一
プロローグ
大丈夫。忘れるはずない。だから、待ってるよ。
「よし今度はうまくいった」
「これで壊さなくて済むといいのだけど……」
「頼んだよ。私達のデバッガー」
序章
あなたの次に、私がいるだけ。
「マクサ。おい、起きろ。マクサ」
春の夜、街で最も大きい桜の木の下にて、ランという男がマクサという者の肩をゆすった。
「うん?悪い悪い。もう時間か」
目を開けたマクサの前に魔法使いのような格好をしているランの姿が映った。
「なんだよその格好」
ランは手を広げ、その場でクルッと回った。
「考えたんだけど、俺って魔法使いみたいなもんだと思うんだよ」
マクサが立ち上がり、二人は歩き始めた。
「ちょっと前まで俺は狙撃手だって言ってガンマンの格好してたくせに。飽きるの早いな相変わらず」
ランは様々な格好や髪色を浪費している。現在の髪色は魔法使いのイメージに合わせたのか黒い緑色になっている。反対に、マクサ通年で服装がほとんど変わらない。黒髪に白いワイシャツ、黒のスラックス、状況によってジャケットやコートを着用するのみだ。
「まったく。ランのこだわりにはついていけないな」
「いや、マクサお前のあの桜に対する執着の方がついていけない」
「あの根本で寝てるとあったかい感じがするんだ。それに、あれは俺たちにっとって大切な物でもあるだろ?」
この街はランの故郷であり、二人は桜の木の下で出会ったのだ。
小山を下り終え、二人は石造りの街を歩み進めた。
「そういえば、エンプが完全に没落したらしいぞ」
マクサの前を歩いていたランが頭に手をやりながら言った。
「やっとか。まあ残党のささやかな抵抗だけだったから、もっと早く落ちると思ってたけど。案外長持ちしたな。ところで、あいつらはどうやって来るって?」
この二人は待ち合わせをしているのである。
「モユリは汽車で、ツバキは現地にそのまま来るそうだ。リンは俺が直接迎えに行く」
「了解。俺はモユリを迎えに行くよ」
「ああ。頼んだ」
そう言い残すとランは宙に浮き上がり、とてつもない速度で空を駆けていった。
マクサは駅に向かい、モユリという人物を待った。
「あ……マクサ、久しぶり」
マクサの前に、猫背で怯えた目つきをしている女が汽車から降りてきた。彼女はGパンに灰色のパーカーを着ている。髪は黒髪、長さは肩くらいまでで、少々クセがついている。そして、背中から姿を覗かせている槍が彼女の見た目で一番の特徴だと言えるだろう。
「久しぶり。相変わらず似合わない格好してるな、モユリ」
「それ言うのマクサだけだよ」
この世界では普段着に自らの武器を合わせる者は少なくない。しかし、マクサにはそれがどうも違和感なようだった。
「でも、これからはその時その時で俺が作るよ。邪魔だろ?それ」
「うーん、それもそっか」
モユリは槍を容易く半分に折り、それを幾度か繰り返して駅のゴミ箱に捨てた。
マクサとモユリは目的地である街はずれの教会跡に向かった。
二人はランよりは早く到着したようだったが、そこにはすでに一つの人影があった。
「おひさー!マクサ、モユリ!」
元気な声の主、彼女がツバキである。
「うわ、何そのキッツイ格好」
モユリがツバキを見て言った。ツバキは金髪にゴシックロリータ、いわゆるゴスロリの格好をしている。確かに、廃協会の仰々しい雰囲気を度外視した格好ではある。
「はい、モユリは今全国のゴスロリファンを敵に回しましたー」
「違う違う。”ツバキ”が着るのがキッツイって言ってんの。女装にしか見えないよ」
「はあー!?」
ツバキはかなりの長身で、顔も中性的であり一見するとかなり男に見える。どちらかというとかっこいいが褒め言葉のタイプだ。
「そろそろいい年なんだからさ、もうちょっと自分に合わせた服装しようよ」
「それを言うならモユリもでしょ!そんな中学生が初めて私服着ましたみたいな服してさ。だっさー」
「な……殺す。お前だけは殺す」
その言葉はモユリの図星に突き刺さった。
「かかってきなよ。この脳筋が!」
