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 「……ほら、ランベルさん。そろそろ列の先頭が見えてきましたよ」

 「お、やっとか。やっぱりこいつら全員——」

 「ダメです」

 モユリが若干引き伸ばし気味に言った。

 ランとモユリは二人で有名店の行列に並んでいた。意外にも、その店に目星をつけていたのはランであったが、彼はその行列を見るや否や行列ごと吹き飛ばそうしたので、慌ててモユリが止めたのだった。なお、ツバキは他所で食事をしている。

 「まったく。別にこいつらと友達でもないんだから、気にする必要なんてないだろうに」

 「……まあ、確かに、ワタシもその言葉に対する反論はないですけど」

 「なら、なんでダメなんだ?」

 「……なんでですかね」

 「それもわかる。ただ、なぜ人間は行列をぶっ飛ばすくらい自分中心に生きちゃダメって人間が多いんだろうな。俺にはわからん」

 「ですよね。人間なんて結局、自分の為にしか動いてないのに……」

 「え?」

 「……え?」

 「俺は他人の為に無償で動くのも、人間の特徴だと思っているが?なんならモユリ、お前結構献身的じゃないか」

 「……いや、それは潜在的に人に良い行いをすると良い行いが帰ってくるかもしれないって考えてるからだと思います」

 「ほぉ。情けは人の為ならずってか」

 ランが言ったところで、二人の順番が回ってきた。二人は目的の品物を買い、マクサとリンのいる宿へ向かった。

 「どうですか?念願のおにぎりは」

 ランが食べたかったという品物とは、おにぎりのことだった。ディサ帝国の帝都は屈指の米所であり、至る所におにぎり屋があるほどであった。

 「……まずいな」

 「ええ!?嘘でしょ?超名店のおにぎりのはずでは?」

 「こんな肉なんて入ってなくて良かった」

 「なら塩むすびを買えば良かったのでは?……ワタシの塩むすびですけど、食べます?」

 ランはモユリの言った通り、塩むすびをかじった。

 「まずい」

 「ええ……これが美味しくないって、それはただおにぎりと相性が悪いだけじゃないですか?」

 モユリはそのおにぎりを気に入っているようだ。

 「いいや、大好物だよ。おにぎりは。最高に美味いのがあるんだが、それに変わるのを探してるんだ」

 「……これをまずいって言わせるおにぎりなんてあるんですか……?」

 「食は八割以上が経験だよ」

 「一体どんな食生活してきたんですか……あ、もしかして人の手で握ったおにぎりは無理とか?」

 「店の人は手袋して握ってたな。あと、なんだったら人の手で握ったおにぎりが好きかもな」

 「ええ……」

 「ところで、俺が買ったやつ、いるかこれ」

 「はい。食べます」

 ランはおにぎりをモユリへ軽く放り投げた。そのおにぎりに、モユリはちょんとかじりつく。

 「……めっちゃおいしいけどな、これ」

 

 その様子を偶然側から見ていたツバキは顔を赤くしていた。

 「あの二人、あんな簡単に間接キスを……!あの二人って……!」

 そう、ツバキは想像通りの単純な恋愛脳であった。


 「……で?リン。もう大丈夫なのか?」

 「うん。なんとか……」

 小休止を終えた午後、五人は再び集まった。

 「まぁ、聞く必要もないと思うが……頑張ったんだよな?あそこで」

 ランが苦笑いしながら言った。

 「うん。僕はお酒好きじゃないって言ってるのに、みんな面白がって飲ませるんだ。飲まないと言わないっていうし……」

 「……災難でしたね」

 「そんだけ頑張ったってことは有益な情報を仕入れてこられたんだよな?」

 「うーん……そう言われると大したことないかも……」

 「ま、とりあえず話してみてくれよ」

 「うん。色んな人に話を聞いてわかったのが、あのヘリクって人、結構すごい人ってこと」

 「どういう意味で?」

 「もちろん有能って意味で。あの人が新しく始めた政策はかなり好評みたい。たとえば交通とか。ディサ帝国の鉄道を統一したのとか、公安部を作って治安を良くしたりとか……」

