二
「いいね!最高!」
ツバキがオーバーオール姿のリンを見てはしゃぎまわった。
「可愛い青年に田舎くさいベージュのオーバーオール。うーん!たまんない!」
旧ラン宅に集合してからというもの、リンがツバキの着せ替え人形となってから数時間が経とうとしていた。
「趣味悪いね……ツバキ」
この場にいないランとマクサは五人が寝泊まりするための寝具類を買いに行っており、他三人は留守番だ。
「そろそろ気は済んだ……?」
リンがため息をついた。
「いや、ちょっと待って!うーん、何かが足りないんだよなぁ……あ!そうだ!これつけてみて!」
ツバキは自分の髪を結んでいた赤いリボンをほどき、リンの襟元で結びを作った。
「よしっと!これどう?めっちゃよくない?」
「うん。これは……いいかも……」
意外にもリンは気に入ったようだ。
「よーし。お前ら、会議始めるぞ」
手ぶらのランと大量の荷物を持ったマクサが帰ってきた。
「おいおい。なんだよこの大量の服は。ツバキか?あれ、でもツバキは普通の格好してるな。ん?おいおいリン、なんだよそのだっさい格好!」
マクサが口を大きく開けて笑った。
「はぁ?マクサは全然わかってないなー」
ツバキが首を振った。
「これのどこをわればいいんだ?そもそも、こんなのどこで売ってたんだ?」
「ああそれはね、この家にあったからそれ借りたんだー」
「ん?今なんて?」
マクサの表情が一気に青ざめた。
「それは俺の子供時代のお気に入りだったんだけど?」
「あ、あはは。ダサいって言ったのは着こなすってことが難しいってことなんだよなー。それを着こなしてたランはすごいな。ほんと、ほんとに!」
マクサがランの肩を一生懸命叩いた。
「マクサ。諦めなよ……」
「あとでちょっと来い。マクサ」
ランは冷たく言い放った。
「……はい。すんませんした。さ!早く会議を始めよう!」
あまりにも苦しい切り替えだったが、皆それぞれ一つのテーブルに集まった。
「まず、俺たちの計画はなんだ?リン」
大きくふんぞり返って足を組んでいるランが訊ねた。
「シンアイから葬炎を取り戻すことでしょ」
「その通り。つまり世界征服だな!」
「うん。その言葉にこだわってるのはわかったよ……」
シンアイとは、十年前突如としてこの大陸全域を侵略した集団である。侵略といっても、その目的はこの大陸にある行為を禁止するためのものだった。その行為というのが”葬炎”である。葬炎というのはこの大陸における伝統的な葬儀の方法で、人間を花火のような光に変換することである。つまり、人間を材料に花火を上げるのだ。葬炎は実際の花火のそれよりもはるかに美しく、色や形のバリエーションなどの個性が豊かであり、その人間の生き様を映すものとしてそれはそれは大切に扱われてきたものだった。当然、突如として葬炎をやめろと言ってきたシンアイの話が受け入れられるはずもなく、当時の人々とシンアイは対立した。その結果シンアイが勝利し、侵略というような形となった、ということだった。おかげでこの大陸にはしばらく葬炎が上がっておらず、シンアイによって厳しく取り締まられているのが現状だ。したがって、葬炎を取り戻すということはシンアイを討つということに等しい。
「一応確認しとくが、ここディサ帝国をはじめに攻略するってことで大丈夫だよな?」
この大陸には四つの国が存在する。北西に位置するディサ帝国、南西に位置するビトレ王国、南東に位置する旧エンプ教国、北東に位置するインセ国の四つである。エンプ教国はシンアイに滅亡させられてしまい、現在はシンアイの本拠地となっている。とにかく、現在はディサ帝国にいるということだけわかれば問題ない。
「うん。シンアイの本拠地とも一番離れてるから、一番最適だね……」
「……そもそも、世界征服をするって言ったて、具体的に何をするのが正解なんですか?」
