第二章一話 「信頼」
<視点 メリア>
―――街の床を見て、何か意味深な考察をしているようなポーズをしているルーディナを見ながら、メリアは、今回のことを深く考えていた。
「はぁ……」
―――メリアが今日、ため息を吐くのは二回目である。
一回目は、ルーディナが各種族幹部『鮫魔族』代表王であるザシャーノンと仲良さげに話していたところに、メリアが考え直せと説得しようとしたが、ルーディナのザシャーノンを信頼し切った瞳を見て、七割ほどの嫉妬と、三割ほどの諦めを自分で確認したとき。
そして二回目は、ザシャーノンと仲良さげに話して、何か深く考えているルーディナを見て――自分の説得は、余計なものだと感じてしまった今。
「―――。」
―――メリアは、ルーディナのことが大好きだ。
それは恋愛的や性的な意味ではなく、仲間として、味方として、友達として、大好きだという意味――なはず。
出会ったときの感情や思いは、なぜかよく覚えていないが、徐々に徐々に、ルーディナのことを普通から好きへ、好きから大好きへと変化していったのは、覚えている。
今年で三年ほどの付き合いで、ルーディナのいいところを良く知っていて、可愛いところも良く知っていて、年上として頼りにしてもらえるような存在になりたいと、そう思っていたからこそ――メリアのため息は、メリアの気持ちを落胆させる。
「―――。」
―――もう一度言う、メリアはルーディナのことが大好きだ。
だから、信頼してもらいたい。
だから、頼りにしてほしい。
だから、メリアが言ってしまった、ザシャーノンは魔族なのになぜ信頼できるのかという説得は――逆効果なのである。
「―――。」
―――ルーディナの可憐な唇から、ちょっとした声が漏れ出てるのを確認し、メリアは自分の失態を更により深く認識する。
ルーディナは、ザシャーノンを完全に信頼し切っている。
だから、ルーディナはザシャーノンの言葉を真に受け、いろいろと考察しているわけだ。
―――だから、メリアが言ってしまった、ザシャーノンは魔族なのになぜ信頼できるのかという説得はーー逆効果なのである。
「―――。」
―――あのまま、ルーディナとザシャーノンの仲を、微笑ましく見守っていれば良かったものの、自分の中の何かがいけないと反応し、二人の仲を一旦止めた。
しかし、そのせいでルーディナとザシャーノンに少しだけ困った顔をされたし、無駄な時間も使ってしまったし――何より、メリアのそれがなければ、事はもっと素早く進んでいた。
「―――。」
―――メリアの説得があろうもなかろうと、ルーディナとザシャーノンは仲良しになり、ルーディナはザシャーノンの言葉を真に受け、ルーディナは考察し、正しい考えへと進んでいく。
だから、メリアの説得は余計だったのだ。
―――邪魔を、してしまったのだ。
「―――。」
―――あのまま傍観者を続けていれば、二人には特に変にも思われず、事も素早く進んでいた。
なのに、メリアは、間違った判断をし、二人の関係を、ルーディナの考察を、邪魔してしまった。
「はぁ……」
―――メリアは、今日三回目の、ため息を吐いた。
「……ルーディナさん、考察は進んでるんでしょうか。」
―――ルーディナにもザシャーノンにも聞こえないように、メリアは独り言を呟く。
このまま考察が進んでいれば、事が素早く進み、メリアたちの新たな方針もきっと、決まるであろう。
しかし――メリアは、ルーディナの考察に、進んでほしくはなかった。
「―――。」
―――それは、未だに自分の余計な説得を、余計だとは思いたくないからだ。
ザシャーノンの言葉を真に受け、それをルーディナが考察し、考えが出されるのなら、メリアの説得は、本当に余計なものと化す。
しかし、ザシャーノンの言葉を真に受け、それをルーディナが考察し、考えが出されないのなら、メリアの説得が、余計なものから、大して意味のないものと化すのだ。
