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「あのーー、スージィーさんに会いに来たのですが……ポルカ医院の医師をしています、ルディーです。
スージィーさんのお薬を受け取りに来ました。体調が悪いのなら診察します」
と、ルディー医師は明確に答えた方が良いと考えて言葉にする。
「……スージィーさんはいません」
と、小屋から声が帰ってくる。明らかに若い声だ。
「俺らはスージィーさんの安全を確認しに来た。そこの猫をどかせるぞ」
と、カミールが低い声で凄みのある言い方で伝える。
カミールが言ったそばからイーゴルも剣に手を掛けると、ランディが明らかに威嚇してくる。
……どうなっているんだ? ランディはスージィーさんの飼い犬だ。小屋にいるのはスージィーさんの関係者になるのか?
「ま、ま、待って! 待って欲しい!」
と、あわててルディー医師はカミールとイーゴルの前に立つ。
「ランディはスージィーさんの犬だよな。そのランディが威嚇するなら小屋の中にいるのはスージィーさんの関係者だと思う……事を荒げないでくれ」
と、ルディー医師は伝える。
「まぁ、確かに。でも本当にランディか? 俺もアニキも面識はあるし、遊んだこともあるんだぜ、あの賢いランディが忘れているとは思えないけど」
と、剣から手を離してイーゴルは言ってくる。
「なら、ランディに聞けばいい……ランディなら……呼べば返事を……する」
と、カミールがルディーに言ってくる。
……えっ? 呼べばって?
「そうすっね! オイ! お前はランディか!」
キャン!
……キャン? 後ろの猫が鳴いたのか?
「どうやら、ランディで間違いがないらしいな」
……えっ? あってるの? 唸り声は普通のなのに? 返事がキャン?
「あのー、スージィーさんがお留守なのは分かりましたが、お薬は頂けませんか?」
「…………分かりました……お待ちください」
と、小屋からの返事にカミールもイーゴルも一旦姿勢を戻す。
「それにしても、えらく雰囲気が変わったものだ」
と、イーゴルが周りを見回して言ってくる。
「イーゴルは前に来たことがあるのか?」
と、ルディー医師は問うと、
「だいぶん前ですよ。騎士団にも入っていなかったガキの頃です。スージィーさんの私有地だと知らなくて遊びに来て帰れなくなったんです。その時はこのランディではなくて違うランディでしたけどね」
「えっ? 前の犬もランディって言うだ」
「そうみたいですね。前のランディも黒かったけど普通の大きさでしたよ。親子なんですかね? 全然違う犬種みたいですが、迷子の俺を捜索していたスージィーさんが森の出口まで送ってくれました。
こっぴどく母ちゃんにシバカレましたが、その時にスージィーさんの私有地だと教えて貰いましたから」
と、両腕を頭の後ろに回してイーゴルは笑って答えている。
暫く待つと小屋の扉の鍵が、カチャリと開くのが聞こえた。が、猫は動かない。
小屋の住人は猫が扉前にいることを知らないのか、
「……どうぞお持ち帰り下さい」
と、言ったきり声はしない。
どうやらランディは理解したのか、威嚇らしいものは態度に出さずに、猫の隣でお座りをして見ている。
「ランディ、その猫を退けてくれ」
と、カミールがランディに声を掛けると、ランディはコトコトと歩き出して猫の尻尾からなで肩まで登り、ワン!っと1吠えすれば肩から身軽に飛び降りる。
猫はゆっくり両前足を一歩二歩と前に突き出して頭と肩を反らして伸びをする。扉前から退いてくれるなら待つしかないが、尻尾もでかくて長い。
……座っているときは正面から見えているから、横向きになるとでかさが、半端なんなぁ……
猫はクルリと回転して扉の取っ手に前足を掛けて器用に開けて中に入っていく。しなやかに歩く姿は猫だ。ごく普通の白い猫だが大きいたけだ。開いた扉から小屋の中が見えるが、入口には木箱と木箱の上にバスケットが置いてある。
勿論その後ろには横たわってブンブン尻尾を振り回している猫がいる。
ランディが入口に置いてある木箱を器用に引っ張り出そうと木箱の両側にある持ち手を咥えて後ろ向きに引き摺り出しているが、途中で動かなくなる。
手伝えばいいのかランディに任せればいいのか、小屋に近付けば急に木箱が動き出した。ランディは引っ張っている反動で一回転しているが、入口に向かってワン!ワン!っと吠えてこちらに向き直る。
「貰っても、いいのか?」
と、木箱の側にいるランディに聞くと。
キャン!