モユリが口を開いた。
「当然頭を取ることだろ?ここは鎮戦からシンアイが国を治めてるわけだし」
鎮戦とは、十年前にシンアイが起こした戦いの総称である。言葉を訳すると葬炎をなくす鎮火、そのための戦いの戦火、合わせて”鎮火のための戦火”となるが、なんとも皮肉な言葉である。なお、シンアイは鎮戦のことを聖戦と呼んでおり、彼らの前で鎮戦と呼ぶと苦い顔をされるので注意が必要だ。
「そもそも、王国と帝国って何が違うの?」
リンが質問した。彼は頭のキレこそあるが、諸事情により教養が深くない。しかし、わからないことを素直に質問できるのも彼のいいところだ。
「はいはーい!それはあたしが説明しまーす!」
ツバキが元気よく手を上げた。
「結構色々めんどくさい定義とかあるんだけど、簡単にいうと一つの民族を治めてるのが王国で、いくつかの民族を治めてるのが帝国だね。ディサ帝国の場合は帝国範囲内の民族を一つの国として認めていて、その国を公国って呼んでいるよ。公国のリーダーは公爵位って呼ばれてるね。ただ、ディサ帝国は鎮戦で元の公爵位は全員滅んじゃったから、現在はそのポストにシンアイのメンバーが入ってるんだ。ってこんな感じでいいかな?」
反対に、ツバキは教養に富んでいる。
「うん。よくわかったありがとう……」
「それにしても、シンアイはディサ帝国の皇帝も公爵も全員滅ぼしちゃうなんて、エンプ教国はともかく、そこまでする必要あったんですかね?」
モユリの言う通り、ディサ帝国は鎮戦にて皇帝までもが滅ぼされてしまい、現在は皇帝すらシンアイの人間が勤めている。
「ああ。なんでだろうな?」
マクサがランをいちべつした。というのも、ディサ帝国出身なのは五人の中でランのみである。
「さあ。知らないな。話を戻そう」
ランは短く言い切った。様子を見るに、彼にも思い出したくないことが多くあるのだろう。
「そしたら、公国含めて帝国ごと全部潰しちまうか?それが一番わかりやすくて手っ取り早いだろ?」
マクサが手のひらを上に向けた。
「いや、いきなり派手にことを起こすのは得策じゃないと思う……」
リンが呟いた。
「シンアイが報復に来るかもしれないし、他三国をまとめて相手したくはない。一国ずつ手中に収めるのが得策だな」
「それなら、ワタシ達の誰かが皇帝になるとか……てそんなわけないか」
「ああ。俺たちは他の国に行かなきゃいけないだろう?」
「あと、俺たちの中に国のリーダーになれるやつなんていないだろ」
マクサが言った。すると、シーンとした気まずい空気が流れた。
「え、みんなもしかして結構自信ある感じ?」
「まだあんまり関わってないけど、モユリには無理そうだよね……」
「……言われると思いました……」
「ごめん……」
「しかし、新しい皇帝を立てるっていう考えには賛成だ。表向きにはただの政権交代に見せて、俺たちの言いなりの皇帝を即位させるってのはどうだ?」
ランが他四人の顔を見た。
「皇帝って世襲制じゃないの……?」
「昔はそうだったが、シンアイがその地位を横取りした今、その皇帝に血縁の価値なんて全くないだろうよ」
「それもそっか……」
「ってことで、その方向で行こう」
「じゃあ新しい皇帝を探さなきゃだね!みんな、目星はある?」
「……ワタシ、ディサ帝国来たの初めてだし、そもそも知り合いすらいないや」
「僕も……」
「言い出しっぺだけど、あたしもそうなんだー。やっぱり、ランくんとマクサに頼るしかなさそう」
「ああ、言っとくとランは昔っから友達ゼロ人だったぞ」
「俺についてこれるやつなどこの国にはいなかったってことだな!」
ランは腕を組み頷いた。
「まったく……なぁラン。たらればの話なんだが、エクシを味方につけても良かったんじゃないか?」
