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 「孤児院は公安本部と駅の間にあるみたいだ」

 マクサに牽引され、五人は帝都の孤児院を目指した。ランがどうしても訪れたいと言ったのだ。

 「ラン、急にどうしたんだろうな。急に孤児院なんかに固執して。ガラじゃないよな」

 マクサがリンに耳打ちした。

 「孤児院なんかって言ったら悪いよ……あれじゃない?これから目一杯残酷なことをするから、せめてもの償いの先払い、とか……」

 「あいつがそんなことすると思うか?」

 「いいや……?」

 「だよな……」


 孤児院に到着すると、ツバキが戸を叩いた。

 「ごめんくださーい!連絡を入れておいたツバキです!」

 五人は支援者という設定でアポイントメントをとっている。と言っても実際支援はするので実質的には支援者だ。

 「はいはい!今開けますね」

 ママ、と呼ばれていそうなメガネをかけた中年が迎えてくれた。

 

 「本日はどうも、ありがとうございます。わたくし、ここの院長をしている者です。どうぞよろしく」

 先程の中年がお茶を差し出しながら言った。

 「支援をする前に、ここについてしっかり知っておきたい。説明してもらえるか?」

 ランが頬杖をついた。

 「はい。ここは寄る辺のない十五歳までの子供の家として、衣食住や教育を提供している場所です。現在はここに百人ほどが住んでいます」

 「なるほど。では、十五歳を過ぎたらどうなるんだ?」

 「その後の人生は、わたくしどもがしっかりとサポートしています」

 「ふむ。ここはディサ帝国、つまりシンアイが運営しているんだろう?シンアイの構成員になるっていうのも多いのか?」

 「はい。やはりシンアイの運営するところで働く、という子供達が一番多いですね」

 「そうか。十五歳……」

 ランはしばし考えに耽った。

 「なあ、少しここの見学をしたいんだが、いいか?」

 「はい。いいですよ」

 院長が立ち上がった。

 「レイ、レイ!来ておくれ」

 彼女は部屋のドアを開け、その先を見渡した。

 「レイ……?」

 ランのまばたきがピタッと止まった。

 その様子を見て、ランを除いた四人は部屋の隅に集まった。

 「ラン君、たくさんリアクションして忙しそう。マクサ、何かわからない?」

 「すまん。わからないな」

 「はい。お待たせしました。この子が案内してくれますから」

 話をしているうちに、院長が戻ってきた。そして、続くように彼女の後ろから少女が現れた。

 「レイです。よろしくお願いします」

 透き通った声でそう言った後、彼女はペコリとお辞儀をした。

 「……」

 ランはそんなレイのことを静かに凝視している。

 「……なあ、こいつと二人きりで話をしていいか?」

 重たそうな口を開き、ランは言った。

 「え、なんで?」

 ツバキが首を傾げた。

 「……ダメか?」

 「い、いや、あたし達は大丈夫だよ!そっちのレイちゃんがいいなら?」

 ツバキがレイに目をやった。

 「はい?大丈夫ですけど」

 彼女は不思議そうに、若干怯えながら答えた。

 「そ、それじゃあ他の四人方はわたくしが案内しますね」

 ランとレイ以外は部屋を出て行った。


 「……少し、外の空気に当たりたいな。いい場所はないか?」

 会話を所望したランだが、彼自身話しづらさを感じているようだ」

 「それなら、屋上とか、どうでしょうか……」

 当然、レイも話しづらそうだ。

 「なら、そこに移動しようか」

 

 二人は屋上に足を踏み入れた。そこでは、雲が自由に泳ぐ青空が広がっていて、干されている洗濯物が風でなびいていた。

 「レイ、っていうんだって?」

 ランは両手を広げ、フェンスに寄りかかった。

 「はい。あの、お名前は……?」

 「ランだ。まあ、覚えないでいい」

 「いえいえ、そんな……」

 会話が途切れた。


 「レイ、君はどれくらい前からいるんだ?」

 「えっと、ここができてから、ずっとです」

 「ここができたのはいつだ?」

 「たしか……今から七年前です」

 「七年前、ね……その頃は大きな紛争があったんじゃなかったか?」

 「そうです。その後にすぐにできたんです」

 「ふーん。ま、そうだよな……」

 また、会話が途切れた。

 

