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 「遅くなったな。もうとっくに日が暮れちまった」

 ディサ帝国は四カ国の中で最も広大な国である。よって、国内を移動するのにも膨大な時間がかかるため、一日で帝都に辿り着けるならばまだ近い方だ。

 「わぁー、すごいですね。ワタシ、初めてきました」

 夜の帝都は建物の灯りで昼間よりも眩しかった。それは先進都市の上品な夜景というより、下町の騒がしい屋台の電球の集まり、といった感じだった。

 「相変わらず賑やかだな。この街は」

 「いわゆる来るもの拒まず、さるもの追わずって感じですよね?いいじゃないですか」

 「まあ、そうかもな」

 「ウチの国なんて規律規律って言って夜はろくに出歩けないんですよ?息苦しいったりゃありゃしないですよ」

 モユリは道端の露天商を眺めながら呟いた。

 「別にいいことばかりじゃないと思うぞ?四カ国の首都の中じゃ一番治安が悪いだろうし」

 「だな。昔は毎日のように人が死んでたみたいだし。その証拠に毎晩のように葬炎が上がって……懐かしいな。マクサと出会うずっと前の話だ」

 柄にもなく、ランは思い出に浸っているようだ。

 「離せ!テメェ!」

 突然、すぐ近くの建物から、手錠で拘束されている暴漢が押し出されてきた。

 「あらー、しょっ引かれてるな。いつの間にあんな警察みたいなのができたんだ?」

 マクサが呟いた。

 「ま、葬炎が禁止されてるからな。なるべく死傷者を出したくないんだろう」

 葬炎が禁止され、代替として現在はシンアイが引率して土葬が行われている。

 「ところで、リンとツバキはどこにいるんだろうな?もっと詳細に集合場所を決めておけば良かった」

 マクサが頭を掻きむしった。

 「あいつら情報収集してるだろ?なら中央酒場に行けばいい。あそこは嘘も真もありとあらゆる情報が入ってるからな。もしいなくても、どこにいるかくらいすぐわかるだろう」

 三人はランに従い、中央酒場とやらを目指した。

 

 中央酒場は古めかしい木造の建物であり、数キロはあろうかという一画を飲み込むほどの大きさがあった。

 「えぇ……この中から探し出すんですか?」

 「話には聞いていたが、俺も入るのは初めてだ。正直、舐めてたな」

 ランは腕を組みながら酒場の看板を見上げた。

 その時だった。当然ドサっと人の倒れる音が聞こえてきた。

 「……ん?あれ、リンドウさんじゃないですか?」

 そこには真っ赤な顔をして目をぐるぐると回しているリンの姿があった。彼ははらほろひろ……のような訳のわからない言葉を漏らしている。

 「あちゃー、酒弱いのに無理したんだなこりゃ」

 「探す手間が省けたな!」

 「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。早く助けないと」

 モユリは急いでリンを担ぎ上げ、宿の空部屋を探しに奔走し始めた。

 「ふぅ……なんとか見つかりましたね」

 モユリはリンを寝かせているベッドのシワをポンポンとはたいた。

 「おーい、リン。生きてるかー?」

 マクサがリンの顔を覗き込む。

 「うぇ……」

 返事なのかどうかもわからないうめきが返ってきた。

 「こりゃしばらくダメそうだな」

 「えー、俺腹減っちまったよ。飯食ってきていいか?」

 ランのマイペースな発言だ。

 「……ならワタシがリンドウさんを見ておきますから、二人は行ってきていいですよ」

 そんなランにモユリは慣れっこである。

 「お、ありがとな。帰りにモユリの分と一応リンの分の飯買ってくるからな」

 「あ、そうだ。俺はそのままツバキ探してくるわ」

 マクサが言い、部屋のドアが閉まった。

 

