第1話:俺の幼馴染には重大な秘密がある。
恋愛に陥ると理性や常識を失い、冷静な判断ができなくなる――そのようなことを『恋は盲目』なんて言葉で例えられる。類似の言葉を他に上げるなら『惚れた欲目』や『痘痕も靨』、『面々の楊貴妃』だろうか。
それこそノリと勢いだけで成立する高校生の恋愛を揶揄する言葉として、これほど適切なものはないと断言できる。
清く正しい真面目な恋愛をしている方々には悪いとは思うが、所詮高校生の真剣交際なんぞお遊びである。高校生の恋愛が結婚にまで至る確率はすこぶる低い統計もある。仮に運良く交際が続いたとしても社会人になれば『価値会の違い』や『経済的な理由』などの嫌でも見えてくる現実的な問題に直面し、破局してしまうのがオチだろう。
まあ、現実の恋愛は小説や漫画などの創作物のように都合よくできていない。それこそラブコメ作品のような誰もが笑い合うハッピーエンドなんてありえないのだ。笑うヒロインがいれば、泣くヒロインもいる。勿論、その逆も然りだ。
さて、結局なにが言いたいかなのだが――恋愛は総じてクソであるッ!
◆
学期末試験も無事に終わり、これから次第に夏休みムードへとシフトしていくであろう7月中旬。
3年生たちは大学受験へ向けたセミファイナルを迎えようとしている中、俺たち2年生は中弛み真っ只中の日常を送っていた。
昼休み。少しばかり頭の螺子が緩み過ぎている男子が「俺は夏休みまでに彼女を作るんだ! ハーレム王に俺はなるッ!」と教室で高らかに宣言したのだが、クラスの全女子による冷ややかな視線が無慈悲に突き刺さっている。まあ、こんな事故現場も今では見慣れた日常風景の1つだ。毎度めげずに大事故を起こしている田中君には強く生きてもらいたい。
見慣れた日常風景といえばもう1つある。
「鷹司君、今度の週末は何処に行きましょうか?」
「ちょっとしっちゃん⁉ 抜け駆けは許さないよ!」
「そーだそーだ! そうやってうちたちの目を掻い潜ろうとしても無駄だからね、詩音ちゃん!」
我が2年C組で最も校内中の女子にモテてしまっているクラスメイトの鷹司透。コイツの精神性はとにかく善人であり、誰にでも優しく接し、困っている人を見捨てる事ができない超が付くほどの御人好し。
そして、そんな御人好しを取り合う3人の女子。
腰まで伸びた艶の黒髪にグラマーな体系を有するお淑やか系美少女の白鷺詩音。
少しばかり赤みのある短髪でスレンダーなボーイッシュ系美少女の高天原芽衣。
片側メカクレのこじんまりとした小動物系うちっ子美少女の南野璃子。
今日も今日とて1人を取り合って仁義なき戦いを繰り広げている。
「酷いですよ2人とも、私は抜け駆けなんて少しも考えていませんよ」
「うわーうっそだー。そう言って去年の文化祭ではたっくんと2人きりの時間作ってたじゃん」
「ホントだよ。あのことをうちは許してないからね」
3つ巴のキャットファイトを眺めながら登校途中にコンビニで買ったチョコチップスティック(5本入)の封を開け、1本口に咥える。最初は7本入だったコイツも気付けば5本入にまで数を減らし、世の中の不条理さをひしひしと感じざるを得ない。この不条理さは俺と透の対局性に通ずるものがある思う。俺はぼっちでアイツはモテる――ハッ、背中を刺されてしまえッ!
「か、海音! 助けて!」
3人の猛攻に耐え切れなくなった賢哉が俺に助けを求めてやって来る。
おい、コッチに来るな。たとえお前と幼馴染だったとしても出来る事と出来ない事は存在するぞ。
「雨宮君はいつもいつも私たちの邪魔をしますね」
「ホントだよね、あっくんは女の敵だよ」
「さあ、潔く鷹司君をうちたちに差し出すんだ」
……どうしてコイツらは俺を目の敵にしているのだろうか?
そして俺の背後に震えながら隠れるなよ、透。
「はあ、勘弁してやってくれ。そんなにも肉食獣染みた詰め寄り方だと、流石の透も困るだろ」
溜め息交じりに俺は言う。その後ろでブンブンと凄まじい音を鳴らしながら首を縦に振っている透。
「……今回は此処までにします。ですが恋愛の形は数あれど、私たちは絶対に負けません!」
なんで俺が勝負相手に組み込まれてんだ、白鷺。
「うーん、たっくん×あっくん……これはコレでありなんじゃ……」
俺の考えている通りならソイツはありじゃないからな、高天原。
「こんなところで本性出さないでよ、芽衣ちゃん。あと雨宮君×鷹司君の方がうちは良いと思うよ」
お前も本性を隠せてないぞ、南野。
「はいはい、とりあえず解散解散。これ以上俺のランチタイムを邪魔しないでくれ」
しっしと右手で「どっか行け」とジェスチャーすると3人は口を揃えて、
「「「絶対に負けないからッ!」」」
と、宣言して教室から出て行った。あと俺はお前たちと勝負する気はない。
3人の姿が無くなったのを見届けると、背中に隠れていた透が俺の背中に抱き着いてくる。
「ありがと~海音ぉ~」
「抱き着くな暑苦しい」
顔を顰めて抱き着いている透を引き剝がし、俺は深い溜め息を吐く。
教室内の何処かでリンゴンリンゴーンという鐘の音の幻聴と共に「キマシタワー!」なんて声が聞こえと思うが、きっと気のせいだろう。仮に気のせいじゃなければクラス内に腐っている奴が多過ぎる。
「いつも僕の為にありがとう、海音」
「……気にすんな、幼馴染だろ」
俺はそっぽを向きながら言う。
「うんうん、海音は最高の幼馴染だね」
笑顔でさらっとそんなことを言ってしまう透に、俺は恥ずかしさ半分呆れ半分の表情を浮かべてしまう。
あと顔を赤らめている一部の女子ども、俺はちゃんと見ているからな?
「ようやく落ち着いたからご飯食べよう。僕、弁当持ってくるよ」
足早に自身の席へ弁当を取りに行く透の背中を見送りながら、俺は目頭を押さえながら天井を見上げる。
鷹司透にはとある秘密がある。それは他人にバレてはならない絶対の秘密。
曰く、それは願いを聞き入れる為に鷹司家の当主である透の祖父が提示した条件。
透が叶えたい願いを俺は知らない。しかし、幼馴染である以上は協力するの事は当然だと思っている。
さて、透の祖父が提示した条件なのだが、『18歳の誕生日まで透の性別を雨宮家、鷹司家、両家関係者を除く他人に知られてはならない』というもの。
「さあ、一緒にご飯食べよう!」
満面の笑みを浮かべながら戻って来た透に視線を向ける。
鷹司透。俺の幼馴染の性別は――男ではなく女である。