リゲルの推理
一体なぜ、アルテミシア王女はそこまで頑なに結婚を拒むのか――。
彼女と庭園で接触する以前、リゲルは自らの正体がばれることへの懸念から出方をうかがっていた。しかし彼女が結婚を拒否する理由について、まったく考えてみなかったわけではない。
理由としてまず考えたのは、「相手が気に召さない」。
王族である以上、単純な好き嫌いのみで結婚相手を選べるものでもないのだろう。それでも、どうしても容姿が気に入らないとか、性格が合わないとか、受け入れられない縁談はあるはずだ。
だが国王の話では、縁談内容はどれも申し分ないとのこと。加えて「私は生涯結婚しない」と言い張っているらしく、相手うんぬんの問題ではないようである。
となると、「結婚」自体に忌避感があるのか。たとえば何か、結婚というものに良い印象を持っていないとか。
王子であった頃のリゲルはまだ子供だったので、上流階級の結婚事情には詳しくない。だが、流れ者となり旅をする途中で、人々の噂話を聞く機会はあった。どこそこの領主は政略結婚の奥方と不仲だ、手を出した使用人との間に子ができてしまったらしい、等々。
国内の結婚や相続等の管理は、王族にとって政治上重要な話だ。王女として各貴族家の内情や醜聞を耳にするうちにうんざりした、そんな可能性もあるかもしれない。
……などと、リゲルなりにあれこれ考えてみたものの、実際のところはわかるはずもなかった。
さらに、一応聞き込みのようなことも試みたのだ。もちろん王女本人にはできなかったので、上官騎士であるニコラスに対して。
「――閣下、王女殿下がご結婚されないのには、何か理由があるのでしょうか」
近衛騎士の中で、王女の部屋付きの者たちを纏める立場にあるのがニコラスだ。リゲルにとっては直属の上司。
その日は、たまたま二人とも非番だった。王宮付属の訓練施設でニコラスを見かけたリゲルは、彼の修練が終わる頃を見計らって声をかけた。施設を出てそれぞれの居室に帰る道すがら、なるべくさり気なく、雑談のていで話を振ってみたのだが。
ニコラスは瞳の動きだけで、横を歩くリゲルを見やった。騎士という職務や心身の鍛錬以外にはまるで興味がなさそうな、厳めしい顔つきは崩れない。
「その話は、君の任務とやらに関係するのか?」
「…………」
思わず返答に詰まる。国王から命ぜられた、王女の結婚に関する特別任務。これについて上官ニコラスがどこまで把握しているのか、リゲルは知らなかった。
もし彼が全てを把握していないのであれば大っぴらにすべきでない気がするし、リゲル自身、こんなおかしな任務を課されていることは隠しておきたい。
リゲルの迷いを汲み取ったように、ニコラスは淡々と続けた。
「君が、何か重大な務めを任されていることは陛下から伺っている。そのために君をできる限り王女殿下の側に付けるようにとも。だから、任務に関係あるのであれば協力したいところだ。だが残念ながら、王女殿下のお考えについてはわからない」
「……そうですか」
どうやらニコラスは、詳細は知らないまでも、リゲルが王女のことで何らかの命を受けているのは聞かされている様子。
それはそうか、とリゲルは納得する。王の差配とはいえ、公的な騎士経験のない若造がいきなり王女の側付きになったのだ。王女の部屋に付く騎士というのは、通常であれば一定年数の経験を積んだ者ばかりである。その中でリゲルは明らかに浮いていた。
周囲から邪険にされるなどしても仕方ないところ、そうはならずに問題なく働けているのはおそらくニコラスの目配りがあるせいだろう。
長年鍛え抜かれた屈強な肉体。ごつごつと骨張った面立ちに、眼窩はやや窪んで、落ち着き払った瞳には一分の隙も見えない。いかにも武人といった、騎士たちを束ねるに相応しい威厳ある風貌。
近寄りがたい印象を持つ者も多そうだが、この上官の堅物な雰囲気や無駄のない言動は、リゲルは嫌いではなかった。
ただ、王女の“結婚したがらない”話については――手がかりは皆無か、どうしたものか。
そもそも、実の祖父である国王が手を尽くしてもわからなかったこと。
周りに少々聞き込む程度で糸口を掴めるとは期待していなかったが、かといって王女本人と直接対峙するのは避けたい――そんな思いにリゲルが眉を顰めたとき、横のニコラスから思わぬ提案があった。
「私の妻から、王女殿下に伺ってもらおうか」
「……え」
ニコラスの妻は、王女の侍女カーラである。よく側に仕えている姿を目にするし、王女にとっては気心が知れた相手なのかもしれない。
彼女から“理由”を探ってもらえるのであれば、かなり心強い話だが――。
「ありがたいご提案ですが、その……私が、王女殿下の事情を探ろうとしていることは、殿下ご本人に悟られたくなく……」
リゲルとしては、王女の目が自分に向くのを防ぐこと、が最優先だ。たとえばカーラが探りを入れる過程で、「これは新人騎士が知りたがっているからだ」と王女に伝わりでもしたら困る。
歯切れの悪い返答になってしまったが、ニコラスは理解してくれたらしい。
「わかった。では、それとなく尋ねるように頼んでおこう」
「……ありがとうございます」
予想外に融通の利いた上官の執りなしに、リゲルは最大の敬意を表し、一度歩を止めて頭を下げる。
顔を上げると、ともに立ち止まってくれたニコラスと目が合った。
「君には、いろいろと事情があるようだな」
変わらぬ堅さを纏いながら。けれども上官の瞳には僅かばかり、国王がリゲルを孫のごとく見たときと同様の生温かさが映ったかに思えたのは、気のせいだろうか。
後日ニコラスは約束どおり、あくまで何気なくカーラを王女へと仕向けてくれた。核心に繋がる話までは聞けなかったようだが、
「次期国王は叔父様だし、叔父様には嫡子もいるもの。私が無理に結婚する必要はないでしょう」
そう、王女はこぼしたという。
アルテミシア王女の両親は、彼女が幼い頃に亡くなっている。彼女の言うとおり、この国の次期王は叔父にあたる王太子に決まっており、その下には嫡子もいる。
もしかすると王女は、叔父一家に遠慮しているのだろうか。自分が伴侶や子供を持つことで、王族内の権力が分散すると考えているのかも――カーラを通じた調査結果から、リゲルは自らの推理にそんな可能性も付け加えた。
しかしながら、彼の推理はここで一旦打ち切りとなる。
「どうにか王女の注意が自分に向くのを避けながら、特別任務をこなして近衛騎士を辞せないか」、そう考えを巡らせていたところに、先日の庭園での接触。「縁談を免れるために側にいてほしい。一年の期限が終わる頃に例の理由を話す」といった、王女の提案を呑むことになったからだ。
近衛騎士として王宮にいる時間は延びてしまったものの、“理由”については考えなくてよくなった。
その後なぜか王女と一緒に庭仕事をするという事態に見舞われたりもしたが、そういった余計な関わりはなるべく回避したく、今後は細心の注意を払って極力目立たずに過ごしていこう――リゲルの思考はそこに落ち着く。
何もなければ、護衛騎士というものはただ空気のように、存在を意識されることなく王女に付き従うだけ。一定の距離が保たれ、会話はなく視線が合うこともない。
……はず、だったというのに。
「ねえリゲル、あなた、ダンスはできるかしら?」
「…………はい?」