懐かしいあなた
第1章
花や紙吹雪が舞い散る騒がしい街道を見つめ、どうして多くの国民はメゾンドオリザボシ王をこんなに歓迎しているのだろうか?
ブルーは「わけがわからい」と頭を振る。
(彼がこの国に何をしてくれたと言うの?あやふやな調印をしに来ただけなのに……)
真冬の青空が広がる暖かい午後、片魂の王は、フラグメール国を初めて訪れ調印式に臨む。それは、離婚の条件だったが、元王妃だったフラグメール国の皇女の存在はない。
それに、この紙吹雪の中を行進する彼らを招いたのは、元王妃の信頼できる部下のカメールだ。私は街の片隅で派手なパレードを見ていることしか出来ない。
2年間、毎晩、妊活に励んだが男が、馬に跨り不機嫌そうにしている姿を…
「すごいイケメンですね!」
少し感傷に浸っていると、人が良さそうな中年男性が近づいて来て話す。
「頭取、興味なさそうでしたのに、やはり、見学にいらしたのですか?」と、我がフルール銀行の相棒のアイイロが群衆の中から私を見つけ出し尋ねる。(ストーカー?)
「ええ、メゾンドオリザボシ国王の姿を拝見したくなりました」
「それにしても、我が国はフラグメール・パール様のおかげで安泰ですね?たとえ短い結婚生活で皇子様をご出産されなくても、メゾンドオリザボシ国王は、この国を残してくださったのですよ。冷徹と言う噂と違い、お優しい方なのですね」
「そして、パール王妃は残念な事にお亡くなりになりましたが、王妃の為、生前のお約束を守るために直々に訪問なさって、魔法調印まで行うと聞いています」
「ええ、流石、メゾンドオリザボシ帝国の国王ですね。亡くなった王妃との約束を守って下さるのですからね……。さぁ、仕事に戻りましょう。ランチタイムは終了ですよ」ブルーは視線を落とし答える。
二人はトボトボ歩き、途中の出店で昼食を選び、アイイロにお金を払ってもらう。
「頭取は、今晩の式典にはご出席なさるのですか?」
「招待状は頂きましたが、王宮では歓迎されませんし、母の具合が優れないので欠席にさせて頂きました。アイイロ支店長は出席なさるのですか?」
「まさか、貴族でもない私なんか出席したら浮きますよ」
「・・、貴族の皆様方は今晩の式典とパーティーの為に随分とお金を使ってますからね?それなりの服装が必要でしょうね。銀行からお金が減るのは困りますが、貴族が使わないと経済が低迷しますから、仕方がない事ですよね……」
(このような国の一大行事の時にも金勘定をするとは、流石、フラグメール家のお嬢様)
「さぁ、戻りましょう。緊急にお金が必要な貴族の方が来店なさるかもしれませんよ」
(今日のこの特別な日にどこの貴族がフラグメール家の銀行にお金を借りにくる?絶対ない!)
「頭取!今日は、3時の定時に銀行を閉めましょう。どこの店も今日明日は店をしめでますよ」
「そうなの?」
「開けているのはフルール銀行だけですよ」
「・・・・・・」
◇◇◇◇◇◇
ちなみに、フラグメール家、この国の名前が付いているので、元皇室だと誰でもわかるが、今のフラグメール家は没落貴族と言っても過言ではない。この国から嫁いだフラグメール・パールがメゾンドオリザボシ国王に嫁ぎながら、嫡男を産む事が出来ずに死去したのが原因だ。
そして、フラグメール・パール亡き後、悲しみに暮れた側妃は、どこからか子供を引き取り養女に迎えたのだ。
国王陛下、側妃、どちらとも似ていない謎の子供の事は、当時の一大トップニュースとなりこの国を賑わせたが、側妃はもともと田舎領土の出身で、側妃の親戚の遺児とわかり、そのニュースは消えた。
現王室に残っている王室関係者は正室の子供ばかりで、国王亡き後、王妃側の名を名乗り、フラグメールの名はメゾンドオリザボシ国王の機嫌を損なう恐れがある為に王室から消し去った。
国民の手前、国名までも変更する事は出来なかったが、王室に君臨する王妃のフラグメール国が、これから出来上がると全国民が思っている。(ちなみに皇子達は王妃の言いなりだ)
◇◇◇◇◇◇
「ただいま、お母様、夕食の時間には会えますか?」ブルーはドアをノックしながら室内の母親に聞く。
「そうね、部屋で頂きたいわ、部屋に運んでもらって!」
母の返事を聞いて、メイド達は急いで食堂に向かった。
「お母様は、昼食を召し上がってないの?」
「はい、今晩の調印が終われば、奥様の使用人たちは故郷に戻ります。その為の準備で奥様もお忙しいのでしょう。しかし、お嬢様お一人で本当に大丈夫ですか?」
「一人ではないわ、モンスールやカメールたちも残ってくれますし、こちらから資金や物資を送る役目も誰かがしなくてはならないでしょ?」
