断罪の場ですが、いつの間にかヒロインと悪役令嬢で王太子の押し付け合いになっています
「スカーレット!元クラスメイトであるアイシャへの数々の暴力や暴言。よって、貴様を国外追放の刑に処す!また、婚約も破棄する!」
よくある構図で放たれる、よくある台詞。
パーティー会場で、私、スカーレットは断罪の真っ最中であった。
もとは卒業記念のパーティーだったそこは、今は険悪な雰囲気が漂っていた。
だが、私は清々しい気持ちでいっぱいだった。人には気づかれぬよう、口の端に小さく笑みをのせる。
「――わかりました」
特に言うこともないので、簡潔にそう答えると、断罪した張本人である、王太子兼婚約者、エドウィンはぽかんと口を開けた。
「…………は?お前、意味がわかっているのか?」
「ええ、わかっておりますとも」
殿下こそ、私の行動の意味がわかっていないのではないだろうか。
私はもともと、王太子との婚約などしたくなかった。何故なら、彼は顔だけ良いのが許せないくらい、馬鹿で偏見ばかりの人間だからだ。口を開けば女なのに、だとか、知らない、どうでもいい、だとかばかり。
皆様も、そんな人間と婚約などしたくないでしょう?
「な、ならば、何故否定もしないのだ?許しを乞わぬのか?」
殿下は私見苦しく否定する姿でも期待していたのかしら。
「否定も何も、事実ですから」
「……ッ!ならば、アイシャに謝れっ。貴様のせいでアイシャが傷ついたのだぞ」
口角泡を飛ばして言うことそんな甘ったれたことだとは、笑わせてくれる。見苦しいのはどちらなのか、一目瞭然だ。
「それで、どうしてこの私が小娘に謝らなければいけないのですか??」
「アイシャが傷ついたからだ!」
「そんなこと知りませんわ。それに、私もうこの国を去るのですよ?それなのに謝罪を乞うとは随分お暇なようで」
わかりやすい挑発に、馬鹿な殿下は顔を赤くする。すると、殿下の怒りを察したのか、小娘もといアイシャが一歩前に立つ。
「スカーレット様!わたしはただ、謝ってほしいのです!そうしていただければ、わたしはあなたのことを許します!」
「……別に、あなたからの許しなんて求めないわ」
冷たく言い捨てると、アイシャは声を張り上げる。そんなことをしなくとも、声は聞こえているというのに。彼女の高く細い声は耳に痛い。
「スカーレット様っ!どうされたのですかっ……エドウィン様をあれほどまで愛していたのにっ……」
何故か泣きそうになっているアイシャの言葉に、思わず腹が立ち、鼻で笑う。
「はあ?愛していた?笑わせないで」
「それは失礼ですわっ!エドウィン様に謝ってください!」
「あなた、本気で言ってるの?」
アイシャの必死な様子に何だかイライラする。
……不思議で仕方がない。エドウィンがアイシャを気にかけてるのは、どうせ女らしいとか、愛らしいからとかいう歪んだ愛情だというのに。この女は本気だというのか。どうにも信用ならない。
「――もう良い、アイシャ。スカーレットは何を言っても聞かぬようだからな」
「ですが……」
アイシャの華奢な肩を抱き寄せ、2人だけの世界を作り出すエドウィンに、頬がピクリと痙攣する。
――だが、一瞬見せたアイシャの表情に私は疑念を隠せない。
先ほどエドウィンのために怒っていた彼女が、肩に手を置かれた瞬間、他ならぬエドウィンに対して本気で嫌悪感を感じているように顔を歪めたから。
「――よく聞け。スカーレット!国外追放は取りやめて、お前を死刑に処する!」
エドウィンが声高らかにそう告げると、こちらのやり取りを聞いていたパーティーの参加者たちはどよめく。
「……王太子の一存で、私を死刑に出来るとでも?」
「ハッ。お前をこの国で放っておけるはずがない。父上も母上も反対するわけがないだろう」
彼の馬鹿さは重々承知していたはずだが、まさかここまでだったとは。やはり、私こんな男は不要だ。アイシャと是非とも仲良くしていただきたい。
「たかが弱小貴族の娘を貶めたくらいで放っておけないと?」
「たかが弱小貴族だと!?それはアイシャに無礼だぞ!」
無礼なのはあんたよ、と言ってやりたいところだが、ここはグッと我慢する。