 帝都のある中流レベルのレストランにて、ある一つのテーブルに大量の皿が重なっていた。

 「お姉ちゃん、いい食べっぷりだねぇ!」

 「えへへ、ありがとうございまーす!」

 その言葉の主はツバキだった。そう、ツバキは超がつくほどの大喰らいなのだ。

 「この国は何を食べても美味しいですねぇ」

 「あんた他の国から来たんか。どこだい?」

 ツバキがあまりにも料理を頼むもので、とっくに店長らしき人物と仲良くなっているようだ。

 「インセからです!」

 「インセ国か。あそこはなんでもテクノロジー?ってのがすごいんだろ?」

 「そう言われてますね。でも、ご飯はこっちの方が圧倒的に美味しいです!」

 「あったりめぇよ!うちゃ全部国産の食材使ってんだから!」

 四カ国にはそれぞれ特徴がある。その一つとしてディサ帝国は広大な土地を生かしたハイレベルな農産業が挙げられる。それゆえ食文化も他三国と比べて発展しているのだ。

 「さてっと、次は何食べよっかなー」

 注文した料理を全てたいらげ、ツバキはメニュー表を開いた。

 「お姉ちゃん、お皿片付けちまうな」

 「あ、ありがとうございまーす!どうしよっかなー。中休みの甘いものにしよっかなー」

 ツバキが口直しにお茶を口に含んだ。その時、カランカラン、と入り口のベルが鳴った。

 「いらっしゃい!」

 「二人、いけるか?」

 「ブフゥ!」

 このみっともない音の正体はツバキがお茶を吹き出したものである。その理由は来店した二人がまさかまさかのランとマクサだったからだ。などと言っても、それはお茶を吹き出した直接の理由にはならない。

 「お?ツバキじゃねぇか。今日は運がいいな。相席いいか?」

 「う、うん。もちろんいいよ」

 ツバキは引きつった笑顔で答えた。

 ——あっぶなかったー!危うく大食いってバレるところだったよ!

 そう、ツバキは男にとってはなんの評価にもならないステータス、小食アピールというものを実践している稀有な人物であった。

 「ツバキはもう食い終わったのか?」

 「うん。デザートでも食べようかなって考えてたとこ」

 「なら一緒に注文しようか。少し待ってくれ」

 「うん。わかった」

 ランとマクサはメニュー表を眺め始めた。ランはいつも即決、マクサはいつも優柔不断であった。

 「注文いいか?」

 ランが厨房に向かって手を上げた。すぐに店長がこちらへ向かってきた。

 「はいはい。お、あんたらお姉ちゃんの連れかい?このお姉ちゃんすごいんだよ。なんてったって——むぐ!?」

 突然、店長の口が不自然に閉まった。ツバキが店長の顔を威嚇する猫のように睨んでいる。彼女がパッシブを使ったのだ。

 「あたし、このチョコパフェでお願いしまーす!」

 「あ、あいよ。他二人は?」

 「えっと、俺は——」

 なんとか店長の話を上書きすることに成功し、ランとマクサの注文に繋げることができた。注文を終えると、店長は首を捻りながら厨房へ戻っていった。

 ——あのオヤジ……よく考えたら店の雰囲気に合ってないでしょ!ここレストランでしょ!?

 さっきの店長に対する態度から心の中で見事に手のひらを返し、ツバキは一つ息をついた。

 「と、ところで、調査の結果はどうだった?良さそうな人いた?」

 「まずまずだな」

 「そっかそっか。ちなみに、皇帝の候補が見つかった後の算段は立ってるの?」

 ディサ帝国に最も詳しいのはランであり、なおかつことを始めたのもランであるため、策士を担うのは彼だという雰囲気がある。

 「今のところはないな。ツバキ、そっちはどうだった?」

 「うん。えっとね——」

 「ヘイ!チョコパフェお待ち!」

 店長の元気な声が割り込んできた。と同時にゴトン、とさしずめチョコパフェが置かれたとは思えない音がした。

 「え、ななんか大きくないですか?」

 そこには、大食いのチャレンジメニューでしか見たことのないようなチョコパフェがテーブルを占拠していた。

 「お姉ちゃんの食べっぷりにおりゃあ感激した!だから店長からの大サービスだよ!」

 店長はキメ顔でツバキの顔面を凝視した。

 「あ、あはは……ありがとうございます」

 ——だからここレストランだっつってんでしょ!なんで下町の義理人情みたいなの見せつけてきてんの!ていうかあんたなんで店長のくせにホールなの!普通シェフかなんかでしょ!ああもう!