 「君は今、何歳だ?」

 「十五歳。最年長です」

 「なら、もうすぐここを卒業しなきゃだな。これからのことは決めてるのか?」

 「はい。私、この施設の最古参なものですから、ここで働こうと思ってて……」

 「そうか。優しいんだな」

 「いえいえ、何をしたいかってすごく悩んでたところに、院長さんがここで働かなかいかって誘ってくれたんです」

 「優柔不断なところに、誰かに導いてもらったんだな」

 「そういうことになりますかね。あはは、ダメですよね、私」

 「いいや、褒めてるんだ。簡単なことじゃない。父親に似たんだな」

 「え?私、実の父親には会ったことないです……」

 「ああ、そう……だよな。すまない」


 「なあ」

 「あの」

 声が重なった。

 「悪い。先、いいぞ」

 ランが言った。

 「……ラン、さんってもしかして、私と会ったことありますか?なんか、懐かしい感じがして……それで、私と二人で話したいなんて……」

 レイがランに目を合わせた。数秒間そうした後、ランは目を逸らし、俯いた。

 「いや、そうかもと思ったんだが、人違いだったみたいだ。だから父親に似てるだなんて意味不明なこと口走ったんだ」

 「そう……ですか……。あの、そちらも何かお話があるんですよね?」

 「いいや。どうってことはない。これから、うまくいくといいなって言おうとしただけだ」

 「あ、ありがとうございます……」

 気まずい空気の中、二人の会話は終わった。

 レイとの会話が終わった後、ランは態度は上の空となり、他の四人がことの処理にあたった。そこから、院長の厚意により五人は孤児院に宿泊する流れとなった。

 「……」

 マクサは隣にある空のベッドに目をやった。その本来ランがいるはずの場所である。

 マクサは部屋を抜け出し、ランを探しに施設内を歩いた。

 

 「おいラン、みんな心配してるぞ。ちょっとは話してやったらどうだ?」

 マクサが足を踏み入れたのは屋上だった。

 「いや、別にあいつらに話したくないとか、あいつらを信頼してないとかそういうんじゃない。今作戦を考えてるんだ。まだまとまってないだけだ」

 「それだけには見えないけどな」

 「ま、後で話すから待っててくれよ」

 「そうか」

 二人とも、夜空を見上げている。

 「……ちょっと、散歩でもしようか」

 マクサが呟いた。

 「……そうだな。歩いた方が頭も回るだろう」

 二人は孤児院を出て、都心部からは遠ざかるように歩いた。

 「こっちの方は静かでいいな」

 「だな。適度に緑もあって……都心の方は緑がなかったから、だいぶ落ち着くよ」


 歩いていくと、ランとマクサの前に大きな柵が現れた。

 「行き止まりか。この先は……森林が広がってるな」

 「しかし、なんでこんなところに行き止まりが?」

 「確かに。孤児院の子供達が入らないように、とか?」

 「それも少しは考えられるが、孤児院からそこそこ遠いぞ。何かあるんじゃないか?入ってみよう」

 ランはパッシブを使い、マクサとともに柵を乗り越えた。


 「かなり木々が深いな。確かに、この中に入ったら迷子になりそうだ」

 マクサが周りを見渡した。

 「……なあ、なんか向こうに黒いモヤが見えないか?」

 ランが指を指した。

 「何言ってんだ?お前、考えすぎて疲れてんじゃないか——てほんとだ」

 確かに、そこには黒い霧のようなものがかかっていた。

 最初は目を細め、訝しげな表情でそれを見つめていた二人だったが、次第に彼らの表情に警戒心が浮かび上がってきた。黒いそれは、同色のはずの背景にまったく馴染んでおらず、そこだけ不気味にぽっかりと穴が空いているようだった。見ているだけで鳥肌が立ち、不快になってくる。

 「……あいつら、こっちを見てるよな」

 「ああ。人間か?だとしたら、何かのパッシブか?」

 「パッシブかどうかはわからないが、ここが他から隔離されてる理由はわかったな。どうする?」

 基本、何に対しても怯えることはない二人だが、そのあまりの禍々しさに慎重にならざるを得なかった。その証拠に、マクサは急ごしらえではあるが近くにあった物質から槍を生成している。

