六
三日後、三人は一堂に会した。
「おー、ここ最近ずっと一緒にいたからか、二日会ってないだけでも久しぶりに感じるな」
ランが手を上げ、自分の存在をアピールした。
「……早速ですけど、誰から話します?」
「俺から話そうかな」
マクサが言った。
「マクサは医療部門だったよね。どうだった?」
「そうだな。普通と言えば普通なのかもしれないが、色々と疑問が残ったな」
俺は医療部門の長、帝都の大病院の院長であるフクジュの元を目指した。
大病院は思ったよりもむごい場所だった。静かな入院患者、受付で喚いている外来患者、からくりのように感情なく働いている職員。ただ、それは悪いことじゃない、むしろ合理的な理由があったんだ。
ディサ帝国で最も高い医療技術を持つ大病院では、なるべく症状が重い人間を優先的に受けているようだった。だから、衰弱しきっていて静かな入院患者がいて、受け入れらずに喚いている元気な患者がいて。ただ、そんな状況に職員は疲れ切ってたみたいだな。
外からじゃそれくらいの情報しか手に入れられなかったから、俺は内側に入って更なる調査をしようとしたんだ。だから、俺は身体を末期患者にして、入院することにしたんだ。
「あいかわらず便利な身体だな。意味わかんねぇ」
「ですね」
話を続けるぞ。俺はとりあえず、なんとか病院までたどり着いたがそこで力尽きてしまった患者を演じた。
病院の入り口で倒れ、それを発見した職員が病院の検査室まで運んでくれた。そこで俺はフクジュではないが医者から検査を受けた。
「言いにくいですが……あなたはもう長くはないでしょう。じきに院長先生が参りますので、少々お待ちください」
ラッキーなことに向こうから出向いてくれるようだった。
しばらくして、部屋の中にフクジュが入ってきた。彼はここの職員の誰よりも疲れた顔をした、痩せ細った中年だった。どう見ても慈悲がある相手には見えなかった。
「担当医から聞いているとは思いますが……えっと……お名前は」
「サクマです」
サクマとは他所行きの仮名だ。なに、マクサを反対に呼んだだけだ。
「ではサクマさん……あなたは直ちに延命措置が必要な状態です。ただあいにく、現在そういった病床は満床でして。あなたが入院するには難しい状況となっています」
「そうですか……では、私はどうしたらいいんでしょうか」
「三つ……いや、二つあります。一つはこのまま病院を後にすること。二つは、これはあなたが大富豪の場合に限りますが、高額な入院費を払っていただくこと。そうすれば新しく病床の用意ができます」
フクジュは解釈通りの提案をしてきた。おそらく、こうして金を持っている患者を優先させて、そういう人間から金を搾り取っているんだろう。
「……後者でお願いします。お金はいくらでも用意します」
正直、金は余るほど持ってるから大丈夫だと思った。案の定、フクジュから提示された金額は大したことない金額だった。
「サクマ様のベッドはこちらになります」
金を払い、病室に案内された。個室だったが、金額の割には狭苦しい部屋だったな。
当然、そのままベッドに寝転がってるわけにもいかないから、俺はパッシブで自分そっくりな人形を作って部屋を抜け出した。
俺は新人の職員のふりをしながら、院内を歩き回った。
色々聞き込みをしようと思ったが、患者は喋れる奴の方が少ないし、職員も俺に構ってくれるような精神状態の奴はいないしで、あまりうまくいかなかったんだ。
職員に話しかけたら話しかけたで仕事を任されそうになったから、俺は職員の格好から着替えるために病院の裏庭に逃げたんだ。そしたら、口から煙を吐き出してる先客に出会ったんだ。
「おお、見ない顔だな。あんた新人か?」
「は、はい」
初めて職員から話しかけられた。話しかけても、無視か悪態かだったからな。感激したよ。
「仕事を投げ出してきたんだろ。高給に釣られたが、見事に後悔してるってか」
「まぁ、はい。あなたも?」
「ああ。こんなクソな仕事、サボってないとやってらんないからな」
彼女は煙草に口をつけた。
「そういや、B304の患者が部屋を横取りされてアレになったって知ってるか?改善の見込みがあったってのに。気の毒だな」
B304。俺の病室だった。そしてその話の悪者は俺だった。心がキュッとしたよ。
「アレ、ってなんですか?」