余計なものと、大して意味のないもの――どちらもいいものではないが、少しだけ、ほんの少しだけ、大して意味のないものの方が、罪悪感ややってしまった感がなくなる。
「―――。」
―――だが、ルーディナの仲間として、ルーディナの考察に上手く進んでほしい、という気持ちもあった。
上手く考えが出て、得意げな顔をして喋っているルーディナは可愛いし、それに、今後の方針というのも決まり、目標が定まる。
「―――。」
―――それは、自分を高める道への更なる進歩ともなる。
目標が定まれば、基本的にはその目標を超えるため、高みを目指す。
ものすごい怠惰や傲慢だと、高みを目指さずに過ぎる場合もあるが――メリアは、そういうのはしっかりと努力するタイプだ。
「―――。」
―――だから、メリアは、ルーディナの考察に上手く進んでほしい気持ちと、ルーディナの考察に上手く進んでほしくない気持ちがあった。
「はぁ……」
―――そしてメリアは、本日四回目の、ため息を吐いたのだ。
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<side ルーディナ>
―――ルーディナはたった今、考察という海に浸っているのだが、どうも、集中ができない。
それは―――
「はぁ……」
―――先程から、メリアのため息が聞こえるからだ。
さっき、ルーディナを襲ってきた血肉の怪物は、ザシャーノンが手遅れと言っていた住民たちの死体の集まりではないかとか、なぜ魔族は悪として認められるのだろうかとか、そう言った考察をしているのだが―――
「……ルーディナさん、考察は進んでるんでしょうか。」
―――微妙に、聞こえるような聞こえないような声で呟いているメリアの独り言も、かなり気になってしまうのだ。
メリアは、ルーディナやザシャーノンに聞こえないように、ため息を吐いたり、独り言を言ったりしている。
だが、『閃光の勇者』の二つ名を持つ、常人よりは遥かに全てのステータスが高いルーディナと、ステータスを偽装するという規格外の技をやってのけるザシャーノンの二人に、常人並みの聴力で、判断はしていけない。
―――そんな、常人よりも圧倒的な力を持つ二人が、聴力だけ、常人と一緒と言ったことはないのだから。
「―――。」
―――勇者のみが持つ特有の能力、神耳という能力で、ルーディナが、そのメリアの独り言から感じるのは、嫉妬、不安、希望の三つである。
三年間、『勇者パーティ』として行動をしていたのに、自分の発言よりも、新たに出会ったザシャーノンの発言の方に、ルーディナの心が動かされてしまったという嫉妬。
余計な説得をしてしまったから、ルーディナにこれ以上嫌われないか、考察が進んで、本当に自分の説得が余計なものになってしまわないか、という不安。
余計な説得が、本当に余計な説得になってほしくないから、ルーディナに考察を進めてほしくない、けど考察を進めて、新たな目標を作ってほしいとも思ってる、矛と盾の両方の願望を持つ希望。
はっきり言って、それは――ルーディナが大好きだから嫉妬もするし、嫌われたくないから不安だし、余計になりたくないから希望を持つしで、でもルーディナを信頼しているから考察が進んでほしいという、そんな感情の混ざり合いなのだ。
「……メリアちゃん。」
―――結果、そう思うのはメリアがルーディナのことを大好きだから。
だから、ルーディナは嫉妬や不安、希望に、心配や鬱陶しいと言ったマイナスの考えではなく――嬉しい、喜ばしいと言った、プラスの考えを持った。
「ふふっ……」
―――無論、ルーディナもメリアのことは大好きだ。
そしてそれも、恋愛的や性的な意味ではなく、仲間として、味方として、友達として、大好きだという意味――かは、わからないが。
だから、メリアからの好意を感じるのは、ルーディナにとって嬉しい限りである。
故に、そう笑みが溢れてしまった。
「……笑ってる?」
―――そして、そのルーディナの笑みが聞こえたのか、メリアは不思議そうに首を傾げて、そう言う。
