第7話︰大和撫子は俺の好みである。
「透様はこちらへ」
門を潜り、立派な日本庭園の先にある大きな昔ながらの豪邸へ足を踏み入れるやいなや、透は使用人の女性数人に連れて行かれてしまった。
澄香さんは透の後を追い、玄哉さんも誰かに呼び出しを受けた為いなくなった。
結果として俺は客間に通され1人となっている。
俺だけが完全に部外者である状況下でコレは非常にキツい。
とは言え、何もできないので座して時を待つしかない。
テーブルの上に出された緑茶に口を付けつつ、お伴の和菓子を口へ放り込む。
うむ、美味い。あっさりとした上品な甘さのある味わい。口に入れた途端にほろりと崩れるこの感覚――良い一品だ。
まあ、流石は名家。出されるものも美味い。
ズズズ――と緑茶を啜りつつ、一息吐いて天井を見上げる。
そして、ぼやーっと過ごしていると襖が開いた。
「待たせたわね、海音君」
何やら意気揚々と声を上ずらせながら澄香さんがやって来る。
「ちょーっと、着付けに時間が掛かったのよ。ふざけたお見合い相手に見せるより先に、海音君に見せて上げたい親心に我ながら感服だわ」
「……何を言ってるんです?」
「もー、察しが悪いわよ。ほら、透? 入ってきなさい」
澄香さんの言葉の後に、襖の影から透が入って来る。
「あ、あの……どう、かな?」
短髪の髪の毛はウィッグで腰まで伸ばし、濃紺を基調とした気品のある着物を身に纏う大和撫子な透が其処にいた。
普段からは想像できないような雰囲気に、俺は思わず見惚れてしまう。
そんな俺の様子を見て、何やらニヤニヤする澄香さん。
「ほれほれ、我が娘ながら可愛いだろう? 今なら嫁としてプレゼントじゃぞ!」
「お、お母さん!?」
母娘のそんなじゃれ合いを眺めながら、俺は「ふぅ……」と息を吐く。高鳴る鼓動を落ち着かせる意味と澄香さんの「嫁」という発言に生じた少しばかりの動揺を抑え込む為だ。
正直、正直な話――結構トキメイた。それはもう俺脳内の悪魔と天使が満場一致で「美人ばい!」と断言するくらいには胸に響いた。
それよりも今の透の姿はハッキリ言って好みだ。ドストライクである。
しかし、しかしだ。
透は幼馴染。俺との間に友情はあっても、恋情はない。そう思えば幾分か心が穏やかになる。
目の前の大和撫子美人は透だ――よし、落ち着いた!
「澄香さんの言った嫁のプレゼントはともかく、よく似合ってると思うぞ」
「そ、そうかな。あ、ありがとう……」
俺の言葉に頬を赤らめる透。ふむ、やはり恥ずかしかったのだろうか?
「どうだい? 他の男に取られるのは勿体ないわよ〜」
「まあ、そうですね。これならお見合い相手にも気に入られるんじゃないですか?」
俺のそんな発言に、澄香さんは絶対零度の如き冷たい視線を突き刺す。
なお、透は「やっぱりか」みたいな表情を浮かべながら溜め息を吐いていた。
……え、俺変な事言った?
「お母さん、海音はそういう人だから仕方ないよ」
「かぁ〜、この唐変木は……はぁ……」
「えぇ……」
2人からジト目で見られながら、俺は首を傾げる。
と、俺たちのいる客間へ使用人の女性がやって来て言った。
「透様、白鷺様がお見えになられました」
瞬間、俺と透が「ん?」と頭にハテナマークを浮かべたような表情をした。
白鷺……白鷺――聞き覚えはあるが……そんな事はないか。
俺と同じ考えに至ったのか、透も「名字が同じだけだよね」と自身に言い聞かせている。
さて、あとは透の役目だから俺はこの客間でゆっくり――――、
「あ、海音君も同席よ」
澄香さんがそんな事を言い放った。
「「え?」」
そんな呆けた俺と透の声が重なった。