「あのキキョウとかいう奴と喋ってみろ。あんな奴が皇帝になるのは虫の居所が悪すぎる」
「なら早く皇帝の候補を挙げないと」
「うーん……そう言われてもな……」
その後も話し合いは続いたが、これといった進展はなかった。
「うーむ。これ以上のことを話すには情報が少なすぎるな。差し当たって、情報収集が必要だな」
「そんじゃ、何日か情報収集に出かけるとしようか」
「誰が何を調べる……?」
「とりあえず、皇帝の候補は探さないとな」
「どんな人がいいかな?」
「そうだな……国を治められるような器で、簡単に操れそうで、いきなり皇帝になっても不自然じゃない人間がいいな」
「具体的にどういう人……?」
「つまりだな、今公国を治めてる公爵位の中から候補を探したいって話だ」
「え?シンアイの人間を皇帝にするんですか?」
「その中からシンアイに忠誠心がない人間を探せばいい」
「なるほど……わかりました」
モユリが相槌を打った。
「あとは?」
「現皇帝、ヘリクについても知りたい。一応あいつとは面識はあるが、それもだいぶ昔の話だからな。あいつがどんなことしてんのか、どんなことがあったのかとかはわからん。とりあえず、俺が知りたいのはその二つだ」
ランは一通り言いたいことを言い終えたのか、一つ息をついた。
「この国の裏のこととか知っといた方がいいんじゃない……?」
「裏?そんなあるかないかわからないもの調べるのか?」
マクサが首を傾げた。
「でも、それを知らずに新しい皇帝を即位させるなんてできなくない……?」
「確かにな……なら、それも調べようか」
「まとめると、公爵の中で次期皇帝に相応しい人間を見つけに行く係、ヘリクについて調べる係、ディサ帝国の裏について調べる係、の三つに分かれるってことでいいか?」
「そうだな。やりたいのがあるやつはいるか?」
全員、どれでも良いというような態度だ。
「国の裏については、ツバキが良さそうじゃないか?」
マクサが彼女を指差した。
「りょーかい!」
ツバキは元気に敬礼した。
「あとはヘリクの係は……うーん……モユリはコミュ障だし……」
マクサが顎に手を当てた。
「ランは高慢だし……」
リンが顎に手を当てた。
「マクサは……なんか違う」
モユリが顎に手を当てた。
「俺だけ理由なくない?」
「消去法でリンだな。できるか?」
「あんまり得意じゃないけど、やれるよ……」
「よし。なら他三人は次期皇帝探しだな。じゃ、今日から四日後にまた集合で。調査開始だ」
五人の情報収集が始まった。
作戦会議のその夜、ランとマクサは二人で外食に出かけていた。他三人は別々の店へ出かけている。
「ひぇー寒い」
その帰り道、二人は季節外れの雪に見舞われていたのだった。
「もう春もそこそこだってのに、珍しいもんだ」
「うちに暖取れるもんあったかな……というかそもそも、なんで全員うちに泊まるんだよ」
「空いてたんだからいいだろ?みんな、居心地がいいんだってさ」
「まったく……」
ランは白いため息をついた。
「そういえばさ、俺とランが出会ったのもこんな感じの天候だったよな」
「そうだったか?あの頃のお前はトゲトゲしてたってことしか覚えてないな」
「う……思い出させんな、恥ずかしい。ああそうだ。桜の雪化粧が綺麗だったんだ。滅多に見れないぞ。ランもどうだ?」
「俺はパスで。先帰ってるぞ」
「そうか」
マクサは渋々一人であの桜がそびえ立つ小山を登った。
マクサの予想通り、いや想像以上に雪をまとった桜は壮観だった。ライトアップもされていない桜だったが、雪の淡い光が花弁の色を演出していて、視界いっぱいに映り広がるそれはまるでどこかと繋がっている世界樹なのではないかと思えるほど美しかった。
その勇姿に見惚れていると、マクサは木の根本に一つの人影を発見した。