 もちろんそんな内側の慌てふためく感情を出すことはできず、ツバキには微笑を浮かべることしかできなかった。

 「おいおい、すごいなそれ!」

 「なんか店長さんと仲良くなっちゃって……こんなに食べられないよ……」

 「でも食べっぷりがいいとか言ってなかったか?」

 マクサが鋭い指摘を入れた。

 「ああそれはね、料理がすごく美味しいって褒めただけだよ!一皿分くらいしか食べてないんだけどね」

 ツバキは慌てて両手を振った。

 「そうか。なら俺たちも一緒に食べるか?なあラン?」

 「ああ。そうしようか」

 ランとマクサが注文した料理の箸休めとして、ツバキはあくまでも二人よりも遅いペースで、三人は各々チョコパフェに手をつけ始めた。

 「お姉ちゃんお姉ちゃん」

 少し暇すぎやしないかと言いたくなる店長が襲来した。

 「こ、今度はなんですか?」

 ——この人いきなり来るからパッシブが使えないんだよなぁ。いっそのことずっとどこかに張り付いててもらおうかなぁ。

 「とりあえず、お姉ちゃんの分だけ伝票置いちゃうね」

 「あ、ありがとうございます」

 「俺が払うからこっち寄越してくれ」

 ランが手を伸ばした。

 「ええ?なんで?」

 「一人ずつ会計すんの面倒だろ?」

 ランら五人はかなり腕が立つため、経済的にかなり余裕がある。そのため、会計に関する駆け引きはなく、手間がかかるかどうかで話が進んでいるのだった。

 「そっか。次はあたしがおごるね」

 ツバキは伝票を持ち上げた。するとペラペラペラと折りたたまれていた伝票が本来の長さを現した。

 「なんか……伝票長くね?」

 ——しまった!会話の流れで自分が本当の小食女子なんじゃないかと勘違いしてたー!

 ツバキの顔が歪んだ。

 「あ、あれ?ほんとだ。な、なになに……ああ、なんか店長さんからメッセージみたいなのが書いてある!まいったな、ちょっと気に入られすぎちゃったみたい。えへへ」

 そんなわけもなく、その伝票にはツバキの頼んだ料理がびっしりと書かれていた。あまりにも苦しいごまかしだ。

 「何だそりゃ。変なの」

 「ってことで、ここはあたしが払うね!」

 「なにがてことでなのかわからんが……じゃあ頼んだ」

 さっきからランとマクサの両人はツバキの奇妙な様子と行動に眉をひそめていた。

 しかし幸い、その後は比較的平穏な時間が続いた。

 「そうそう。インセの飯は不味かったよな。一回あそこで依頼受けた時に支給されたあの棒みたいな食い物!ほんと土食ってるのかと思ったぞ」

 「ごめんねぇ。ウチの国、研究者気質の人多いからさ。栄養さえ補給できればいいみたいな人結構多くて、そういう食べ物もかなり需要あるんだよね。美味しい食べ物もあるんだけどね」

 出身国についての雑談をできるくらいには、ツバキの精神状態は回復していた。

 ——ふぅ……なんとかバレずにすみそう。よかったー。

 ツバキの謎なこだわりに対する戦いが終わりに近づいていた。

 「……あれ、みんな。奇遇だね」

 「げ!モユリ」

 否、終わりは今遠ざかった。モユリとツバキは親友と呼べるほどの間柄である。当然、モユリはツバキが大食いであることを知っている。つまり、なんとかモユリにツバキが大食いであるということを言われないようにしなければならない。それも食事の場で。

 「げ、とは何さ。まだ何も言ってないじゃん……てあれ?ツバキ全然——」

 ツバキはモユリの足を踏みつけ、彼女の言葉を止めさせた。と同時にツバキはモユリの顔をうるうるとした目で見つめた。

 ——お願い!なんとかこれで伝わって!

