第5話:いざ鷹司本家へ
玄関の扉を閉めても聞こえる我が家の争乱に頭を痛めつつ、キャリーケースを引っ張りながら家の門を出る。
鷹司本家へ旅行とは言っても、あそこは田舎の大豪邸だった筈。更に言うなら当主である透の祖父は中々に豪快の人物だ。
透と仲が良かった事もあり、透の両親の好意(当時の透が大泣きする為)で同行した事が多々ある。
しかし、中学3年生になってからは受験などで忙しくなり丸2年は足を運んでいなかった。
透の祖父も高齢だとは思うが、最後の記憶を思い返してもまだまだ長生きしそうではある。
「さて、行くにしたってどうやって行けと?」
家の門の前で俺はボヤく。と、右の方から「やっほー」という声が聞こえた。
顔を向けるとそこにはいつものイケメンスマイルを浮かべた透が手を振りながら立っていた。その後ろには透の両親の姿もある。
「……お迎え付きっすか」
「そりゃそうだよ。僕の本家は電車などで行くと高いよ?」
あー、確かに。俺のお財布事情では片道は何とかなるにしても帰りがどうにもならない。
「おはよう、海音君。今日からよろしくね。お金はお父様からいただいているから気にしなくても良いよ」
透の母がにこやかな笑みを浮かべながら言った。
考えてみれば親父がお金を持たせずに鷹司本家へ行かせるワケがなかった。そこを抜かりなくしっかりやっているあたり流石だとは思う。だが何の話もなく予定を組むのは罪ありき――まあ、予定なかったけどさ……。
「小母――」
小母さん――と、透の母を呼ぼうとした時だった。
「海音君? お姉さん、或いは澄香さんよ?」
顔は笑っているのに目は笑っていない。絶対零度の視線に背筋に冷たいものを感じ身震いしながら、俺はわざとらしく咳払いをする。
「コホンコホン……何を言ってるんですか、澄香さん。俺が貴女の事を小母さんなんて呼ぶワケないじゃないですか!」
「そうよねぇ? あの気の利く海音君が小母さんなんて呼ばないわよねぇ!」
「…………」
「…………」
「以後、気をつけます」
「よろしい。次はないわよ?」
「はい……」
透の母――澄香さんのありがたい折檻を済ませ、俺は透の父である玄哉さんが運転する車の後部座席へ乗り込む。
助手席は澄香さん、俺の隣は透だ。
さて、鷹司本家までの道のりは高速道路を用いて車でざっくり6時間ほど。途中の休憩などを挟むと多少の時間はプラスになるだろう。そうなると、到着は夜になるか。
走り始めた車の中で、俺はスマホの地図アプリで鷹司本家までのおおよその時間を確認してから、大きな欠伸をする。
「あれ、昨日は夜更かし?」
俺の様子を見た透が問う。
「いや、いつも通りだけど? まあ、朝から我が家が喧しくて疲れただけだよ」
「あー、美琴さんは今日も元気だったね」
やはり朝のアレの一部始終が聞こえていたようで、透は苦笑いを浮かべている。
「うーん、やっぱり美琴さんが最大の障害かー」
「そこは頑張りなさい、透」
「そうだね」
どうして美琴が最大の障害になるのだろうか? まあ、確かにいろんな面で厄介ではあるが……。
そんな俺の表情を見て、透が何やらジト目で視線を向けてくる。
助手席の澄香さんも振り返って冷たい視線を俺へ突き刺しており、ルームミラー越しに見える玄哉さんの顔には苦笑が浮かんでいた。
……んん? 俺、何かしましたかね?
「まあ、海音だからねぇ」
「そうね。海音君だから仕方ないわね」
「はあ、海音君……俺からは何も言えない」
透と澄香さんは呆れた声で、玄哉さんは困ったような声でそれぞれ言う。
俺はそんな3人の表情と声に困惑してしまうが、車順調に進んで行く。
この後も何故か俺への視線が憐れみだったり、呆れだったり、怒りだったり、と俺が散々ではあったが3人は楽しそうだったので良しとしよう。