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次の日は、医院の職員達に謝り、ザーム医師の席に昨日の分のカルテが一部置いてあるのを見る。
……昨晩は、母さん何にも言わなかったからなぁ。確かに内科を1人で診るのは大変だった……けどザーム先生が変わってくれたんだ。
「ルディー先生、おはようございます」
と、イダールが早めに来た僕に朝の挨拶をして通り過ぎようとした。
「あぁ、おはよう! ちょっとそれだけ?」
「えっ? 他に何かありました?」
「いや~、イダールが挨拶だけなのが、不思議で……」
「何ですか~、私に何か聞いて欲しいんですか?」
「別に聞いて欲しいわけではなくて、いつもはイダールから何かしら聞いてくるから、あれ?って思ったんだけど……」
「別に何も無かったんでしょう? 先生落ち着いてお茶を飲んでいるじゃないですか?
それこそ、いつもなら先生は朝からバタバタ動いてますよ。い、つ、も、なら」
と、イダールはそのまま着替えに更衣室に向かっている。
……あれ? イダールって早番なのか? 早番にしたら遅くないか?
「おはようございます。ルディー先生!」
と、ザーム医師が声を掛けてきた。
「おはよう。ザーム先生が昨日変わってくれたんだね。悪かったね急に押し付けて助かったよ」
と、ルディー医師は謝る。
「いえ、急でしたけど看護婦長から内科に戻るように言われて、僕は担当患者が切れていたのもありますが、トッポ先生も内科に戻るようですよ」
と、ザーム医師が教えてくれた。
「そうか、それは助かるな。正直1人では大変ではあったけど、僕から言い出したことだったからね。これで少しは余裕が出きるかなぁ」
と、ルディー医師が言うと、不思議そうな顔でザーム医師が教えてくれる。
「先生、知らないのですか? ルディー先生は内科だけでなく、外科も往診も経営もするそうですよ」
「けいえい? 医院の? 経営?」
「はい、看護婦長はそう言ってましたよ」
「母さん? 何も聞いてないけど、外科はロード先生にお任せしているし、内科から外科に移った患者さんは診ていたけど……」
「多分ですけど、ロード先生に他の医院から執刀依頼が来てたんですよ。ロード先生はカカシナ事務長からの依頼で近隣の医院に行ってましたよ。僕が知っているのは2回有ったかなぁ」
「手術依頼という事?」
「そうです。術後はその医院で診てもらう約束でロード先生は請け負ってました」
「カカシナ事務長からなら、医院同士の話なんだろうけど……」
「ルディー先生、今日も僕が午前中を診ても良いですか?」
と、机のカルテを見ながら言ってくる。
「そうだね。患者さんにもザーム先生に慣れてもらう方が良いし、そうしてもらうか」
と、ルディー医師は指示する。
……経営か……ポルカ医院の経営責任者は伯父のアルトダだけれど、王都で暮らしていて医院では名前だけの医院長だしな……事務長と母さんが担っていた筈。
昨日も今日も2人には何も言われてない。それなら、言われるまでは今まで通りというか、アンディさんの事やスージィーさんの事で動いても良いかも……
早速預かった手紙を確認をして、山小屋で待っているアンディさんに報告してあげたい。
午前診察をザーム医師に任せて、忙しくて後回しにしていた診察記録の整理をする。
ルディー医師が、抱えているカルテは父が担当していた患者からのカルテで、死亡届けを書いて教会に書類を出した物ばかりだ。
今も健在で街で生活している人の物は別にしてあるが、父が担当して亡くなった方のカルテはそのまま倉庫に保管されている。
無作為に入れられているカルテに、日付も性別も外科も内科もない。死亡届けを出された順番である。その上に追加で乗せるだけだが、何故か? 気になった。
……これって誰か出したのか? このカルテを整理するのは僕ぐらいだよな? 別に誰がしても良いのだけど……
たまに、何年かぶりに医院に来る健康で丈夫な人が間違ってこっち側のカルテに混ざることは有るが、僕が帰ってからは一括している。
街には一度も医院に罹った事が無い人もいるが、死亡届けには医師の診断が必要なのだ。
死亡届けが始めてのカルテになる。
この場に有るのは最近の10年位だろうか。それより古いものは医院横の倉庫に保管されている。
……そうだ、父 ロジックのカルテを見たことは無いな。
あわただしくて、誰が死亡届けを出したんだろうか? 名前が入っている筈し、父の罹患歴は見たことがない。
三年前なら此処等だろうか?
と、倉庫の中を見回して探してみる。
……あれ? 無いな? 二年前のは整理されてないから見落としたか?
あぁーーーー! なんか片付けたい!!
教会の事、スージィーさんの事、アンディさんの事、する事は沢山有るのに今は、ここを片付けたい! 物凄く片付けたい!
今までなら、こんなこと考えもしなかったが、母さんが機会をくれたようなものだな。
今からだと収拾がつかない事に成りそうだ。休みの時に時間を掛けてするか。
アンディさんの事を先に取りかからないと。ここのカルテは生きている人の物ではないから、後にしても良いだろう。
……後回しにするけど、父のは探すよ。ついでに片付けよう。
と、倉庫内を元に戻して、医局に戻った。
午後診察は、午前からの患者さんがずれ込み、ザーム医師の机には診察記録が三山出来ていた。診察が終わった山と、午前診の山。もう一つの山は来るか来ないかの山が、何時もより少ない。
……手伝うか?
と、残り診察のカルテを見れば、ザーム医師が涙目になって訴える。
「昨日はルディー先生がいなかったので、今日に変更された患者さんが多くて、それに来るか来ないか不確かな患者さんも、今日に限って来てくれたので、終わりませんでした」
と、肩を落としてザーム医師は言ってくる。
診察が終わったカルテを開いてみると、丁寧に症状が書き込まれている。処方箋の指示も的確な内容だ。
中には薬を多めにくれとか、要らないとか言われている筈だが、看護婦はベテランなヤミーナさんか。
……問題無いな。ザーム先生は内科が合っていそうだ。
「手伝う? もう少しのようだけど?」
と、ヤミーナに問うと。ザーム医師の後ろで首を横に振り、笑っている。
三つ目の山が少なくなっていることは良いことだ。僕が往診に行くから当てにされているのかと、少し悟る。
今日は大人しく、雑務に励むか。忙しいと後回しにしていたのはカルテの整理だけではない。
……たまには違う方向から見ることは良いな。ザーム先生は調子が良くていい加減だと、始めは思っていたけど、見かけで判断してはいけないな。
僕の方が、時間に追われて1人1人の患者さんに向き合えていなかったかも知れない。
これは、事務長と看護婦長にお礼を言わないといけないか?
僕の比重が多すぎて、廻ることに慣れて麻痺していたとしたら……大きな間違いや事故を犯していたかも知れない。
最近の母さんや事務長の言葉に、傲慢さが僕から出ていたのなら戒められても仕方ない。
「なぁ、ロット。少し時間ある?」
と、薬剤師のロットに調剤室で声をかけた。
「あ~あぁん! 何で今なんだよ! 今日は処方される薬が多いんだよ!」
と、相変わらず僕には冷たいが、まだ診察が終わっていなければ、処方される薬はこれからだ。
「悪い、そうだった。今日は久しぶりに来た患者が多いみたいで、ザーム先生が処方されている。ヤミーナが付いているから大丈夫だと思うけど、気をつけて」
「分かってるよ! 僕も先生に話がある! でも今日は無理!」
と、ロットは薬の秤から目を離さない。
いつもは、ニコニコと相手をしてくれる調剤師の2人も黙々と仕事をしていては、出直そう。




