、花畑の間に流れる川も、花畑の向こうに生い茂っている木々も、何もかもが絶景。人生で一度は見たい景色と言わんばかりの光景だ。
「――――」
ただただ存在しているだけで、魅惑とも言えるべき魅力を放つ花は、揺れることでさらなる絶景の一部となる。
川は透明とも言わんばかりに透き通っていて、周りの光景を反射しているためか、ここから見れば色とりどりな、虹色の川に見えないこともない。
向こうに生い茂っている木々は、先程までの山の道の横に生えていた木々とは決定的に何かが違い、その存在を主張している。
本当に、ここでは風を感じないのに揺れている花も、花畑の間に流れる川も、花畑の向こうに生い茂っている木々も、何もかもが絶景。人生で一度は見たい景色と言わんばかりの光景だ。
「――――」
――。
――ここでは風を感じないのに、揺れている花?
「……あ」
インフィルの思考が、一瞬それはおかしいのではないかと、疑問を生み出した。
ここでは、風を全く感じないのだ。風を感じないからと言って、酸素や空気がないというわけではないのだろうが――最低でも、インフィルの立ち位置からは風は全く感じない。
だが今のインフィルの立ち位置は、その揺れている花とそんなに離れているわけではないのだ。
ならば、そんなに離れていないのならば、インフィルの立ち位置で風を感じないから、あそこの揺れている花も、風を感じていないはず。
――なのに、揺れている。
「……? あの、フロスちゃん。後、ミィンちゃんも」
「ん、どしたの〜?」
「綺麗でしょ綺麗でしょ、気に入った?」
「はい、気に入りましたけど……あの、ここ風感じないですよね?」
「……確かに、感じないかも」
「ほんとだ……で、しょれがどうしたの?」
インフィルは自分の疑問を本当か、と確かめるために、フロスとミィンを呼び、風を感じるかどうか質問する。そして二人からの返答は――感じないだった。
そして、それがどうしたの、というフロスの言葉にインフィルは揺れている花を指差して――
「だったら、風がないのに揺れてるのっておかしくないですか?」
――と、そう言った。その、刹那。
「あ、確かに? けど……っ!?」
「っ、危ない!」
「え?」
フロスが確かにと納得し、何か言おうとしたら――恐ろしいものを見たような目で、硬直した。
さらに直後、ミィンがインフィルとフロスの二人を、横へと押し飛ばした。
一体全体何事、とインフィルは疑問声を上げながらミィンの方を見ると――
「……インフィルちゃん、大好きだよ」
――と、そう言った後に、無数の花にその顔を包まれむしり取られたのか、顔と胴が泣き別れになった、ミィンの亡骸を見た。
△▼△▼△▼△▼△
――何が起こっている? ――あの花は何? ――今、目の前で首から血を噴射し続けているミィンは何? ――なんでミィンに頭がない?
なんで、なんでなんでなんで、なんで――
「ぁ……」
――自分は、この状況で冷静にいられてるの?
「っ……!?」
人は、予想外の場面に会えば、冷静になる人と冷静にならない人がいる。
冷静にならない人の場合は、単純に混乱したり、叫んだりと、そう言った症状が見られることが多いが――冷静になる人は、どういう心情なのか。
「ぁ、ぁ……あ」
基本的には、予想外すぎて一瞬硬直し、茫然自失のように頭が真っ白になり、冷静に見える。それはつまり、今は冷静でも――
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
――時間が過ぎ、その状況を頭が完全に把握すると、感情が爆発するのだ。
「っ、インフィルちゃんっ!」
「あ、ぁぁ……フ、ロス、ちゃん?」
インフィルのような同じ状況に至っても己で回復したのか、それとも単純に予想外の出来事には強い性質なのか、割りかし大丈夫そうに見え――なかった。
フロスもフロスで、顔と唇が真っ青で、冷や汗をかいて、今の状況に混乱をせざるをえないような、そんな表情――だが、やはり己で己の意識を制御したのだろう。その強さにインフィルは、フロスにより一層惚れ――ああ、そう言えば最近は、フロスに惚れるだのどうだのこうだのはあまり意識していなかった。もはやそれが当然といやフロスとそういう場面になりそうなときいつもミィンが途中で割り込んできていたような気がするならばミィンの最後の言葉はそういう意味の恋愛的ないや待て何を言っているインフィル思い上がるな恋愛的なのか友愛的なのか親愛的なのかまだわからないのにインフィルお前はなにを先読みした予言したこれがせいかいなのではないかとただしいのではないかといっているのだそもそもみぃんといんふぃるはそういうかんけいではなかったではないかともだちだともだちだともだちともだちともだちとしてすごしてきたのにいきなりれんあいたいしょうとしてみるなんてせいてきたいしょうとしてみるなんていんふぃるおまえはかなりおわっているではないかそれはみぃんとすごしてきたひびにたいしてのうらぎりであってなんならみぃんといんふぃるのやりとりをほほえましそうにみていたふろすへのうらぎりっ、ああっ――!