「うん?あんた聞かされてないのか。この病院じゃ安楽死が商売の一環として行われてるんだ。おおやけにはなってないがね」
「えぇ……そうだったんですか」
衝撃を受けたってわけじゃないが、思ったよりもディープだったな。
「安楽死は決して本人には知らされない。家族が望む場合はそうするし、今回みたいに病床を開けないといけないって場合は病死ってことにして片付けるんだ」
だからフクジュは選択肢を出そうとした時に三つから二つに訂正したんだとわかった。それにしても、そんなことを言いそうになるなんて、あいつも相当疲れてんだな。
「安楽死を望む家族は多いんですか?」
「結構多いな。主に貧困層に。安楽死自体にもある程度の金はいるが、入院させたり自宅療養したりするよりはずっといいんだろ」
「そうなんですね……」
相槌を打ったところで、俺は一人余計に安楽死させてしまったことに気づいた。気分が悪かったんで、俺はすぐに自分を死んだことにして病床を開けた。ただ、その辺の処理に追われてるうちに時間が来たから、俺の前の患者が助かったかどうかはわからない。
「なるほど。フクジュはその辺の対応をするっていう仕事をしてたのか」
「俺が疑問に思ったのはリンの発言だ。あいつは政策が好評だって言ってたけど、あそこはひどいもんだったぞ。とても好評を得られるとは思えないな。それから、あのフクジュって奴。金儲けを主としている割には金気がなかったな。あれ以上あいつのことは見てないが、裏で豪遊とかしてるんだろうか」
「……豪遊してるから疲れてるんじゃないの?」
「ああそういうこと?まあ否定はできないな」
「自分の仕事で忙しそうだな。なら、そっとしておくのが良いだろう。次は俺が話そう」
ランはこれといって興味を示さなかったようだ。
交通部門の総括、ナノハに会いに行くために俺は帝都の駅に向かった。まあ、そのまま愚直に行ったって会えるはずもなく、公爵の時みたいに正面突破でもしようかとも思ったが、人が多すぎるからやめた。聞いてみると、ナノハはアクシデントの対応をメインの仕事としているらしい。彼女は帝都の周りを転々としているようで、簡単にはお目にかかれないそうだ。だから、俺はアクシデントを起こすことにしたんだ。
俺は夜な夜な適当な線路を訪れ、そこに細工をしたんだ。列車が走った時に脱線するようにな。
次の日の早朝、昨晩から寝ずに、細工した線路を最初に通る列車に乗ったんだ。
計画通り、列車は脱線した。かなり車内が揺れたから、同乗者は頭をぶつけたり、怪我したりしていたな。悪いな、とか思いながら観察していたら、十分足らずでナノハが到着したんだ。
「えー、我らが鉄道の総代表をしております。ナノハいいます。この度はご迷惑をおかけして申し訳ございません」
ナノハは糸目で訛りのある口調、車掌の制服の袖を余らせているという着こなし、と特徴が全て胡散臭い奴だった。
「当列車は不慮の事故によって脱線してしまった状況です。そこで、お手数ではありますが、列車を線路に戻すのを手伝うていただけないでしょうか?」
脱線の原因は俺だし、俺はパッシブを使って列車を戻してやった。
「現在、原因究明と安全確認のため、現場検証をしてますさかい、少々お待ちください。もし怪我をしたようやったら、こちらの方へお越しください」
乗客の一割くらいが操縦室に消えた。何分か経った後、ナノハが一人でその操縦室から出てきた。
「お待たせいたしました。脱線した原因は強風によるものだったと判明しました。安全確認は取れましたんで、運転を再開いたします」
ナノハは余裕で嘘をついてきやがった。原因は俺が線路にした細工だ。嘘をついた理由として、線路に不備があったと思われるよりも、自然災害で片付ける方がイメージダウンを避けられるとか、そんなのが考えられるな。
運転が再開して次の駅に到着すると、ナノハは駅で立ち往生していた客に向かってアナウンスを始めた。
「えー、列車遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。少々アクシデントがおきましたけど、怪我人は一人もおりませんでした。ですんで、安心してご利用ください。重ねてお詫びいたします。大変申し訳ありませんでした」
