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「お疲れさまでしたね。ルディー先生」
と、ポルカ医院に帰って労いの言葉を掛けてくれたのは、長年医院の帳簿を預かっている事務長のカカシナさんだ。
いつもの奥さんの手作り腕カバーが、今日は花柄なのはどうしたのだろう?
「スージィーさんはお元気にされていましたか?」
と、カカシナさんは聞いてくる。
……どう答えるか、支払いの事を聞かないとだし
「いや、会えなかった。だけどいつものお薬はスージィーさんの物だったし留守を任せている人がいるみたいだね」
と、ルディー医師は答えた。
「留守? ですか? ひきこもりですのに?」
と、腑に落ちない表情でカカシナさんは言ってくる。
「事務長、スージィーさんの薬品代はどうしているんだい?」
「それは教会通しになっていますよ。街にはスージィーさんの家もありますし、ロットが計算をして私に明細が上がってきます。
明細金額に、教会への手数料を加えて支払います」
と、カカシナさんは説明する。
「ロットが金額を出すのかい?」
「ルディー先生……薬品の計算は薬剤師の仕事ですよ。スージィーさんの腕なら薬品に不良品は有りませんが、駆け出し魔女や魔力量の足らない魔女の作る薬は一定ではないのです……もう少し他の知識もお勉強が必要ですね……」
と、呆れたふうにカカシナさんに言われ、いつも母親に言われている事が頭を過る。
「すみません。いつも看護婦長には小言を言われてはいるのですが……」
と、ルディー医師はカカシナ事務長に答えた。
「ルディー先生は、看護婦長が配慮し伝えていることが小言だと仰るのですね。小言だと認識されているのなら、私からは何もお伝えする事は無いようです」
と、クルリと背中を見せて奥に入ってしまった。
……えっ? 何? ……
「ロット、スージィーさんの薬品はどうだった?」
と、薬局室にルディー医師は顔を出す。
「ルディー先生、お疲れさまです」
と、調剤師のカイとヨナが声を掛けてきた。二人には頷いて返事にしたが、
「あぁ、お疲れさまですルディー先生」
と、顔も見ずにロットに挨拶される。
……いやいや、カイとヨナみたいにニコニコして挨拶されたい訳じゃないけど、せめて顔は向けて挨拶しろよ!
「スージィーさんから何か伝言はありませんでしたか?」
と、ロットは気にせずそのままの姿勢で言ってくる。
「何かって? 何もないよ。留守だったし」
「えっ? 留守だったって? 黙って持って帰って来たんですか?!」
と、始めてロットはルディー医師に面と向かって声を出した。
「何だよ! スージィーさんは留守だったけど、留守を預かっている人から渡されたから大丈夫だよ!」
と、スージィーさんとの納品のやり取りはロットがしてきたことで、やり方が有るのなら自分がしろよと思ってしまう。
「そうですか……」
と、ロットはルディー医師の不機嫌さを気にせず背中を向ける。
……一体なんだんだ? あれだけスージィーさんの薬と騒いで、書面まで寄越して手にいれてきたのに……
「なぁ、母さん……」
と、家で夕食を二人で食べている時に、病院での事を愚痴ってみた。
「はぁー、あんたはーっ! 勉強は出来ても何も分かってないねー」
と、サミーノは出来の悪い子に言うような口調で、悲しそうな顔をして言ったきり話は続かなかった。
ルディーの部屋にはスージィーさんの薬と一緒に貰ったサンドイッチが入っていたバスケットが置いてある。
あの日、森を無事に抜けた処でイーゴルに急かされて、遅い昼食を3人で取った。
騎士団の二人は常に携帯食は持ち行動しているが、ちゃんとした食事の方がうれしいらしい。
ルディーもサミーノに持たされた弁当はあるが、イーゴルが騒ぐサンドイッチに興味はある。川沿いで母さんの弁当と貰ったサンドイッチを出して食べたが、どちらも美味しかった。
母さんの弁当も二人には家庭の味で、うまかったが、貰ったサンドイッチは馴染みは無いが美味しかった。
うまい、うまいと騒いで食べていたイーゴルと、静かに美味しいと言って食べていたカミールに、食べ慣れた母親の味ではあるが慣れない山歩きでお腹は空いていたし、サンドイッチも美味しかった。
……ロットじゃないけど、何か伝言でも有るのかと、バスケットをくまなく探してみたが、サンドイッチしか入っていなかった。
6年間ひきこもっている魔女やーい。
みんな心配しているのに……伝言位……
ルディーは次の日、教会に出向いてみる。魔女を管轄している教会ならスージィーさんの事や留守番人の事も分かるかもしれない。
午前診察が終われば、急患が来ても風魔法で探し出すだろうし普段から往診にも出ているルディーは、看護婦のイダールに出かける旨を言って教会に向かった。
教会ではスージィーさんの事情は、何もなく反対にスージィーさん宛の沢山の手紙を預かる事になってしまった。
……何で、スージィーさんの小屋に行ったと言ってしまったのか……流石、口で人をたら仕込める技を持っている。
オマケに街のスージィーさんの家にも寄って、そちらに届いているかもしれない手紙も回収依頼されてしまった……
教会で描いてもらった地図を見ながら、スージィーさんの家を探す。
街の中でも静かな住宅街にスージィーさんの家があった。広い敷地にこじんまりとした平屋で手入れはされているようだ。
教会からは、隣の家が鍵を預かっているから一声掛けて家に入ればいいと、教えてくれたが一声とは?
隣の人には、教会からだと一言だけ言えば良かった。
正直に森の小屋に行ったが、留守だったから気になって教会に行った。
と、説明に何言か発すれば、経緯から手紙の回収を頼まれた事まで話す事になった。
隣の家の人は、鍵は預かっているが何も知らないと言い、訪ねて来る人に根掘り葉掘り聞くのが、楽しみでしているそうだ。
教会の人は知っていたから、一声と言ってくれたのに……
説明の後は、隣のご主人に一緒に家に入って貰った。家の周りは手入れがされているのに、家の中は埃がたまっている。
玄関口には人の出入りの足跡は有るが、中まで入った形跡はなく、教会の人も手紙だけを回収していたことが、分かった。
……本当に誰も入って無いんだ。家具には白かった布が掛けてあり、形だけが浮き彫りになって窓からの光で凹凸が分かる。
年々手紙も数が減っていって、無いかもしれないと言われていたが、1通床に落ちていた。それを拾い、隣の人にはお礼を言って帰ることにした。
看護婦イダールの風魔法は来なかった。急患は無かったと判断をして、少し早いが帰宅すれば母親は夜勤だと食事の用意を慌ただしくしている。
……いつも用意されている食事のあらましを見て、無理して作らなくてもと思うが、無かったら何で? っと、思わないか?……
「母さん、手を止めないで、聞いて。
今日スージィーさんの事で教会に行ってきた。スージィーさん宛の手紙を預かったから届けに森に行くな」
と、サミーノが野菜を洗いながら聞いている背中に向かって言う。
「そう、仕事の調整はしておくね」
と、看護婦長からの返事が帰ってきた。
次の日の朝、何故? 医局室の僕の机の上には沢山の荷物が置いてあるのだろう?
……母さん? 夜勤で何をしているの?
どうしょう……こんだけの荷物一人で持って森に入れないぞ……
と、言うもの昨日の内に、日用品を扱っているお店に寄って荷造りを依頼して帰ったルディーは、またしても騎士団に出向いて依頼をする事になる。
二回目の訪問が後に僕の後悔になるなんて、思いもしなかった。