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「先生、精肉屋のオヤジより腕がいい」
と、イーゴルが褒めてくれる。
「生き物の仕組みを知っているだけだよ」
と、ルディー医師は汚れた手を洗いなから、洗った短刀をイーゴルに返す。
カミールとアンディさんは捌いた肉片を、小屋に運びいれて、イーゴルは一緒に片付けをしていた。
「イーゴル、ナイフの手入れはしているのか?」
と、ルディー医師に問われて不思議そうな顔で首を横に振った。
「僕はナイフや剣の事は分からないけど、柄の処がぐらついているし、もう少し手入れはした方が良いよ」
と、ルディー医師は鹿皮を木の枝に掛けながら言ってくる。
「剣はこの前刃こぼれしたから修理に出したけど、これも出しとけば良かったのか」
と、素直にイーゴルは言ってくる。
「剣もナイフも仕事道具なんだろう? 修理に頼るのではなくて手入れは自分でも出来るようにした方が長持ちすると思うけど」
と、やれやれと言った顔でルディー医師は答えた。
「副団と同じ事を先生も言うんだな」
「ふくだん? エイトさんのことか。年長者の言うことは煩く聞こえるかも知れないが、経験から教えてくれる事もある筈だよ」
「経験ね~。副団はそうでもないけど自慢話ばかりしてきますよ」
「あはぁはぁ、分かるけど。知らないことも沢山ある筈だよ。僕も最近思い知ったところだし、人の事は言えないけど八歳も年上の僕の事を、褒めてくれるなら聞く耳は持った方が良いよ」
と、イーゴルに言って肩をポンポンと叩き小屋に向かって歩き出す。
……イーゴルは素直な性格なんだが、周りで気に掛けて言ってくれる人はいないのか?
帰ってから騎士団で聞いてみるか……
小屋に戻ればカミールはいつでも帰れる用意をして待っていた。
「カミール? 汚れただろう? そのまま装備したのかい?」
と、ルディー医師が聞けば、
「汚れた部分は洗って魔法で乾かせば問題ない」
「あ~ぁ、そうかそうだな。アンディさんは?」
と、一緒に小屋に戻ったはずだから問うと、
「肉の仕込みをしている。ルディー先生が話がある時に呼んで欲しいと言われた」
と、カミールは答えた。
……ひと休憩したいところだが、予想外な事ばかりで時間が経つ。
どうしたものかと思案していれば、カミールはアンディさんを呼んで自分の荷物を持って小屋から外に出る。
……カミールもイーゴルも初めは良くも悪くとも感情を寄せてはくれなかったが、時間と共に打ち解けてくれたようだ。
あとは、こっちだよな……警戒心が有るのか? 無いのか? スージィーさんは?
目の前に座って、落ち着き無くソワソワしているアンディさんを見れば、詰問しているように見えないか?