その言葉を合図にモユリはツバキへ殴りかかった。瞬間轟音が響き、砂埃が舞った。視界が明瞭になると、そこにはツバキの顔とその目の前に寸止めされたモユリの拳があった。
「やめて、二人とも……」
その場にいた誰のものでもない、脱力した声が聞こえた。
「大丈夫、この二人いっつもこんな感じで仲良しなだけだから」
ランの声が聞こえた。つまり、もう一つの声の主はリンということになる。
「いや、建物壊れてる……」
ツバキの背面には教会の扉があったが、それはすでに面影を失っていた。
「必要ならマクサが直すから大丈夫だ」
「そういう問題じゃないと思う……」
二人は姿を現した。リンは濃紺の袴、上に薄手の白い道着を着ていて、腰に刀を差している。髪は銀色に輝く白髪で、後ろを小さく結んでいる。
「さて、メンバーも集まったことだし、まずはこれだ」
ランが言うと、自分が着ているものと同じローブを配り始めた。
「人数分作ってたのか……」
マクサがため息をついた。
「これから一緒に戦う仲間なんだから、格好に統一感を持たせた方がいいだろう?しかも、生地はなんとスウェブ生地だ」
「はぁ?まじかよ。まったく、また無駄遣いして……」
スウェブ生地とは、この世界で特別扱いされている物質の一つである。それはしなやかさと丈夫さが共に最上級の布生地であり、丈夫さに至っては重金属のそれを軽く凌駕する。と同時に、値段も貴金属のそれを軽く凌駕する。
「いいじゃんいいじゃん!気分上がる!」
ツバキは一番乗りでローブに裾を通した。
「……悪くないと思います」
「うん……」
続いてモユリとリンもローブを着た。マクサ以外は乗り気のようだ。
マクサが空気を読み急いでローブを羽織るとランが手をパンと合わせた。
「さて、初めて顔を合わせる奴もいることだし、自己紹介をしようか」
モユリ、ツバキの二人がリンと初対面である。
「おいおい。戸を叩くにしちゃあ随分と派手だな。礼儀ってもんを知らないのか?」
モユリが破壊した扉から威勢の良い女の声が聞こえてきた。
「ほら……」
リンがため息をついた。
「あ、ちょっと待っててもらえるか?」
「……ふん。面白いな、お前」
ランのマイペースな発言に彼女は苦笑いを浮かべながら答えた。
「改めて、俺はランベル。みんなも呼んでる通りランって呼ばれることが多いな。じゃ、次はモユリで」
ランがモユリを指差した。
「え……あんな失礼なことして大丈夫なんですか?あ、ビトレ王国から来ました。モユリです。よろしくお願いします……」
モユリはあたふたしながら答えた。しかしそもそも扉を壊したのはお前である。
「ツバキでーす!よろしくね!」
ツバキが元気よく答えた。
「リンドウ。リンって呼んで……」
リンが呟いた。
「りょーかい!リンちゃんね!それにしても可愛いねぇリンちゃん」
「ツバキより可愛いですね」
ツバキがモユリをギラっと睨んだ。
「ああ言い間違えた。ツバキの方がかっこいいね」
「……さっきの続き、始めよっか?」
「……喜んで」
二人は戦闘態勢に入った。
「水を差すようで悪いんだけど……僕、男だよ」
「ええ!」
モユリとツバキの目が大きく見開いた。しかし、二人の驚愕も無理がないほどリンの顔は女らしく、男としてはかなり背が低かった。ツバキの反対である。この場合、二人はどちらも中性的と表現するが、なんとも不思議なものだ。
「ごめんね!じゃあリン君だね!ラン君、先に言ってよね!」
「言う暇なかったろ。さ、彼女の我慢も限界だろうし、行こうか」
ランが指差した彼女は貧乏ゆすりを始めていた。
「どうせ敵なんだろ?誰と戦わせてくれるんだ?」
女は拳を合わせた。
「モユリ、扉壊したのお前だよな?」
「え、だって……」
モユリはキョロキョロおどおどした。
「相手もパワー型っぽいし?適任じゃない?」
「じゃ、よろしくなー」
ランとツバキ、リンは背面のモユリに手を振りながら颯爽と廃教会の中に入っていった。
「あの……俺の自己紹介は?」