「っ、落ち着いて、落ち着いて私っ!」
インフィルは、あまりの混乱に混ざり混ざり混ざり狂う己の思考を、自分の頭を自分の右手で叩くことで、少し落ち着かせる。
顔も体も服も汗まみれで、心臓が、今の未知な状況にバクバクと大きな鼓動を鳴らしている。
そして脳が、先程から理解不能理解不能と、何回にも重ねて訴えている。
落ち着けと、何回も頭を右手で叩くも、状況はどんどん悪化していくばかりで――
「っ、何やってんの!」
「わっ!?」
――もはや止められない、とインフィルが思おうとした直後、フロスの焦ったような声が聞こえ、インフィルの視界は宙を浮く。
またまた一体全体何事、と顔を回転させ、フロスの方を見ると、そこには思ったよりも近いフロスの顔が――
「って、お姫様抱っこ!?」
「私だって恥じゅかしいんだから大声で言わないでよ!」
――と、そこでインフィルは今、フロスに何をされているのか、思い立った。
まさかのお姫様抱っこで、これにはインフィルも大喜び、フロスも恥ずかしそうに赤面――とはならない。なるわけがない。
「っ、ぁ、ミィン、ちゃん、は?」
「っ……」
そしてインフィルは、先程の光景が、実は自分の見間違えではないか、という、あまりにも現実逃避すぎる内容――それにまだ可能性はないのか、と少しの希望を宿らせ、フロスにミィンの安否を問う。
だが、フロスの返答は――フロスが自分の唇を、自分で強く噛む、ということだった。
「フロス、ちゃん……」
そして、インフィルはそのフロスの行為から読み取った感情――それは怒りだ。
ミィンがもういない悲しみでもなく、そしてあの花に対する恨みでも憎しみでもなく――自分のせいで、自分がここにミィンを連れてきたせいで、ミィンと永遠と会えなくなってしまったという自分に対する、怒り。
その感情を読み取ったインフィルは、弱々しくフロスの名前を口にし――それに気づいたフロスは、でき損ないの笑顔を浮かべ――
「ねえ、インフィルちゃん。最後に、一ついいかな」
「え……?」
――激突に、何かを言い出した。
まるでそれは、もう会えないからという、最後の頼みのように。まるでそれは、自分では叶えられないからという、最後の願いのように。
「フロス、ちゃん?」
「私しゃ、花が好きなの」
「フロス、ちゃ、ん?」
「ちょっと大袈裟かも、だけど……この世の花を、全部集めたいぐらい、好きでしゃ。だから……」
「フ、ロス……」
――インフィルは、耐えられない。
よくわからない。今の事態が現状が状況が環境がよくわからない。でも耐えられない。なぜか何かに耐えられない。
目に涙を浮かべ、それで、なんか、ああ。
「……受け継いでくれないかな、なんて」
――彼女は最後に、笑顔を浮かべた。
それはとても、インフィルの心を打った。今まで見た笑顔のどれよりも可愛くて、美しくて、綺麗で、好きで。
そして、もう一つ。
――それもまた、春の出来事だった。
△▼△▼△▼△▼△
――その後の自分の行動を、インフィルは何一つ覚えていない。
そのままフロスから飛び降りて走り去っていったかもしれないし、フロスに我儘をたくさん言ったかもしれないし、泣いたのか叫んだのか謝ったのか名前を呼んだのかすら、わからない。
だが、その後の中学校に、インフィルもフロスもミィンも、誰も現れることはなかった。
フロスの行方はわからない。ミィンの行方は信じたくない。インフィルは――その日から、花屋についての猛勉強をした。
フロスが最後に言った、受け継いでくれないかなという言葉――インフィルは、その言葉が何を受け継いでくれと言ったのか、しっかりと理解はしていない。
だがそれでも、フロスは花が好きだと言っていたから、花屋になって花を守れば、その思いを受け継げると、そう思った。
だからインフィルは、花屋はどうすればなれるのか、どういう日々なのか、どういう職業なのか、そもそも花とは何か、どんな種類があるのか、どんな花言葉があるのか、などなど。家に籠って資料を買い漁って読み漁って、調べ続けた。
――インフィル・アトセトラは、花屋を目指してなんていなかった。
だが、フロスの最後の願いを無碍にしないために、ミィンの信じたくない事実を無碍にしないために、インフィルは熱心に一人で働き、高級な花々を手に入れ、水やりや手入れ、掃除を欠かさずしている。
一人称も「私」から「当店」へと変え、どこの誰が見ても立派な花屋だとわかるように、思うように、働いてきた。
だが、だからこそ、フロスとミィンの二人のために、インフィルは自分の人生を賭けるからこそ――
「私と、友達になってくれませんか?」
――そのメリア・ユウニコーンの言葉は、何か世界が変わりそうだと、故にフロスとミィンのために自分が頑張らないと――という思いを、インフィルの心の中に花開かせた。
△▼△▼△▼△▼△
<side 語り手>
――それともう一つ、記しておくならば――
「やっぱ馬鹿だよね、あの子」
――インフィルが去った後。おそらくは田中の何かであろう花畑が散った後。
"触れるべきではない、孤高の神童"と言われたフロス・コンシリウムが、そう愛おしそうに微笑みながら、誰かに話しかけたとか、話しかけてないとか。
名前回三回目ー。
なんか最後ら辺で、「え? これどういうこと?」とか、「なんかいろいろ都合良すぎじゃね?」って思った人はフロス・コンシリウムの二文字の意味をラテン語で調べてみてください。
一応フロスの名前回、多分最終章ら辺にあるからそこで全部わかるけど、そこまで待てねぇ! って人は調べてみてね☆
次回、ルリナリン・メードの名前回。