小屋の外では、大猫プーが一仕事終えて寛いでいる。イーゴルはプーの傍らでランディと遊んでいるが、カミールは何処かにいるのだろう。ドア口からの景色には入り込んでいない。
「世話になったね。男三人を泊める事になったけど、後からスージィーさんに叱られたりしないかい?」
と、ルディー医師はわざとスージィーさんが居るものとして問う。
「ランディが、追い返さなかったので大丈夫です。それにプーが遊びでカミールさんにお怪我を……反対に申し訳なく」
と、アンディさんは問題があったことを問題がないと答える。
「失礼だがアンディさんは、スージィーさんの身内なのかい?」
「多分、違うと思います」
「……多分? スージィーさんは、 なんて?」
「えっ、えっ、……ひ、拾った。って言ってました」
「……それは、プーの事だよね。僕の母親が聞いたところ猫を拾ったと聞いていたらしいが……」
「あのー、私も拾われたと聞きました」
「スージィーさんが、アンディさんを拾った?ってこと?」
「だと、思います」
「…………アンディさんの名前は、スージィーさんが付けたの? それはいつの話なんだろうか?」
「私を ” アンディ ” ってスージィーさんが呼ぶので、私はアンディなんです。
いつからかは、分かりません。私には記憶が有りませんから、気が付いたらこの小屋で生活していました」
と、アンディさんは組んだ指を心ともなく絡ませて答える。
「……前にも言ったけど、僕は医師だ。少し問診をしても良いかい?」
と、ルディー医師はテーブルの上に置いていた自分の鞄から紙とペンを出してきて、アンディさんに向き合う。
「あのー、私は何も知らないのです。お答えできるか分かりません」
「それならそれで良いよ。僕が聞くことに知っていることなら答えて欲しいけど、知らないことは分からないで良いし」
と、アンディさんに笑顔を向けてルディー医師は問う。
「分かりました。私が分かる範囲で……」
と、アンディさんは観念したような表情で答える。
「アンディさんの記憶で一番古い内容は?」
「ベットで寝ていた私の側に、スージィーさんがランディと一緒にいました」
「それはいつの事? 季節は?」
「6年前の今頃の季節だったと思います」
「6年、6年前……スージィーさんが街での生活を突然止めて山に籠ってしまった頃だね。僕は王都のアカデミーに行っていたから、知らなかったけど、3年前に僕の母親はスージィーさんに山の捜索をお願いしていたはずだけど、合ってはいないのかい?」
「3年前にランディが山の捜索に貸し出された話は知っています。数日プーは寂しそうにしていましたから」
「プーはいつからここに? 3年前には母との会話には出ていたから、それ以前なんだろうけど」
「プーは私と一緒にスージィーさんに拾われたと聞きました」
「……アンディさんは、スージィーとしか話したことは無いのかい?」
「いいえ、スージィーさんを訪ねて来られた方とは話しています」
「僕達以外で? スージィーさんを訪ねて来る人?」
「はい、スージィーさんは先生と言っていた男の人と、教会からの女の人です」
と、アンディさんは答える。
「その先生は何先生か分かる?」
と、ルディー医師は問うと、アンディさんは考える時間を取って首を振る。
「最近は会った?」
と、聞けば今度は直ぐに首を振った。
「アンディさんの年は分かっているのかい?」
「……多分ですが、16歳だと思います」
「……ふむ~~ん? それはスージィーさんに拾われた時が10歳位だと判断されたの? それとも名前と年が分かるものが合ったの?」
「……分かりません」
「アンディさんは、街に下りてきたことは?」
「ありません」
「教育や身の回りの物は…………スージィーさんが……するか。
アンディさん! スージィーさんは何時から居ないの?」
と、ルディー医師は手を組んだまま頭に持っていき問う。
「…………正確には分からないのですが、秋頃だと……」
「ごめん! 一緒に生活をしているスージィーさんが居なくなったのが分からないとは、アンディさんはスージィーさんに魔法で何かされた? 闇魔法の種類や効果は知らないけど」
「……何もされてはいないです。ただ、プーの便山が3つ在ったことが不思議ではありましたけど、ランディもプーもいつも通りにしていましたし、何も変わりません」
「スージィーさんが留守にすることは?」
「有りました」
「ここまで、一年近くまでなんて事は?」
「無いです。長くて10日でしょうか?」
「スージィーさんは何も言わずに居なくなったのですか?」
「……言われたのでしょうか?」
と、反対にルディー医師に聞いてくる。
「この前お薬を貰いに来た時は、何故渡してくれたのですか? 僕の事は知らなかったでしょう?」
「スージィーさんは薬箱にポルカ医院と書いた紙が貼って合ったので、お渡ししました。他には教会と書かれた薬箱も有りましたから」
と、アンディさんは名乗ったルディー医師に渡しただけ。
「じゃぁ、スージィーさん宛の手紙はどうして受け取りを拒否したんだい?」
「私が受け取ってもどうすることも出来ませんが、スージィーさんを御存知の方なら、手続きが必要な事でもして頂けるかと」
……それは、僕がするの?




