第二章十三話 「将来」
ーーーということで話すのは、これからどうするか、と言った具体的な内容についてだ。
国王が裏切り、そして、『人類平和共和大陸』のほとんどが血肉に侵食されている、この状況。
「ええと・・・血肉に侵食されてない人ってどんぐらいいるか、わかる?」
「残念ですけど、そこまで特定は無理ですね。でも、次代の王は、まだ無事なはずです。」
「なるほど・・・」
ーーーとりあえず、今はどういった状況で、こちら側に誰がいるか、向こう側にどれほどの強敵がいるかなど、そういったことを確認するのが先だ。
そう思い、ルーディナはザシャーノンに、未だに血肉に染まっていない、無事な人数を具体的に聞く。
だが、いくらザシャーノンと言えど、具体的な人数はわからないらしいーーが、人数はわからずとも、次代の王、ディヴェルダーク・ノヴァディース・レプンツォ・イ・エヴェン・フィブティニーは無事、という情報はあるらしい。
「だったら、エヴェン様に今回のことを話して、それで国王を処刑にしてもらう、とか?」
「・・・それだとダメな気がします。」
「そう?」
ーーー次代の王が故に、今代の王より権力は下がるものの、正式な、理由根拠説明がしっかりとある、完璧な裁判であれば、国王を死刑に落とすということも容易くできるはずだ。
その方向で国王を殺し、ルーディナたちの勇者逆転劇が始まるかと、そうルーディナは提案したがーーそこにダメではないかと待ったを入れたのは、メリアだ。
「そもそも、エヴェン様がこんなことを信じるかどうか、わかりません。仮に信じたとしても・・・世の中が信じないでしょう。」
「そっか・・・」
ーーーメリアの言うことは、実に的を射ている意見だ。
イ・エヴェンは、噂で聞くと、何事にも一途で、全ての仕事に対して真剣で、根も葉もない噂や、真実か虚偽かもわからない微妙な情報や物事は、全く信じない。
仮に真っ当な理由や根拠があれど、その場その場の善と悪を己で判断し、そのまま、己の意見で道を突き通すーーという、人物らしい。
そんな人物に、血肉の件を信じさせる、というのは不可能に近いだろうし、仮に信じたとてーー血肉に染まっている世の中が、ブーイングの嵐になることは目に見える。
「じゃあ、どうすればいいかな?」
「いや、ルナっちのでいいと思いますよ。」
「「「「え?」」」」
ーーーならばどうすればいいか、再びザシャーノンに向かって質問したルーディナに、ザシャーノンは最も容易く、簡潔に、返答を返してきた。
その返答内容に、ルーディナとメリア、そして事の末端から本質までを聞いていて、口も出していないが理解の表情をしていたディウとフェウザも、困惑の声を出した。
「え、私のでいいの?」
「はい、いいと思いますよ。」
「・・・エヴェン様が、こんな話を信じるでしょうか?」
「信じると思いますよ。」
「でも、もし、世の中全てが敵になって、取り返しのつかないことになったらーーー」
「ーーー世の中に知らしめることなんて、真実じゃなくていいんですよ。」
ーーールーディナのもう一度の質問に、ザシャーノンは再び、あっさりと答える。
そして、本当にそれでいいのかと、メリアがいくつかの質問やその後の結果などを述べるがーーふと、ザシャーノンの声色が変わった。
「なんか適当な罪でもでっち上げて、公に発表すればいいじゃないですか。全部を全部真実を語る必要なんて、ないです。」
ーーールーディナは、そのザシャーノンの目と、声と、雰囲気で、感じ取った。
そうだ、ザシャーノンは、良い性格の人物だ。
優しいし、可愛いし、綺麗だし、照れ屋だし、雰囲気を楽しませてくれるし、信頼できるし、頼もしいし、いろいろと詳しいし、胸も柔らかいし、匂いも香りもとても良いし、抱き心地も良いし、一人一人の意見を尊重して、しっかりと返答をくれる。
だが、ルーディナはザシャーノン、及び魔界王配下各種族幹部のものたちを、先日ほど前まで、悪の象徴だと思って、生きていた。
ルーディナが、こんなに可愛いザシャーノンを悪だと思っていたのは、なぜか。
ーーー真実ではない情報が流されていたから、である。
「ーーー。」