マクサが力なく呟き、ラン達についていった。おそらくランは意図してマクサにイタズラをしたと思われるが、マクサは影が薄くなりがちである。
「待って、マクサ……わ、ワタシ初対面の人と喋れないんだってばぁ……」
廃教会の奥には地下へと繋がる階段があり、そこから騒ぎを聞きつけたと思われる者達が数人出てきていた。
「ごめんくださーい!この大陸で一番でっかい悪の組織エクシの本拠地ってここですかー?」
ツバキがでっかい声で言った。
「ボスのキキョウと話したいんだが、通してくれないか?」
「それを言われて通すと思うのか?」
相手は教会の扉が破壊されていることに気がついたのか、かなり威嚇的な口調だった。
「はぁ……そうだよな」
ランが呟いた瞬間、相手の集団の一人が突如として吹き飛んだ。彼はそのまま壁に激突し、気を失ったようだ。
「これでいいか?」
相手側は全員息を呑み、体が固まった。
「そうだ。外におたくのお姉さんと戦ってるオタクのお姉さんがいるから、そっち行ったら?」
確かに、喋り方や格好を見るとモユリはかなりいわゆるオタクっぽい。
「モユリ、かわいそう……」
引き止めはしないリンだった。
一向は地下の土を踏んだ。やけに長い階段だったが、それもそのはず、そこには上を大きく見上げられるほどの空間が広がっていたからだ。そこでは数多くの人間がせっせと働いており、一番遠くの労働者に目をやると彼らが豆粒より小さく見えるほどの奥行きがあった。ごく一部には手入れがされていて建物としての様相が見られるが、そのほとんどは土が抉れた様相のみだった。
「よく地盤沈下とかしないなー。結構知識ある人がいるのかな?」
ツバキが呟いた。
「おい、何者だお前らは!」
テンプレートのセリフが聞こえた。そこには周りにいた大多数とはまた違う、小綺麗な服を纏った現場監督らしき人物達が腕を組んで立っていた。
「キキョウはどこにいる?」
「言うわけないだろう?お前ら、そいつらを囲め!」
周りにいた労働者が一挙に集まってきた。しかし、ランは余裕のある様子でため息をついた。
「一目で格上か格下かわからないような奴らばっかりか」
瞬間、周りを囲んでいた者達が吹き飛ばされた。
「さ、案内してくれ」
ランが現場監督に言い放った。現場監督は悔しそうに怯えながら、さらに地下へと進む階段へランを誘導した。
「あ、他は頼んだぞ」
マクサ、リン、ツバキの三人はその場に取り残された。
キキョウと呼ばれる者の部屋は最奥部に存在した。
ドアを開けると、そこには王室のような金ピカの装飾が施された部屋が広がっていた。
「趣味の悪い部屋だ……ザ・成金って感じだな」
「なんだお前は。何をしにきた」
奥の椅子に座っていた中年の男が不機嫌そうに立ち上がった。
「この大陸の主要四カ国で頻繁に人さらいを繰り返している組織、エクシ。そのリーダーのキキョウだな?」
「質問に答えろ」
「お前、エンプの教えを守ってるのか?」
詳しい説明は省くが、この世界には不殺の教えが存在し、キキョウもそれに属する一人だった。この世界には人を殺してはいけないという法律は存在しない。
「守っているが。それがどうした?」
「命は奪わないがさらってきた人間を奴隷のように働かせる。果たしてその線引きに価値はあるんだろうか」
キキョウは舌打ちをした。ランは挑発が得意である。
「お前の目的ってのは一体何なんだ?」
キキョウは威嚇するようにランのことを睨んだ。
「ま、言わなくてもわかるさ。上の様子を見るに、さらってきた人員を使って地下に新しい帝国でも作る気だろう。子供染みてるなー。弱いもんから搾取して。悪いことするんならもっと国ごと乗っ取るとか、強者に対抗するみたいな感じでかっこいいことしろよ」
「……これが一番賢くて現実的な選択だ」
「ああ、かもな。だけどよ、そんなんだから円卓のしんがりだったんじゃないか?」
「貴様!お前に何がわかる!」