人影に近づいていくと、そこには白髪、黒いワイシャツ、白いスラックスという、マクサと反対色の格好をした女が座っていた。
「どんなに鮮やかな色でも、他の大量の色と混ざれば最終的に真っ黒になってしまう。黒くなることがわかっている色は、どんな気持ちでいればいいんだろうね。マクサ」
女はまるでマクサが来るのをわかっていたかのように彼を見た。
「お前、鼻毛出てるぞー」
マクサは迷いなく言い貫いた。
「は!?え?マジ?てか、え。は?」
女は明らかに動揺しながら鼻の下を隠そうと努めていた。
「そんな抽象的な話して、理解に苦しむ俺に対して優位を取ろうとしてたんだろ?どうせ話の中身なんてないくせに」
「だからってそんなドストレートな事言う!?」
「まあまあ、冗談だから気にするな。鼻毛なんて出てないって」
「冗談だっとしても!」
「だって、お前全然カッコつけるの似合ってないぞ。顔といい声といい」
女本人はおそらくクール系でミステリアスなお姉さんを自負していたのだろうが、マクサのいう通り彼女は親しみやすい幼馴染、というような雰囲気だった。
「確かに抽象的なことは言ったけど……それもこれも!お前の……」
「俺の?」
「……いいや。なんでもない」
「何か知ってそうだな。きっと俺の失われる前の記憶と関係があるんだろ。ま、深くは聞かないが」
マクサは一度記憶を失くしている。
マクサはおもむろに彼女の隣に腰をおろした。
「名前は?」
「ナギ」
「ナギね。俺の名前は知ってたから、自己紹介はしなくて良さそうだな」
「うん。そうだね」
「どこから来たどんな人間かってのは、聞いてもいいか?」
「うーん。ダメ」
「そうか。なら何しに来たんだ?俺に用なんだろ?」
「今日はマクサの顔を見に来ただけ。だから、他に何もないよ」
「ふーん。なら解散で。どうせまた会うんだろ?」
そう言うと、マクサはいつの間にか手に持っていた厚手のコートをナギに羽織らせた。
「え、何急に」
「どう見ても寒いだろ。その格好。あと、俺のこと意識したんだろうけど、コーディネート下手すぎだ。次はもうちょっとマシなのにしてこい」
「は!?自意識過剰でしょ!」
ナギは眉間に皺を寄せてマクサを睨んだ。しかし、マクサはそれを全く気にしない様子でナギに手を振りながらその場を離れた。
翌晩、ラン、マクサ、モユリの三人は一つ目の公国に集った。
「……やっぱりディサ帝国の汽車は一つに統合されてるからすごくわかりやすいよね」
「ああ。汽車なんて久しぶりに乗ったが、結構居心地良かったしな」
マクサとモユリが雑談をしている。
「待たせたな」
その二人の前にランが手を上げながら現れた。
「遅いですよ。ランベルさん」
一向は昼ごろには到着していたが、ランは用事があると言ってどこかへ足を運んでいたのだ。
「さて、今日のお相手は?」
「この公国の公爵位ネモ。公爵に順位はついていないが、実質的なディサ帝国のナンバー2だな。皇帝のヘリクに憧れてるみたいで、ヘリクと同じような性格を演じてるみたいだぞ」
マクサがメモ帳を見ながら答えた。前情報はマクサがすでに調べている。
「ほー。誰かを演じてるような奴がナンバー2になれるんだなぁ」
ランが顎に手を当てた。
「……ところで、ヘリクさんってどんな人なんですか?」
「ヘリク?俺もあんまり長く関わったわけじゃないが……そうだな……情緒不安定?」
「そう聞くと悪い感じがするな。俺は落ち着きと情熱を持ち合わせた情に厚い男って聞いたけど?」
マクサがペラペラとメモ帳をめくった。
「まさにリーダーって感じなのかな。今から会う人ってそれに憧れてる人なんでしょ?苦手だな……」
「逆にモユリはどんな奴が得意なんだ?」
「人は苦手……」
「あ、そう……」
ほんの少し、空気が淀んだ。
「なあ、そのネモってやつについてもう少し情報はあるか?」
ランが訊ねた。