 「とりあえず、お前の遠距離で様子を見るしかないんじゃないか?」

 「だな——」

 ランが深呼吸をしようとした。

 「ラン!危ない!」

 マクサが声を上げたが、ランには背後から迫るもう一つの影を避けられそうになかった。それを見て、マクサは手に持っていた槍を影に向かって投擲した。

 「もう一匹いたか……マクサ、どうだ?」

 「今のを避けなかったのを見るに、戦闘力は大したことなさそうだ。安心していいぞ」

 二体目の黒いモヤにはマクサの投じた槍がしっかりと突き刺さっていた。

 「そうか。警戒して損したな」

 「それにしても、こいつはなんなんだ?夢獣でもなさそうだし……また別に研究してる新生物か?」

 マクサがしゃがんで対象を観察している。

 「いやしかし、人を見た途端襲うような生物を野放しにしておくか?囲いを作ってるとはいえ——と、当たった」

 ランの空気砲が一体目を貫いた。

 「夢獣の別形態?やっぱり誰かのパッシブか?なんだかしっくりこないな……て、なんだ!?」

 黒いモヤはゆっくりと砂埃のように散り始めた。

 「中身は……人間か」

 出てきたのは痩せ細った少年の顔だった。そして、肉体もまたモヤと同じく砂塵と散っている。

 「みたいだな……ってお前、殺しちまったな」

 「あ……そうだな……」

 その後、二人は辺りを探索した。森林を進んでいくと、そこには孤児院と同程度の大きさの建物があった。

 話を聞くと、そこは黒霧病患者の療養所であるということが判明した。

 

 黒霧病。発症すると身体の一部が黒く変色(壊死や褥瘡の類ではない)し、罹患者を衰弱させ蝕む病である。症状が進むにつれ黒い部分は広がっていき、末期になるとランとマクサが見たように身体全体が黒いモヤに覆われ、人を襲うようになる。その様子から黒霧病と名付けられた。なお、最終段階を経て死ぬと身体が崩壊して散ってしまうという特徴がある。

 原因は不明(夢獣とは全くの別物)であり、伝染病ではないことはわかっている。親子で発症するケースが多いことから、遺伝子疾患ではないかとも言われているが、これも明確な根拠はない。ただ、この病気は鎮戦が起きた後に初めて罹患者が記録されたというかなり新しい病気であり、葬炎を上げなくなったせいだと一部では言われている。

 治療方法は確立されておらず、症状を緩和させることがメインで行われている。末期になると人を襲うようになるため、基本的には頃合いを見て安楽死をさせることになる。ただ、それは公的な場で治療をした時のみで、未だに自宅療養による事故は絶えない。ディサ帝国ではヘリクの行政の一つとして黒霧病患者専用の療養所が建てられている。療養所というより終の住処ではあるが。


 「黒霧病だったのか……名前は知ってたが、あんなになるとは知らなかったな……」

 療養所を離れ、二人は街中のベンチに座った。

 「……悪かったな。俺が気づかなかったせいだ」

 「いいや、俺の判断ミスだ。あの場面で俺が何かアクションを起こす必要はなかったさ」

 「……意外と気にしてないのか?」

 マクサは人を殺すことに対して強い抵抗を持っている。彼が人を殺したのはかなり久しぶりだ。

 「ああ。一回病院で間接的に殺したみたいだし、これからたくさん人を殺すんだ、気にしちゃいられないさ」

 「そうか。前はもっと、ガチで拒絶してたから、てっきり闇堕ちするんじゃないかと思ったぞ」

 「そんなまさか。どっかの聖人主人公様じゃないんだ。この程度で闇堕ちしないさ」

 「なるほど。というか、あいつらも無責任だよな。主人公以外の登場人物は大体人を殺してるのに、それを見過ごして少しでも自分の罪を軽くしようとしてる。同罪どころか、むしろそっちの方がタチ悪いっての」

