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お嬢様セイラの事件簿  作者: 鈴埜
第二章 イクリプス急行殺人事件
18/57

3.一人は消え、一人は死体に

「まず状況をはっきりさせましょう」

 魔導機関のトラブルと、それによるお客様の負傷ということで、食堂車より後ろの車両の乗客にはいまだ事実を伏せていた。

「貴方はなぜこんな真夜中に通路にいたのかしら?」

 すっかり容疑者の一人としてカウントされたようで、内心失敗したなと思っているジュリアンだった。歴史学者という肩書きは、狭い世界に飽いている貴族の女性を惹きつけるのには役に立ったがこういった場合実際に何をしているのか分からない、とマイナス要素になる。

「お嬢さんが一人通路にいることに気づいたのでそのお供にとね」

「ああ。隣の部屋のダイアナさんね」

「そうです」

「この列車にはどういった目的で?」

「二つ先の駅に用があったんですよ」

「――イーハーの空中図書館?」

「ええ。調べものがありまして」

 こうやって質問を重ねている間にも経歴が次々と調べ上げられていくのだろう。ジュリアン・レノックスに不審な過去はない。強いてあげれば先日フィーア島で関わった事件だけだ。

 警察はずいぶんと前からサリスブリーを張っていたらしい。けれど彼は昔から神出鬼没の詐欺師として紙面を賑わせていた人物だ。絶対に逃げ場のないところで捕獲したかったのだろう。包囲網は素人目にも完璧だ。しかも今夜は雪という自然の密室が存在している。今も時折飛空船の羽の音が聞こえる。たとえ真っ白な衣装で繰り出したとしても熱感知器に捕まるか、魔導探知機に捕まるか。最初の駅を出てからこの列車はどこにも停車していない。長距離を走るように作られた列車なのだ。

「それにしても、あのサリスブリーが殺人を犯したというのが驚きですよね。彼は人を驚かせるのが仕事だと豪語していたような人物でしたから。なにかとファンの多い犯罪者で……と、これは失礼」

 被害にあった側からすればとんでもないことだが、やることが派手で殺しはしない犯罪者には自然と信奉者が現れるものだ。警察側にしてみれば面白くない事実でもあろう。

「警部!」

 部下の一人がジュリアンの客室の扉を開ける。彼女の耳元でなにやら報告をしているが、聞こえなくとも予想がついた。

「グラッドストーン氏はどこにもいなかったそうよ」

 衣服だけを残して消えた男。

「先ほどの急停車でけが人はいないかと各客室を見て回ったそうだけれど不審な人物は見当たらなかったと」

「まあ、そうでしょうね。だって彼はこの一等車輛から一歩も出られないはずですから」

 食堂車輛には常に人が詰めている。夜中に喉が渇いたなどの要望に答える為だ。

「それにしても、こんなど素人に内情を教えちゃってもいいんですか?」

 当然のジュリアンの質問に、チェンバレンは苦虫を噛み潰したような表情をとった。

「……UPA《ユーピーエー》の最大出資国を知っている?」

「もちろん。大国ガードラント。他国を攻めることも、他国に攻められることもない国」

「そこのお偉いさんからね、貴方を容疑者から外しなさいとお達しがあったの。もしなんだったら捜査協力を要請してもいいとね。ジュリアン・レノックス、貴方一体何者なの?」

「それは――びっくりだ」

 本当に驚いた。

 思い当たるのは先の事件だが、それでもそう易々とこの自称歴史学者の自分を信用するというのか? いくらなんでもそれは、甘いのでは、と。だから思わず勘ぐってしまう。色々と、その処置の裏にある相手の意向を。

「同じようにあの二人も身元を証明するとお墨付きをもらっちゃったわよ。結局この一等車輛には生きた犯人になり得る人間はいなかったってこと!」

 今まで追いかけていた犯人は遺体となって現れ、その被疑者は姿を消した。民間人に八つ当たりしたくなる気持ちは分かる。

 そして――ダイアナはやはりガードラントの庇護にあるらしい。【彼女】に似た少女。【彼女】と同じように大国ガードラントの元にあるダイアナ。全てが一つの道筋を示していて、けれどなかなか確かめることもできずにもやもやと心の中で軽い苛立ちを伴う。

 しかしそこはジュリアン・レノックス。そのようなこころうちをおくびにも出さずこう言った。

「ということは僕にも状況を教えてもらえるってことですね。嬉しいなぁ」

 もみ手をして今にも遺体のあった客室に飛んでいきそうなジュリアンをギロリと睨むが、チェンバレンは諦めて肩を落とす。並んで歩くスペースもないので、先に立って移動した。

 すでにサリスブリーの遺体は運び出されている。その客室はジュリアンの使っているものと変わりなく、就寝時に下がってくる二段ベッド、テーブル、ソファが一つ、洗面台とトイレ、そして小さなクローゼットがあった。

「死因は心臓発作、としか分からないわ。毒物検査もしているけれど、まだ結果は出ていない。あと遺体から少しだけ魔導の痕跡が見つかった。微々たるもので、詳しい分析結果がでるのはもう少し後だけれど死後硬直を遅らせる、そんな系統のものだと思う。だからはっきりとした死亡時刻は分からない」

「へぇ……魔導の痕跡が出たのか」

 となると、普通の事件のようにはいかない。

「しかもね、グラッドストーン氏を洗っていたら嫌な経歴が出てきたわ。彼、魔導関係の禁術を熱心に研究していた時期があるみたい。ブラックリストに載っていたの。あと、部屋から見つかった手帳の今日の日付のところに『S氏と』とメモがあったわ。サリスブリーは詐欺師であると同時に情報屋でもあるからね。何か取引を予定していたのかもしれない」