「年齢は中年で性別は女。元からなのか表情なのか眉毛がつり上がってるらしい。パッシブは詳しくはわからないが、味方を強化するタイプらしい。そんなもんで、個人の戦闘力は大したことないが、うまく味方を指揮して勝利を収めるらしい」
「なるほど。なんだかお高く止まってる感じがして気にいらないが……ま、実際に見てみないとわからんか。お、あれか?」
話をしているうちに、ネモが住むという館に到着したようだ。元々の公爵は貴族であったため、大抵は公国ごとに豪勢な官邸が備わっている。 現在はそこにシンアイが収まっているという状況だ。
「ごめんくださーい。ネモって奴いるかー?」
ランが門番らしき人物に声をかけた。
「今晩誰かの訪問があるとは聞いていないな。ネモ様に会いたいのならば、しっかりアポを取ってこい」
「ふーん。しっかりしてんじゃん。ちなみに、今もう一つ会う方法を考えたんだが、わかるか?」
ランはニヤニヤしながら質問した。
「さあ……パパラッチの容量で、とか?」
「不正解だ。正解は……」
ランは指鉄砲を作った。
「お前らを潰すことだ」
途端、門番二人の四肢から血が溢れ出した。その箇所には風穴が開いていた。当然、二人は唸り声を上げる。
「決まったな。さ、行くぞ」
ランは人差し指にフッと息を吹きかけた。
「出たよ。ランのカッコつけ」
「実際、カッコいいだろう?」
「いや別に……」
「浮いてるぞー」
「いやぁ、持たざる者の嫉妬は痛いなぁ」
気の抜けた会話をしながら、ランは今と同じ要領で扉を破壊すると、三人はなんの躊躇もなく館の中に入っていった。
「ごめんくださ……」
同じように挨拶をしようとすると、騒ぎを聞きつけてきたネモの手下であろう者達が一瞬にして集まってきた。
「ふむ。よく訓練されてるんだな」
マクサが呟くや否や、彼らは何も言わずに襲ってきた。
「ここも俺がやろう」
今度はポケットに手を突っ込んだまま、ランはなんのアクションも起こさずに目の前の相手がバタバタと倒れていった。
「単刀直入に聞くが、何人やったらネモは出てくる?早めに諦めた方がいいぞ?」
ランの力に圧倒されたのか、相手は狼狽えて言葉も出ていなかった。
「下がれ!」
突如としてよく通る強烈な声が響いた。声の方向にはもちろん一人の女が立っていた。
「あ!見てください!つり眉ですよ!」
モユリが嬉しそうに女へ指を差した。
「あのなぁモユリ……今の感じからしてどう考えてもあいつがネモってわかるだろ……」
マクサがぼやいた。
「あ、そ、そうだよね……」
モユリは恥ずかしそうに首をすくめた。
二人が話している間、相手の集団はあっという間にランから距離をとり、ネモを囲むように陣形を作っていた。
「さて、向こうは近距離じゃ勝てないって確信したはずだから、まずは遠距離攻撃で牽制してくるかな……」
ランの言った通り、炎やレーザー、弾丸などの様々なものが飛んできた。しかしそれはランに近づくにつれ失速していき、いずれもランの元へ辿り着くことはなかった。
だが、向こうは攻撃をやめなかった。
しばらくそのまま膠着状態が続き、ランが飽き飽きしたようにため息をついた。
「これで視野の外から攻撃して来なかったら面白いんだが……」
と、ランが言ったところで後ろから敵が襲ってきた。しかし、当然というべきか、彼らは容易くランに制圧されてしまった。
「さ、どんな交渉だ?どんな口車で時間を稼いでくれる?」
最も奥にいたネモは図星だと言わんばかりに唇を噛んだ。
「相変わらずムカつく戦闘スタイルだよなー。相手の行動を先読みして口にしてくるの。敵だったら絶対戦いたくないな」
マクサがため息をついた。
「……目的は、なんだ?」
ネモは悔しそうに言った。
「あ、ちょっと待ってくれ、今お前のパッシブがどんなのか考えてるから」