おいおい、怪我人ならたくさんいたろ、と言いたくなったし、周りの奴も言うんじゃないのかと思ったが、あいつらは全く口を開かなかった。見てみると、なんだか周りの奴の様子がおかしい。俺には効かなかったがなんらかのパッシブだろうな。ま、とりあえずわかったのはあいつはかなりの実力を備えた大嘘つきってことだ。
ナノハの観察を終えたんで、改札から駅を出ようと思ったんだが、その時ナノハが話しかけてきたんだ。
「お客さん、その切符は使えへんよ。追加料金払ってもらわんと」
「あら?この切符ならどこにでも行けると思ったんだが」
「いえいえ、最低でもこれくらいは払っていただかんと」
ナノハは数字を書いた紙切れを渡してきた。
「はあ?汽車に乗るのにかかる値段じゃないと思うが?」
「あら?迷惑料としてはだいぶお勉強させてもろたんですが?」
ナノハの細い目が開いた。その目にはハイライトがなかったな。
「ふむ。なんでわかったか教えてくれるならもっと払ってもいいんだが、どうだ?」
俺は財布を取り出しながら言ったんだ。
「そら企業秘密なんで、遠慮しときますわー」
「そうかい。悪かったな」
俺はナノハに金を渡した。
「おおきに。またのご利用をお待ちしておりますー」
これで話は終わりだ。
「とりあえず、ナノハは敵に回すと厄介なタイプだってことはわかったな。結構自分の意思ははっきりしてるが、仲間にできたらかなり力になってくれそうだよな」
「どうやってすぐに到着したとか、どうやって洗脳めいたことをしたのか、色々謎は多いな」
「……じゃ、ワタシいきますね」
モユリが手を上げた。
公安部門を統べているのはサツキさんという方でした。フクジュさんやナノハさんと同じように簡単に会えるわけではなさそうだったので、ワタシは正面突破することにしました。
「まぁ……モユリはそれが一番いいな」
ワタシはランベルさんやマクサみたいに器用なパッシブじゃないですから……。
そんなわけで、ワタシは公安の本部を訪れました。マクサではないですけど、酔っ払いを演じて。本当に酔っ払うと多分本部ごとなくなっちゃうので。
それからワタシは道ゆく人々に片っ端から喧嘩を売りました。
「そこのあんちゃーん。何こっち見てんのぉ?喧嘩売ってんのぉ?」
正直恥ずかしかったけど、これが一番手っ取り早いと思ったんです。
「モユリがそんなこと言ってたらこっちまで恥ずかしくなるな……」
「見てみたかったな!」
からかわないでくださいよ。必死に考えた結論がこれなんですから。
とりあえず公安の人含め程よい数気絶させた後、ワタシは公安の方々に逮捕されました。
ワタシは狭い一室に閉じ込められました。牢屋ではなかったです。
「お、ちょうど寝床探してたの!ありがとねぇ!」
ワタシの顔は恥ずかしさで泥酔状態くらい赤くなっていたと思います。好都合でしたね。
ワタシは床に寝転び、時間が経つのを待ちました。
「……あ、あのー起きられます……?」
弱々しい声で、誰かがワタシの肩を叩きました。
「ん……あれ、ここどこ……?」
そんなことはわかりきっていましたが、言うより他ありませんでした。
「えっと……ここは公安本部です。昨日のこと、覚えてますか……?」
目を開けると、そこには声の主と思われる、眉毛をハの字にした女の人が手を差し伸べていました。
「……いやぁ……覚えてないですね。何かご迷惑おかけしました……?」
意味のない質問をしました。もし覚えてなかったとしても、迷惑かけてるに決まってるし。
「そうですね……ちょ、ちょっとですね、あなたが部署が一つ壊滅させまして……」
「え、そそんなに?」
驚きました。そんなに大打撃を与えるつもりはなかったので。
「はい。それでですね……あなたが壊滅させた部署っていうのがうちの中で随一の精鋭部隊だったんですね?だから、本部長のワタシが対応させていただくことになったんです……」
「え!じゃああなたがサツキさん!?」
これまた驚きました。ワタシが言えないですけど、彼女はどうみても下っ端に見えましたから。少なくとも、人を束ねるような人には見えなかったです。
「申し遅れました。公安本部部長のサツキです。ワタシのこと知ってるんですね」
「ええ。そんな偉い人が出てくるくらい大きなことになってたなんて……ほんとに申し訳ないです……」
とか言いつつ、心の中ではガッツポーズしてました。
「ウチの精鋭部隊をあんな簡単に制圧しちゃうなんて、相当お強いんですね……そんな方が一体何があったんですか……?」