 「主人公は好感度上げないといけないから仕方ないだろ?」

 「闇堕ちして結局殺したりするけどな」

 「闇堕ちはかっこいいからセーフなんじゃないか?」

 「都合いいな。ところで、うちら五人の中で一番闇堕ちしやすいのは誰だと思う?」

 「そうだな……ランやモユリもそこそこだが……やっぱりツバキだろ」

 「だな。むしろどの世界にいたら闇堕ちしないのか教えて欲しいくらいだな」

 二人はいつものペースで話をし、すっかり落ち着いたようだ。


 「さて、そろそろ行こうか」

 ランが立ち上がった。

 「いや、俺はもうちょっと夜風に当たることにするよ」

 「わかった。先帰ってるからな」

 ランはパッシブを使って飛び立っていった。

 「……ほら、もう出てきていいぞ。ナギ」

 物陰からひょこりと人影が飛び出した。

 「お、遅い……レディに気も使えないわけ……?」

 ナギは前よりも低い声で、マクサを見下ろしながら言った。

 「お前……何を勘違いしてるのか知らんが、もうそのキャラは無理だぞ?」

 「う……まだクール系でいけると思ったのに!」

 ナギは地団駄を踏んだ。

 「そうそう。お前はそれが似合ってるよ。って、その格好……ディサ帝国の正装か」

 ナギは装飾の施された衣装の上に、燕尾服で身を包んでいる。ディサ帝国の正装は男女問わず燕尾服を着用するというスタイルであり、地位が高いほどその尾が長くなる、という特徴がある。

 「これなら大丈夫でしょ?ブラジリアンワックス痛かったんだから!」

 「ブラジリアンワックスしたのか……」

 「お前のせいだから!」

 「はは、悪かったよ。それで?今日は何しにきたんだ?」

 「え?あーそれは、えっと……そう黒霧病!お前だけはしっかり心に留めておけって話!」

 「あ、おう……で?それだけ?」

 「い、いや、ええっと……」

 ナギの目が泳いでいる。マクサがその様子を見守っていると、彼女の腹の虫が鳴いた。一気にナギの顔が赤くなる。

 「……もしかして、服買ったせいで金がなくなってひもじい思いをしてるのか?それで俺にたかりに来たと」

 「……」

 肯定の無言だ。そんなナギをマクサは静かに見つめている。と思ったのも束の間、マクサは突然ナギのみぞおちに正拳突きをお見舞いした。

 「ちょっと!何すんの!」

 若干後ろによろけたが、ナギは元気そうにしている。

 「俺の一撃受けてなんともないってことはお前ほぼ最強だろ。ならどうにでもなるぞ。普通に働けよ」

 「働きたくない!」

 「じゃあ賊みたいに他人を襲って物を奪えばいいじゃんか」

 「そんな野蛮なことしたくない!」

 二人は睨み合っている。

 「……はぁ……わかったよ」

 マクサが財布を取り出した。

 「ほら、持ち合わせしかないが、豪遊しなきゃ軽く一年は過ごせるくらいにある」

 マクサにとって、これくらいははした金である。

 「やった!」 

 ナギは目を輝かせて札束を奪い取った。

 「お礼の前にそれか……図々しいな、まったく」

 「お礼?言わないよ?」

 ナギは当然でしょ?というように首を傾げた。

 「お前なぁ……ま、清々しくていいってことにしよう」

 マクサはため息をつき、下を向いた。

 「……て、もういないし」

 顔を上げると、ナギはすでに姿を消していた。

 

 

 「ラン。おい、起きろ。ラン」

 翌日の朝、マクサがランの肩を揺らした。

 「……」

 ランはなんのアクションも起こさない。

 「マクサー、ラン君起きたー?」

 「ダメだ。もう三十分近く起こしてるけど、不気味なくらい静かだ」

 「えー、せっかく朝ごはん作ってくれたのに冷めちゃうよ」

 「昨日夜遅くまで出歩いたからな。仕方ないか」

 ちなみに、マクサはパッシブにより不眠不休で動くことが可能である。しかし、彼自身は他人と同じ生活スタイルを好むため、睡眠もしっかりと取る。

 「それ変な病気とかもらってきてない?大丈夫?」

 「ああ。大丈夫?だと思うぞ」

 マクサの頭に黒霧病という単語が浮かんだ。だが、黒霧病は伝染病ではない。

 「よし、できたぞ!」

 突然ランが起き上がった。マクサもツバキも目を丸くしている。

 「お前、起きてたのか」

 「びっくりさせないでよもー」

 聞いたところによると、ランは夜なべして計画を練っていたそうで、今の今まで考え続けていたそうだ。

 「見とけよヘリク。お前には死ぬほど苦しんでもらうからな!」

 それだけ叫び、ランはパタリとベッドに倒れ込んだ。

 「今度こそ寝たのか……?」

 「ねえ、ちょっと」

 ツバキがマクサの肩を叩く。周りを見ると、そこにいた全員の視線がランへ集中していた。

 「ランのやろう……ここで言うことじゃないだろ……」

 ここはいわばシンアイの温床である。

 「い、いやぁ、ただの寝言なので気にしないでくださいね〜」

 白い目を向けられながら、マクサとツバキは部屋を飛び出した。

 