ーーーつまり、ザシャーノンの提案は、自分たちを悪だと、真実ではない情報を世の中に流した仕返しーーこっちも、真実ではない情報を流してやろう、ということである。
「・・・よし、やろっか。」
ーーーザシャーノンの意図を、意味を読んで、ルーディナはこれからのことに、意気込みを入れた。
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「ちなみに、なんでエヴェン様はこの話、信じるの?」
ーーーその後、ザシャーノンの意図を、ルーディナは『勇者パーティ』全員に向かって、話した。
ルーディナだけが理解して、他の諸々が置いてけぼり、となるのは、流石にちょっとまずいと思ったからだ。
そして、ザシャーノンの意図を説明した後、ザシャーノンは頬を赤くして目を逸らし、メリアは頬を膨らまして、ディウとフェウザとレンプレイソンは尊敬や頼もしそうな瞳でルーディナのことを見ていたのだが、それがなぜなのか、わからない。
ーーーそんなことよりも、今は、ルーディナが只今した、質問の内容である。
イ・エヴェンは、なぜ、血肉の話を信じるのだろうか、という質問だ。
「それは、簡単です。」
ーーーすると、ザシャーノンは、とても自慢げな表情で、机に肘をつき、手と手を繋ぎ、その手の上に顎を置いて、とても偉そうな表情で呟いた。
「イ・エヴェンも、同じようなことを思ってるからです。」
ーーーそして、その言葉が放たれた瞬間、場が凍った。
否、正確には場の雰囲気が凍った、という方が正しい。
それは当然も当然なことで、突然も突然なことで、自然も自然なことだ。
「・・・つまり、エヴェン様も、国王が血肉なんじゃないか、って思ってるってこと?」
「血肉とまではいかないですけど、裏切ろうとしてるのではないか、ぐらいの予想はつけてますね。」
「今代の国王ってさ、エヴェン様の父親だよね?」
「はい。」
「・・・実の父親を、疑うの?」
「はい。」
「・・・ええと、それ誰の情報?」
「シーちゃん・・・魔界王様です。」
ーーーなぜ、場の雰囲気が凍ったかーーそれは、おそらく、イ・エヴェンに幻滅をしたからだ。
真剣で、一途で、嘘偽りを見抜き、善悪の判断を下す、イ・エヴェンーーイ・エヴェンは女性だが、そのイメージは、凛々とした爽やかな姿と、民を震わすような威風堂々とした掛け声。
だが、そんな彼女がーー実の父親を、家族を、疑っている。
幻滅、というより、思っていたのと違ったと裏切られたーーいや、やはり幻滅だろう。
その感情が場を支配しているから、この場の雰囲気は、凍った。
「ーーー。」
ーーーだが、それはそれで好都合だ。
これ以上ないチャンスーー見逃してはいさようならをするというのは、無理な頼みだ。
イ・エヴェンも、『勇者パーティ』の諸々と同じく、国王が裏切っていると考えており、世の中には適当な罪でもでっち上げ、血肉のことは伏せておく。
それは、とてつもなく、最高で最良で最上な、ルーディナの幻想のようなシナリオだ。
「・・・ふぅ。」
ーーーメリアも、ディウも、フェウザも、若干、いろいろと悩んでいるような表情をしているのが、見て取れる。
さっきから、こういった場面ばっかりに出会っているが、難しくて、今後の未来を大幅に変えるような話をしているのだから、当然であろう。
だが、その『勇者パーティ』の中で、一番最初に考えを整理して、みんなを励ませる位置にいる自分ーーと考えると、不思議と、勇気と自信が出てくる。
やはり、『勇者パーティ』なくしてはルーディナは成立しないな、と思いながら、ぱちん、と手の平と手の平を合わせた。
そうすると自然と、全員の視線がルーディナへと、集まってくる。
「はい、変な悩みはそこでおしまい。それぞれ思うところもあるだろうけど、今は事態がよく動いてる、ってことを喜ぼ。」
「・・・そうだな。」
「・・・うむ。」
「・・・はい。」
ーーールーディナの言葉に、フェウザ、ディウ、メリアの順番で、信頼と尊敬のような瞳を向けながら、納得の意を示す言葉を放った。
作戦会議、続行。
△▼△▼△▼△▼△
ーーーイ・エヴェンが味方、血肉の件についてもそのまま話してなんの問題もなく、王を裁くことに対し、世の中には偽の情報で、適当な罪でもでっち上げればいいーーこれが、今のところの情報のまとめだ。