「はい……実は仕事で嫌なことがありまして……やけ酒しちゃったんですよね……」
「あらー……わかりますよ。ワタシもお酒ないとやってられないですもん」
サツキさんは腕を組みながらうんうんと頷いてくれました。作り話なのにそんなことさせてなんだか申し訳なかったです。
「……ところで、記録によるとあなたは公安にかかるのは初めてみたいですけど、ここに来たのは最近なんですか?」
「あーはい。そうですね。ビトレ王国から来ました」
「そうだったんですか。いやですね、最近エクシっていう組織が解体されたみたいなんですね?だから、それで帰ってきた方なのかなって思ったんですけど……」
「ああエクシ!ありましたね、そんなの。エクシの対策って公安がやっていたんですか?」
「そうですね。拉致された人を取り戻そうとしたり、拉致に遭わないようにさせたり、かなり悩みの種だったんですが、なくなったと聞いて嬉しいばかりです」
「それは……なんだかワタシも嬉しいです」
エクシはワタシ達が解散させましたからね。
「それでですね、一応あなたを逮捕したからには罰金とか労働みたいななんらかの処罰を与えないといけないんですね。ただ、あなたは初めてですし、結構苦労があったみたいなので、そんなに重たい処罰にはしたくないんですよ。そこでなんですけど……あなたの腕を見込んでお願いがあるんです。穴の空いた精鋭部隊の代わりに仕事をしてもらえませんか?今日の夜だけでいいので」
「それで許してくださるんですか?ぜひお願いします」
本当は逃げ出そうと思ってましたが、サツキさんはいい人だし、迷惑をかけたのはワタシだしで、快く協力することにしました。
「……精鋭部隊の役割は、他の部署で対応しきれない問題が起きた時、ヘルプに行くことです。よろしくお願いしますね」
「はーい」
ワタシは公安の制服を着て、警棒を装備して、ツバキみたいに敬礼をしました。そう、夜まで待機する間、ワタシはサツキさんとすっかり仲良くなったのでした。
そうして昨日、ワタシは帝都の夜を駆け回ったのでした。
「……それで、これが昨日記念にもらった公安の警棒です」
モユリがゴト、とその警棒を机の上に置いた。その警棒は通常想像するそれよりもいっそう太く長かった。公安では毎日のように戦うため、警棒の強度も他の武器に負けないくらい頑丈なのだ。
「えっと……つまりどういうことだ?」
マクサが首を傾げた。
「だから、そのサツキってやつと仲良くなってきたって、そういう話だろ?」
「まあ……そういうことになりますかね」
「しかもそいつはモユリに似てて、別に皇帝には相応しくない、おまけに公安について興味深い話もない」
「えー、そうですか?公安だっていうから、もっと攻撃的で厳しいところかと思ってました。結構緩くて寛容でしたし、想像と違ったのはワタシだけですかね?」
「確かに、それだけ聞くと公安に相応しいとは思えないな」
「ふむ……部門の主任ってのは誰が任命しているんだ?やっぱりヘリクか?」
「おそらく。あいつ、人を見る目がないのかな?」
「うーん……素人のワタシ達にはわからないものなんですかね?」
「そうかもな。ま、とりあえず今日はこれくらいにしてようか」
この日はこれで解散となった。
「いつもの自分中心なランでいてよ」
懐かしい声がする。
「違う!俺は——」
嫌だな。これは夢だ。彼女の声はもう、聞くことはできない。
「ランベルさん」
「ラーン!」
「ラン」
後ろから仲間達の声がする。おかしいな。全員いつものトーンと違う。
まあ、ただの夢か。
宿のベッドの上、ランは目を覚ました。
「ああ、やっぱりな」
「どうしたの……」
リンが声をかけてきた。
「なに、ちょっと夢を見てただけだ。いつもとは違うお前らが出てきたよ」
「ふーん。変なの。それより、もうそろそろ集合した方がいいんじゃない……?」
朝と呼べる時間はあとわずかに迫っていた。
「そうだな。俺はマクサを呼んでくるから、リンはモユリとツバキを呼んで来てくれ」
「うん……」
「さて、では第二回目の報告会を始めるぞ」
五人は料理の置かれた机を囲んだ。それぞれ料理をつまんでいる。
「……ツバキ、朝ごはんあんなに食べてたじゃん」
「いや、これはブランチだから!」
「ブランチは朝ごはんも兼ねてるから、朝ごはんの後には食べないよ……」