 「まったく……相変わらずマイペースなんだから……」

 支援金を託して五人は孤児院を後にし、さまよい歩いている。

 「……まあまあ、いろいろ事情がある上に、ランベルさんが一番頑張ってくれてるんですから」

 モユリがランを背負っている。

 「とりあえず、ランを休ませて、それからだな」

 「いや、その必要はない」

 ランがおもむろに目を開けた。

 「ラン、起きてたのか」

 「作戦がまとまったって言ってたけど……?」

 「ああ。当初予定していた出来るだけ穏便に、て言うのは無理だったが」

 「じゃ、やっぱりヘリクを殺すのか?」

 「いいや。殺さない。あいつの弱点、パッシブも大方予想がついていたから、簡単に攻略してやるさ」

 「……誰を皇帝にするかも決まったんですか?」

 「もちろんだ。作戦は今日の夜から始める。みんな、準備をしておいてくれ」

 「今日?えらくはやとちりだな」

 「ああ。それなりに時間がかかる計画だから、早いほどいい」

 「わかった!じゃ、内容教えて!」

 ランはモユリの背中から降り立った。

 「いいか、よく聞けよ……」

 五人は顔を寄せ合った。


 「それじゃ、行ってきまーす!」

 帝都の駅前にて、車掌の制服を着ているツバキがいつもより様になっている敬礼をした。

 「なんで僕まで……」

 同じく車掌の格好をしたリンが渋い顔をしている。

 「うん。いい出来だ」

 衣装を作ったマクサは嬉々として腕を組み頷いている。

 ——リン、ツバキ。お前らずっと帝都に缶詰だろう。だから、ちょっと小旅行に行ってこい。

 ランの言葉である。リンとツバキは鉄道内へ侵入した後、そのまま列車に乗って他国へ行くという流れになった。といっても、行き先はツバキの故郷であるため、彼女にとっては帰省である。