 ここで、ツバキはパッシブを使えば良いのではないかと思うかもしれないが、ツバキ含め相手に影響を及ぼすタイプのパッシブの効き目は相手の強さに影響されるという性質がある(強さに関してはある指標が存在するのだが、それはまた説明することにする。ちなみに数字とかではない)。影響の程度はというと、相手が同じ強さであるとその効果は半減するくらいである。よって、モユリとツバキの強さはほぼ同等であるため、ツバキのパッシブではモユリを完全に押さえつけることはできないのだ。

 モユリは眉をひそめながら席についた。その後もツバキが何を示したかったのかわからなかったようで、しきりに首を傾げていた。

 「モユリ、お前リンを置いてきて大丈夫だったのか?」

 マクサが話しかけた。

 「うん。休んだら良くなったみたいで、ご飯食べてきたら?って言われたからそうすることにしたんだ」

 「そうか」

 話しながらも、モユリはいつもならば瞬殺のはずのチョコパフェをちまちまと食べているツバキを凝視していた。そんなモユリにツバキも目で訴え返していた。

 しばらくして、モユリはハッとした表情を浮かべた。

 ——お、ついにわかった?

 「……ねぇツバキ。この前奢ってもらったよね?だからその時の分、今返すね」

 「そ、そうだっけ?」

 ——一体何考えてるの?

 「うん。だからツバキの”一食分”のお金払うね」

 そう言って、モユリは大量の札束をツバキの前に置いた。

 ——おい!確かにあたしの一食分だけど!

