Interlude:僕の願いはちっぽけなものである。
僕――鷹司透と雨宮海音は幼馴染だ。
自慢ではないが僕は鷹司家という由緒正しい歴史を有する名家に生まれた。それも本家筋の血を継ぐお嬢様だ。
とは言え、両親からは一般家庭の生まれと変わらない愛情を注がれたと思う。だから、決して不幸だったとは思わない。
ただ小学校入学前、鷹司本家の当主である祖父から告げられた事だけは受け入れられなかった。
きっと人生最大のわがままだっただろう。それはもうごねにごねた。
両親は困り果て、祖父は「そこまで嫌がるのか……」と頭を悩ませていたと思う。
「わたしはかいくんとけっこんするの!」
生まれた時から家が隣同士だった事もあり、家族ぐるみの付き合いをしていた雨宮家。その家の子どもである海音とは同い年という事あって常に一緒だった。
生意気ながらませた子どもだった僕は鼻高々に恋愛を語っていた。そして、海音が好き過ぎた。それはもう目に入れても痛くないくらいにはラブであった。ライクではない。なお、それは現在進行形で今も変わっていない。
と、いうワケで祖父の告げた許嫁の存在を全力で拒否し、顔合わせにやって来た2歳年上の男の子へは精一杯の威嚇をお見舞いした。
あまりにも頑な様子を見た祖父は「仕方ない」と半ば諦め気味に、しかし何処か嬉しそうに1つの提案をしたのだ。
「透がそこまであの坊主と結婚したいのならば、儂の出す条件を乗り越えてみよ」
「じょーけん?」
「そうとも透の想いが本物であるなら、簡単だろうさ」
今思えば随分とふざけた条件である。そして、祖父の提案もただの悪ふざけだったのかも知れない。孫が心底嫌がるのでお見合いを断る体の良い理由が欲しかったのだろう。でも、これは無いと思う。
「18になるまで透は男として生きよ。その間、鷹司、そして坊主――雨宮の者以外に透が女であることを知られてはならん。もしも、この条件を乗り換えた暁には透の願いを聞き入れよう」
斯くして、僕は男として生きることになった。
一人称を『わたし』から『僕』に変え、海音には「叶えたい願いがある」と伝えて2人だけの秘密とした。
ちなみに海音の両親は僕の願いを知っている。そして、完全にこちら側だ。
鷹司と雨宮の両家(主に両親)は持ち得る全てを総動員して、小中高と根回しを行っていた。今更が僕たちの両親の行動力には恐れ入る。
そんなこともあり、現在に至るまで僕の性別が女であることはバレていない。
体育はどうしたか? 小学生までは体操服を事前に着込むだけで事なきを得ていた。しかし、中学にもなれば胸が出てくるのでサラシを巻いてから事前に着込むことで対処していた。最近はサラシを巻くと胸が圧迫されて苦しいことが悩みではある。ただ、それも願いの為なら耐えられる。
ちなみに海音は僕の願いを知らないし、小さい頃に約束した「わたしとけっこんする」なんて様子を見る限り覚えてもいないだろう。
まあ、今はそれで良い。
海音には悪く思うが、彼はモテない。たぶん生まれつきの仏頂面が原因だ。初対面の女子からは思い切り敬遠される程度には仏頂面だ。そこが推しポイントなのだが、素人にはその良さをわかっていない。
僕は今日も海音の隣を歩く。
外堀(海音の両親)は埋めている。あとは条件を達成してしまえば僕の勝ちだ。
「――海音」
「ん? 何だよ、透」
「うーん、何でもないよ」
「……ええ?」
僕は願いはちっぽけなもの。でも、必ず叶えて見せる。
だから『僕』が『わたし』に戻るまで待っててね。