 「あれ、ヘリクによるものだったのか」

 「……確かに、鉄道の人も、警察の人もどっちもシンアイの制服でしたもんね」

 「うん。後は孤児院を作ったり、医療機関を支援したり、教育の水準を上げたり、枚挙にいとまがないっていうのかな」

 「教育か。俺がいた頃に比べてどう変わったんだ?」

 「高校まで学費がかからないんだって。しかも、その後の進路もサポートしてくれるみたい」

 「はぁ?いいなぁ。俺なんて中学出るのすらクッソ大変だったのに」

 この世界では、半分の人間が小学校卒、約四割の人間が中学校卒、高校への進学率は一割、大学への進学率はその一割、つまり全体の1パーセントにも満たないのだ。これはこの世界での教育機関の役割が関係してくる。一般的な生活を送るには小学校で十分であり、さらに教養を学びたい人間は中学校、知識のいる専門職に就きたい人間は高校、研究をやりたい人間は大学へ進学する、というように教育の必要性が限られているからだ。よって、大学は一つの国に片手で数えられるほどしか存在せず、入学するにはとてつもなく狭き門をくぐる必要がある。

 「ツバキ、モユリ、お前らのところはどうだった?」

 「……知っての通り、ワタシの国は徴兵制があるので、中学校まで義務でしたね。ただ、学費がタダって訳じゃないですけど」

 「あたしのところはね、小学校は無料だったかな。そこからは自由だね」

 「ほう。インセはもうちょっと教育に力を入れてると思ったが。意外だな」

 「まぁ、人によっては中学校とか高校とか経由せずに大学入っちゃう人も入れるしねー。あと、そういうのが嫌いな人は別の国に行くし、逆に他の国からそういうのが得意な人がいっぱいくるからねー。人の入れ替わりが激しいからっていうのもあるかも」

 「なるほどな」

 「ちなみに、ツバキは……?」

 「あたしはこう見えて大学の出なんです!まぁ、研究職には結局つかなかったんだけどねー」

 四人(マクサは不明であるため除外)はそれぞれランが中学、モユリも中学、リンが小学、そしてツバキは大学の出である。そして、ツバキは国で一番の大学の主席であった。よって、五人で最も知識に富んでいるのだ。そう、ツバキは結構すごいやつなのだ。

 「それでリン、エンプはどうだったんだ?」

 「エンプはね……カマンは大学まで無料だったかな。他の人は小学校までだった気がする……」

 「まったく。そういう選民的なことやってるから上手く広がらなかったんだよ」

 「僕に言わないでよ……」


 エンプ教国。リンの出身国。シンアイに滅ぼされた国。ディサ帝国と違い現在は名前すら残っていない国。

 この国について説明するには、まずは葬炎というものについての説明が必要になってくる。葬炎というのは、人間に存在する全てのC.I.Eを正C.I.Eに変換することである。これをすることができるのはある特別な人間に限られる。それがリンの言ったカマンである。エンプ教国はそのカマンという一族が支配していた国であった。

 カマン達は大陸のあちこちを回り、葬炎を起こすいわば葬儀屋のような役割をしていた。そんな中で、彼らは国の名前にもあるエンプ教という宗教を信仰、布教していた。エンプ教は以前にもほんの少し出てきた(ランが潰した組織エクシのリーダーキキョウとの会話だ)人を殺さないという信仰である。

 ただ、この世界では人を殺してはならないということがデメリットになることが多く、なおかつエンプ教はカマンを優遇するような思想であったため、上手くは広がらなかった(エクシの本部があった教会はエンプ教の教会であったが、あれも街からかなり隔離されていた)。よって、カマン達は周りから”よくわからない宗教を信仰している葬炎を起こしてくれる人々”と言った評価だった(カマン達の主な収入源は葬炎を起こす代金だった)。

 当然、”葬炎を起こしたい”カマン達と”葬炎を禁止したい”シンアイ達では衝突するに決まっており、結果エンプ教国およびカマンはほとんど滅亡したのだ。なお、リンもカマンの一人であるが、彼のように生き残ったカマンは身分をバラさないようにひっそりと生きている者が多い(ただ、リンに勝てる人間はほとんど存在しないため、彼は例外的にカマンということを隠していない)。