 どうやらモユリは金を持っておらず、遠慮しているんだ、と勘違いしたようだ。

 「おいおい。どんな高級店に行ったらそんな金額になるんだ?」

 「……え?嫌だなぁ。こんなのツバキだったら——」

 「そうだったそうだった!あそこのお店高かったよねー。ね!」

 「え?ああ……うん……」

 モユリは違ったか……というような雰囲気を出しながら顎に手を当てた。

 「なぁ……さっきからツバキ、お前なんか変じゃないか?」

 ついにランが核心をついてきてしまった。むしろよく持った方だ。

 「だよな。体調悪いんじゃないか?」

 「い、いや?全然そんなことないよ?」

 「……いいや。絶対おかしいよ。ツバキ」

 モユリまで加勢してきた。どうやらツバキの考えを推し量るのを放棄したようだ。

 「宿は取っておいたから先帰って今日はもう休め。モユリ、一緒に行ってやれ」

 「え、ちょ、マジで大丈夫だから!ちょっと待——」

 抵抗する間もなく、ツバキはモユリに担ぎ上げられてしまった。

 「……ほら、行くよ。話なら後で聞いてあげるから」

 「今!今聞いてくれないとダメなんだってぇ……」

 足をバタバタさせながら、ツバキは店の外に連行されてしまった。流石のツバキもモユリの力には勝てない。

 「……で?どういうわけなのさ。あのアピールの数々は」

 「ラン君とマクサに大食いだってバレたくなかったの!」

 「えぇ……そんなしょうもないこと?そんなことバレてもあの二人なら何も気にしないと思うけど……」

 「違うの!今まで隠してきたっていうプライドもあるの!」

 「はぁ……謎だ……」

 「ああもう……最悪だよ……」

 ツバキはモユリの肩の上でうなだれた。


 「おい。どういうことだこりゃ?」

 少しキツめのランの声が聞こえた。

 「いやぁ。だから、あのお姉ちゃんが食べたんだって」

 どうやら、ツバキのせいで会計にいざこざが起きているようだ。

 「ラン君?大丈夫?」

 ツバキが店の中に戻った。

 「ああツバキ。このおっさんがぼったくってきやがった。お前からも何か言ってやってくれよ」

 「姉ちゃん、おりゃがっかりだよ。そういうことだったなんて……」

 どうやらランとツバキがグルだったと思われているようだ。

 ——こんな全員が不幸になるなんて思ってもなかったよ……もう、しょうがないか。

 「あ、あのねラン君。実は——」

 「にしても、これはやりすぎだろ!こんなの、どう考えても人一人が食える量じゃねえだろ!」

 ——食ったんだよ!ああもう!言い出しづらくなっちゃったじゃん!

 「どうしても払わないってんだったら然るべき対応を取らせていただきますよ」

 「違う。百歩譲ってぼったくりするのは良いとしても、ウチの仲間を化け物扱いするのが気に入らないってんだ」

 ——いや、化け物なんです。あたしに気を使ってるのかもしれないけど、攻撃にしかなってないから!もうやめてぇ。

 「なぜ店長のあっしがホールを担当してるのかわかるかい?それは、この店で一番強いあっしがあんたみたいのを懲らしめるためなんだよ!」

 「ふん。その選択は間違いだったな。厨房で大人しくしてたら大怪我せずに済んだのにな!」

 ランがパッシブを使い始め、辺りに風が立ち込めた。

 「あ、あの!」

 ツバキが声を出した。

 「なんだ?ツバキ。今——」

 「……あたしが全部……食べました……騙しててごめんなさい……」

 ツバキの顔がカーっと赤く染まった。

 「ああ……まじか……なんか、ごめん。オヤジも食事代多めに払うから許してくれ」



 「グァー!!もう!!最悪!」

 翌日の朝、宿の一室でツバキが喚いた。

 あの後、地獄の空気が流れたのは言うまでもない。中でも、ことの元凶であり隠し事も守りきれなかったツバキは恥ずかしさで悶絶していた。

 「まあ落ち着けって。俺はたくさん食べる人の方が好きだぞ?」

 マクサがツバキの背中をポンポンと撫でた。

 「おぇ……やばい……み、水……」

 「ほ、ほら水ですよ!後バケツも!」

 他方、リンは二日酔いが酷いようで、モユリが彼の背中を違う意味で撫でていた。

 「はぁ……なんてザマだよ。お前ら……」

 ランが頭を抱えた。粋を気にするランとしては、今の惨状が気に入らないようだ。

 「いいか?報告を始めて」

 「うん!切り替えは大事!」

 若干空元気気味だが、ツバキは大丈夫なようだ。

 「大丈夫……おぇ……」

 しかし、リンはしばらくバケツを手放せなさそうだ。

 「はぁ……まあリンの話は後で、話半分に聞いてくれたらいい。ツバキ、どうだ?目ぼしいものはあったか?」

 「うん。結論から言うとね、国の裏……なんと、ありました!」

 「おお。お手柄だな」

 「順を追って説明するね。まず、あたしは情報収集のためにリン君も行ってた中央酒場に向かいました。でも、出し抜けに国の秘密を教えてなんて言っても知らない人がほとんどだろうし、知ってても答えるわけないから、あたしはそれを都市伝説として置き換えることにしました!そしたらね、なにやら皇帝のヘリクさんが夜な夜な大学に出入りしてたらしいの!だから、あたしはその真相を確かめるべく、帝都の大学へと進入しました!」

 この世界での大学は、学ぶ場というより研究機関という側面が強い。

 「大学は結構警備が堅くてね、あたしはパッシブを駆使しながらなんとか学長の元で張り込みを成功させるのでした!んでその学長によると、やっぱりなんか怪しい研究をしてたみたい!そこで、あたしは雰囲気のある地下室に潜入したの。怖いなー、怖いなーって思いながら地下室を進んでいくとね……何か襲ってきたの!何だと思う?」

