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バスケットの中の手紙は、回収した順番に束ねてある。一番上にあるのは街のスージィーさんの家に届いた手紙だったが、手紙自体がよれて宛名が薄く滲んで分からなくなっている。
……教会宛では無かったのなら、スージィーさん個人の手紙だった筈だ……アンディさんを立会人に全部中を確かめた方が良いな。
バスケットには一緒に本型の紙を綴った物も入っていたが、表紙があったせいか何も変わりは無かったようだ。
……アンディさんは一体どんな素性なんだろうか? 若そうではあるが、落ち着いているし。
朝食を残さず食べている2人の騎士を見て、飾り壁奥にいる筈のアンディさんを思う。
「ねぇ、ねぇ、聞いた! ルディー先生昨日は帰って来なかったみたいよ」
と、看護婦のイダールが診察準備をしている同僚のナミに楽しげに言ってくる。
「そうですか、お昼から出られたから遅くなったのでは?」
と、看護婦のナミは手を止めずに気にせず答える。
「えぇーーーー! 騎士2人も付いているのよ。遅くなっても帰れるわよ。何かあった……のかも……知れないわね……男3人!!」
と、医院内中を楽しそうに大きな声で話して回るイダールを見て、溜め息を付きつつ一緒に診察室に向かう。
診察室には普段は外科を担当している医師が、看護婦長のサミーノが出してきている診察記録を目の前に置かれた。
「サミーノ婦長! 一編に出さないで下さい! 普段は僕は外科に居るんですから!」
と、医師のザームが不服そうに訴える。
「何を言っているんですか? ザーム先生は内科で採用されてこちらに来た筈ですよね」
と、看護婦長という経営者の一人に問われる。
「いや……それは……そうです……が、ルディー先生が経験を積んでから、内科に戻れば良いと言ったんですよ!」
と、ザーム医師は答える。
「分かっていますよ。私もそれには賛成しましたから。
だから、そろそろ外科に四人の先生方を置くのを考え直そうかと思っております」
と、経営者は答える。
「えっと? 僕は内科に戻れと?」
「ザーム先生だけではありませんよ。本来外科に四人も要らないでしょう? 内科はルディー先生一人で診ているのだし、往診も一人ですよ」
と、ポルカ医院の実情を言ってくる。
「じゃぁ! リニア先生とロード先生にトッポ先生もですよね」
と、子供みたいな事を言い出すザーム医師。
「はぁー、ロード先生は元々外科専門医ですよ。ロード先生は外科で手術が必要な執刀医です。ザーム先生は助手でしか付いてないでしょう?」
と、呆れ気味に答える。
「それはそうですが、手術には何回も付いてますよ。ロード先生にも褒めて貰っています」
と、納得が出来ないでいる。
「そうですか? それならこれからもロード先生の手術の時は助手に入って下さい」
と、看護婦長が言ってくる。
「えっ? ……じゃぁ!」
「内科で診察をして、ロード先生の手術依頼の時は助手に入って下さい」
「えぇーーーー。なんで?」
「ロード先生からは、ザーム先生とトッポ先生を内科に返すと言われました」
「……リニア先生は?」
「リニア先生は、内科に戻りたいと仰ってロード先生に訴えたそうですが、手先の器用なリニア先生は外科で鍛えたいそうです」
と、看護婦長は答えた。
「……それなら、今までルディー先生お一人で内科は診察出来ていたのに、僕とトッポ先生の3人なら余裕ですかね」
と、気を取り直したザーム医師は言ってくる。
「そうですね。ルディー先生には内科と外科と往診と経営とを担当して貰わないと」
「…………それは流石に可哀想では……」
「ですからザーム先生! 頑張って下さいね」
と、追加の診療記録をザーム医師の目の前に積ん行く。
診察室に看護婦イダールが内科側に入り、看護婦ナミが通り過ぎようとした時に、イダールがザーム医師に喚いた。
