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スージィーさんの小屋を後にすれば、イーゴルとカミールの姿は無く、預かった引き出しは内蓋事布で巻き鞄に入れた。
帰りは早めにと外に出たが、アンディさんの見送りはランディが止めた。扉前にはプーが待っていて帰り道を促している。
「プー、送ってくれるのか?」
と、ルディーが返事を期待せずに聞けば、
ピーー!
……ピーー? ってないた? 猫ってピーーって、鳴くの? イヤイヤ、鳥が鳴いたのがそう聞こえただけだろう……うん! 多分そうに違いない!!
ルディーが小屋を出て草を踏みしめて歩き出せば、大猫は前をゆっくり進んで行く。
ルディーの足音が交互に出る僅かな差で、プーの足音が重なる。
白い大きな尻尾は、草の上で寛いでいる時と違い揺れる事が無く立ち、ルディーの早さに合わせて山を降りていく。
行きに感じた後からの動物の気配は、どうやらプーだ。
真っ直ぐ前を見るではなく、左右に向く顔は大きなお尻で見えないが、肩肉が左右交互に動き頭を下げた耳と髭が、右に左にと見え隠れすれば大猫の顔の動きは、後を歩くルディーにも分かる。
……今日話してみて分かった事は、アンディさんもプーもランディに従っているのが分かった。
アンディさんの話では、スージィーさんとランディが暮らしていた所にアンディさんとプーは拾われたと、言って所からランディが今のところ主導権があるのだろう。
考え事をしながら歩けば、いつの間にか麓まで降りてきた。道に迷ったりはしないがプーが通ってきた道と今までの道は違ってきたようだ。
……土属性で方向の違いが無いから、プーに従って降りてきたが、プーの専用の道だったようだな。少し前屈みで付いていけば早く着いたぞ。
この先は麓らしい、街の外れらしい所に出てきた。
あっ! そうか! スージィーさんの街の家が近くにある。
……途中までは一緒だか、それでプーが途中から合流したのか。家まで遠回りだけどこっちが本当の道なのかも知れないな。
大猫は役目は終わったと、方向を返ると直ぐに山の中にと消えていく。白い体は木々の間から少し見えたりしたが、目で追えなくなった。
……次からはこっちの道で小屋に向かうか。
予定よりも早く帰れたが、持ち帰った物は鞄の大きさを変えている。
約束は守りたいが、安請け合いだと正直思っている。
殆どルディーは、スージィーさんとは馴染みが無いのだ。父も母も街の人もスージィーさんとは交流が有ったようだが、出会える筈の場所に行ったとしても母は、合って話をしたと報告をしても側にいた筈の僕は、ちょうど友人に話しかけられて横を向いていたり、お祭りでスージィーさんと話があるからと父と一緒に向かえば、迷子を見つけて別行動になったりと、不思議と縁がなかった。
ポルカ地区の街の人は、スージィーさんに感謝と尊敬を口にするが、人から聞いた話ばかりでルディー本人は見たことも感じたことも無い。
凄く他人事なんだが、他人だし。
そんなルディーでも処方する薬だけは、違いが分かる。
分量に関係なく副作用も少ないし、効きが早くて苦痛も少ない。
人柄は知らなくても、薬の効能効果は誰より分かっているつもりだ。
合って話したことも無い人であれ、行方がしれず待っている人がいて、手掛かりかも知れないものを託されて、関係が無いからと無視も出来ずに巻き込まれたが、僕は何をしているのやら。
街の外れから自宅へと向かい歩いていると、イーゴルとカミールが雑貨屋から出て来た。
……先に帰ったんじゃ無いのか? まだ2人でウロウロしているのか?
