第8話︰それはきっと気のせいだよ(迫真)
なぜ俺は幼馴染のお見合いの席に親族として参加せねばならないのか?
当然そんな事態になるとは思いもしなかった為、正装なんて持ってきていない。それを言い訳に不参加宣言をしようとしたのだが、そんな儚い希望は木っ端微塵に砕け散った。
どうしてかサイズピッタリの和服が準備されていたのである。なぜ和服なのかは判りかねるが、正式の場で恥ずかしくない装いにはなった。
斯くして、大和撫子な透、和服姿で上品さ漂う澄香さん、高そうなスーツを身に纏う玄哉さん――鷹司一家に混じって、俺はお見合いの席へ足を踏み入れる事に相成った。
さて、起こった事は仕方がない。甘んじて受け入れようじゃないか。
まあ、お見合い中に話をするのは当事者同士でもある。俺は黙って時が過ぎるのを待ちつつ、頃合いを見て「あとはお若い2人でごゆっくり」とフェードアウトすれば良いだろう……と、思っていた。
「え、雨宮君?」
透のお見合い相手とその家族が待つ客間へ入室するや否や、そんな驚きの声が俺の耳に届いた。
あまりにも聞き覚えのある声にギョッとして顔を向けると、其処には白鷺詩音が和服を纏って腰を下ろしている。
「……白鷺」
「ど、どうしてあなたが此処に!?」
……それは俺が一番知りたいね。
「おや、詩音は彼と知り合いなのかい?」
「はい、お父様。彼は雨宮海音君。私の同級生です」
「なるほど。雨宮君、いつも娘がお世話になっております」
白鷺の話を聞いた男性――白鷺父はそう言って俺へ向かって頭を下げる。
「いえ、俺の方こそお世話になっています」
無難な挨拶を返しつつ、俺はふと白鷺父の隣に座る男へと視線を向ける。
小太り気味ではあるが、正装という事もあり清潔感はある。初対面でも決して悪い印象は与えないだろう。しかし、どうも嫌な予感がする。
兎にも角にも、彼が透のお見合い相手なのだろう。
「……親父、このブサ男は彼女のなんなんだよ!」
突如として、お見合い相手の男が怒鳴る。
まあ、確かに俺はイケメンではないが、ブサ男と呼ばれるのは心外だ。コレでも女子評価的に平均点くらいの自信はある。
「お兄様、それは流石に失礼です」
「あ? 黙ってろよ、お前には関係ないだろ!」
……これは酷い。
澄香さんと玄哉さんの表情が引き攣っている。透も真顔になっているし、罵声を浴びせられた白鷺も目が据わっている。そして、白鷺父の目は――死んでいる!?
「親父がどうしてもって言うからわざわざ時間作ったんだぜ? 何で関係ないブサ男と同伴なんだよ? この女はビッチか?」
瞬間、全身をゾワッとした悪寒が奔る。
ハッとして隣を見れば澄香さんの目が血走っている。玄哉さんも顔は笑っているが目にハイライトがない。
「まあ、顔は良いから結婚してやるよ」
……なぜ此奴は上から目線なのだろうか?
とりあえず大爆発しそうな透の両親を宥めつつ、最高に居心地の悪い空気の中でお見合いはスタートする。
が、この白鷺兄は天上天下唯我独尊を地で行く放蕩野郎であった。
おい、これはこれでなんなんだよ、白鷺!?
非難の視線を白鷺へ向けると、彼女は「ごめんなさい」と両手を合わせてジェスチャーしている。
と、まあ空気は一切和まずに一時休憩。
透は澄香さんと玄哉さんの2人と話し合い中。
白鷺父も白鷺兄へ何かを言っている。
手持ち無沙汰になっている俺の下へ、白鷺が歩み寄って来た。
「それにしてもどうして雨宮君がいるのですか?」
「あー、一応幼馴染ではあるんだよ。ただ、知らない間に俺も参加になってたんだよ。ホント、俺も知りたいね」
「そうですか。そう言えば、彼女の名前って鷹司君と一緒ですね」
おっと、白鷺さんやそこ突っ込んで来ますか。
「あー、俺の幼馴染に鷹司透って性別だけ異なる同名の幼馴染がいるんだよ……ハッハハ!」
とりあえず準備していたしょうもない嘘で濁す。
「へえ、珍しい事もあるんですね。でも、よくよく見ると彼女……何処か鷹司君に似ているような……」
「気のせいだな。うん、それはきっと気のせいだよ!」
俺は迫真の演技で言い放つ。
そんな俺の姿に若干引きつつ、白崎は「そ、そうですか」と言う。
「それよりも今回のお見合いって――」
「どうもお兄様を相手に指定して、鷹司貞孝様がお母様と結託して段取りを組んだみたいなんです」
鷹司貞孝。現当主である透の祖父の息子であり、玄哉さんの兄に当たる人物。そして、長男が故に次期当主。
俺も面識はあるのだが、どうしてか好きになれないそんな人物。
「親父さんはあまり乗り気じゃなさそうだよな?」
「ええ、あんな兄ですので親父様は断ろうとしたのですが、その時にはお母様が――」
差し詰め、「愛する我が息子に良い家の嫁を与えたい」という考えだろう。
まあ、何らかの思惑はあるのだろうが、あの白鷺兄の感じではご破綻だろう。
俺は「面倒な」とボソッと呟いた。
それを聞いていた白鷺も頷いていた。
そのあと少しの会話を挟み、休憩が終わる。
さあ、後半戦の開幕だ。
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