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お嬢様セイラの事件簿  作者: 鈴埜
ストーン家白の別荘殺人事件
41/57

1.予定外の来客 1

 時折吹く風は、徐々に、そして確実に西の空から雲を運んできていた。今は日差しを感じられるが、それももうしばらくの間だけだろう。この雪山に家族が集うときはいつもそうだった。

 いや、四年前に当主であるアーヴァイン・ストーンの妻のブレンダ・ストーンの身体が土に還ってからか。

 どんなに天気が悪くとも、彼女が降り立てば晴れ上がる。自他とも認める晴れ女の彼女が亡くなってからも、冬のこの時期にこの屋敷に一週間滞在し新年を迎えることを、アーヴァインはやめようとはしなかった。

 厳格で気むずかしいアーヴァイン・ストーンが妻として愛していた女性。彼女が消えてもそれまでの習慣を変えるようなことはしなかった。

 まるで変化が彼女の在ったことを消してしまうと、恐れるかのように。

 子ども達は誰もそれを止めようとはしなかった。

 むしろ積極的にこの集まりに参加した。

 父親を愛しているからとは言い難い。

 厳格で、自分の子ども達にも厳しかったアーヴァイン・ストーンは好かれる父親ではない。一代で財を成した彼の手腕に感心はすれども、尊敬されるような人物ではなかった。

 結局子ども達も同じ。肉親としてのそれなりの愛情は、ストーン家の財の影に隠れてしまう。

 食事のときに交わされる会話には微妙な牽制が現れ、隙あらば相手を蹴落とそうと狙っている。

 せめて彼らの子どもたち、つまりアーヴァインにとって孫達の前ではそのような醜いやりとりはよせばいいのにと思うばかりだ。

 今年もまた、あの重苦しい夕食が繰り返されるのかと思うと、私はそっとため息を吐いた。

 

 

 白銀に輝く雪の中を、鞠のように着ぶくれた子ども達が駆けている。主要な道は下男のユリシーズによって片付けられていた。それでもまだ灰色にくすんでいない、子ども達が遊ぶのに適した雪は山ほどある。屋敷の周りは広い。

「湖に近づいてはだめよ! ジェイクのことも見ていてあげて!」

 ファティマが鞠の一人であるアイザックに呼びかけた。少年は了承の意味を込めて大きく手を振り返す。焦げ茶のハンチングがそれに合わせて揺れた。

「男の子は元気が一番よね」

 ドロシーはストーン家特有の、晴れ渡った空のような澄んだ青い瞳を細めて言った。

「少し元気すぎるきらいもあるけれど」

 彼女の言い回しに、好意的でない匂いを敏感に感じ取ったファティマは一瞬表情を暗くする。義妹ではあるが、ファティマよりも年上のドロシーが、ストーン家の女性の中では一番の権力を持っていた。ファティマの夫は長男で、彼女に対してへりくだる必要はないが、むやみに喧嘩を売るのは愚かな行為だ。

「ケヴィンはこの二、三年で随分大人びたわよね。きっとアイザックとジェイクもすぐにそうなるわよ」

 一見するとフォローのように思えるが、次男エドガーの妻であるヘレンの言葉に、ドロシーの眉が微かに動いた。確かに二年前まで一番やんちゃで、その点を落ち着きがないと散々家長のアーヴァインに言われ続けていたことをファティマも知っている。

 ヘレンは三人の中で一番気が強く、また頭の回転も早い。ドロシーとことあるごとに対立した。

「そう言えばマイケルはどうしたのかしら? またあの女中の娘とおままごと?」

 ヘレンはドロシーの攻撃に、ひるんだ様子も見せず、すっかり冷めた紅茶を口へ含んで余裕の笑みで答える。

「あの子は気立ての優しい子ですから。乱暴な女の子よりも歳もそう変わらない大人しい子といる方が落ち着くんでしょう」

 今度は不快感を隠すことなく、ドロシーがムッとして顔をしかめる。

 ストーン家の長女であり、二番目の子どものドロシーには今年十三歳のケヴィンと、もう一人、十歳になるローラがいた。甘やかされて育ったとは思えないのだが、これが大人が手を焼くいたずら好きで乱暴者だった。ファティマの次男のジェイクは彼女より一つ下だが、すっかりあの少女の手先となっていた。今もファティマの長男アイザックと三人、一緒になって雪の中をかけずり回っている。