その言葉は彼の地雷を踏み抜いた。キキョウは元々ある国の重要なポストについていたが、そのポストの中では最も弱小だったのだ。そんなこともあり、彼は新しい国を作ってリーダーとしてやっていきたかったのかもしれない。
「ここには私の出る幕など一切ないほどの戦力がある。だが、お前は私が直々に手を下さなければ気が済まない。その後は死ぬよりキツくこき使ってやるから、自殺の準備をしておけ」
二人の戦いが始まった。
場面は地下一階に戻り、そこには手を縄で縛られたマクサ、リン、ツバキがいた。
「一体何だったんだ?こいつら、あいつ以外戦えないって自分から手を差し出してきやがって。だったらなんであいつはこいつらを置いてったんだ?」
三人の処理を任されたであろう現場監督の男が言った。
「それにしても埃っぽい場所だなー。喉乾いちったよ。お茶の一つくらい出してくれないか?」
マクサが呑気に言い放った。
「脳内お花畑なんすかね、こいつら」
もう一人の現場監督の女が言った。
「さっきからずっとこんな調子でムカつくけど、これ見せれば黙るだろ」
男は拳銃を取り出した。
「銃を持ってるってことは、インセ国と繋がりがあるのかな……」
リンがツバキの顔を見た。
「ちょっと勘弁してよ。こんな旧式ウチじゃ作ってないって!」
ツバキはそのインセ国出身である。
「だな。最近の銃は結構構造が複雑で作るのに苦労するんだけど、これならすぐ作れそうだ」
「そっか。マクサのパッシブってそういうこともできたんだっけ……」
「ものを作れるパッシブ?こいつ、結構使えるかもしれないっすよ」
パッシブとは、この世界の人間が一人一つ持っている特殊能力のことである。生まれた時点で感覚としてその能力を知っているため、”与えられた”という解釈からパッシブという名前に由来する。正式名称はパッシブスキルだとか、パッシブアビリティだとか……諸説あるが、とにかく全員共通してパッシブと呼ぶ。現在三人を縛っているなわもそのパッシブから生み出されたものである。なお、マクサのパッシブを説明するには前提とする情報が少なすぎるため、また別の機会に説明することとする。
「もしそのパッシブが本当で、ここに素直に入るならばそれなりの待遇をやってやってもいいぞ」
「えーやだよ。だってさ、ここさらってきた人に過酷な労働させて、普通に外道なことしてんじゃん。もっとさ、実は世界の危機救ってましたーとかだったらよかったのに。幻滅しちまうよ。あ、もしかしてこれから隕石が降るからそのためのシェルターを作ってるとかそういう……」
話の途中でバチン、バチンと二つの銃声がなった。その銃口はマクサの足元へ向いている。マクサは地べたに倒れこんだ。
「お前ら、連れが強いからって何を勘違いしているのか知らんが、お前らの命は俺らが握っていることを忘れるな」
周りの空気が凍った。
「馬鹿な奴らっすね。あんたらも、こうなりたくないなら余計なこと口走らない方がいいっすよ。まあ、今ので塞がっちまったと思いますが。おい、こいつら牢に閉じ込めて身ぐるみ剥いどいてください」
側から見れば絶体絶命である。そんな時。
「フフ……」
誰かが鼻で笑った。
一方その頃、モユリはランが押し付けた相手と相対していた。
「……あの、お、お名前は……?」
モユリは準備運動をしている女に質問した。
「私か?クダミだ。このエクシで、いや、このディサ帝国で最強だ」
——そんなこと聞いてないんだけどな。モユリは思った。
「……さ、最強なんですか?」
「ああ、今まで戦ってきた中で、私より強いやつなど一人もいなかった」
「……それってただ出会ってないだけじゃないですか?会ってたら生きてないと思うし……」
「ああ?舐めてんのかお前?」
クダミは威圧するように凄んだ。
「ひぃ……すみません」
苦し紛れの威嚇のように見えたが、モユリには効果的のようだ。
——馬鹿そうだな、この人。ただし怯む傍ら、馬鹿にはしているようだ。
「ふ、こんな田舎から来たような戦い慣れしてねぇような娘に何であいつらは任せたんだ?なあ、お前のパッシブはなんだ?ああ、聞くんだったら自分が先に言った方がいいな。私のパッシブは肉体強化だ。全身を一気に強化できる」