と、返事が来た。
どうやらランディが引っ張り出しているのを小屋の中で猫が木箱を押さえて邪魔していたのだろう。ランディは猫の大きいな尻尾と戦っているように見える。
「それじゃ、貰って行きましょうか」
と、イーゴルが木箱の取っ手を持ち抱える。
「片方を持とうか?」
と、イーゴルにルディーが聞くと、
「いや、大丈夫です……けど……バスケットからいい匂いがしますよ」
と、木箱を抱えたイーゴルが顔の前になるバスケットに鼻を近付ける。
「先生、薬も確認した方がいいのでは」
と、後ろからカミールが言って来た。
「確かにそうだな。イーゴル下ろしてくれないか?」
と、小屋から少し離れた場所で木箱を改めることにした。
開けた場所でイーゴルが木箱を草の上に下ろす際に中から僅にガラス瓶の音が響いて来る。
バスケットの中を見たイーゴルは、ニッコリ顔を上げて、
「美味しそうなサンドイッチが入ってますよ」
と、覗いたまま木箱から離れて場所を開けてくれた。
「先生、中を確かめるか?」
と、カミールが木箱の上蓋を開ける手伝いに側に寄るが、
「なぁあ、先に食べない」
と、イーゴルがバスケットを抱えて言ってくる。
「サンドイッチなら今直ぐでなくてもいいだろう。薬の確認が先だ。
それにそのサンドイッチに何か仕込まれていたとしたら……どうする?」
と、カミールに言われて、
「それもそうですね。ルディー先生早く確認して下さい。スージィーさんはいないなら留守番をしているのが誰だか分からないですしね」
と、イーゴルは急に真面目な事を言い出した。
「分かった」
と、ルディー医師は返事をしてから、小屋の方を振り返る。
小屋の扉は開いたままだが、入口には横たわっている白い猫がそのままこちらを見ている。
ランディは何処にいるのか分からないが、小さくて見えないだけだと思い当たる。
木箱の中は今までスージィーさんが納品してくれていた薬が5種類。
色分けされた薬品瓶にちゃんと入っていた。
効果の高いスージィーさんの薬は、薄めて使う。そのまま使用するには効果が良すぎるのだ。
貰った木箱で、約一年分は有るだろう。
……良かったよ。スージィーさんの薬頼りは駄目なのは分かっているけど、ロットやカイとヨナの調剤と併用使用がいい。
「ルディー先生、薬の確認出来たら帰るか?」
と、イーゴルが提案してくる。
「そのサンドイッチを食べないのかい?」
と、ルディー医師は不思議そうに聞くと、
「食べますよ。でも……この辺りには水場が無いんですよ。川や湖が有るのは大分降りた違う森ですから」
と、言われて思い当たる。
……スージィーさんは水属性だから、水源は必要無いんだ。
この場所で生活出来るのは、スージィーさんと同じ様に水属性を持っていないと無理な話だな。
同じ事を考え付いたようなカミールも、小屋の方に視線を向ける。
変わらず白い猫は、大きな尻尾を振り回してこちらを見ている。
土と風の属性しかない3人では、持っている水筒の水は水源が有る処まで確保しておきたい。
直ぐにでも食べたそうにしていたイーゴルでも、水源の無い場所での食事は無いと判断したようだ。
護衛と道案内をして貰っている騎士団に従う判断をする。
……わざと? 水分が必要なサンドイッチを持たせたのか?
わざわざ山奥まで取りに来た、お礼なのか?
薬の代金の支払いが、どうするのか帰ってから調べるとしょう。
一先ずスージィーさんの薬が手に入った喜びの方が、ルディー医師は占めていたようだ。
開けた場所から山道に変わって、行きと違い先頭はカミールが立つ。
後ろには木箱とバスケットを待った、鼻歌まじりのイーゴルが付いて森を抜けて街に戻る。
振り向いても小屋も見えないし開けた場所も上手く隠れているな。
すみません。
まだ、主人公は出てきませんでした。
タイトル通りに引きこもりですので、お待ち下さい。