だが、アイシャにエドウィンを押し付けたところで、自分自身が処刑されては元も子もない。
でも、どうすれば……
「……――アイシャ?」
そこで、エドウィンはアイシャの異変に気づいたのか、声を掛ける。
「アイシャ?どうしたんだ?スカーレットのせいで泣いてるのか!?」
勝手に〝せい〟だとか言われる筋合いはないのだが、とは思うがここは見逃すことにする。
何故か俯き、一言も話さなくなってしまったアイシャの顔を、エドウィンは覗き込む。
「アイシャ、どうし、た……」
「……ごめんなさい!ごめんなさいっ!ひぐっ……ごめんなさいっ……」
突然、何かに取り憑かれたように謝罪の言葉を繰り返すアイシャにエドウィンは目を見開く。
「アイシャが謝る必要はない!全部あの女が悪いんだ!」
本人がいる前であの女呼ばわりとは。抑えきれず、額に青筋が浮かぶ。
「ち、がうんですっ……スカーレット様はっ……ひぐっ……なにも、わるく、ないんですっ……」
嗚咽混じりに話す彼女はどうやら、本気で泣いているらしい。大粒の涙が桃色の瞳から溢れだし、ドレスに染みをつくる。
「……ぜんぶ……全部……わたしが、やったことなんです……」
「ど、どういうことだ?アイシャ?」
馬鹿で愚直な殿下はやっぱり女の涙に弱いらしい。今まで見たこともないほど動揺している。
…………いや、アイシャだからなのか。
「わたしがっ……ひぐっ……スカーレット様を妬んで……っ自作自演したんです。なのに……わたしのせいで……スカーレット様が責められてるのをもう、見て居られなくてっ……」
「アイシャ……!?」
「ですのでっ……本当に断罪されるべきなのはっ……わたし、なんです……」
「なっ……」
信じられない。そんなことを言えば、あと一歩だったエドウィンとの婚約が立ち消えになってしまうではないか。
「アイシャ!もう、嘘はやめろ!」
これ以上は聞きたくない、と言うようにエドウィンは悲痛な叫び声で制止する。だが、そのエドウィンの声をも掻き消すような高く大きな声でアイシャは言葉を紡いだ。
「わたしはっ!大貴族である、スカーレット様の才能を勝手に妬んで、事実を捏造したうえ、名誉を毀損しましたっ……!本当に許されざることをしたのはっ…………わたし、なんですっ……ひぐっ……もう、スカーレット様を責めないでっ……くださいっ」
アイシャの告白に、パーティーの参加者たちに衝撃が走る。なんてひどい、アイシャさんがそんなことを、という囁き声が聞こえる一方、やっぱり、怪しいと思っていた、スカーレット様が可哀想、と囁くものも居た。
そして、スカーレットもまた、信じ難いアイシャの行動に、驚いていた。
どういうこと?そんなことをして、彼女にメリットがあるはずがない。何を思って……
――いや、まさか。
「スカーレット様は!……っ何も、悪くありません!エドウィン様……!最後のお願いです!スカーレット様との婚約破棄を、破棄してください!わたしなんかと、エドウィン様が婚約してはっ……いけないのですっ……」
「…………」
信じられない、信じたくないといった心の声が聞こえそうなエドウィンの悲痛な表情に、アイシャは顔をくしゃくしゃにしながらも、頼んだ。
「エドウィン様!お願いです!」
私は、想像だにしなかった展開に、言葉を失っていた。
「本当、なのか……?」
「……はい」
エドウィンの問いかけに、アイシャは躊躇いを見せたものの、しっかりと頷いた。アイシャの性格を誰よりも知っているのであろう、エドウィンは衝撃を受けつつも、正当な判断を下した。単純な性格ゆえ、騙されていたことが許されなかったのもあるのだろうが。
「王族を騙した罪として、アイシャ、お前を国外追放の刑に処する」
「はい……」
アイシャは、深々と頭を下げると、衛兵によって連れられていった。彼女は数日牢に留め置かれた後、国外へと追放されるのだろう。
しかし、涙を隠すように俯いた彼女の瞳が、計算高く光るのを、私は見逃さなかった。
何が目的で、無実であるのに自ら罪を被ったのかわからなかった。アレは本当に婚約破棄するために私がしたことだったのに。
考えられるとすれば、最初から読み違えていたんだ。
――彼女の気持ちを。