イーゴルが背中を向けていたので、別に声を掛けるつもりもなく通り過ぎようと、雑貨屋の前まで来て思い出した。
この店は、内の医院が日常品を買っている店で職員達が常に利用している。小さい物も1つから対応してくれる気の良いオヤジさんが店主で評判も良いのだ。
「あら? ルディー先生? その格好は?」
と、声を掛けてきたのは、看護婦のナミだった。
「あぁ、ちょとな山歩きの帰りだよ」
と、返事をしたら背中を向けていたイーゴルに気付かれた。カミールはお店のエプロンを付けた女の子と話をしていたが、ルディー先生と言うナミの声でこちらに気が付いた。
ナミは、いつも感情を出さない静かな表情で両手に抱えた紙袋を持ち直して近付いて来る。
「ルディー先生、最近は私と組みませんね。ザーム先生とトッポ先生に任せて何をしているんですか?」
と、普段なら聞いてこない勤務の話をしてきた。
ナミは看護師としても優秀で、仕事を一緒にしていてもやり易い。
「ザーム先生とトッポ先生に何か問題でも?」
と、ルディーは仕事上では一目を置いているナミに問う。
「いいえ、お二人とも外科から戻られて戸惑っていましたけど、今は精力的に進んで内科の診察に取り組んでおられますよ。でもルディー先生は内科でも外科でも往診でもなく動いていますよね。皆心配してますよ」
と、こんな優しい事をナミから言われるとは思ってもいなかったからか、足が止まって心底驚いた顔をしてしまった。
「何です? その顔は? 私が先生を心配すると可笑しいですか?」
と、意外そうにナミが言ってくる。
「いや、驚いたよ。仕事は出来るけど無愛想で通していると思っていたから……」
と、正直に告げる。
「ルディー先生は、正直過ぎますよね。良いんだか悪いんだか、だから此方もからかいがいが有るんですが」
と、ナミは普段見せない笑顔で言ってくる。
「ナミ、普段からその笑顔で患者さんに接してくれたら良いのに……」
と、伝えるとナミはため息を付いて指で後を差す。
「先生、あの子達が用事が有るみたいですよ。お店から付いて来てますし、知り合いなんでしょう?」
と、後に付いて歩いているカミールとイーゴルがいた。
「……僕は用事はないけどね」
「先生がお年寄りにモテるのは知っていましたけど、若い男の子にもモテるんですね」
と、それこそナミはからかいに言ってくる。
「ナミ、変な風に話を広げないでくれよ」
と、ルディーが言えば、クスクスと笑って角で離れて行った。
仕方なく振り向き後から付いて来ている2人に声を掛ける。
「別にホシエダルさんやエイトさんに、いちいち言いに行ったりしないけど? 僕の名前を勝手に使わなければ」
と、2人の青年に伝えた。
「えっと、その事はごめん! 先生が怒ると思わなくて街でも気安く名前が上がっている先生なら、気にしないだろうと思って」
と、イーゴルは素直に謝ってきた。
「どんなに気安く名前を呼ばれても、自分が言ったことした事で名前を出されるのは、甘んじて受けるけどね、言ってないことで名前を出されるのは僕でも不愉快にもなるよ」
と、ルディーは不快だったと伝える。ここで大して気にしていないと言えば、付け上がるのが分かるから釘は刺す。
「本当にすみませんでした」
と、イーゴルは謝ってくる。
……本気で反省してくれるならそれでいい。イーゴルは人懐こさが長所であるが、考え無しで調子良く接することは短所でもある。
僕なら許してもらえると踏んでいただろうが、そうならなかったのが意外そうである。何でも感でも上手くいくことが良いことではないと体験すべきだな。
「で、僕に話が有るのか? イーゴルの謝罪は受けたよ」
「先生! アンディの事、手伝いたいと言ったら迷惑なのか?」
と、カミールが言ってきた。
「僕は、スージィーさんの事で動いているんだよ。それとも彼女の事を誰かに話したのかい?」
「いや、俺もイーゴルも誰にも言っていない。今言ったらアンディが何かと巻き込まれると思って、誤魔化していたら先生に迷惑を掛けることになって、すみません」