 「何言ってるの、張り込みの基本は変装でしょ?」

 「バレたら恥ずかしいよ……」

 「大丈夫!リン君すごく似合ってるから!」

 「そういう問題じゃなくて……」

 二人の会話を背に、ラン、マクサ、モユリは歩き始めた。


 「じゃ、頑張れよ」

 しばらく歩いた後、マクサが言った。

 「お前もな。俺はそっちのプランの方が確率が高いと思っている」

 「ああ。そのつもりでやらせてもらうよ」

 マクサが二人から離れた。そのまま、ランとモユリはヘリクの待つ城を目指す。

 一歩ずつ、ランがヘリクへ近づいてゆく。作戦が現実になってゆくにつれ、ランの顔つきが険しくなってゆく。

 ランが一つため息をついた。

 「……ここまできて言う事じゃないですけど、本当に大丈夫なんですか?」

 「ああ。あいつを支配して、なおかつ皇帝でいさせるにはこれしかない」

 「……ランベルさんが血も涙もないってわけじゃないこと、わかってますからね」

 「ああ。それをわかってもらえるなら、俺はいい仲間を持ったな」

 「ふふ、ランベルさんが人を褒めるなんて珍しいですね」

 「そんなこと言うならもう褒めない」

 「えー、天邪鬼ですねー」

 「ふん……」

 少しだけ、ランの緊張が解けたようだ。


 「おい、もうそろそろで着くから、アレつけとけ」

 「わかりました」

 モユリは懐からマクサお手製の仮面を取り出した。今回、あえてランは顔を隠さないが、基本顔は知られない方が良い。

 「行くぞ」

 「……はい」

 ヘリクの住まう夜の城、仮面をつけたモユリは城門めがけ拳をぶつけた。城門は門番もろとも吹き飛び、轟音が鳴り響く。

 モユリは同じようにして何層も重なっていた門を突破し、二人は城内へ侵入した。

 エントランスの大広間にはたくさんの兵士が群がっている。

 「モユリ」

 「……はい」

 モユリは兵士の塊に突っ込み、それらを全て吹き飛ばした。その間にランは近くにある階段を登った。

 モユリを囮とし、ランは城内をゆっくりと、しかし迷いなく歩いていく。近づいてくる兵士には目もくれず、しかし身体に風穴を開け、上を目指した。


 大きな階段を登り終え、ランは皇室へと続く廊下を歩いてゆく。

 「連日の不審な騒ぎ。今日の襲撃。お前だったのか。ランベル」

 意外なことに、ヘリクの声は後ろから聞こえた。

 「……皇室は使っていないのか?」

 「俺は皇帝の代理だ」

 「良い言葉だな。それ。謙虚だと思ってもらえる」

 ランはダークな笑顔を浮かべた。

 「……やすい挑発には乗らん。何をしに来た。俺を殺しに来たのか?」

 「ああ、それも良いかもな」

 ランの瞳が白く光った。辺りに風が立ち込め、近くの窓ガラスが割れた。ヘリクはその様子を鋭い目つきで見ている。彼の髪には白髪が混じり、年齢は四十代前半くらいでそこそこのはずだが、瞳の奥には少年のようなまっすぐで強い光が宿っていた。

 「冗談だよ。お楽しみは最後の方までとっておかなきゃな」

 ランの瞳の色が元に戻った。

 「では何をしに来た。ここに来て権力が欲しくなったのか?」

 「お前は質問をすれば誰でも素直に答えてくれる世界で育ったのか?」

 「……変わってしまったな。お前も」

 「変えたのはお前らだろ。それと、お前も変わったって評判じゃないか」

 「……俺の話はどうでもいい。そんな無駄なことをしに来たわけではないだろう。早く何をしに来たのか答えろ」

 「馬鹿の一つ覚えみたいに同じこときやがって。ただ、そうだな。とりあえず、お前が築き上げてきたものは破壊する。病院やら公安やら……全てだ。それでいくら犠牲が出ようと知らない」

 「……」

 ヘリクはランを睨んでいる。

 「今言ってやったのは、どれだけ対策を講じようとも無惨に崩れ去っていく、その方が精神的に辛いと思ってな」

 「……」

 ヘリクの表情は変わらない。

 「その顔が絶望で染まるのを楽しみにしているからな。じゃ」

 ランは障壁のなくなった窓から空へ飛び出した。荒れたカーペットの裏に散らばるガラスの破片を踏みつけながら、ヘリクはランを見送る。ランの姿が消えるのがわかると、ヘリクはため息をつき俯いた。


 「かー、これじゃ世界が滅亡しちまう……」

 椅子に座ってテーブルで作業をしていたマクサは目をギュッと瞑り天井を仰いだ。

 「今戻ったぞ」

 「……ただいま」

 ランが扉を開け、モユリと共に入ってきた。彼らは新しく帝都内の空き家を借りたのだ。

 「順調そうか?」

 ランが上着を脱ぎながらマクサへ問いかけた。

 「まあ、ぼちぼちだ。そっちは?」

 「我ながら完璧な悪役だった。あれで警戒しない奴はいない」

 「……それって結構本心だったんじゃないですか?」

 「まあ、だからうまくいったんだろうな」

 ランの声のトーンが少し落ちた。

 「さて、ずっと寝てなかったから俺は寝るぞ。モユリ、何かあったら起こしてくれ」

 「わかりました」

 ランはあらかじめマクサが用意していたベッドにダイブした。



 翌日の真っ昼間、モユリは駆け足でランとマクサのいる扉を開けた。

 「ランベルさん!速報です!」

 「……ん、どうした?」

 ランはまだ寝足りないと言った様子で身体を起こした。

 「ヘリクさんが……皇帝を退任しました!」

 「ほう、やはり。自分の地位なんかは可愛くないんだな。して、次の皇帝は誰だって?」

 「次の皇帝は……ルミアさんだそうです!」

 「ほう……ルミアか。面白くなりそうだ」

 ランは薄笑いを浮かべた。

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