 「さあ?ヘリクとかか?」

 「それはなんと……夢獣だったんです!」

 「夢獣……?」

 ツバキの朗らかな言葉に対し、周りの空気は冷たくピンと張った。

 「本当に夢獣に襲われたのか?」

 「うん!でもパッシブが通用してなんとか大丈夫だったよ!」

 「それは良かったが……夢獣ってのはなんだ、放し飼いにでもされてたのか?」

 「ううん。その夢獣は鎖で繋がれてて、散歩みたいな感じで後ろにいた人が鎖を持ってたよ。あたしは隠れて様子を見守ってたんだけど、その夢獣に気づかれちゃったんだ」

 「そうだったのか……ラビナックが……」

 「えっと、夢獣って名前は知ってるけど、よくわかってないんだ。説明してくれる……?」

 リンがバケツから顔を上げた。

 「えっとね、夢獣っていうのは簡単にいうと正C.I.Eが過多になってる人の状態だよ」

 C.I.Eとは”ありふれていてかけがえのない元素”のことであり、この世界において最も重要視されている元素である。C.I.Eはこの世界の物質全てに含まれており、C.I.Eの濃度や構造によって物質の性質が決まるのだ。

 C.I.Eには大きく分けて3つの形態に区分でき、C.I.E、ツバキの言った正C.I.E、そして反C.I.Eに分けられる。

 C.I.Eは単純に物質の一部として存在する形態である。

 正C.I.Eは生物が動くために必要なエネルギーの一つであり、C.I.Eから作られる。また、パッシブを発動させる際に動力源、効果源となるのも正C.I.Eであり、パッシブは最も正C.I.Eの消耗が激しい。

 反C.I.Eは正C.I.Eを作る際にC.I.Eから出る副産物であり、いわば正C.I.Eの抜け殻である。また、反C.I.Eは正C.I.Eに吸着ちC.I.Eに戻ろうとする性質がある。

 先程触れた強さの指標、それがC.I.Eであり、人間は体内のC.I.Eおよび正C.I.Eの濃度、質が高いほど身体能力、パッシブの強度が増す。モユリがパッシブを使わずとも戦闘力が高いのはこれが理由であり、他四人も同程度の素の戦闘力を有している。この五人は体内のC.I.Eの量が化け物であるため最強なのだ。

 通常、正C.I.Eは人間の体を駆け巡っている。というところで、ようやく夢獣の説明となる。夢獣とはツバキの言った通り、人間の体内の正C.I.Eの許容量がオーバーしてしまい、正常な機能を保てなくなった状態のことである。これを夢獣状態とよび、そうなってしまった人間を夢獣と呼ぶ。

 

 「夢獣はね、髪の毛が異常に伸びて、その髪の色が個色に変化するの」

 個色というのは、葬炎にて発現する個人個人の色のことである。

 「目は白目になって、爪は伸びて、って見た目に変貌するの。それで言葉は通じなくなって、人を襲うの。文字通り獣みたいになるんだ」

 「夢獣っていうのはそこからきてるんだ……でも、夢っていうのはどこから……?」

 「今までに一人だけね、夢獣状態から帰ってきた人がいるの。その人曰くね”まるで夢を見ているよう”だったんだって。だから夢見る獣、夢獣って名付けられたんだって!ってな感じで今回も大丈夫かな?」

 「うん。説明ありがとう……」

 「それにしても、ラビナックか……」

 ランがその単語を復唱した。

 ラビナックはリンでも当たり前に知っている言葉であるため、こちらで説明する。

 この世界には特別指定四大物質というものが存在する。その四つのうち一つがラビナックである。他はエヌシム・レイ、ガイセント、フィリオンと並ぶが、今覚える必要性はない。

 この特別指定四大物質というのは、上記したC.I.E、正C.I.E、反C.I.Eいずれかの含量が多く、なおかつ特別な構造をとっている物質であり、特異的な性質を持っている。