周りから信頼やら尊敬の視線を感じながら、ルーディナはその情報を素早くまとめ、引き出し、次に何を話すか、何を質問すべきか、考える。
国王裏切りの件に関しては、イ・エヴェンと上手くやれば問題なし。
問題はーーでっち上げる罪の内容と、イ・エヴェンとの接触方法、と言ったところか。
「よし、じゃあ次の質問だけど・・・エヴェン様とはどう接触するの?」
「もちのろん、それも簡単ですよ。騎士団長と魔法騎士団長、ついでにその副団長たちも、血肉の支配下にはないはずです。その人たちに上手く頼み込んで、イ・エヴェンと接触すれば、大丈夫だと思います。」
ーーーどうやらザシャーノン曰く、王国騎士団と王国魔法騎士団の団長、副団長たちは、イ・エヴェンと同様に、未だに血肉に侵食されていないということだ。
そしてそれの裏をつけば、騎士団や魔法騎士団の団長、副団長以外はーー全て血肉に侵食され済み、ということになる。
「ーーー。」
ーーー確かに規模は大きいし、騎士団全てを敵に回すのは少々手がかかるが、状況はそこまで酷ではない。
次代国王、団長と副団長、それに『勇者パーティ』ーーこの諸々が、未だに侵食はされていないのだ。
「・・・これってさ、血肉に侵食される条件とかあるの?」
ーーーそんなことを考えていると、ふと、ルーディナの口から、その質問内容が飛び出した。
「条件、ですか・・・意志の強さは関係してると思いますよ。あと、周りの影響を受けやすいかどうか、とか、血肉に溺れない強さを持っているか、とか・・・ですかね。」
「ほへー・・・」
ーーールーディナのふとした質問に、答えたのはザシャーノンだ。
意志の強さ、周りからの影響、個人の強さーーまあ、一貫して言えば惑わされないか惑わされるか、であろう。
血肉がどう言った侵食方法を取るのかは知らないが、おそらく、その侵食が進んでいけば、自分自身で異変を気づくぐらいの、侵食状態になるはず。
個人の強さは、その異変に気づけるかどうか、周りからの影響は、自分の問題を自分だけでしっかりと解決できるかどうか、意志の強さは、その異変にうまく溺れないように耐えられるか、と言ったところだと思われる。
「・・・なるほどなるほど。」
ーーールーディナはそう言いながら、周りを見渡す。
先程からはほとんど発言がなく、もはや聞くだけのルーディナの操り人形ーーという言い方は少し悪いので、ルーディナを信頼してくれて任せてくれる仲間、と言おうか。
その仲間たちは、先程も言った通り、ルーディナを信頼してくれている。
ならば、もし、『勇者パーティ』の誰かが、血肉に侵食されそうになった場合。
ーーールーディナが、それを止めてやらねばならない。
「・・・ふぅ。」
ーーー現状確認とやることと意気込みは、以上だ。
続いて、罪のでっち上げる内容だがーーこれは、イ・エヴェンとしっかり話し合い、それで決めた方がいいだろう。
イ・エヴェンの方が、国民がどう言った情報を信じやすいか疑いやすいか、知っているであろうし、なんとなくだが、いい意見を出してくれそうな気がする。
「・・・もう、質問はないですか?」
ーーーと、ルーディナがそう考えた直後、場を見計らってか、ザシャーノンが会議のメンバー全員に向かって、そう問う。
メリア、ディウ、フェウザはこくりと頷き、ルーディナもそれを追うように頷く。
「じゃ、うちはここで一旦失礼させてもらいます。」
「え、帰っちゃうの?」
「・・・うち、王国には入れませんし、各種族幹部なんかと一緒にいたら、ルナっちたちが逆に疑われるでしょうからね。」
「・・・そっか。」
ーーー思わぬ別れ、というほどまででもない。
ザシャーノンが王国に入れないというのは、なんとなく勘付いていたし、魔界王陣営を未だに悪と思っている王国の国民たちは、魔界王陣営の幹部なんかと一緒にいたら、疑い深くなるだろう。
だがーーだからと言って、寂しいものは寂しいのだ。
「・・・本当に、行っちゃうの?」
「はい。・・・よいしょっと。」
ーーールーディナの、最後の賭けのような悲しさが入った質問を、ザシャーノンはあっさりと返答し、立ち上がる。