 「そんなヘリクだけど、結構いわく付きみたい……」

 「ほう。どんな?」

 「周りの人が次々と死んだんだって。家族や友人、側近、恋人……おまけに自身は片手を失って隻腕になったみたい。だから呪いの帝王って呼ばれてるとか……」

 「ふむ……死んだ奴らの死因はわかるか?」

 「いや、そこまでは聞いてないけど……どうして?」

 「いやなに、ちょっと心当たりがあってな」

 「ふーん。続けるけど、ヘリクは元々気さくな人だったんだけど、自他ともに呪われてるって認識し始めたあたりから誰に対しても最低限の関わりしか持たなくなったんだって。そうしたら必然か偶然か、あの人の周りで人が死ぬことは無くなったんだって……」

 「……そういえば、ネモさんがヘリク様は変わってしまったって言ってましたね」

 「チクリ魔のあいつか。繋がるもんだな」

 「僕からは以上かな……」

 「おう。ご苦労だったな、リン。そしたら俺達の話に映るとするか」

 ラン、マクサ、モユリはここ三日の出来事を語った。特に目新しい情報はない。

 「うんうん把握把握!さしずめ、まだ何かを起こす段階じゃなさそうだねー」

 「だな。もう一回同じように出向くのがいいと思うけど?」

 マクサがランを見た。

 「ああ。ツバキ、わかってると思うがその大学でラビナック、夢獣についてさらに調べてくれ。ラビナックの生産方法とか、夢獣の研究理由とかだな」

 「オッケー!」

 ツバキは小さく敬礼した。

 「それからリン、俺がさっきいったヘリクの周りで死んだ人間の死因、後はヘリクを攻略するにあたってあいつのパッシブとか、弱点とかを調べてくれ」

 「うん……」

 リンは小さく頷いた。

 「それで、三人はどうするの?もう有力な公爵位は見終わったんでしょ?」

 「ああ。考えたんだがリン、ヘリクは様々な政策をしてるって言ったよな?」

 「うん。それが……?」

 「鉄道や公安、医療教育と、それぞれかなり大きい組織じゃないと成り立たないよな?」

 「あ、そういうこと……」

 「え?つまり?」

 「つまり、その大きい組織を束ねるリーダー達もまた権力を持った皇帝候補だから、見ておく必要があるってことだよな?ラン」

 「その通りだ。俺からは以上だが、他に何かある奴はいるか?」

 特に口を開いたものはいない。

 「よし。それじゃ、今日はお開きだ」

 「モユリ、一緒にお風呂行かない?」

 「うん。いいよ」

 モユリとツバキが立ち上がり、部屋を出ていった。

 「俺は前情報でも調べてくるかな」

 マクサも立ち上がり、二人を追うように部屋を出ていった。宿は二人部屋までしかなく、ランとリン、モユリとツバキ、マクサ一人、という部屋分けだった。

 部屋にはランとリンが残った。

 「ふぅ……喋るってのは意外と疲れるもんだな」

 ランがベッドに寝転がった。

 窓の先は徐々に青が濃くなっており、それと同時に雑踏も濃くなる。

 騒がしい外とは反対に、部屋の中は静かだった。しかし、気まずい空気というわけではない。むしろ五人の中で最も気が合うのはこの二組と言えるくらいである。単に、二人とも必要がなければ話さないという性格なだけだ。