 今回のラビナックは人間が摂取する錠剤として用いられていたのが主であり、滋養強壮、万能薬、短時間のドーピングなど様々な効能がある。このチートとも言える効能を生み出している成分、それが正C.I.Eである。ラビナックは正C.I.Eの塊なのだ。通常、正C.I.Eはというものは電流のように一ヶ所に留めて置くことはできないが、それを可能にしているのがラビナックの特異性なのだ。

 ここまでの話を理解すれば察しがつくと思うが、夢獣状態というのはラビナックを過剰摂取した際に起こる症状である。それゆえ、ランからラビナックという単語が出てきたのだ。

 「……でもラビナックって、ロストテクノロジーになったんですよね?」

 特別指定四大物質はそれぞれ四カ国が一国につき一つずつ生産方法を保持しており、ディサ帝国はラビナックを生産することが可能であった。しかし、ラビナックの生産方法を知っていたディサ帝国上層部(公爵位や皇帝)がシンアイによって滅ぼされてしまったため、ラビナックを作ることは不可能になったと思われていた。

 「ま、大方ラビナックを生産する方法を手に入れて、ついでに夢獣について研究してるってところか」

 「……ちなみにだけど、マクサは特別指定四大物質は作れるの?」

 リンの介抱を終えたモユリが椅子に腰を下ろした。

 「いや、ありゃ無理だな。一度やろうとしたが、訳がわからなかった」

 

 マクサのパッシブ:C.I.E操作

 ここでようやく、引っ張ってきたマクサのパッシブについての説明になる。マクサのパッシブは物質に宿るC.I.Eを修正、再構築できる能力である。具体的に言うと、物質を他の物質へと変えたり、自分の身体を好きに作り変えたりすることができるということだ。マクサが何かを作れるか聞かれたり、何かを直すように言われたりしたのはそういう訳であった。また、マクサ自身は身体が損害を受けた場合に瞬時に元へ戻るようになっているうえ、老いを当然のようにないものとして生きることができる。だからマクサは不老不死と形容されているのだ。しかし、マクサの現状のパッシブでは自分の身体をいじること、治すことはできても、他人の身体をいじること、治すことはできない。本人曰く人間はC.I.E、正C.I.E、さらに反C.I.Eが入り組んでいてどうすることもできないとのことだ。


 「マクサってさ、他人になりきることもできるんだよね……?」

 リンが質問した。実のところ、マクサのパッシブはラン以外よくわかっていない。

 「ああ。見た目さえわかれば可能だな。まあ、なりきるって言ったら声とか、匂いとか、その辺もコピーしないといけないが、それもわかれば可能だ」

 「だったら、それを使えばすごい有利に調査を進められるんじゃない……?」

 「いいや、これは俺の切り札みたいなものだから乱発するもんじゃないと思うんだ。あんまり使うと価値が下がって通用しなくなるだろうし、みんなが疑いを持って複雑になっちまうと思うんだ。後はまあ、俺が他人を演じるのが好きじゃなくてな」

 「大部分がそれだろ。お前が変身すれば楽に片付きそうなことが何度あったか」

 ランにはマクサが適当な理論をこねているのが丸見えのようだ。それもそのはず、十年近く行動を共にしているランでさえ、マクサが誰かに変身するところを見たことがなかった。ゆえにマクサがいかに誰かへ変身することを毛嫌いしているかを知っていた。ただ、マクサが”誰か”ではなく見た目を変えるところはよく目にするので、その能力については疑っていなかった。

 「……ふぅ。なんか難しい話して少し疲れました。一旦休憩にしません?」

 モユリが首を回した。

 「賛成!あたしちょっと小腹空いたし、何か食べてくるね!」

 ツバキは早くも大食いキャラクターを適用させているようだ。

 「……あ、ツバキ、ワタシも行くよ」

 「俺も行く」

 ランとモユリ、ツバキが立ち上がった。

 「なら、俺はリンと一緒に留守番してるよ。リンがまた戻したら大変だし」

 「うん。ありがとうマクサ……」

 五人は各々小休止を始めた。

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