そして、そのまま去るーーのではなく、ルーディナの方まで歩いてきた。
「ルナっち、渡しておくものがあります。」
「ん・・・なにこれ。」
ーーーそう言われ、ザシャーノンに渡された、というより首にかけられたのはーー白金色の月のようなペンダントが飾られた、ネックレスだ。
「ルナっちがピンチになったときに活躍する、と思います。」
「そっか・・・ありがとね。」
「はい。」
「・・・本当の本当に、行っちゃうの?」
「・・・そんな、寂しそうな顔しないでくださいよ。別れって言っても、今世の別れじゃありません。またいつかどこかで会うとは思います。」
ーーールーディナの寂しそうな発言に、ザシャーノンはあっさりと、淡白に応える。
なんというか、それが少しだけムッとしてーーザシャーノンがそう言ったところで、ルーディナが一旦、彼女の腕を掴んだ。
「・・・ルナっち?」
「ーーー。」
ーーーと、ルーディナが掴んだ腕の反対を、今度はメリアが掴んだ。
「え?メリちゃん?」
「ーーー。」
ーーーと今度は、ディウがこちらまで歩いてきて、ルーディナが掴んだ腕側のザシャーノンの肩に、手を置いた。
「あの?ディウさん?」
「ーーー。」
ーーーそして更に今度は、フェウザがこちらまで歩いてきて、メリアが掴んだ腕側のザシャーノンの肩に、手を置いた。
「ええと?フェウザさん?」
「ーーー。」
ーーーそして、遠くからそれを撮影している風なポーズをしているレンプレイソン。
そのレンプレイソンは置いておいてーーまず、一番最初に口を開いたのは、フェウザだ。
「・・・なんというか、俺はコブラヴェズってやつに木っ端微塵にやられたから、各種族幹部ってのは、本当に信用していいのかって思ってたけど・・・案外、あれだな、いいやつらなんだな。」
「・・・あ、ありがとうございます?」
ーーーフェウザとザシャーノンは、あまり長い時間は共にはいなかった。
だが、フェウザが言う通りーーそのコブラヴェズとやらは、あまりいいものではなかったのであろう。
だからこその、フェウザが感じた気持ちーーザシャーノンに伝わって、ルーディナは良かったと思う。
そして次に口を開いたのは、ディウだ。
「俺は鬼双子と、相性が良かったからな。・・・だから、お前とルーディナの相性がいいのも頷ける。随分と、気に入られてるようだからな。」
「そ、そうですかね?」
ーーーディウはディウらしく、短く、しかし意思がしっかりと籠っている声で、言った。
そして次に口を開いたのは、メリアだ。
「・・・ザシャノンさんのこと、少し羨ましいです。」
「そうなんですか?」
「はい。私なんて、ルーディナさんから気に入られるまでに三ヶ月かかったのに・・・」
「あ、それは、なんか・・・ええと・・・どういたしまして?」
「なんでそうなるんですか。・・・でも、私もザシャノンさんのことは好きです。だから、ルーディナさんに気に入られるのもわかります。あれです、ライバルってやつです。」
「え?あ、はい。」
「だから、これからもよろしくお願いします。」
「・・・はい。」
ーーーメリアとザシャーノンという、美少女たちが、ルーディナを取り合うーー悪くない構図である。
そんなことを思いながら、最後、口を開いたのはルーディナだ。
「ザシャノン。」
「はい。」
「大好き。」
「・・・うちもですよ。」
ーーー若干、そう頬を赤く染め、そう言うザシャーノンが、ルーディナにはとても可愛く見えた。
「ていうか、絶対にまた会いに来てね?」
「いつかは会いに行きますよ。・・・そのネックレスがあるので。」
「・・・そっか。」
ーーーどうやら、この白金色の月のようなペンダントのネックレスは、かなり重要なものらしいーーまあ、わかりきっていたことではあるが。
ルーディナが最後、少し呟いたことで、全員が頃合いと見たのか、メリア、ディウ、フェウザ、そしてルーディナも、ザシャーノンから手を離した。
「じゃあね、ザシャノン。」
「はい、達者で。」
ーーー別れの言葉は短く、しかし、しっかりと想いが込められていたのが、聞いて取れた。
そのまま、ザシャーノンは軽やかに、そして速やかに、空へ跳び上がった。
その姿を、差し込む太陽の光が照らし出していた。