「禁術かぁ……それで昨日のあれ、納得がいくようないかないような……」

「何? 隠し立てすると容赦しないわよ」

「そんなつもりはないのですが――夕食の時にやたらととある魔導器について話しかけてきましてね。僕も興味のある分野だからついつい口が軽くなる。彼が禁術の研究者だったのなら頷けるな、と。」

 ジュリアンの言葉に、女警部は突然黙り込み、やがて踵を返すと今度は特別一等客室グラッドストーンの部屋へ移動した。扉を開けてすぐの場所にあった洋服ひとそろいは片付けられている。奥行きなどは他の客室とたいして変わらないが、ここは寝室が分かれて二部屋あるような状況だ。

 目の前にある机に、一つの箱があった。黒く光る金属で作られたそれは、何か大切なものを運ぶときによく使われるタイプのもので、一辺が二十センチの立方体。上部に持ち運びができるように取っ手が付いている。今はその上部が左右に開き、空っぽの中身が見えていた。

「部屋の奥にあったの。ここに何かが入っていた。貴方が言っている魔導器はイジェーパで盗まれたもののことでしょう? あれの大きさはちょうどこの箱にぴったりだと思わない?」

 自分の記憶の中の魔導器と、目の前にある箱。大きさは、確かに合う。

 と、また部下である捜査員が現れる。

「チェンバレン警部、お嬢さんがお話できる状態になったらしいです。あと検屍結果が出ました。魔導の誤差を入れても彼は午後三時から四時の間に亡くなっています」

 その微妙な時間に二人は顔をしかめた。午後四時といえばこの列車が発車した時刻だ。出発と同時に死んだとでも言うのだろうか。

「とりあえずダイアナさんのお話を聞きましょう。レノックスさん、貴方も一緒にいらっしゃいますか?」

「美人のお誘いとあらば喜んで」

「ふざけるなら来ていただきたくはありません」

「申し訳ない」

 彼女はあまりそういったことがお好みでないようだ。

 ダイアナの客室には先客がいて、若い男の捜査員が彼女の答えをメモに取っている。

「どう?」

「いえ、特にこれと言っては」

 マーガレットはダイアナがベッドを抜け出したことも知らなかったようで、夕食以降の重要な証言は得られなかった。

「ダイアナさんはいつ頃から廊下で外を見ていたのかしら?」

 チェンバレンがジュリアンに話すのとは全く違った優しい口調で質問をする。

「時計を見ていないから分からないの」

「えっと、じゃあどのくらい一人でいたのかしら?」

「アンと話しているとあっという間に時が過ぎてしまうの。今日は夜空を駆ける天馬の話を最初にしていて、その後飛空船が見えたからきっとあれは星が落とす光を集めているんだろうって。後は、雪の中を二人で歩くという素敵なアイデアを――」

 放って置いたらいつまでも話が続く。先にいた捜査員が困ったような顔をしていたのはきっと始終この調子だったからだろうジュリアンは横から口を挟む。

「ダイアナ、グラッドストーンさんを見なかった?」

 話の腰を折られた彼女だが、瞳を宙に向けてじっと考える。

「そういえば、私が部屋を出るとき、右手の方で扉を閉める音がしたの。だから、あれはグラッドストーンさんの部屋だったと思う」

 ダイアナの右隣の部屋は空き部屋だ。確かに彼の部屋以外ありえないだろう。そんな夜中に何をしていたというのか。

 と、列車が突然動き出した。ジュリアンがチェンバレンを見ると頷く。

「大体調べ終わったので一番近くの駅へ移動してもらうことにした。本当は誰も帰したくないけれど、いつまでも拘束しているわけにはいかないからね。荷物検査などをして別の列車に移ってもらうわ」

 そこで小さく笑う。

「だからそれまでに犯人を挙げてもらえるととても助かるのよ、名探偵さん」

「名探偵って……困ったなぁ。とりあえずもう一度特別一等客室を見てもいいですか?」

「何度でもご自由に。レノックスさんについていてあげて」

 ダイアナに質問をしていた男がチェンバレンに言われて後を追ってくる。

 きっちりと片付けられた部屋。証拠品は全て持ち出されてはいたが、それでももともとあまり散らかっていなかったのが分かる。ジュリアンはそのまま奥の部屋に移動した。そちらにはベッドが二つ並んでいる。この部屋だけは二段ベッドではないのだ。綺麗にベッドメイキングされたままなのは、彼が一度もこのベッドを使っていないということだろうか?

「ねえ君」

「はい」

 寝室の窓のあたりでじっと立ち止まっていたジュリアンが突然声を上げた。

「ここの縁に付いている泥。調べたのかな?」

 慌てて横から彼の指さす先を見ると、確かに微量ではあるが土が付着していた。

「確かめてみます!」

「うん。あとさ、遺留品って言うと変だけど、サリスブリーの荷物とグラッドストーンさんの荷物のリスト、僕にも見せてもらえるかな?」

「はい」

 その場を飛ぶように出ていくと、驚くほど早くに戻ってきた。鑑識の人間も一緒で窓の辺りを丹念に調べている。

 几帳面な字で書かれたリストには、特に不自然なものは載っていなかった。けれどそれを見たジュリアンは満足げな表情でそのまま視線を宙へ漂わせた。

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