「あ、ワタシも一緒です。お揃いですね」
「そりゃあいい。差がわかりやすいからな。準備運動終わり!さあ行くぞ。歯食いしばれ!」
クダミはモユリの目の前まで一気に飛び込んだ。周りのエクシのメンバーから見た、つまり一般的な動体視力から見たクダミの移動速度はほぼ瞬間移動レベルだった。そのビックマウスに恥じない実力はありそうだ。
クダミはモユリのみぞおちに拳をぶつけた。その威力が高いのを裏付けることとして、モユリの後ろには衝撃波が出ている。つまり、その攻撃は音速を超えているということになる。
周りから歓声が上がった。ただ、当のクダミ本人は違和感を感じていた。
——こいつ、硬い。まるでダメージが入っているように思えん。なるほど、こいつは守備型のパッシブか。私の相手を任せられただけはある。侮れんな。
考えながら、クダミはもう一撃加えた。
——ただ、こういうタイプはスタミナがない事が多い。まして、私の一撃を受けるのはかなり体力を消耗するだろう。または、体のどこかに弱点が存在する。面白い。持久戦だ。
クダミはモユリに連打を繰り出した。蹴りなども交えながら、弱点を探すようにさまざまな部位を攻撃した。
数十秒後、クダミは一度呼吸を整えるために攻撃の手を止めた。その際、ちらっとモユリの顔の様子をうかがった。
モユリは目を細めて首を傾げていた。
「うーん?」
冷や汗が滴った。余裕な様子のモユリに対する感情は苛つきや悔しさではなかった。
「……あ、そういうことか。パッシブは使わないってことですね!」
そう、絶望だった。
嫌な予感はしていた。なんとかその予感をかき消そうとはしていた。しかしその言葉によって、クダミは無情にも絶望を自覚させられてしまった。
「じゃ、次は私の番ですね」
クダミは距離を取ろうとしたが、そう考えた時にはとっくに腕を掴まれていた。そのままモユリは軽い仕草でクダミの腕へしっぺを繰り出した。
「——ぐ、ぎゃあああああ!!!」
声を抑えることは不可能だった。モユリのしっぺはクダミの腕の骨を全域に粉砕しただけにとどまらず、肋骨までヒビを入れたのだ。
「……多分、命に別状はないので安心してください。それじゃ、マクサ達と合流しよ……」
モユリは周りを見渡した。
「……あ、戦います?」
エクシのメンバーは全力で首を振った。
「よし行こって、あ……」
モユリが羽織っていたローブの中を見ると、その中に来ていた服はボロボロになっていた。
「うぇ最悪……戦わなければよかった……」
とはいえ、スウェブ生地の丈夫さを確認することができた。
「おい……誰だ?今笑ったの」
上の勝敗がついたところで、場面はマクサ、リン、ツバキのところに戻ってくる。
「ツバキだな」
「ツバキだね……」
マクサとリンがツバキを指差した。
「だって!マクサがこっち向いて変顔するんだもん!」
そう、三人は暗黙の了解で先に笑った人が負けのゲームをしていた。マクサはやられたふりをしてツバキを仕留めにかかっていたのだ。ということで、マクサには銃による攻撃がなんともないようだ。
「じゃ、ツバキ。あとは頼んだよ」
「ええー。そういう約束はしてなかったじゃーん。あたし、リン君の戦い方見てみたいなー」
ツバキが何の意図か頬を膨らませた。
「僕の戦い方、すごく地味だよ……」
「うん。地味だな。そんでもって俺の戦い方も地味だし、ここは頼むわ。ツバキ」
「はいはいわかったわかった。じゃリン君、これ外せる?聞いた話、そういうことできるって話だけど」
「できるよ。ほら……」
リンが言うと、ツバキの手を縛っていた縄が消え失せた。
「お、お前ら……」
現場監督達は三人に得体の知れない恐ろしさを感じているようだ。
「ここにいるみんなー!全員体育座りしてー!」
ツバキの目が赤く光った。彼女が号令をかけた瞬間、その場にいた全員、隅の隅にいる労働者まで一人残らず言葉通りに膝を丸めた。