「ええ……今の今までどんな交渉だ?とか言ってたのに」
モユリが眉をひそめながらランを見つめた。
「うーん……目に見えてパワーアップした感じには見えなかったし……特定の何かを強化するわけじゃないのか……?ただ、発動させてないとも考えにくい……となると……ん?」
ランが目をやった先には、ネモの手下が倒れていた。
「止血してもいないのに血が止まるのが早いな。つまり防御系か。にしてはインパクトが薄いな……そういえば、あの門番もすぐに血が止まってた気がするな……ってことは一度付与したら発動するまで効果が持続する感じか……」
「おいラン。早く帰ってきてもらっていいか?」
マクサがコツンとランの頭を小突いた。
「ああ、すまんすまん」
ただ実際、ランの予想は当たっていた。ネモのパッシブは止血を早める能力であり、一度付与すれば発動するまで永続的に効果の保持が可能である。
「で?なんて言ったんだっけ?」
「目的はなんだと聞いている」
「ああ……そうだな……お前達を殺す。だったら?」
「……」
ネモが顔をしかめた。
「そうだな。ネモ、お前を殺すか、お前以外を殺すか。どちらか選べ。答えなかったら全員殺す。まずはお前からだ」
ランがネモへ指鉄砲を構えた。
「……え、大丈夫なの?」
モユリがマクサへ囁いた。
「ランのことだから、あいつを試してるんだろ」
「そっか」
モユリはほっと息をついた。
「十、九、八、七……」
カウントダウンが始まった。しかし、ネモは黙ったままだ
「三、二、一……」
以前として、ネモは何も言わないままだ。
「ゼロ」
その瞬間、ネモが近くにいた一人を盾にした。彼は抵抗することもできずに、肩から血が吹き出した。
「ぐ……あ……」
彼は肩を抑えてうめいていた。が、しかしそんな彼にネモは大きく振りかぶって平手打ちを喰らわせた。
「愚か者が!お前は今、私が打開策を考えているのがわからなかったのか?戦場ではリーダーが死んだ時点で敗北だといつも言っているだろうが!」
空気が凍てついた。しかしただ一人、ランは苦笑いを浮かべていた。
「あーあ。出ちゃったな。本性」
ネモがランを睨む。
「お前、わざと急所を外したな。私のことを試したのはわかった。今一度聞くが、一体何が目的なんだ?」
「人を試す理由なんて、そいつがどんな人間かを知るため以外にあるのか?」
「生意気なガキが……」
「ところであんた、ヘリクに憧れてるんだってな。ヘリクならこうするって思ったのか?俺もヘリクとは関わりがあったが、そうするとは思えんな」
「正しくは昔の、だな。ヘリク様は変わってしまった。きっと、昔のヘリク様はこう教育したはず」
「俺が関わったのも昔のヘリク様だ」
「ならなおさら……」
「違う。そうじゃない。ヘリクだったら、攻撃を仲間に受けさせるなんてことしないだろうよ」
「しかし、ヘリク様は……」
「わかってる。だが、それは最後の最後の決断が早いだけだ。もういい。マクサ、モユリ、帰ろうか。こいつにゃ無理だ」
「そうですね。帰りましょう」
三人は踵を返した。
「ああ、このことはどこにも報告するなよ?誰からでも情報が入ったら、お前らを全滅させに行くからな」
ランは他の言葉と変わらないトーンでそう言い放ち、ネモの元を離れていった。
「そんなに気に入らなかったんですか?ランベルさん」
モユリは口をとんがらせた。
「あんなのすぐに器じゃないってわかるだろ。きっと、人の上に立つのが好きな奴なんだよ。本当に上に立つべきはそういう人間じゃない。あと、戦闘も大したことなかったし」
「そういうもんです……か。ランベルさんはよくわかんないなぁ……」
「もういいよ、この話は。次行こうぜ次。マクサ、情報頼む」
「はいよ」
マクサはメモ帳を取り出した。
「名前は……ベンダ。現在のディサ帝国で最も戦闘力が高いとされている人物だ」