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「イーゴル、手伝ってくれないか」
と、外でランディと遊んでいるところに声を掛ける。
「先生、野宿の用意ならするよ」
「嫌、アンディさんがここで泊まらせてくれる。カミールは動かさない方がいい、スージィーさんの薬なら今晩は安静にすれば大丈夫だし」
と、イーゴルにルディー医師は伝える。
「良かった。流石にアニキをおぶっては帰れないと思っていたから。で、何を手伝う?」
「ごめん、僕は料理が出来ない。この前のお礼のつもりで食料が荷物に入っているんだ。母さんが詰め込んだから、何が何かは分からないけど、見てくれないか」
と、ルディーは自分の荷物を指差す。
「いいすっよ! 先生バスケットにも入っているのは? 手紙と本?」
と、ルディーの荷物とバスケットの中を探るイーゴルが聞いてくる。
……そうだった、預かっている手紙とそれの返事に必要かと本型の紙を綴った物だ。
伝言ではなく紙が無いから、何も連絡が無いのかと思って用意したが、アンディさんが使うならあげたらいい。
「バスケットの中はそのまま返すから、僕の荷物をみてくれ」
「そうですね。食べれる物ではないよな、先生! 大変だ水はどうする?」
と、イーゴルは部屋の中を見回す。
「多分、大丈夫だよ。スージィーさんがいないのにアンディさんが泊めてくれるなら、水はある筈だよ。使った分は明日補填すればいいかと思っている」
と、ルディーは思案していたことを答える。
人と動物が生活しているなら水は確保されている筈で、どこかに水亀があると推察していた。
「それでアンディさんは? 先生話したの?」
「何も話せてない。カミールの手当てを手伝ってくれたけど」
「何で? アニキは寝てるんだ?」
「あぁ、当分は起きないよ。脱臼した肩を入れたから痛み止めで寝てもらっている」
「先生、荒事でも平気そうだな」
と、イーゴルはからかい気味に言ってくる。
「僕は外科の方が得意なんだ。薬の計算とか飲み合わせとか経過を診るとかよりね」
「知らなかった。ルディー先生は病気の人ばっかり診ていたから、俺ら騎士団は外科ばかりだし」
と、イーゴルはルディー先生が馴染みが無い理由を言ってくる。
「得意の方はいつでも出来るけど、苦手な方はしなくなると忘れるからね。僕なりの戒めみたいなものだよ。ちなみに骨接ぎは得意中の得意だ」
スージィーさんの小屋は正面からでは分からなかったが、奥行きが凄くある。
ルディー達が入れてもらった玄関口の部屋は、四角テーブルと2脚の椅子、同じ椅子2脚が上下で組んで隅にある。サイドテーブルはあるが、家具はそれしかない。
玄関面には扉と小さな扉。部屋の片面には窓があり、日が傾いてオレンジ色から赤色が強くなっている。
間仕切り用の飾り壁の奥に、水場があるらしい。街のスージィーさんの家と造りは違うが、こちらは物は多くは無いが、清潔で生活されている匂いがある。
四角テーブルにイーゴルは食料を出して考え込んでいる。
「先生、パンと干し肉は分かるけど後は調味料ばかりだよ。こんなに料理に調味料って使うのか。俺はパンと干し肉でいいけど、先生もそれでいいか?」
と、イーゴルはパンと干し肉以外を寄せて悩んでいる。
「僕は何でも良いよ。母さんがスージィーさんにって詰め込んで来たから、僕が用意したものは干し肉だけなんだ。まさか自分達で食べることになるとは思わなかったけど……」
と、ルディーが言っていると部屋の隅で白い塊の様になって寝ていたプーが、徐に身体を解き出した。
右前足左後ろ足を伸ばし、次は反対を伸ばしてお尻を振った時には遅かった。
イーゴルもアッ!と思ったのだろう……側で話をしていた僕を突き飛ばして手を伸ばしたが……干し肉はプーの口元に咥えられている。
……あ、あ~ぁ、干し肉は塩分がと思ったが、人より大きい猫なら一食分の干し肉の塩分なんて……それより今晩はパンしか……無いのか……
一変に薄暗くなった部屋であっても猫はよく見えているのだろう。テーブルの上はプーの方に沢山の種類の調味料があって、パンを挟んで干し肉が置いてあったのだ。
イーゴルもプーから離して置いていたのに、多分普通の大きさの猫であるなら、イーゴルの方が早く対処出来たと思うが、相手は騎士のカミールを下敷きに出来る猫なのだ。
イーゴルはアチャーと言いながら手のひらを額に当ててクルクルその場を回っているが、飾り壁の方から灯りが近付いてくる。
「すみません。予備のランプは無いので蝋燭で過ごしてもらえますか?」
と、アンディさんはランディと部屋に入ってきた。
イーゴルのクルクル動作を不思議そうに見ていたが、いつの間にかランディがアンディさんのランプ灯りの外に出ると何処に居るか見えなくなくなる。
ワン!