「ザーム先生! カルテの順番を変えないで下さい。婦長が出された順番を守って!」
と、2つ山になっている診察記録に手を置いて言ってくる。
「なんだよ!喚くなよ! 今日診る患者だろう? 午前中なら多少前後してもそんなに変わらないだろう」
と、ザーム医師は言ってくる。
「ザーム先生は全く内科診療はされてないのですか?」
と、ナミも足を止めて内科に入ってきた。
「いや、午後なら。ルディー先生がいない時に入ったことはあるけど、僕が待機している時には患者さんは来たことがないから、それに…………イダール! 君は直ぐに風魔法でルディー先生を呼ぶからルディー先生が、慌てて帰ってくるんだろ!」
と、イダールもナミも気が付いた。ルディー先生が留守で他の先生に待機して貰うが、患者さんがルディー先生が帰って来るのを待つことが多い。
それでも急患はあったし、他の先生方の診察に付いたこともあるが、ザーム先生にはその機会が無かったのだ。
「すみません。ザーム先生が診察の順番を御存知無かったんですね」
と、イダールが素直に謝った。
「順番って?」
「このカルテの2つの山には意味があるんです。ザーム先生の側に置かれたカルテは上からほぼ時間が決まってこられる患者さんのカルテです。もうひとつの山は今日の診察に来れたら来て欲しいとルディー先生が言って不確かな患者さんのカルテなんです」
と、ナミが説明をする。
「じゃぁ、こっちのカルテが午前診察で診る患者さんなんだね。そしてもうひとつのカルテは来るか来ないか分からないと」
と、ザーム医師も仕様が理解でした。
「そうです。来られなかった患者さんは日にちを間違えたのか、用事が出来たのか何日もこちら側にあるカルテはルディー先生は、午後に往診に向かわれます。元気にされていてもお薬が切れていたり、動けなくなっていたりするからと」
と、イダールも追加で説明していく。
「これはルディー先生の午前診察のやり方なので、これからザーム先生が診察に入られるのでしたら先生のやり方を教えて貰えば、その通りに準備をします」
と、ナミが言ってくる。
「僕のやり方?…………ルディー先生のやり方を聞けば……ルディー先生のやり方が効率が良いのが分かるよ。
どうやら、僕とトッポ先生が内科に戻るみたいだけど、僕はルディー先生と同じで良いよ」
と、ザーム医師は答えた。
「分かりました。他の看護師達にも伝えておきます」
と、イダールが言えば、ナミも頷き出ていった。
「因みになんだか、他の先生方のやり方はあるのかい?」
と、ザーム医師は興味本位で診察準備をしているイダールに聞く。
「私はルディー先生のやり方しか知りませんが、ルディー先生が帰って来られるまでは、患者さんが来てからカルテを出していたようですね。前もって出すようになったのはルディー先生からだそうです」
た、イダールが説明する。
「ロード先生は、患者が来てからだったな。だから僕もそれで良いと思っていたけど、ルディー先生のやり方だと、何人の患者が来るのか分かりやすい」
「ルディー先生は外科だと前もってカルテは出しませんよ」
と、イダールは言ってくる。
「えっ?……なんで?」
「外科患者さんは、急患か入院が多いでしょう。入院されてい患者さんのカルテは常に出ている筈です。急患な場合は処置をしている間にカルテを作成するなり探すことになりますから、ルディー先生は外科診察の時は内科診察の様に前もってカルテを出す指示はなさいません。
それに、内科から回って来ることも多いですからね」
と、イダールは待合室で待っている患者を、カーテンを少し開けて確認しながら答えた。
「へぇー、そうなんだ…………」
「ザーム先生、患者さんをお呼びしても……」
と、イダールが振り向いて伺うと、項垂れているザーム医師がいた。
「ザーム先生、しっかりして下さい。ルディー先生は診察の時だけ頼りになりますが、それ以外は抜けてますから、人間的にはザーム先生の方が上ですよ」
と、イダールは患者を呼びに出る。