だから、まだ、断罪は終わらせない。
「まったく、よくも婚約破棄を取り消させてくれたわね。あの小娘が。最後の最後で私に押し付けやがって」
怒りに任せてブツブツと呟く私に、エドウィンは不可解そうな視線を向ける。
「スカーレット?何か言ったか」
「……ええ」
そう、終わらせない。
――エドウィンとの婚約を確実に破棄するまでは。
「殿下。最後に私の話を聞いていただけませんか?」
「あ、ああ。何だ?」
私は最上級の笑みを浮かべ、エドウィンに向かって口を開いた。
◇
パーティー会場から衛兵によって連れ去られたわたしは、牢に閉じ込められていた。
国外追放という結果ではあるが、わたしは全く気にしていない。むしろ、他人事のように楽しんでいる気がする。
「ふふっ、まさか、あんなに上手くいくとは。案外上手くいくものね。…………?」
思わず独り言を呟き、唇は弧を描く。
しかし、わたしはあることに気がつき、表情を消す。
目の前に、美しい女性が立っていた。それも、衛兵に両脇を固められた姿で。それは、つい数分前のわたしを見ているようだった。
「――何が上手くいったのかしら?」
「!?」
何で?彼女がここに来るはずがない。だって、彼女……スカーレットは今頃エドウィンと……
わたしの混乱をよそに、スカーレットはわたしと同じく牢に入れられる。
「うふふ、驚いているみたいね」
「……どうして、あなたがここに」
目を見張るわたしに、スカーレットは得意げに笑う。
「簡単よ。――あなたと同じで国外追放にされたの」
「国外追放って……………は?」
当たり前のように告げられる、ことの重大さにわたしは思わずコイツ何言ってんだ、という表情になる。いや、わたしが言えたことではないけれども。
「思わず殿下への悪口を口滑ったら、不敬罪で国外追放!即、婚約破棄の破棄を破棄したわ♪」
スカーレットは満面の笑顔でよくわからないことを言う。
……いや、……そう言えば婚約破棄を破棄しろってわたしが言ったんだっけ。
「で、でもどうして……」
完全にスカーレットのペースに呑まれているなと感じつつも、やっぱり気になる。
すると、スカーレットは人を殺しそうな目つきになる。興味本位で聞いてはいけなかったかもしれない。
「エドウィンと折角婚約を破棄できると思っていたのに、小娘に邪魔されたんだもの。当然でしょう」
……怖い。そして言葉に棘がありすぎる。流石にやり過ぎたか。
密かに反省していると、スカーレットは目つきを和らげて、質問を返す。
「で?あなたはどうして自ら罪を被ったの?」
「それは……」
少し躊躇ったけれど、スカーレットだって言ったのだ。わたしも言わないとフェアじゃない。
「……わたしだって、あんな人と結婚したくなかっただけよ」
遠い目をしながら、過去を振り返る。
自分にもよくわからないが、不思議なくらいトントン拍子に、殿下との仲が深まっていったのだ。まるで、決められたレールの上を走らされているかのように。逃げたかったけれど、そんなことは無理だった。
――そんな時だった。
スカーレットは、タイミング良くわたしに対する虐めをはじめた。あとはお察しの通り。わたしは彼女の虐めを利用することにしたのだ。
「……言葉遣いも、格好も、趣味だって、勝手にアイシャはこんなことは言わないだろう、だとか、アイシャには合わない、らしくないだとかばっかり。あの人と居たら、自分が自分でいられなくなってしまうと思ったの」
同じような感情を抱いている者の前だからか、思いの外すらすらと言葉があふれた。
「ふーん、なるほど。変なところで、気が合うみたいね、私たち」
スカーレットの言葉が意外で、思わず目を瞬かせる。でも、彼女の得意げな表情が面白くて、わたしも笑ってしまった。
「ふふっ。そうみたいね」
そうして、何もかも正反対で、しかしどこか似た2人はニヤリと笑みを浮かべるのだった。
――2人が追放先の国で自由を掴むのは、もう少し先のお話。
End
執筆活動1周年です!
今後も皆様に楽しんでいただける作品を書いていきたいです!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!