モユリが呆れた顔で言った。
「ま、そうだけど!」
ランが咳払いをした。
「報告の順番はこの前と同じでいいな。ツバキ、頼む」
「はーい!」
ツバキは口の中に含んだ食べ物をごっくんと飲み込んだ。
「あの後、あたしはリン君と一緒に再び大学の地下へ侵入しました。あたし達はなんとかパッシブを駆使して前回よりもさらに奥へ進みました。そこでは夢獣同士を戦わせる実験とかが行われていました。それを見て、実験の記録にいろんな情報が書かれてるんじゃないかと思い、それを探しました。そして苦労の末、あたし達はなんとか実験記録を見つけ出すことができました!」
「……普通、そういうのって厳重に保管されてたんじゃないの?」
「されてたよ。だから、怪しい引き出しを壊して回ったんだよね!」
「お前それって……」
「うん!多分侵入者が入ったってバレバレだと思う!マクサがいたらよかったんだけどねー」
「でも、情報を得るためだったんだし、しょうがないよね……」
ランが頭を抱えた。
「……まあいいだろう。それで?記録には何て書いてあったんだ?」
「えっとね、そこには夢獣の戦闘力とか、夢獣になる前となった後の違いとか基本的な情報が載ってたよ。まぁそれは当然として、主に種々の条件下で夢獣がどういった反応を示すかってことを実験しているみたい」
「ほぉ。つまりあれか夢獣をうまいこと操って、戦力にしようとしてるってことか」
「多分ね。ただ、大した成果はまだ出てないみたいで、実用化は程遠いみたいだよ」
「なるほど。夢獣の扱いはなかなか難しいようだな」
「それにしても、地下で見た夢獣はみんな痩せてて、結構歳がいってたよね……」
「ん?それって……」
リンのひとりごとにマクサが反応した。
「被験者は病院から調達してるのか?」
「その可能性はあるな」
「どういうこと……?」
「それはまた後で説明するから。とりあえず、他にわかったことはあるか?」
「わかった。あとね、ラビナックの生産方法を調べようと思ったんだけど、それらしき機械とか、記録がなかったんだよねー」
「ってことは、他の場所で作ってから持ってきてるってことか。発注票とか、領収書みたいなのは……」
「調べた限りはなかったねー」
「まそうだよな」
「ってなわけで、そんなもんかな?」
「了解。ご苦労だったな。まぁ、一つ問題としては、向こうが俺達という不埒な輩がいるってことがバレたことだな。もしかしたら、夢獣と戦う機会もあるかもしれない。戦う心構えはしておかないとな」
「うーん。ならツバキ、夢獣の弱点とか、そういうのはなかったか?」
「あ!そういえばね、道中で少しだけ夢獣と戦ったんだけど、リン君のパッシブを使うと夢獣が大人しくなったんだ!」
「お、なら夢獣はリンがなんとかしてくれ」
「そんな投げやりな……」
「次はリン、頼む」
机の上が片付いた後、ランが言った。
「うん。ヘリクの弱点やパッシブは明確にはわからなかったけど、それのヒントになったらいいな。あれから、鎮戦が終わってからの歴史を調べたんだ。鎮戦が終わってからすぐ、当然といえば当然かもしれないけど、ディサ帝国は荒れていたみたい。反シンアイの勢力だったり、エクシだったりが小さな反乱を起こして、その度に周りの人間が死んだらしいんだ」
「死因は?」
ランが気にしていた部分だ。
「えっと、ヘリクの呪いで死んだって言われてる人達はいずれも誰かに殺されていたんだ。首を真っ二つにされていたり、心臓を貫かれていたり。ただ、当人達はいずれも一人の時に殺されていて、誰がどんな風に殺したのかわかっていないんだ」
「ふむ……なるほど」
ランは小刻みに頷いた。
「転機となったのは七年前。つまりヘリクが皇帝についてから三年後、大きな紛争があったんだ。やっと安定してきたディサ帝国は再び大混乱に包まれて、戦況はディサ帝国側がかなり劣勢だったんだ。しかしそこで救世主となったのがヘリク。彼は一人で戦況をひっくり返し、見事に勝利を収めたんだ。ヘリクは相手の軍勢を一人で半分滅ぼしたらしい。目撃者によると、ヘリクは戦いの影響か右手を失っていたんだけど、そんなのは物ともせず一人でに相手を薙ぎ倒していったらしい。だから、ヘリクのパッシブは身体強化系だって推測されてるね。あと、話によるとその時のヘリクは目がオレンジ色に光ってたって」