「しかし、また、お嬢様お一人がお辛い目にあうと思うと心が痛みます」
「大丈夫よ。ポータルが開けばすぐにそちらに行けるのだから、たまには里帰りさせてね」
「お嬢様・・・」
話しているのは、長年母に仕えるメイドのフルルーメン、彼女は母が一番で、わたくしの事は二番目に大切にしてくれる。
母は、領民の願いを叶える為に踊り子として前メゾンドオリザボシ国王と寝て魂をとり、その魂を胎内に残したままこのフラグメールの国王の側妃になり私を産んだ。作戦や計算は完璧だったが、予想外だったのは、その後、メゾンドオリザボシの王妃様はメゾンドオリザボシ国王のもう一つの魂を物理的に奪い、自分の息子に与えた事だ。(パールの血縁はフラグメール国の国王と思っている)
この真実が露呈し、利己的な二人の女は話し合うしかなく、そして彼女たちの息子と娘を結婚させた。
ーーー二つの魂を持つ皇子を産む為にーーー
しかし、結婚生活の2年間、どんなに頑張っても子供は授からなかった。
契約は2年、フラグメールは今日の調印でメゾンドオリザボシの属国になるが、母の領土、ブルーアイパールはフラグメールから独立し、建国する予定だ。
メゾンドオリザボシ帝国が不可侵条約を結ぶなんて、そんなに甘い訳がないし、それは彼女らの望みでもない。彼女の望みは建国であり、メゾンドオリザボシ帝国の一部になる事はない。
建国は母の望み・・・わたしの望みは永遠に叶わないのだから・・、だから、私はブルーアイパールには向かわない。
折角、小さく生まれ変わったのだからこれからは自由に生きたい。
まぁ、その事は誰にも言わないけどね。長い廊下を歩きため息を飲み込み母親の部屋の扉をノックする。
「お母様!食事が運ばれてきました。ドアを開けますよ」
マリージョンはパールに上機嫌で抱きつき、メイド達にもワインを開けることを急かす。
「一緒に飲みましょう。堅苦しいこの国での生活も今日で最後です。みんなお疲れ様、パール(ブルー)ありがとう。辛い結婚生活だったでしょ、ごめんなさいね、あなたも、これからはのんびり生きるといいわ・・」
マリージョン側妃は小さいブルーを見ながら話す。
「でも、あなたが子供の姿で戻って来てくれて嬉しかった。本当の意味での一からの人生を楽しんでね。あなたの胎内には、まだ魂が残っているけど、パール王妃はこの世界に存在しないの、だから、あなたは自由に生きていいのよ」
「お母様、ありがとうございます。秘薬を私にくださって、本当に安心して生きて行けます。離婚の慰謝料も銀行の資金にそのまま流用させてもらって助かります」
「当たり前よ、あなたのお金なんだから・・、でも、なぜ?銀行なの?普通、商会を起こして商品を売ったりする方がいいのでは?これからは我が国からも品物を搬入できるのに?」
(明日、新聞発表されれば、誰がフラグメール商会の品物を買うの?)と心の中で思ったが、
「豊富な資金を無駄する事は出来ないし、未経験で商品開発に失敗したら大きな損失でしょ・・」
「そうね、今まで大変な人生だったのだから、楽な金融業の方がいいわね」
(お母様、金融業は楽ではありません。前世の記憶が少しだけ残っているので経営が出来ているだけです)と、心の中で抗議はするが、周りのみんなの笑顔を見るとこれで良かったのではないかと思う。
パール王妃にとって、メゾンドオリザボシ王との結婚生活は辛いものではなく、手放したくないほどいい生活だったのだ。そのことは、彼の母と自分の母にはきっとわからない。
丸いお盆の上に浮かんでる国々をそのお盆の中に戻すには、必ず、ふたつの魂を持つ国王が必要で、その事が、メゾンドオリザボシ帝国の長年の夢でもある。しかし、それを阻止して、フラグメール国から母の故郷のブルーアイパール領の独立を認めさせる事は、母の強い願いで、子供の幸福よりも大切な事だった。
彼女は勝った、故郷を思う踊り子が勝ったのだ。
それはーー尊敬に値する。そして、軽蔑する・・
マリージョンは、現メゾンドオリザボシ国王が、永遠にこの国々を統一する事は出来ないようにしたのだ。
大騒ぎの母親の部屋を後にし、小さい養女の部屋に入り夜空を見上げながら、
「リネガーケント、ありがとう・・」
「おやすみなさい」
ブルーは、王宮で続いている大騒動の夜会を思い涙を流した。
しかし、感傷的になっても、子供の体は8時になると眠くなる。今日はもうギリギリの状態だ!
「モンスール、ベットまで行けそうにないわ!」
「はい、お嬢様!今、行きます」