と、ランディの1吠えにアンディさんは、灯りを向けるとプーの口元にランディがぶら下がって振れている。
昼間に見たプーは白い大きな猫だが、ランプの灯りではオレンジ色の大きな猫が、ランディを咥え揺らしている様に見えてた。
ルディーとイーゴルは、プーに取られた干し肉を知っているからランディのぶら下がりは理解できたが、アンディさんは驚き過ぎたのだろう…………思いっきり水魔法でプーに水を当てている。
「「えっ?」」
と、思った時にはプーは部屋中を逃げるが、大きな猫が体当たりしてくるのは命に関わる。
「アンディさん! 水を止めろ!」
と、ルディーは声をかけ、イーゴルは横になって寝ているカミールを庇い壁に徹している。
「あっ! はい!」
と、アンディさんが水を当てるのを止めて、部屋の惨状を見て驚いているが部屋中水浸しで、もれなくこちらもびしょ濡れになっている。
……驚いた! 驚いた! 死ぬかと思った! 猫の体当たりで死ぬかと思った!
普通の猫と同じで水が嫌いなんだ……そこはどっしり平気でいて欲しかったな。
「落ち着いて、アンディさん! ランディは喰われてないから」
と、ルディーはアンディさんが、オロオロしている側に行くと、足元にランディがプーから取り戻した干し肉を咥えて側に来る。
「ランディ? 何を? 持ってきたの?」
と、アンディさんはランディを抱え持つ。口元には干し肉を咥えているランディの尻尾はブンブン振れているが、流石に返事は出来ないようだ。
「干し肉だよ」
と、ルディーは代わりに言ってやる。
「えっ? もしかしてルディーさん達の物を……」
と、アンディさんは察したのだろう。
「そうだが、プーが咥えていた所をランディが取り返したのか? 奪ったのか?
プーが食べる分にはいいが、ランディには塩分が多すぎる。少しだけにしないとな」
と、ルディーは説明したが、
それどころではない。
この部屋の床では寝れなくなってしまった。
……スージィーさんと同じで水属性。水に関しては心配する必要は無い魔力量だ。
「ごめんなさい! 夕食は用意しているので許して下さい」
と、アンディさんは言ってきた。
「えっ?」
「灯りをお持ちして、夕食を運ぶのを手伝ってもらうつもりで来たのですが……どうされるのか聞いてからと思って……」
と、辺りを見回している。
イーゴルが蝋燭に火を付けて、アンディさんのランプとで部屋の様子はよく分かるようになった。
四角テーブルは元の配置にはなく、椅子は転けてテーブルの上にあった調味料は床に落ちて瓶詰めは転がって割れてはいない。
……ヤバイな街よりここは気温が低い、着替えも無し騎士達は雨に濡れても平気なのか? カミールを起こして乾かしてもらうしかないと思うが。
と、思いイーゴルに視線を合わせてみれば、同じ事を思い付いたようだ。
「すみません、そのまま動かないで下さい」
と、アンディさんが急に声を出した。
……えっ? 拭くものでも出してくれるのかなぁと、思っていたら玄関口で扉を開けて外に出る。
アンディさんが手を翳したら床や壁、髪の毛や服に付いた水分が抜けていく。
プーは直ぐに顔を洗いだし、ランディは身体を振るい生理現象なのだろう。
……水属性は? 乾かすのではなく、水分を抜く事も出来るのか?
そんな話は初めて知った。出し入れ自由なのか?