 仲がよいのはいいのだが、あの乱暴っぷりに影響されないかと、ここに来るたびいつもハラハラしていた。

 ファティマたち三人は、屋敷のすぐ傍の、湖に近い場所に建てられた小さな四阿(あずまや)で食後のお茶を楽しんでいた。本当に楽しいかは別としてだが。

 石で出来た四つの柱に布製の日除け、三方を胸の高さまであるソファーに囲まれている。魔導によって足下は暖かく冷たい風も入り込んで来ない。柔らかいクッションにゆったりと身を委ねて、湖を眺めながらくつろげるようにできていた。

「あら、お義父様だわ」

 険悪な二人に辟易して、視線を彷徨わせた先に、アーヴァイン・ストーンの後姿を見つけた。より湖に近くより見晴らしの良い場所に、彼女たちのいる四阿と同じ形のものが建っている。

 普段は同じ空間にいるだけで圧倒されるのだが、あの場所に向かうときだけは、誰にもその姿を見咎められずにひっそりいつの間にか座っている。アーヴァインの妻、ブレンダが健在のときは二人一緒に、気づくとあの場所に座って湖を眺めていた。ブレンダが亡くなった今も、アーヴァイン以外の者が近づくことはない。子どもたちにもそれは徹底されていた。

 あれはこの家の当主の物だ。容易に近づいて良い場所ではない。

 真っ白な足跡一つない雪に囲まれた四阿は、きらきらと光り輝いて見えた。

「本当にあの特等席が好きよね」

 ドロシーがつぶやく。

 そのまま続けた言葉に、三人は押し黙る。

「次にあの場所に座るのは誰かしら」

 誰もが自分だと思い、そして間違っても、建前でもドロシーだとは言わなかった。言いたくなかった。

 厚い雲が日差しをさえぎり、心地いい四阿が重苦しい場へ変化する。

 その空気を破ったのは子どもの声だった。

「お母様! お母様っ!」

 元気な少女の声。不安をもたらすようなものではなく、むしろ何かを期待させる響きがあった。弾むように息せき切ってローラが青い瞳を輝かせて走ってくる。その後ろには一緒に遊んでいたアイザックとジェイクもいた。

「どうしたのローラ」

 胃の底まで沈むような空気を振り払うように、ドロシーが立ち上がる。ファティマもそれにならった。自分の子どもがその場にいないヘレンだけが座ったままだ。

 四阿から一歩出ると、地を這う冷気が背筋へ駆け上る。慌ててコートをかき抱いて、自分の子どものもとへ向かう。

「お母様、お客様よ!」

「お客? まさか、こんな山奥に」

 ドロシーの言葉にファティマも内心眉をひそめた。

 新年の迫ったこの時期、こんな雪山に来る必要があるとも思えない。スキーなどのウィンタースポーツに興じるのは、山二つほど向こうになる。まさか大きく道をそれて間違えて分け入ってしまったのだろうか。

「女の子と男の人が二人だよ。車が止まってしまったんだって」

 アイザックが続けると、母親三人はさらに不信感を隠すことなく顔を見合わせた。

「とにかく来て、さあ、早く!」

 ローラがドロシーの手をぐいぐいと引く。

「誰か呼んでくるわ」

 ヘレンはそう言って屋敷の方へ向かった。その後姿に視線をやりながらも、ファティマは子ども二人に両手を引かれて歩き出す。彼らは雪に埋もれた道を進もうとするので慌ててユリシーズが除雪した場所へ引き戻した。いくら耐水性のブーツを履いているとはいっても、雪に足をとられるのはかなわない。

「すっごくきれいな子なんだよ」

「僕も! あんなきれいな子見たことないよ!」

「黒髪で、真っ直ぐで」

「紫色の瞳がとっても可愛いんだ」

 口を揃えて言うのがなんともおかしい。二人は少し癖のある赤茶の髪に、青い瞳はストーン家の物だ。澄み渡った空色をしている。親の贔屓目であるのかもしれないが、子どもたちは目鼻立ちもりりしく、将来が楽しみだ。そんな二人が少し頬を上気させて口々に少女の容姿を褒める姿を見ると、やはり男なのかと微笑ましく思った。

 しかしそれにしても、ストーン家の別荘以外何もないこの山に、いったいなんの用があるのだろうか。

 今年の集まりは今までと何かが違う。

 夫であるチャールズもそう言っていた。お義父様の態度が、どこか普段の年末と違った。

 これもなにかその一環なのだろうか?

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