第6話︰厄介事はやって来る。
長距離運転をしていた玄哉さんに感謝の言葉を贈りつつ、俺は車のドアを開けて地を踏みしめた。
目の前には荘厳な雰囲気を漂わせる門があり、明らかに『古くからの名家です感』が醸し出されている。
俺の後に続いて透も車内から出て来る。
「うーん、身体がバキバキだよ」
手を組んで大きく背伸びしながら透は言う。
道中パーキングエリアでの休憩を挟みながらとは言え、長時間車の中に入れば身体も強張るものだ。
俺も透に倣って背伸びをする。
そう言えば、今回はどうして俺まで鷹司本家に駆り出されたのだろうか?
更に言えば、いつも透たちが本家へ向かうのはお盆期間中だった筈だ。
しかし、今回は夏休みに入って直ぐであり、澄香さんと玄哉さんも溜まりに溜まった有給を使ってまで時間を作っている。
……これは厄介事の匂いがする。
鷹司の一族に関する問題であれば、態々俺が駆り出される必要はない。そもそも、そんな問題であれば部外者である俺が参加するのも変な話である。
「なあ、俺は何で此処に連れて来られたんだ?」
「え? それは海音が僕の婚約者だからだよ」
「へぇ……ヘァッ!?」
某ポケットなモンスターのアニメに登場する星型モンスターの鳴き声ばりに声を上げ、俺は透の顔を見る。
「まあ、正確に言うと、僕とお見合いを希望する人たちが多くて面倒だから、お父さんとお母さんが『透には婚約者がいるから今度連れて行く!』みたいな話になっているみたいだね。まぁ、いずれは本当に婚約者になってもらうけど……」
最後の『まぁ――』からが小声で聞こえなかったが、どうやら俺は透にアプローチを仕掛けてくる野郎どもの防波堤となるべく駆り出されたようだ。
「でも、お見合いって事は相手も有数の名家じゃないのか? それこそ受けて良さそうな人がいたら将来安泰じゃないか?」
「……海音には心底ガッカリだよ」
溜め息混じりに透から言われ、俺は首を傾げる。
そんな会話を側で聞いていた澄香さんと玄哉さんも「ガッカリだね」と口を揃えて言う。
そんな解せない思いを引っ提げつつ、歩き出す3人の後を追って俺も一歩を踏み出す。
「透、とりあえず中に入ったら着替えなさいよ」
「ええ、嫌だよ」
「何処ぞの馬鹿が先走って段取り組まれちゃってるのよ。一先ず顔を合わせてから流しちゃいなさい」
何やらお見合いの予定が組まされている様子。
「そんなワケで海音君、頼んだよ」
玄哉さんが振り返り、俺へ向かって言う。
いや、頼まれても困るのだが?
「透を薄汚い男たちの手から守れるのはアナタだけよ!」
澄香さんが期待を込めた眼差しで俺を見る。
「そう言えば、透が女子とバレてはいけない話はどうなっているんです?」
「鷹司家内で透は女の子で通っているわ。勿論、鷹司に重要な関わりがある一部の外部にもね。もしも男の透を知る者がいたら、意地でも女の透は男の透の親戚で通しなさい」
先ほどの眼差しとは打って変わり、殺意の波動を放つ目で澄香さんは俺を見る。
要は男の透と女の透は別人であり、一部を除いた者たちから同一人物とみなされないようにしろという事らしい。
「あとお見合いの件もあるから鷹司本家内では透は女の子として生活をしてもらう予定よ。その為にきゃわいい服を持ってきたんだもの!」
澄香さんは言いながら身体をくねらせる。
「お、お母さん……」
「いつも男ものばかりだと気が滅入るでしょ? ここに学校の人はいないんだから思い切り羽を伸ばしなさい。ま、最低限の注意は必要だけどね」
最後にしっかりと釘を刺すあたり流石だ。まあ、確かにこのあたりに学校の奴らがいるとは思えない。
「おーい、早く中に入ろうか」
待ちぼうけを受けていた玄哉さんに急かされ、俺たちは門の先へと足を踏み入れる。
俺の波乱に満ちた夏休みが始まる。