「おお……話には聞いてたけど、すごいね……」
ツバキのパッシブ:身体服従
ツバキのパッシブは対象の身体の自由を奪い、好きなように行動を命令させることができる。支配できるのは身体のみであり、思考や精神まで支配できるわけではない。この手の相手に強力な影響を与える類のパッシブは発動させる条件が厳しいのが通例である。しかし、ツバキのパッシブの発動条件はツバキを中心とした一定範囲内にいること、または範囲内でツバキが”認識”すること、のいずれかであり発動条件が極めて緩い。なお、今回のように口頭で命令を出す必要はない(そもそも場所の広さから全員に聞こえていない)。また、相手のパッシブを完全に理解していればそのパッシブを使わせることも可能である。
「体育座り?そこはなんかこう……跪かせるとかじゃ?」
マクサが言った。
「そういたら膝痛いでしょ?」
「体育座りだって腰が痛くなるじゃんか」
「それもそっか。じゃあ何がいいかな……」
「……みんな、お待たせ。待ってないかもしれないけど……」
そうこう言っているうちにモユリが帰ってきた。
「お、帰ってきた。あとはランだけだな」
マクサはランが降りていった階段に目をやった。
キキョウの部屋にて、キキョウは床と顔が接着していた。
「クソ……」
「今頃、ツバキあたりがお前の自慢の部下達を制圧してる頃だろうよ」
ランは近くにあった机にピョンと座った。
「お、お前達は何が目的なんだ?正義のヒーローごっこか?」
「いいや違う。俺たちの目的はシンアイを滅ぼすことだ」
「ならばお前らも世界の敵じゃないか」
「その通り。だから、現状の世界の敵であるお前らが目障りだったんだよ」
「な、なるほど。つまりお前達は私達に協力して欲しいということだな?そういうことだろう?」
キキョウは平静を装おうとしていたが、余裕がないことは誰の目から見ても明らかだった。
「聞こえなかったのか?目障りだって言ったんだ。お前らの組織なんて、壊そうと思えばいつでも壊せる。おそらく、そっちの総戦力など俺達一人分の戦力にも満たないだろう。そんな味方など、どうやって使えばいいんだ?」
ランがキキョウを見下した。
「今すぐエクシを解放しろ。もちろんここだけじゃなく、全ての支部も含めて。もし大陸中のどこからでもエクシの話を聞くようなら、お前を殺しに行くからな」
「……わかった」
キキョウは悔しそうに唇を噛んだ。
キキョウを逃し、階段を上るとランの予想通りツバキがその場を制圧していた。
「おーきた来た。今ちょうどボスっぽいおっさんがダッシュで逃げってったところだ」
マクサが手を振ってきた。
「ならやることは終わったね。ところでここ、どうしようか……」
リンが天井を仰いだ。
「多分ここ、放置してるといずれ崩れちゃうと思うんだ。だから壊しちゃったほうがいいのかも」
ツバキが言った。
「じゃあワタシがやりますか?ランベルさん」
モユリが自分を指差した。ランとモユリには距離があるわけではないが、モユリはマクサとツバキ以外には基本敬語で、本名呼びだ。
「いや、ここは俺とマクサがやろう。マクサ、アレ頼む」
「はいはい。ツバキ、ここにいる全員外に逃してやってくれ」
「オッケー!みんなー!外へ逃げろー!」
ツバキが号令し、マクサを除いた全員が外への階段を上っていった。
しばらくして、マクサが帰ってきた。
「準備完了。ラン、やっちゃってくれ」
「わかった。ただその前にお前ら、俺を中心に一列に並んでくれ」
「なんで……?」
「いつものカッコつけだよ」
四人は渋々並んだ。
「よし、行くぞ。こうすると映えるんだよ……なっ!」
ランは指をパチンと鳴らした。途端、後ろから凄まじい爆発音が鳴り響き、舞い上がった爆炎が五人に逆光となった。ランの言った通り、その様は派手なヒーローショーの演出のようで、五人から強者感と一体感が漂い出ていた。
「さぁ、始めようか。世界征服を!」
そう。この五人は世界征服をするために集まった最強の五人組である。