「え!じゃあヘリクさんって……」
ラン、マクサ、モユリの目が見開いた。
「開眼者か」
開眼者。それはある特定の条件をクリアした者に与えられる称号である。まず、開眼者の説明をする前に個色についての補足をする。通常、個色は葬炎を上げる、または特別指定四大物質のガイセントを用いることで示すことができるのだ。しかし、あまりに強いC.I.E、正C.I.Eを持つ者はそのパッシブを使用した時に当人の瞳から個色の光を放つことがある。それが開眼者である。彼らは例外なく強大な力を持っており、彼らがいるか否かで四カ国の力関係が決定するほどである。なお、すでに何度かそのシーンがあったため察しがつくかもしれないが、五人は全員開眼者である。
「まあ、噂だけどね。尾ヒレがついてる可能性はあるよ……」
「噂だったとしても、俺たちがこの前会いに行ったベンダってやつよりは強いだろ」
「……ディサ帝国最強っていうのは、それこそ尾ヒレがついてたんですね」
「話を戻すけど、その戦いが終わるとヘリクは人格が変わって、前に言った改革が始まったんだ」
「それっていうのは何かきっかけがあったのか?」
「うん。それは戦いの後にわかったんだけど、ヘリクの恋人が殺されてしまっていたんだって」
「なるほど。恋人の死は重かったってわけか」
「そうみたい。しかもこの話には続きがあって、そのヘリクの恋人っていうのが前皇帝第二夫人のヒシンだったんだ」
「ひ、ヒシン……?」
ランの瞳がこれまでにないくらい大きく開いた。
「ラン、知ってるの……?」
「あ、ああ。そうだな。知ってるよ。うん」
ランが明らかに動揺しているのが見て取れた。
「ま、前皇帝第二夫人だっていうからには有名だっただろうし?」
ここまで揺れているランを見たことがないツバキは謎なフォローを入れている。
「そうか……ヒシン、か……なあリン。ヘリクは孤児院を作ったって言ってたよな?」
ランは俯いていた状態から向き直った。
「え?うん……」
「よし。ならもう充分だ。少し考えたいから、俺らの話は後にして、今日はこれで終わりでいいか?」
「う、うん……」
四人は頷いた。
「ではご苦労」
ランはひとりでに部屋を出ていった。
「行っちゃった……」
「……ランベルさんって、一人で抱え込むタイプだよね」
「ねー。まったくラン君は。いつか話してくれると嬉しいよね!」
「……ところでモユリ、ツバキ」
マクサが二人に声をかけた。
「なんでランやリンにはそれぞれの呼び方があるのに俺だけ呼び捨てなんだ?」
「え、何急に」
「そう言われてもなぁ。マクサはマクサって感じだもん」
モユリとツバキは首を傾げた
「マクサって最後がさだからさんをつけると語感が悪いんだよね」
「わかる!ラン君とかリン君は省略しやすくて君がつけやすいけど、マクサはそうじゃないし。あと、一応性別不詳だから君かちゃんかわかんないじゃん?」
「今は男だよ!」
マクサは基本、心も身体も男として過ごしている。
「でも、女の子にもなれるんでしょ?」
「まぁ……必要があれば?」
「でしょ?」
「でも、うーん……なんか納得できないな……」
「何?もしかしてニックネームが欲しいの?」
「じゃあ、考えてみたら……?」
「いいねいいね!どんなのがいいかな?」
数秒の沈黙が流れた。
「はいはーい!」
ツバキが手を上げた。
「マクッさん!ってのはどう?」
再び沈黙が流れる。
「……微妙だね」
「えー、健気なマクサにぴったりだと思ったんだけどなー?」
「いや、ダサいでしょ。シンプルに」
「はあー?じゃあモユリは何かあんの?」
「え、そうだな……マーくんとか?」
「それは……やめとこうか」
「えー、なんでよ」
「なんか、ほんの少しだけ危険な気がするんだ。リン、お前はどうだ?」
「……マック」
「うん。それはやめておこう。絶対に。確実に危険だ」
「えー……」
リンは口を尖らせた。
その後、マクサのあだ名付けの会議は程よく盛り上がった。
「……じゃあ結局、今のままでいい?」
「別に、俺だけ呼び方が用意されてなかったから、それに疑問を抱いただけだよ」
しかし結局、その話し合いに意味はなかった。
「ヘリク様。再び大学へ侵入者が……」
帝都の中心、暗い城の中で、ヘリクが立ち上がった。
「そろそろ、覚悟をしておかないとな……」
ヘリクは寂しげに呟いた。