 「……なあ、リン」

 「なに……?」

 「お前、シンアイを恨んでるか?」

 「うん。当然」

 「ま、そうだよな。いやなに、その割には復讐心や野望?みたいなのが感じ取れなくてな」

 「熱くなったって意味なんてないから。むしろ、冷静じゃないと復讐なんてできないでしょ」

 一向の目的は、シンアイの復讐でもある。

 「復讐は何も生まないっていう意見もあるが、それについてはどう思う?」

 「執着も愛着もない、空っぽな人間なんだなって思うよ。仇がのうのうと生きている中で、何かを生み出せてたまるもんか」

 「まったくの同意だな。お前からそれを感じられてよかったよ」

 それ以降、二人の会話はなかった。



 翌朝、五人は宿を出た。

 「調べたところによると、ヘリクの新しい政策は部門ごとに分かれていて、それぞれの本部は全て帝都にあるみたいだ」

 マクサが言った。

 「なら移動の手間がかからなくていいな!」

 ランが指パッチンを鳴らした。

 「でもラン君、ラン君のパッシブは空も飛べるんでしょ?ならそれで移動したら早いんじゃないの?」

 実際、リンを迎えにいった時にランはそうしていた。

 「ああ……まあできないことはないが、自分はいいとしても、長時間誰かを飛ばすのはかなり疲れるんだよな」

 空を飛ぶことができるパッシブも存在するが、ランの場合はパッシブを応用して空を飛んでいるため、それとは訳が違う。

 「そっか……でもそれって、短時間ならあたしでも空を飛べるってことだよね!」

 ツバキが目を輝かせた。

 「ああ……飛びたいのか?」

 「うん!うん!だめ?」

 ツバキは大きく首を縦に二回振り、それから首を傾けた。

 「よし、いいぞ。絶叫させてやるから覚悟しとけよ!」

 「……ツバキ重いから、飛ばなかったりして……」

 「あ゙!?今なんつった!」

 ツバキがモユリを睨みつけた。確かに、ツバキはランよりもわずかに身長が高く、五人の中で身長がマクサに次いで2番目に高い。数字に表すと上からマクサが182cmほど、ツバキが176cmほど、ランが175cmほど、モユリが165cmほど、リンが162cmほどである。

 「別に、重さはそこまで関係ねぇよ。そんな、城みたいに重くない限りは……」

 「そんなのある訳ないじゃん!ほら、早くー!」

 「わかった。そんじゃ行くぞ。さん、に、いち——ゼロ!」

 点、点、点と言うに相応しい間が流れた。ツバキの身体はぴくりとも浮いていない。

 「そんな!ラン君まで!あたしがお城よりも重いっていうの!?」

 「ち、違う!」

 ランは慌てて首を振った。

 「こんなことができるのは……」

 五人の中に、一人だけ薄笑いを浮かべている者がいた。

 「リン君だな!もう!」

 「ふふ……ごめんごめん。つい……」

 「……リンドウさんも、意外と小悪魔なところがあるんですね」


 リンのパッシブ:能力封印

 五人の中で最後に説明するのはリンのパッシブだ。リンのパッシブは範囲内における対象のパッシブを使用不能にするという能力だ。発動条件はツバキと同じく効果範囲を指定するもしくは対象を認識することである。このパッシブの特異な点として”効果の程度が相手の強さに依存しない”というのがある。以前に説明した通り、相手に影響を及ぼすパッシブは相手の強さ(C.I.E、正C.I.E量)によって効き目が変化する、という性質があるのだが、リンのパッシブにはそれが適用されない。つまり、対象が弱かろうと強かろうと等しく、まったくもってパッシブが使えなくなってしまうのだ。


 「もう、次はないからね!リン君!」

 「ふふ……やり返せるといいね……」

 「ええ?そういう感じなの!?」

 リンとツバキは並んで歩いている。二人は一対で行動するようだ。

 「それじゃ、俺たちも行くか」

 残りの三人は二人と反対方向に歩き始めた。

 「……それで、マクサ。ワタシ達はどこに向かえばいいの?」

 「国が絡んでる部門だと、交通、公安、医療、そして大学の力が大きいみたいだな」

 「だろうなって言えるラインナップだな。大学の学長についてはツバキが知ってるだろう。張り込んだって言ってたし。だから、俺達が見に行くべきは交通、公安、医療の三つか」

 「そうだな。なら、ここは一人一部門ずつ担当するか?」

 「ああ。それがいいだろう」

 「……あんまり群がって騒ぎを起こすとヘリクさんにマークされかねないですからね」

 「いや、もうされてるんじゃねえか?」

 「あ、それもそうですね……」

 三人は各々担当を決め、リサーチを始めた。


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