今まで感じたメリアからの好意と、その可愛い仕草を見て、ルーディナは、我慢ができなくなった。
「……ねえ、メリアちゃん。」
「っ、はい、なんですか?」
―――ルーディナからの急な呼びかけに、メリアが少し緊張した面持ちになりながら、ルーディナの呼びかけに答える。
そしてルーディナは―――
「それっ。」
「わっ!?」
―――メリアに飛び掛かるように、抱きついた。
「ル、ルーディナさん!?」
「ふふふ……」
―――ルーディナの急な行動に戸惑っているメリアに、ルーディナは思わず、面白おかしくなって、また、笑みを溢してしまう。
そして、メリアの体温や柔らかさをしっかりと堪能しながら、言う。
「メリアちゃん、大好き。」
―――と。
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<side ザシャーノン>
―――ザシャーノンは、その二人のイチャイチャな光景を見て、入りずらいではなく、仲が良いなと、微笑ましく見守りたいような感情が湧いてきた。
「……うーん、でも嫉妬は少ししますね。」
―――ザシャーノンは、ルーディナのことを気に入っている。
声も顔も可愛いし、親しみやすい性格だし、何より、ザシャーノンのことをすぐ信じてくれた。
自分のような魔族は、王国から見たらただの害悪な敵でしかないと、ザシャーノンもそう理解している。
だが――ルーディナは、そんな王国の法則や常識などに囚われずに、ザシャーノンのことをすぐに信じてくれた。
「―――。」
―――もちろん、ザシャーノンも信じてくれることは嬉しい。
自分の主である魔界王――エクスシーズからの警告や命令もルーディナに共有できるだろうし、お互いの危険も少なくなるし、仲も良くなり、ワンチャン王国から魔族は敵という考え方も、なくなるかもしれない。
「―――。」
―――しかし、ザシャーノンは、一番最後の選択肢は望んでいない。
王国から、魔族は敵という考え方がなくなる――その必要は、はっきり言って全くないに等しい。
もちろん、王国との交友関係なども築き上げることも、黒幕を倒せば行うのだろうが―――
「―――なんせ、王が王ですからね。」
―――既に黒幕の手に落ちている国王など、ザシャーノンからして、魔族からして、ただのゴミでしかないのだ。
だから、王国から魔族は敵という考えがなくなる、というより、ザシャーノンが求めてるのは―――
「―――しっかりと、いい人たちに伝わってくれることですかね。」
―――ルーディナやメリアのような、――メリアは少し違うが――優しく、信頼できて、いろいろと任せられるような、信頼できる人間たちに、魔族は敵ではないと伝わってほしい。
「ま、今いろいろと考えても仕方ないですよね。」
―――今、ザシャーノンが考えたことは、全て事が終わり、ハーピーエンドを迎えるときだ。
だから、それを今、考えても――仕方がない。
「……よし。」
―――そしてザシャーノンは、ルーディナとメリアに話しかける内容を決め、深呼吸をする。
ザシャーノンはなるべく、フレンドリーで、可愛く、思わず抱きつきたくなるような仕草で、声をかけることを意識しているのだが―――
「―――なんか、緊張するんですよね。」
―――初めて話す相手、そしてそれが、元敵であった『勇者パーティ』となると、やはり緊張はするもの。
故に、ザシャーノンは決意をし―――
「―――お二人さーん、少しイチャついてるところ、いいですか?」
「「ふぁえ?」」
―――嬉しそうにメリアに抱きついているルーディナと、ルーディナに抱きつかれて顔を赤くしているメリアに、話しかける。
そして、その内容は―――
「他の『勇者パーティ』さんと、お話がしたいです。今きっと、うちと同じ各種族幹部にボコられてると思いますから、手助けも含めて、ですね。」
―――『勇者パーティ』との、交流を深めることである。




